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ホーラとウェン

 時空の最上級神ホーラが出仕する帝府時空省舎は、ヴァンキッシュ宮殿の真南に建てられていた。地球で言えばゴシック建築の寺院風の佇まいでスパチアム殿と呼ばれている。

 その三階建ての省舎の三階の一番奥手にあるのが大蔵大臣兼時空省大臣執務室、つまりホーラの職場である。

 約5m×6mほどの広さにホーラの執務机、その手前に二人の秘書の机を含めてコの字に並べられ、その先には応接セットが並ぶ。両の壁側にはキャビネットが置かれており、今までの資料がびっしりと並べられている。故に窮屈な印象を受ける者は多いだろう。誠一の使う遊撃隊隊長室より狭いのではないか?

 彼女と同様の職責を担う12神は威厳を示すためか結構な広さを持つ執務室を構える傾向にあるがホーラは必要十分の規模を重視した。

 時の流れと共に財務を預かる者として無駄は出来る限り無くしたいと言う思いの表れかもしれない。

 だが多くの者は、それらをホーラの堅い性格によるものと感じていた。

 まるで華美も余裕も不要とばかりに真面目街道一直線かと。

 しかるに昨今のホーラはと言うと……

「フンフン、フ~ン」

 良二たち、と言うか誠一が天界入りして鼻歌交じりでルンルンのホーラは、積まれた書類の決裁をさっさかさっさか片付けて、本日のノルマを予定通りに達成しようと頑張っていた。

「よし、決裁終了っと。オクロ、この決裁文書、まとめて明日の朝に天防大臣プーグナのもとに届けよ。それと、予算申請書はもっと早く出す様にと、釘を刺しておけ」

 天界の国防省に当たる天防省は戦いの最上級神プーグナが取り仕切っている。

 今回の遊撃隊の訓練に関する予算も早急に通さねばならなかったのだが、天防省で時間を食っていたらしく、ホーラの元に届いたのは今朝方だったのだ。

「え~、またプーグナ様にイヤな顔されちゃいますよぉ~。特に今回の計画の前倒し決定には、かなりご不満だった様子なんですからぁ。『文句は委員会に言え!』とか絶対仰られますよ~」

 ブー垂れるオクロ。

 彼女はミカド新生計画の勇者召喚部門の実行者であり準責任者ではあったが、召喚部門はすでにその役割を終えているので、そのまま秘書兼従者としてホーラのパシリをやらされている。

 本来の秘書の仕事である業務管理・調整等の方は、もう一人のウォスト第3種上級神が行っているのだ。

 茶髪をオールバックにした、優しげではあるが細い目の、人間でいえば30歳前半の様な外観の男性神だ。

「秘書ってのは関係各所の不満を引き受けて成長するもんだよ。政務官を目指すのなら現場の勉強は頑張らないとね?」

 オクロにとっては半ば有難迷惑なウォストのアドバイス。

 格としては第2種のオクロの方が上だが、年長で経験豊かなこの男性神の意見はいちいちもっともなので、オクロは頭が上がらない。

「その書類の準備が出来たら本日はもう上がってよいぞ。ウォスト、今夜は会合、その他の予定は無かったな?」

「はい、予定は何も……アポの要請は全て明日以降に伸ばしてあります」

「すまんな」

 それを聞いてオクロは一瞬、首を傾げたが、すぐに気が付いた。

 今日は、異世界人らの遊撃隊が天界入りする日であるのを思い出したのだ。

「じゃ、ホーラさまは今夜クロダさまとデートですかぁ?」

 オクロが若干おちゃらけて言ってみた。

「セイイチの予定がなければだ。あれで奴も部隊長だからな、そちらが優先だ」

 あっさりと何事もなく、平然と答えるホーラ。

 昔の堅苦しいホーラなら、業務中に私事の話題なぞ、とても出来る雰囲気ではなかったが、短期間の間に随分当たりが変わったものだとオクロもウォストも改めて思った。


 プーグナ大臣向けの決裁書をまとめて、書簡筒に収めたオクロは、

「それでは明日の朝一番で天防省に回ってから出仕しますので……」

と退出の挨拶をした。

 ホーラも「ああ、ご苦労だった」と声をかけた。

 一礼し、執務室から退室するオクロ。と、同時に「お、お疲れ様です!」と言う彼女の声が響いた。

 ん? 誰か来た? とホーラは入口を見た。すると、オクロと入れ替わりに一人の少女神が部屋に入ってきた。

「これは天空大臣ウェンさま、ご機嫌麗しく……」

 思わぬウェン登場に、椅子から立って低頭するウォスト。

「ご苦労様、ウォスト。アポ無しでいきなりお邪魔してごめんなさい?」

 どうやら予定なし、いきなりのお出ましらしい。

 まあ、最上級神の行状としては珍しくもないのだが、業務時間中ということもあり、その辺はウェンが気遣ったのだろう。

「どうしたウェン? まだ課業中であろうに、お前にしては珍しいな?」

「ホーラさまと、お話がしたくって……」

 そう言いながらウェンはウォストをチラリと見た。

「……え~、大臣? 仕事も区切りが付きましたので、今日はこの辺で退庁致したく思いますが……よろしいですかな?」

 ウェンの意思を読んだか、改めてウォストが席を外す許可を求めてきた。ホーラも同様に彼女の思惑を感じ「よかろう、明日もよろしく」と答える。

「では、お先に失礼いたします。何かございましたら念話でお尋ねください」

 そう言ってウォストは部屋を出た。

「……で? 話とは?」

 二人っきりになった部屋で、ウェンは応接用のソファに腰を下ろすと、

「例の異世界人、もう天界入りしてるのよね?」

と、切り出した。

 やはりそのことか……ホーラはため息をつきたくなった。が、それは飲み込んだ。うんざりしている、と悟られてはウェンの感情を昂らせかねない。

 まあ実際、ウェンの誠一に対する妬心にはうんざりなのだが、そこはそれ、ホーラにとってもウェンは可愛い後輩だし妹分だ。此度の計画にも彼女には、しっかりと職務についてもらいたい。

 作戦遂行に天候が左右される場面ともなれば、他の地域、世界に影響が及ばない程度にコントロールして貰わなければならないし、天体、月や星々との影響の制御も彼女の領分だ。

「セイイチの事、よほど気に入らなかったか?」

 だが、回りくどい言い方ならOKと言う訳でもない。直球も必要だ。

「あの時は……言い過ぎたと思ってる。クロダには折を見て、ちゃんと謝るつもりよ」

「そうか? まあセイイチも、それほど苦にはしておらんようだし、お前がそう言うつもりなら我も気が楽だ」

 ホーラとしては意外だった。相も変わらずセイイチとの仲を批判的に言うのかと思っていたが。

「あんなこと、言うつもりじゃなかったんだけど……クロダの顔見たらなんだか……」

「まあ、なんだかんだで飄々とした掴みどころのない男だしな。我も何故ここまで入れあげたのか、言葉にしようとするのは難しいわ」

「あたしは、ホーラさまが悲しまないようにしてほしいって……そう思っただけで……」

「我が悲しむ? なぜだ?」

「クロダは、あの召喚魔法陣が再起動できる日になったら、ホーラさまを捨てるわ」

「人聞きの悪い言い方はよせ。我はその日……別れは必ず来る、それを踏まえ、覚悟した上で奴と付き合っておるのだ。夜王も、メアやシーナもそうだ」

「だからって、笑って別れられるの? 笑顔で『楽しかったよ、バイバイ』ってすんなり別れられる? そうじゃないでしょ!? 悲しいでしょ!?」

「もちろんだ。別れたくないに決まっている。だがセイイチをアデスに引き留めることも、我がチキュウに移住する事もありえん。双方が不幸になるからな」

「……そこまでわかってて、なぜ?」

「我がセイイチに恋したからだ」

 自分の恋心を臆面も無く、事も無げに言い切るホーラ。その眼は、やがて来る悲しみを秘めているとは、とても見えなかった。

「その気持ちを我が受け入れた時、必ず来る結果に我の考えが及ばなかったと思うか? 覚悟はその時、すでに決めていたと思ってくれ」

「……」

 飾る事も無いホーラの心構えが、改めて胸の内に響いたウェン。

 そんなウェンは目線を落とし、独り言を言う様に、零す様に、

「召喚魔法陣が壊れたら……クロダはチキュウの事を吹っ切って、ホーラさまを大事にしてくれるかなぁ……」

と、呟いた。

 その言葉には、あくまでホーラが喜んでくれることを第一に考えている思いが感じられる。更に、自分がホーラを独占しようなどとは思っていない気持ちも良く伝わってくる。

 だが、ホーラにとってそれは決して流していい言葉では無かった。

「おい! 言っていい事と悪い事が!」

 セイイチが家族との再会を諦める? それは絶対あり得ない事だ。もしもそうなったら、むしろそれは自分が惚れたセイイチでは無くなってしまう事を意味する。

「でも! この作戦が、もしも最悪の結果に進み始めたら!」

「言うな! それをさせまいとローゲンセンがどれほど根回ししたか忘れたか!」

「だって……」

「メーテオール様も大魔王陛下も自ら作戦にご参加の意志を示されたのは、その意をくんでのことだ。それはゆめゆめ忘れてはならんぞ」

「もちろんこんな事、言いたくないわ。でも、アデスの安寧のためには多少の犠牲は……」

「確かに、本作戦が順調に進んだとしても犠牲者が出る可能性はある。だが、犠牲者が出て当り前の様な考えで立案してはならんのだ。お二方の御意もそこにあられるのだ」

「綺麗事だわ!」

「その通りだ! だが猊下や陛下にそれを提言出来るか!? 天界や魔界の象徴たるお二方に、犠牲者が出る事を了承して頂こうなど不敬極まりない! それに本来、アデスで解決しなければならない事柄を、全く関係のない異世界人にツケを押し付けて我々だけは笑いましょう、今後何かあれば異世界から召喚して人柱になって貰いましょう! などと言われてお二方がお喜びになると思うか!?」

「そこまで言ってない! ……言って……ない……」

 敬愛するホーラの叱責にウェンは涙目になってきた。

 そんなこと、曲がりなりにもメーテオールを支える12神の1柱であるウェンに、わからないはずは無い。

「すまん……我も言葉が過ぎた……忘れてくれ」

 と、ホーラは詫びた。ウェンに言うのと同時に、言葉を荒げた自分に対する戒めも込めて。

「そうだな……お前には本音を話しておこう」

 そう言うとホーラは机の席から離れ、ウェンの横に座り彼女の肩を抱いた。

「正直なところな、我も何らかの事故か障害で魔法陣が不能になれば、と思わなかったわけではない。誰のせいでもなく、逆召喚が叶わぬ状況となり、セイイチら異世界人がアデスに留まるしかなくなる、という将来をな。だが、それでは……」

「それでは?」

「我とセイイチとの恋も終わる気がしてな」

「そんな……ことが?」

「妻子への想いを無くしたセイイチは、もはや我が恋したセイイチではない。同時に、そんな風に変わったセイイチを喜ぶ我もまた、我では無くなってしまう。そんな我を奴が今まで通り受け止めてくれるとも思えん」

「でも、新たに仕切り直す……と言うか再度、新しい立場で分かり合うことは出来るのでは?」

「かもしれん。だが、過去は無くすことは出来んのだ。お互い、一万を超える歳月を生き抜いてきたが、忘れたい過去は有っても、無くしていい過去があると思うか? 今の自分の存在を否定すると言う事と同義だぞ?」

「ホーラさま……」

「だからセイイチも我も選んだのだよ。限られた時間、恋をする喜びを受けて、やがて訪れる悲しみ……いや、寂しさかな? それを背負う事、そちらを選んだのだ」

 そう言いながらウェンを見つめるホーラ。

 その眼はいつも堅苦しく、気難しいと思われがちな時空の最上級神ではなく、恋する一人の女性のそれであった。

 彼女の、この眼を知っているのは自分だけ……ウェンにとっては、それだけでも満足出来そうな、そんな眼だった。

「ホーラさまのお気持ち、よくわかったわ。もう、何も言わない……今度会ったらクロダには先だっての振る舞いのこと、ちゃんと謝るわ」

「そうか……」

「その上で……」

「うん?」

「ホーラさまのお耳に入れたいことがあるの」

 ウェンは口をホーラの耳に近付けて、しばらく小声で話した。


「…………………………………………………………………………………………」


「ふむ……収まったと思ったが、まだそんな動きが噂されるか」

 ウェンの話を聞いたホーラは、やれやれ、と言いたげな顔した。

「大魔王陛下がそれらの勢力には釘を刺しておられたはず。今更懸念するようなことでは無いように思われるが?」

「あたしも聞いた時はそう思ったんだけど、話の出所が……」

「ん? ノクティス……国務省界隈からじゃ無いのか?」

 ノクティスは夜と闇の最上級神であり、外交を主に担当している国務省大臣である。

 ホーラはてっきり、その筋――魔界辺りの一部勢力の話だと思っていた。

「それが……帝都府の情報一部からなの」

「一部? 天界内の話か!」

 天界も、人間界や魔界の省庁がそうであるように、情報部を持っている。

 帝都府の情報一部と言えば国内情報の収集、管理分析を行っている部署だ。

 その中で、天界内の政治・経済はもちろん、治安や各産業に関わる情報も扱っている。

「ええ、それも四課から」

「まことか? 公安が動くような勢力が天界にあるというのか?」

「魔界や人間界はどうか知らないけど、天界の公安組織なんて閑職の見本みたいなところだし、そんなところからの情報だって言うから気にかかって」

「お前はどこからそれを?」

「ディーテ様よ」

「御大自ら?」

 愛を司る最上級神ディーテ。帝都府の長、天界の宰相の地位にあり、時空と財務を担当するホーラと並び、メーテオールの右手・左手と呼ばれるくらいの女神だ。

 大神帝メーテオールを支えるにあたり、奥を固めるディーテと外を駆け回るホーラとの信頼関係は厚い。

「一昨日の天空省との定期晩餐会で、まだ内定中で杞憂かもしれないけどって、こっそり」

「なぜ御大がわざわざお前に? 我に直接でも」

「決まったわけじゃないから気を使ったんじゃないかしら? あたしに言えば必ずホーラさまに届くと思われたんじゃ?」

「ふ、優しい目をしながら、相変わらず腹芸も忘れん方だなぁ、御大は……なるほど、それもあって先程の話であったか、ウェンよ?」

 右手で肩を抱きながら、左手でウェンの顎を持ち上げじっと見つめるホーラ。

「あたしは……ただ、ホーラさまの悲しむ顔が見たくないだけ……」

「そうか。なら、さっきの強い言い方になったことは謝らせてくれ」

 そう言うとホーラはウェンの額に軽くキスをした。

「大事な作戦を前に面倒が増えなければいいんだけど……」

 ウェンは敬愛する先輩の心地よい労いを受けながら、まだ見る事も感ずる事も出来ない暗雲の出現を危惧していた。

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