気が付いたら……
魔界入りしてから、ぼちぼち2週間が過ぎた。
ミカド新生計画実行委員会は、ホーラ・ローゲンセン・フィリアを委員長として正式に発足され、良二たち異世界人はミカドを護る四天王として改めて認められることになった。
魔導団としての階級は変わらずそのままであるが、身分としては侯爵級に相当するらしい。
まあ、領地も持たない遊撃隊にとっては爵位なんぞあんまり値打ちなど感じないのだが、各国の王族貴族と接するのに必要なものらしい。
おかげさんで史郎に続き、良二らも「キジマ卿」などと呼ばれることになる。
半年ちょっと前まで一介の大学生だったのに、ついにお貴族サマである。
「俺だって一人親方の鉄工職人だったんだぞ? それが中隊長級の士官様に続いて王侯貴族の仲間入りだとよ」
誠一が自嘲交じりに零しながら天を仰いだ。
魔界での最後の休日。良二ら遊撃隊は朝食を終えて誠一の部屋に集まって駄弁っていた。
昨日、ホーラやフィリアから説明された、委員会において出された大綱が話題のもとだ。
「沢田くんの地位がライラやメーテオール猊下と同等とすれば、俺たちは人間界で言えば6か国の王と肩を並べるくらいになっちゃうとか?」
「私は歓迎よ? アーゼナルやアマテラの連中も、リョウジとの交際にとやかく言う手合いが減るわ。侯爵級なら婚姻だって射程距離よ」
「美月なんか沢田くんと恋仲だし、公爵級でもいいんじゃないかしらね?」
「そうだね、ミカドがそのまま人間界の帝なら、美月は皇后陛下になられるんだぜ?」
良二が冗談交じりに言ってみた。
「まっさかぁ~! いくらなんでもそれは無いんじゃない? それにメンドくさそうだしやっぱり、あたしは平民でいいや」
当の本人はまるで他人事である。まあ当然であろう、最近ようやく魔導団員として地に脚がついてきたばかりなのに、貴族待遇とか言われても雲や霞を掴む以上に実感が無い。
「そうっすよ~ 領民思いの優しい貴族様に仕える方が楽っすよ~」
「私たちはどうなるんでしょう? やはり主様の側室でしょうか?」
「そんなのどうでもいいよ。俺にとっては、お前たちは全員等しく、掛け替えの無い存在だ」
誠一の言にメアとシーナ、にっこりニコニコ。
「でも、そうなったら人間界の、6か国の王族や貴族たちはどう思うかな? こんなよそ者が自分たちと同格か、それ以上になっちゃうんでしょ?」
「ふむ、容子の疑問も前から思っていた事ではあるがな。まあ以前にも言った通り、あと半年もたたずに俺たちはおさらばするんだ。気に食わねぇって思ってる連中もちょっとの我慢だ! くらいに思ってるんじゃねぇかな? そう心配することもあるまい?」
(予は一体どうなるのかのう? 出来れば自由に動ける身体が欲しいもんだが)
「残りの本体次第って事になるみたいだけど……あたしはミカちゃんはミカちゃんのままでいて欲しいな」
(ヨウコはええ子やのう。涙出そうになるわ)
「しかし、霊体そのままのキャラじゃなあ? ライラや猊下と同格で人間界の頂点、てのは難しくないかな?」
(リョウちゃん、あんまり予のこと侮ったらアカンで? 伊達にメルちゃんやライちゃんと鬼ごっこした仲やないで?)
「意味わかんねーし」
コンコン……
「失礼いたします。メリアン・サドールさまがお見えになられました」
メイドの一人が容子の妹分、メリアンを案内してきた。
なにやら首都内の繁華街を案内してくれるそうで、容子と美月を迎えにきたのだ。
「お邪魔します、お姉さま、みなさま! お約束通り、オーリッシュ通りを案内させていただきますわ!」
メリアン伍長、ルンルンでご登場である。
BBQの夜以来、休みが合わず容子とデート()出来なかったせいか、気合の入り方がハンパ無さそう。オメメがキラキラの上にギラギラである。
委員会の決定によれば、遊撃隊は今週中にも人間界へ引き上げて体調や能力の調整や再測定を経て、次の天界入りに備えることになりそうだ。
その前に容子らも魔界の首都見物をしておこうと言う意見が出て、ガイド役としてメリアンが名乗りを上げたので、お願いしようと言うことになったのだ。
更にラーの心配りも。
「お嬢様方。玄関に専用馬車の用意も出来ております。ご自由にお使い下さいと、お館さまのお言葉です」
案内してきたメイドがそう説明すると、美月が、
「わぁお! ラーさまに感謝! みんな行こ!」
などと言いながら女性陣全員に発破をかけた。
容子とカリンが良二に、メア・シーナは誠一に軽くキスし、「行ってきま~す!」とみな元気に玄関へ向かっていった。
「今週で魔界からは引き上げだね」
良二と誠一は屋敷に残った。昨日の説明時に受け取った資料の精査のためである。
というのは表向きの理由で、女の長~い買い物に付き合いたくないと言うのが本音であった。あれは並みの雑役より堪える。
「想像のはるか上を行く行程だったな。人間界より大物の魔獣相手でレベルアップを目指すって程度の気でいたが……」
「だね。まさかミカドに遭遇するとは思わなかったよ」
「はじめは冗談めいて話してた四天王って設定がマジになるとはなぁ」
「おまけに……それに見合うほどの魔力の増強がすごいよ。自分のことながら呆れるくらいにね」
「先だって試したミカによる一時的なブースト、アレがモノになれば戦力の更なる大幅な強化が期待できるんだがな。得意属性以外の魔法力も底上げできると、取れる手法、戦法も飛躍的に広がる」
ミカド(仮)の言っていた分散憑依。
彼女自身の移動手段や対象を操作する手段かと思われたが、魔力の内圧を上げる効果もあったらしい。
前衛を担うことの多い良二は、誠一のプラズマショット級の全隊攻撃や、美月の様な射程の長い魔法も欲してはいた。
今までの魔力では、例えば火属性魔法では火球にしろ、火炎放射にしろ、とても実用には届くようなものを繰り出すことは出来なかった。
しかしミカによるブーストが加われば、美月並みとまではいかないが、火球も撃てるようになるほどだ。
谷底に落ちた時に繰り出した、刃渡り10m級の長水剣もミカによるものだったのである。ただ、あれは魔獣を操る時間を得るために咄嗟にミカがやったことで、ブースト圧はあれでも控えめだそうな。
だが残念ながら長所ばかりではない。ありがちではあるが、肉体的な負担も大きく長時間は望めないと言う短所もあり、四六時中使うと言うわけにもいかない事も判っている。以前、良二とライラが海で見せた同期技。アレに近い、急激な体力の消耗が予想された。
「でもこの大綱だけだと、ミカドを新生させる流れってのが今いち分かりにくいね。沢田くんに魔素を集めて分離とか言葉で言うのは簡単だけど……イメージが湧かないな~」
「理屈はわかるが実感に乏しい、って感じか。俺たちは魔素そのものに関してはてんで無学だし、武器や防具として使いこなすくらいが精々だからな」
「逆に俺たちの水剣や光剣は、魔王府軍や国防軍の魔導隊にも伝授できなかったね」
「うん、例えば俺の光剣は雷属性だけで成り立つもんじゃない。俺は自分の工場で使っていたプラズマ切断機のイメージで具現化させたが、雷だけなら対象に熱を持たせることは出来ても、風属性によるガスの噴射が組み合わされなきゃ切断までには至らない。加熱して溶融したところを圧搾ガスで吹き飛ばすってのがイメージとしては正しいんだろうが、今現在のアデス人には、どうにもその辺りがイメージ出来ないようだな」
「たとえ俺たちに子供が出来ても伝授できないって事か。地球に留学でもさせられりゃいいんだろうけど」
「子供か……」
良二の言った子供と言う言葉に誠一が反応した。
半年以上会えていない家族を連想させてしまったかもしれない。良二はちょっと気まずくなった。
「あ、思い出させちゃった?」
取り繕うように声をかける良二。だが誠一はかえって意外そうな顔で良二を見た。
「ん? 何か気ぃ使ってんのか?」
「え? いや、つい」
「前にライラちゃんにも言ったろ? 俺の家族との時間は何も失われちゃいないって。気を遣うとこじゃねぇと思うぞ? それよりも、だ」
「なに?」
「むしろお前の方さ」
「俺?」
「お前は……残る気だな?」
「…………」
良二は言葉に詰まった。
考えていないわけでは無い。寧ろ最近、どんどん頭の中に擡げてきている事柄だ。
「……まだ、決めたわけじゃない……」
「俺たちに子供が、なんて言うからそっちに傾いたかと思ったんだがな?」
実は、良二はこの魔界に来ていた2週間ちょっと。この間、ライラに続いて容子ともカリンとも契りを結んでいたのである。
思う所はいろいろある。しかし結ばれた後の二人が自分に見せた、あの表情。
以前、自分がとりこになった二人の笑顔同様、良二の脳髄にグッサリ突き刺さった。
意識し始めると、ライラをはじめ彼女らとの、とりとめもない日常ですら全てが愛おしくなってくる。
まだ日本での一夫一婦=正常みたいな感覚が抜けきっておらず、引き摺るところは多々あるが、しっかり踏み込んでしまった三嫁体制。当然これがゴールではなく、スタートなのは言うまでもない。
彼女たちとの将来像は、その時点で更に深みを増しながら良二自身に深く圧し掛かってくる。
やがて、彼女たちとの間に生まれるかもしれない子供たちの事にも考えが及ぶのは至極当然のことだ。そんな中での最適解となれば……
いみじくも誠一の言ったとおりである。自分はアデス残留に傾いている。
しかし。
「簡単には決められないよ」
「容子か?」
そう。三人に同様に尽くすとなれば、容子は日本にいる自分の家族と別れることを意味する。
果たして、それは許される事なのだろうか?
「どちらか選ぶしかねぇんだ。自分一人の事ならともかく、相手がいるんなら……」
「気楽に言うなよ!」
良二はつい声を荒げてしまった。
言われなくても、いつも頭の中にへばりついている事だ。そこを突かれ、心臓を軽く締められる思いも過ぎり、それを抑えるように声量も大きくなった形だ。だが、
「……そうか、気楽に聞こえたか?」
――あ……。
誠一は、そんな良二の思いを余さず受けとめてくれた。
「ごめん、つい……」
「……無理もねぇか。俺も嫁に求婚する時ぁ、腹くくるのに随分頭抱えたが……その三倍抱えてる今のお前とじゃ比べもんにゃなるめぇなぁ」
「黒さん、俺……」
「どうすりゃいいか、なんて聞くなよ? 選ぶのはお前だ、正解も不正解も無ぇ。容子と日本に帰るならそれも良し、もし容子と一緒にここに残るなら……」
「…………」
「容子の親御さんには、俺からちゃんと伝えてやるよ」
「そんな事……」
「俺に出来ることなら何でもやってやるよ。拭いて欲しいケツがあるなら、いくらでも拭いてやる。だからお前も腹ァ括って答えを出せ。敢えて言うなら、それが正解だ」
そう言って誠一は笑って見せた。
「黒さんは、ブレないね」
全く、誠一の想いは常に揺るぎない。アデスに残れば貴族級の身分と、自分を慕う女性たちに囲まれた余生を過ごせるのに、それには未練はないのだろうか?
「頭が固い、ってだけかもだぞ? 言いたかないが俺も歳だからな。身体も頭も融通が利かなくなるばっかりさ」
「でも、俺なんてまだ若造でフラフラしてて……」
「俺がお前の歳の頃は面倒から逃げ回ってばっかりだったさ。お前は三人の女相手に逃げずにちゃんと向き合ってるだろ? 俺なんかよりずっと、立派だよ」
「ほめ過ぎだよ」
「謙遜するな。前にも言ったがお前も美月も容子も、随分成長してるよ。下手すりゃ人間界の頂点付近の存在になるってのにビビったり、もうやだ逃げよう、なんて泣き事も言わんし」
「それは……自分でも不思議だな」
「そんなもんだ。気が付いたらこうなってた、人生なんてそれの連続さ」
しんみりとした口調だ。誠一は自分の人生を振り返りながら言っているのだろう。
そう感じた良二は、まだまだ実感の湧かない誠一の言葉を頭の片隅に置くことにした。
いつか実感できる日が来たら思い出そう、そんな思いで記憶の奥に置いた。
「茶でも入れるか?」
誠一はそう言うと、テーブル上の魔石ポットのスイッチを入れた。




