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シーナとメア

 魔獣掃討作戦参加に向けて出発の朝が来た。

 全員、支給された魔導団制服を着こみ、グレー地に太い黒色の縦線が背中に通っているローブを羽織って玄関前に整列。これに身長に合わせた錫杖を持つと、いかにも魔導士と言える体裁になった。魔導団特別遊撃隊の正式デビューだ。

 屋敷前につけられた馬車に、作戦用の物資を乗せ終わった良二たちはフィリアからの見送りを受けていた。

 今回の遠征には、フィリアの配下からメアが遊撃隊に出向することになった。

 良二らはまだまだこちらの世界に不慣れな上、軍や冒険者との付き合いも覚束ないであろうことから、仲介・案内役を同行させる事になり、メアが志願したのだ。

「メア、皆さまのことはくれぐれも……わかってますね?」

 フィリアがメアに遊撃隊の補佐をしっかり務めるよう念を押す。

「お任せください殿下! 一命を賭しましても、お役目果たさせていただきます!」

 うむ、元気があってよろしい。

 メアはいつものメイド服を脱ぎ、格闘士系の身軽な服を着用していた。通常、メイド服内に隠されている尻尾も外に出されており、自由を満喫してピコピコと跳ねている。

「お心遣い痛み入ります殿下。我らを支えて頂いてる殿下の名を汚さぬよう、全力を尽くして参ります」

 誠一が隊を代表して礼を述べる。

「メアは軍にも冒険者ギルドにも精通しております。なんでも言いつけてくださいね」

「感謝の極み……」

 フィリアの言葉に一礼する誠一。良二や容子・美月もこれに倣う。

 と、ここまでは順調なのだが……

「行かせてください! 私は片時も主様の傍を離れません! 離れたくありません!」

 今現在、特別遊撃隊一のトラブルメーカーが何やら喚いてる。

「聞き分けなさいシーナ! 今はまだ、その時ではありません!」

「だって侍女長が『いつ如何なる時でも、主人に利することを心がけろ』って!」

「それは一人前になってからの話です。あなたはまだ研修中の身です! それに今のあなたが行っても、足手まといにはなってもお役に立てられることなど何もありません!」

 メイスが声を荒げて諫めるが、サラたちに両脇から押さえられてるシーナはブー垂れまくっている。

 そんな中、メアがシーナに近づいてきた。

「安心しなさいシーナ。あたしがあんたの分まで、ちゃ~んとクロダさまに尽くしてさしあげる。あんたは我々が帰るまではメイド修行に精を出し、せいぜい頑張ることね!」

 良二にはメアが、ふんす! とか、ふふーん! とか鼻息を荒げているように見えた。

「う~~、泥棒猫……」

「ん? 何か言った? ヘボ狐」

 何かえらく険悪である。

「……猫と狐って仲悪かったっけ?」

「犬と猫ならなんとなく……」

 美月と容子があきれながら呟く。

 やれやれと言いたげに首を垂れる誠一。しかし気を取り直して一息つくと、シーナの前に進み、微妙な笑顔を彼女に見せる。

「主様ぁ……」

 上目遣いで見つめるシーナ。

 この視線、誠一の琴線に触れまくりであろう事は良二にもはっきり判る。

 が、そこは年長、誠一は感情を表に出さない。

「皆さんを困らせてはいけないよ、シーナ」

「でも、でもぉ……」

「シーナ。俺が地球にいた頃のことだが……家に帰った時、何が一番うれしいと思ったか、わかるかな?」

「え?」

「家に入ってすぐ、『おかえりなさい』って妻や息子が出迎えてくれることなんだ。それだけで、よし明日も頑張ろう! って言う気になれるんだな」

「ああ……」

「だからお前には、この遠征が終わって俺が帰って来た時、おかえりなさいって言って迎えてくれるように、そんな風になって貰いたいんだよ」

 言われてシーナは、ハッと何かに気付いたような表情を見せた。

「だからメイスさんや他の先輩たちの言うことをよく聞いて、一日も早く一人前になってほしいんだ、わかるかな?」

 シーナの顔に、何か明るい光がパァっと射したみたいな表情が浮かんだ。お眼めも、もう、キラッキラである。

「わかりました主様! 私、勉強も修行も一生懸命頑張って、立派に主様をお迎えできる、そんなシーナになってみせます!」

「ん、頑張ってな。メイスさん、お願いします」

 メイスは誠一の要望に応え、沈黙で一礼。

 それを見て、

 ――ありゃあ~、聞き分けさせちゃったよ。黒さんやっぱ慣れてるんだなぁ……

と良二は感心したのだが、

「……マズいんじゃない、アレ……」

「うん、ぜったい勘違いしてるよね……」

美月たちは渋い顔をしている。

「え? 何かダメなの?」

 その良二の言葉を聞いて2人は大きく、ハァ~……。

「これだからウチの男どもは……」

 え? え?

 良二は釈然としないまま、誠一たちと馬車に乗り込んだ。

 その間シーナは、

「妻……お出迎え……」

と、呆けた顔をして、まるでうわ言のように繰り返していた。



 フィリア邸を出発してしばらく、良二たちは軍の選抜隊や冒険者たちと合流するため、南大正門に到着した。

 選抜隊は既に到着しており、ざっと見て歩兵部隊35~6名、冒険者12~3名くらいだろうか?

 一行はメアに案内されて、選抜隊指揮官に挨拶に赴いた。

「歩兵は1分隊10名3個分隊、HQ5人程度、冒険者は2~3パーティといったところか。全部で一個小隊程度かな?」

 全般を見回して誠一が呟いた。

「HQって?」

 良二が聞く。

「ヘッドクォーター、本部・司令部のことだ。小隊レベルでは言わんかな? CP、指揮所の方がいいか?」

 専門用語らしい、なるほど良くわからん。取り敢えず本部と覚えよう。

「ローブに杖、魔法使いかな?」

 容子が冒険者らしいグループを見て独り言っぽく言った。

 その他にも剣士っぽい大きな体をした獣人(犬? 狼?)や、メタルプレートの鎧を着た者など、ファンタジー物でお馴染みの出で立ちをした、個性豊かな連中が集まっている。

「ステラ大尉、特別遊撃隊隊長クロダ魔導少佐をお連れしました」

 メアが、隊列中央の馬車をチェックしていた選抜隊隊長のステラに誠一を紹介した。

「おお、ようこそおいで下さいました、クロダ少佐殿。今回魔獣掃討作戦選抜隊の隊長たるを拝命しましたオーエン・ステラ大尉と申します」

 金髪の口ひげを蓄えた、歳の頃40手前くらいの軍人が誠一、良二らに挨拶した。

「魔導戦闘団特別遊撃隊長セイイチ・クロダ魔導少佐です。支援要請に基づき、傘下に加わらせていただきます」

「上層部の命令とは言え、少佐殿を格下の私の傘下とは心苦しく思っておりますが、何とぞご容赦のほどを……」

 ステラは10度の敬礼よろしく頭を下げた。

「いえ、まだ発足間もなく、練度も経験も大尉と部下の皆様には遠く及ばぬ我らです。どうか新兵を鍛えるつもりでご指導いただければ幸いです」

「ご謙遜を。例の組織を一夜にして壊滅せしめた話は伺っておりますよ」

 なかなか人当たりの良さそうな大尉さんぽい感じ。

 国防軍との第一次接近遭遇としては穏やかに進みそうで、良二は胸をなでおろした。

 なにしろ自分は徴兵の無い時代に生きてきたわけで、軍隊との関わり方なんて何もわからない。誠一の言うように覚悟を決めて掛からなきゃイカンわけだが、言われたからと言ってそうそう簡単に括れる腹でもない。

 だが、そこはそれ、先の初陣でもそうだし、一つ一つ積み重ねていかねば、と気合いを入れる良二くんでした。

「よう、メア! こんなところでおめぇの顔を見ることになるとは思わなかったぜ!」

 野太い声が聴こえてきた。

 身の丈1m95cmくらいはあるか? 筋肉モリモリの恐らくは狼の獣人が現れ、メアに声をかけてきた。

「おめぇが冒険者を引退して貴族様のメイドになるって聞いた時は、何の冗談かと思ったがな。もしや出戻りか?」

「相変わらずねトロイマン。あんたこそまだ引退しないの?」

「ハ! 引退して俺に何をしろってんだよ。死ぬまでやるに決まってんだろ、がっははは。おう、ステラの旦那。こっちは準備できたぜ」

「ご苦労。紹介しよう、こちら今回の作戦に同行して下さる魔導団特別遊撃隊のクロダ少佐殿だ」

 言われてトロイマンと呼ばれた男は誠一や良二らを凝視した。

「遊撃隊隊長のクロダ魔導少佐です」

 誠一が頭をペコリと下げる。

「話は聞いてるぜ! しかし思ったより老けてんなぁ。他は……お嬢ちゃんらとぼんぼんか」

 良二らの第一印象を素直に吐露したトロイマンには、おそらく悪気は無かっただろう。だが、お嬢ちゃんとか軽く見られたみたいで美月と容子は少々、ムッとした。

「老けてるとかあんた、どの口が言うのかな。この人らは一歩も動かずに、あんたをブッ倒せるほどの能力があるんだよ?」

 メアが自慢げにトロイマンを諭す。確かにトロイマンは誠一ほどでは無いにしろ、決して若そうには見えないが。

「わかってらぁ。人を見かけで判断してちゃ、この歳まで冒険者で生きてちゃいねぇよ。改めて、俺の名はトロイマンだ。今回、冒険者グループの代表になってる。よろしくな、クロダの旦那!」

「よろしくお願いします……」


 誠一らが作戦工程の打ち合わせをしている間、良二らは自分たちの馬車に戻り待機していた。

 その間、近くを通って行く兵や冒険者が良二たちをジロジロ見ていくので、3人共、何だか落ち着かなかった。

「何かみんなジロジロ見ていくね」

 美月がぼやくように言う。

「何がそんなに珍しいんだか」

 同じく容子も不機嫌を隠さない。

「おそらく、例の事件の事はみんな聞いてるみたいだし、多分、想像してたのと俺たちじゃ全然違うからじゃないかな?」

「ぼんぼんやお嬢ちゃんたちだってさ、失礼しちゃう」

「まあね、誘拐組織を壊滅した連中、どんな猛者かと思ったら俺みたいな若造に、二十歳に満たない女の子に初老のおっさんと来ちゃあ無理も無いかな?」

「真ん中、全然いないもんね~」

「まあ、噂に尾鰭足鰭が付くのは今に始まったことじゃないけどさ」

 ――俺もパンジュウヒーローだもんな……

「あの時は何も分からず無我夢中だったけど、魔獣相手の実戦ってどんな感じなのかな」

 そう頭を悩ますのは美月に限らない。

 あれから体力・魔力・魔法技に剣術や格闘技等も練成には精を出してきたが、対魔獣戦は当然初めてなので勝手が分からない。

「良さん分かる?」

「う~ん、ゲームとかのやり方と同じなのかどうか……まあ俺はゲームはあまり熱中しなかったからよくわからないけど、相手の攻撃から守る盾・ガーディアンとかタンクとか? 魔導士や魔法使いとかの支援魔法、魔法による遠隔攻撃、直接攻撃の剣士・戦士・格闘家とかあるらしいけど、こちらでの戦法はどうなのかなぁ」

「あたしもゲームはやらなかったなぁ。容子は?」

「ダ~メ、あたしも全然。黒さんもあまりやらないって言ってたし」

「こないだの黒さんのやり方は、近代の軍隊や警察の特殊部隊的なやり方だったしな。いずれにしろ、黒さんの指揮に頼るしかないなぁ」

 3人そろって溜息。最近、こちらに来て溜息をつく回数が激増したとヒシヒシ感じる。溜息を付くたびに老けていきそうだ。

「美月、火球魔法はどう? 感覚戻った?」

「うん、大分メンタル鍛えたつもりだよ。ロゼさんたちに手伝ってもらって火球作ってる時に、あちこちからいろいろ邪魔してもらったの。いつどこから邪魔が入ってもイメージの集中ができるように練習したんだよね。火球が小さけりゃ連射も出来るよ!」

 美月の言葉にも力がみなぎっていた。前回の汚名の返上に十分気合が入っているのが良二にも伝わってくる。

「あたしも練習したわ。風速・風力の強さもそうだけど、空気を尖らせて攻撃したり出来ないか考えてるの」

「空気によるドリルみたいな?」

「それに小砂利とか捲き込んで刃の代わりにしたらどうかな? とかね。良さんはどう?」

「そうだね、ウォータジェットのバリエーションを考えてるよ。カッターだけじゃなく刀のように形作ったりとか遠くを狙撃できるようにとか」

 3人とも前回の戦いのショックから立ち直り、前を向いて励んでいるようだ。

 しかし、まだ魔法初心者のせいか、攻撃系ばかりに関心が言っているのが気になるところである。防御や支援、回復等にも注力すべきであろう。

 良二としても得意の水属性で、強力な防御法は無いかなど、模索したいとは思っている。

「お待たせ」

 誠一とメアが戻ってきた。

「これからすぐに出発する。目的地までは2日かかるから今晩は野営になるだろう。順調にいけば明日の午後にはテクニアに着ける」

「野営かぁ~、キャンプだね!」

「野営は一番怖いんですよ? マツモトさま」

 嬉しそうに言う美月にメアが諭す。言われて美月は、言い返すわけでは無いのだが、最近常に思う事をメアに吐露し始めた。

「メアさ~ん、もうマツモト()()とかやめようよぉ。堅苦しいよ、美月でいいからさ」

 いつまでも敬称・敬語をやめないメアに美月ちゃん指導中。

「そういうわけには……」

「や・め・て」

「あ、じゃあミツキさま……」

「さまも無し!」

「う……ミ、ミツキ……さん! あー、これでお許しを!」

「はい、おっけぇ~」

 2人のやりとりに微笑む良二たち。

 容子も「あたしもね!」としっかり付け加えた。

 メアはすっかり降参し、若干肩を落として御者の隣に移動して行進に備えた。

 やがて掃討作戦混成隊は全ての準備を整え、テクニアに向かうべく前進を開始した。




 王都を離れ、近隣の穀倉地帯が広く伸び、農家が麦等の穀物を中心に、色々な作物や果実やらを栽培している中を通る一本道を、討伐隊のコンボイは進んで行く。

 良二たちは電線もアンテナも無い、自然と溶け合ったその景色に感動し、度たび声を上げて喜んでいた。

 いつまでも続くんじゃないかと思われた広大な農地もやがて疎らになり、その外れ辺り、細い沢のあるところで一行は、ちょっと遅い昼食をとることになった。

 軍も冒険者たちも基本、昼は携行食・弁当の類で、例外はあろうけど炊爨等はしなさそうだ。

 王都を出て3時間ほど、最初こそ初めて見る風景にはしゃいでた異世界4人衆だったが、これほど長時間の馬車移動はさすがに体への負担が大きい。

「うわ~、脚がゴワゴワ~」

「お尻痛~い」

 こちらに召喚されてしばらく経つが、これだけ馬車に揺られるのは初めてで、現代っ子の良二や容子らはかなり堪えた様子。

「黒さんは自衛隊でトラックの荷台に乗ってたんだろ? これくらいは平気かな?」

 あちこち体を伸ばしながら良二が聞いた。

「もう何十年も前の話だ。現役の頃ならともかく、この歳じゃキツイねぇ」

 歳は取りたくない、とばかりにぼやく誠一。早速、強張った筋肉の血流を回復させるべくストレッチを始めた。

 午後も日暮れまで馬車に揺られることになる。それに備えて良二も誠一に倣って下半身を中心に身体をほぐした。


 討伐隊は軍、冒険者らとめいめいに分かれて食事をとっていた。

 遊撃隊の5人は沢の近くで固まり、フィリア邸の料理長謹製、ボリュームたっぷりのベーグルサンドを頬張る。

「ここまでだったら最高のピクニックよねぇ」

 美月が容子に小声でささやく。

 軍の連中に聞かれたら、ふざけるな! と言われるのは想像に難くない。それくらいは空気読めてそう。

「この辺は魔獣は出ないのかな?」

 良二が誰ともなく言った。

「出ないわけではありませんが、この辺りでは凶暴なのはあまりいないでしょうね。人が多いところ、王都とかのような大都市だと街で消化される魔素が多いので、魔獣が生まれにくい傾向にあります」

「人里離れたところとかの方が危険なの?」

「魔素がたまりやすいですからね。でも、人がいれば大丈夫かと言えばそうでも無いんです。今回目指すテクニアですと町としては小規模だし、魔素消費量もしれてるけど、魔素が流れにくい土地柄なんだそうです。ですが、気の流れや地脈の流れ、天空の流れとかに影響を受けて時折魔素が濃くなって、魔獣が普段より多く生まれる事があるとか」

「だから討伐隊が必要になる訳か」

「はい、町や村の自警団だけでは対処できなくなると、王都の軍や冒険者ギルドに討伐要請が来ます」

「そこで俺たちの出番ってわけさね」

 良二らの後ろから響く野太い声。いつの間にかトロイマンが来ていた。

「なんだい、何しに来たのさ?」

 メアが、えらくぶっきらぼうに応える。

「いやあ、さっきからおめえがご丁寧な敬語ばっか使って、何か小難しい事ご説明してんのがやたらおかしくてよお、近くで見ようと思ってな?」

「ああ? 見せもんじゃねえよ、ぶっとばすぞ、コラ」

 思わぬメアの荒い口調、凄みを利かせた眼つきに、

「わ、メアさん別人みたい……」

容子が驚きの声を上げる。

「あ、いえ、違うんです! 今のは無理して威嚇してるって言うか……その、護衛時の気構えって言うか!」

 あわててメイドモードに戻り、言い訳するメア。が、すればするほど……

「ぶっ! ふふふ、ぎひひひ」

トロイマンの口から漏れ出す含み笑い。

「笑うんじゃねぇ……!」

 声を殺してトロイマンに釘を刺すが、勘づき始めた容子・美月らは、逆に、にへら~とニタつき始める。うん、悪い目だ。悪い口元だ。

「違うんですってば! この人がからかってるだけなんです!」

 などと、メアが取り繕いに懸命なところへ、ちょうど用足しで場を離れていた誠一が帰って来た。

「ん? なんだ? 楽しそうだな」

「あ! いえ! これは……!」

「いや~、それがねぇ……」

 しーっ! しーっ! 良二たちを懸命に牽制するメアさん、必死である。

「おお、トロイマン殿、お疲れ様です……どうなされた? 何か、随分と苦しそうですが?」

「ああ、旦那、すまねぇ、腹痛くて……ひっひっひ!」

「うん?」

 笑いを堪えているトロイマンと、苦虫噛み潰した顔のメア。今いち状況の読めない誠一、思わず頭上にハテナマーク。

「そう言えば、トロイマン殿はメアさんと面識があるようですな?」

 誠一が聞くが、答えるためにはトロイマンは2~3回の深呼吸が必要であった。

「ハァハァ……ああ、メアは結構若い……てか、ガキの頃からギルドに出入りしててな、素早さや格闘センスとか同世代からは飛び抜けてたんだ。もう12歳ぐらいの頃には大人と同じパーティに入ってクエストこなすくらいにな」

「むむむ、昔のことですから、も、もうその辺で……」

 アセアセ! なメアさんである。見ていると、なんだか鬼姫少佐を彷彿とさせるなと思う良二。

「ああ、それで! 彼女の動きはいかにも実戦的というか、型にはまっていないというか、いくらか手合わせしましたけど、何度もヒヤリとしましたよ」

「お、お褒め頂けるのは大変光栄ですが、ホントにもう……」

 メアさん更にアセアセである。冷や汗ダラダラである。

 んで、メアが敬語で話すたびにトロイマンが吹く。

「そうですね、お屋敷の方々の中でもロゼさんに次ぐサラさんと同等の実力かと……」

「お! ロゼ・カーセル! 鬼姫少佐か! さもありなん、さもありなん! なにしろこいつが現役の頃は『化け猫メア』の二つ名を聞いただけで駆け出しが裸足で逃げだす……」

 ブツッ!

「やめろって言ってんだろが、このハゲオオカミ! タマぶち切って口突っ込むぞ!」

 キレた。メアさん、キレてしまいました……

 『化け猫メア』で吹き出すところだった良二・美月らを含む、遊撃隊みんながフリーズいたしました。

「あ……ああ、いや……」

 メアさん、我に返って誤魔化そうと試むも、時すでにlate。で、最初に動いたのは誠一で、

「ぷ! くっくっく、ははははは!」

両手を膝につけて大笑いし始めた。

 それを見て顔がどんどん紅潮していくメア。

「笑わないで……笑わないでください~」

 もう涙目である。

「ごめんごめん、馬鹿にしてるわけじゃないんだ。でもホント、メアさんて……」

「……?」

「メアさんて、かわいいねぇ」

 ボンッ! 「かわいい」などと言われ、メアの顔はありとあらゆるところが真っ赤になった。いや、手も赤いから全身かもしれない。

「ぐふぉ!」

 それを見たトロイマンは、鉄砲水の如く吹きだしてくる笑いを堪えるため、全力で口を押えた。彼の顔も、別の意味で真っ赤である。口や鼻を押さえた分、噴き出すはずの息が耳や目から飛び出すかってくらいに内圧を高めてしまい、頭の奥が耳鳴りを起こしたように震えまくった。

「少佐殿~! そろそろ出発しましょう~!」

 ステラが馬車辺りから誠一に呼び掛けてきた。

「了解でーす。すぐに行きまーす!」

 そう返事した誠一は良二らに「行こうか」と声をかけ、馬車に向かった。

 トロイマンもそれに続こうとするが、とにかく腹筋の捩れを必死に耐えている様子。

「クックックッ、いやぁ、面白れぇもん見せてもらった。あの化け猫メアが顔真っ赤に……ププッ、これだけで今回出張った甲斐が……こりゃいい土産話が出来……!」

 ザワッ! 

 そこまで言ったトロイマンは自分に向けられた、これまでに感じたことの無かった、とてつもない勢いの殺気を受けて動きが止まってしまった。

「トロイ……マ~ン……」

 地の底から湧き出るような声に呼ばれて、ゆっくり振り返ったトロイマンの目に入ったのは、地獄の業火もかくやと思わせる怒りのオーラを纏ったメアさん、その人であった。

「てめぇ、この事……誰かに喋ってみろ……明日の朝から()()ねぇ体にしてやるからな……」

「ヒ!」

 百戦錬磨の冒険者トロイマンも思わず小さく悲鳴を上げた。

 先程の話のように、メアはギルド時代でも上級から一目置かれた手練れで、今ではその爪は鬼姫らによって更に研ぎ澄まされているわけで……敵に回したくない相手とすりゃ5本の指に余裕で入るだろう。

 しかし明日の朝からって……うん、男にとっては怖い……

「わ、わかってるよ! 絶対誰にも喋らんから……はは、ははは」

「墓の下まで持ってけ……いいな……」

 トロイマンはカクカクカクッとエサを啄ばむニワトリ並みの速度で小刻みに頷くと、馬車に向かって逃げるように駆けていった。

「皆さまも……他言無用に……お願い……します……」

 矛先は良二たちにも向けられた。彼らもトロイマン同様にカクカクカクッと頷く。

 それを確かめるとメアはゆらぁ~っと、ゆらり~っと不気味なほど揺れる様に踵を回すと、馬車に向かって歩いて行った。

「こ、こわかった~」

「こないだのヤクザより怖いかも~」

 容子たちが息を荒げながら言った。

「でも……黒さんもどうよ?」

 と良二。鈍い男だが流石にこれは。

「アレ絶対っ、無自覚だよね」

 と美月。

「シーナの事といい、天然で獣人たらしじゃ無いの~」

 と、一抹の不安を抱えつつ、良二たちも天然ケモたらしの後を追った。

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