天界
え、三〇八でございます。閲覧頂きましてありがとうございます。
今回から舞台は天界に移ります。妙な立ち位置になって来た良二や
遊撃隊の面々、これからどう立ち回るのやら。
今しばらく、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします!
そこはフィリア邸やラーの魔王府屋敷の客間と違い、そこそこの広さの部屋であった。
装飾等はそれほど施されておらず、どちらかというと史郎はこちらの方が気に入っていると言う。
そうはいっても12畳より若干広い部屋が寝室なのだから庶民出の史郎や美月には十分広く感じるはずだが、慣れと言うものは恐ろしいものだ。
「一か月……細かく言うと35日ぶりだね美月。魔界での仕事は大変だったそうだけど君は大丈夫かい?」
「大変だったよ~。前に話したクジラの魔獣より大きなバケモノと出くわしたり、良さんが谷底へ落っこちちゃったりしてね~」
美月と史郎は35日ぶり、魔界に行く直前に会って以来の面会を楽しんでいた。
有り難い事に今回からは以前ではつけられていた監視は解かれ、史郎の宿舎内であれば自由に行動しても良い事になったのだ。
遊撃隊の魔界訪問時、その時に発足されたミカド新生計画実行委員会に於いて美月ら異世界人は、ミカドを護る四天王として正式承認された。
よって彼らは今までのお客さん的待遇ではなく、アデスの将来を担う同志的存在と認められたのである。
未だ市井の一般市民には伝えられていない状況ではあるが、同じ機密を共有する者として、計画にもっとも中心にいる史郎との接触も、かなり自由が利く事となったのだ。
当然ながら面会の記録は残さねばならないが、お互い仕事の調整がつけばこうやって二人だけの時を過ごせるようになり、美月も史郎も感無量であった。
美月が魔界に遠征している間に史郎は天界入りしており、練成は新しい段階に入っていた。
魔界の魔王府におけるライラの居城と同じく、天界にも大神帝メーテオールの住まう宮殿が帝都パラトリアにある。
メーテオールの居城、地球のデザインで言えば古代のギリシャかローマ辺りの神殿と中世欧州風の宮殿がごっちゃになったデザインのヴァンキッシュ宮殿は、魔界や人間界に見られる防壁は無く、並木や植木がそれとな~く敷地を主張する程度の緩いものであり、その宮殿を中心に最上級12神が司る省舎が散らばる形で建っている。
そのヴァンキッシュ宮殿の敷地に隣接する土地に、史郎専用の屋敷は用意された。
聖属性魔法の適正度を高めるには天界での訓練が不可欠であり、週に一度はメーテオール自ら指導に当たる事になっているので、近場が最適と言う訳だ。
本来、大神帝がこう言った業務に手を煩わせるなど論外なのだが、計画の推進上の都合、ことに日程的な前倒しが検討されているのが大きな要因だとのこと。
なによりメーテオール自身が良二ら異世界人に興味を持っていて、当人も乗り気になっていたので、実現の要因としてはそちらの方が大きいかもしれない。
「猊下とはもう会ったんでしょ? どんな印象だった?」
「そうだなぁ……もうなんて言うか、神々しいってこういう事を言うんだなあって溜め息しか出なかったよ。美人だし綺麗な御方だけど、そんな言葉で形容するのも恐れ多いって言うかねぇ。またお会いしたいと思う反面、僕なんか会ってていいのかな? 直にご指導いただいてても本当にいいの? なんて思ったりさ。そういや美月はもっと前にお会いしてたんだよね?」
「初めて会った時の猊下は……麦藁帽子にモンペだったんだよ?」
「……想像できない」
史郎は軽く頭を振りながら笑った。
おそらく、史郎が初めて会った時のメーテオールは、謁見の儀の時に見せたライラほどの威厳に満ち溢れてたんだろうなと美月は考えた。
あの美しく、見目麗しい猊下がライラの様な神々しさを湛えれば、自分も改めて圧倒されるだろう事は想像に難くない。
「綺麗な人だとは思ったけどねぇ。ライラさんもそうだけど、公的な場所とのギャップがすごいんだよね~。ミカちゃんと初めて話した時もそうだったけど」
「ミカちゃんか……」
「ん? どうしたの?」
「ちょっとね……」
史郎は自分の腕の中で語り合っていた美月の顔から目線を外し、天井を見ながら話し始めた。
「最初はミカドってのは魔素のような状態で彷徨っててさ、このままではアデスに悪影響を及ぼしかねないと言うことで、僕が依り代になって彼を新生させるんだってのが当初聞かされた計画なんだよね。ところがミカドにはすでに人格、魂とも言えるものが存在しているらしいって聞こえてきて、ちょっと話が変わって来たなぁって思ってさ」
「ミカドがミカちゃんそのもののキャラで新生するなら、お付き合いもし易いんだけどな~。ライラさんとの付き合い方と同じで行けそうだし」
「美月の話を聞いてると、そのミカちゃんのままなら良さそうだけど……ホントにそうなってくれるかな?」
「どういうこと?」
「う~ん、どう言えばいいのかなぁ? 聞いたところじゃミカちゃんてのは、あくまでミカドの一部って仮定されてるよね?」
「うん、ライラさんの話だと頭は1/5以下で、あと右腕だけだって」
「残りの部分、それとミカちゃんが僕の中に集まってミカドになる訳だけど、どんな性格の人になるのかなあって……もしかして、僕が乗っ取られたりする、なんて事もあるのかな?」
「ちょ! やだよそんなの!」
「例えだよ、例え! それに、実際は猊下やライラ陛下、最上級12神に8魔王の全魔力で僕からミカドを分離するらしいんだ。それで僕の役目はお仕舞いさ」
「その後は帰る日が来るのを待つだけね……」
「天界での修行はあと半月程度。その後、魔界で闇属性の修行を積んだら決行だそうだよ。全部で2カ月ってところか?」
「……容子と良さんは……もしかしたらアデスに残っちゃうかも……」
「小林さん、家族がいるのにな……木島さんて、召喚の時にちらっと見た程度だから人柄とか良くわからないけど、なんて言うか、三股掛けるって言うのはさ~」
「アデスじゃ珍しくないから問題ないみたいなこと言ってるんだけどねぇ。黒さんなんか4人だよ、4人! ……もしかして史郎くんも? あたし以外に?」
「いないよ、そんな人。もう修行ばっかりだったしね」
「ここのお屋敷のメイドさんも綺麗な人ばっかりだったし~?」
「妬いてくれてるの? それは嬉しいな」
そう言うと史郎は美月を抱え直し、キスをした。
「ねえ、美月……」
「うん、なあに?」
美月と史郎は、心地よいベッドの中でもう一時、二人だけの世界を堪能した。堪能……したのだ。
♦
天界での遊撃隊に割り当てられた宿舎は、メーテオールの居城ヴァンキッシュ宮殿を眺められる帝都の高台にあった。
宿舎の窓から帝都パラトリアを眺めながら良二と容子、ミカド(仮)は天界の風に当たって、その心地よさに酔いしれていた。
「なんだか空気の質自体、違って感じるなぁ。この爽やかさと比べると、人間界や魔界の空気は煙たい……って言ったら言い過ぎかもしれないけど、気のせいかな?」
「日本の街中に比べれば、人間界も魔界も十分に綺麗な空気なのにね」
(気のせいでもあるまい。予が身動き取れなかった谷底はもちろん、魔素の漂い方が魔界や人間界とはまるで違うでの。ホント、清々しいと言うか透明と言うか)
「ミカちゃんは天界に来るのは何年ぶりなのかな?」
(それが記憶がバッサリ抜け落ちとるからのぅ。数十万年前のことは覚えとるが、ここ数千、数万年の分が全く影も形もないでな)
三界一自然が美しく(ホーラ談)、三界一肥溜め臭い(ラー談)そうだが、窓から良二が見る景色は確かに美しかった。
大体が、先ほど言った様に空気の爽やかさが半端ない。
言われていた肥溜め臭さなどと言うものは微塵も感じられない。ラーさまも以前はここの住人だったはずなのに、いけずな事を仰るものだ。
農場や牧場の方へ行けばどうかは分からないが、少なくともパラトリアにおいては全く的外れと言っていいだろう。
メーテオールの住まうヴァンキッシュ宮殿界隈を中心に、出仕する上級神の住まいが宮殿を取り囲むように散らばっており、石造りであったり木造であったりの差は有っても、庭には緑が茂り、自然との調和が目に優しい。
その周りに中級神、さらにその外が下級神の住む場所になっていき、住宅規模も小さくなっていく様は階級社会を思わせて、良二としてはちょっと引っ掛るところもあるが、それさえも様式美に見えてしまうのは不思議なものだ。
「確かに天界は階級社会ではありますが、下級神の労力と上級神の責任の重さはほぼ対等と言われており、多少の不満はあっても覆したいと考える方は、そんなには居ないそうですわ」
と、メリアン・サドール伍長が補足してくれた。
なるほど、階級差は有ってもそれぞれのバランスは取れているという事か? 階級社会と聞くと負のイメージが付きまとうが、まあ、そこで住んでる人が納得しているのなら構わないのであろう。
だが、他にも気になる事がある。
帝都パラトリアは天界の中枢のはずなのだが、なにか活気と言うものが感じられない。
城下町、目抜き通りと思しき周辺には、人間界や魔界のそれよりも、あまり賑わいが無いのだ。
「悠久の時を生きる神々は人間や魔族のように贅沢しようとか、蓄財しようとかお考えになる方が極端に少ないんですよ。だから、商工に関する熱意は他の二界に比べて低い傾向にありますね」
再びメリアンが良二に説明してくれた。なるほど、数万年の単位で生きている神族は蓄財に関してはあまり胸がときめかないのかもしれない。
貯め込んでどうするの? 無くなったらまた稼ぎなよ、時間はタップリあるよ? てな感覚なのかも。
……でもライラはへそくりがどうとか言ってたような……
「そのかわり農業や牧畜等に力を入れる方は多いですね。より美味を求めて、作物や家畜などの品種改良や栽培、飼育方法の研究は盛んです。天界以外ではあまり流通しませんが、先だってのパーティで出されたセイント牛などは各地の美食家の憧れですよ」
う~ん、食い気に関しては貪欲なのか? まあ毎日の事だしなあ。
と、それはさておき。
「ところでさ?」
「はい?」
「何で君が、ここにいるのかな?」
天界に関しての説明は有り難かったが、なぜメリアン伍長が遊撃隊宿所に居るのだろうか? 魔界遠征時も魚魔獣討伐以来、容子目当てに何かと顔を出していたのは確かだが。
「もちろん! 天界は初めてという、お姉さまのためですわ!」
メリアンは正に、ふんす! と鼻息も荒く胸を張った。
続いて容子の方を見てみた。
こっち見ないで! 容子の眼はそんな風に言いたげな眼であった。
「まあまあリョウジ、そんな微妙な目線を愛しいヨウコちゃんに向けるもんじゃないわよ? あなたも私を含めて奥に三人いるんだもの、ヨウコにだって愛人の一人くらい。しかも相手は女の子だから問題無し!」
「カ~リ~ン~!」
「まあ! カリン殿下ったら! そんな直球で言われましては!」
――邪な気持ちでお姉さん呼ばわりはしてないって言っとらんかったか? なんだよ直球って……
俺はなんて顔すりゃいいんだ? 良二は自分の奥がいつの間にやら妙なことになっていることに戸惑っていた。
これが男なら恋敵として真向勝負、自分より彼女を幸せにしてくれると、完膚なきまで思い知らされれば身を引くのもやぶさかではないが、相手は女である。
この感情、頭の中でどう整理整頓したものか。
「別に悪い娘じゃねぇんだ、気にすることもあるめぇ?」
自分の表情を読まれたか? 誠一が小声で助言してきた。
「ん~、そうなのかなぁ?」
「ラーだってバイだぜ? まあ、俺と付き合い始めてからは、男女問わず他はいないとは言ってるがな」
「ほんとかな~?」
眉を吊り上げ目を細めながら、意地悪く言ってみる。
「おお。だからよ、『それで? 夕べは誰と楽しんでたんだ? 俺だけで満足できる身体じゃ無いだろぉ?』とベッタベタでイジってやった」
「やったのかよ。で? ラーさん、何て?」
「首絞められて、ど突きまわされた。予想通りだ」
「なにやってんだか……」
「じゃれ合いも油の一つさ。新しい刺激は悪い事ばかりじゃないからな、お前も気楽に構えろ」
やれやれ……俺はまだまだ彼女らに学ばなくちゃならないんだな……
「しかしメリアン・サドール伍長?」
誠一がメリアンの処遇について切り出した。
「メリアンで結構です! お姉さまにお聞きしましたが特別遊撃隊では姓階級では呼び合っていらっしゃらないそうで。ならば私もぜひ!」
「……容子に名前で呼んでもらいたいんだな?」
「え! いやぁ、決してそのような……あ、あははは」
誠一ため息また一つ。




