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ミカちゃんと呼んで

 さて、どうしたものか? 

 掻い摘むとライラもメルもこのミカド(仮)とは旧知ではあるものの、その素性に関しては見当がつかない、名前も覚えていない、と言う事らしい。

「まあ、4~5歳頃の記憶の中には、友達のように仲良く遊んでいた子が、実は親の帰省とかで1日程度しか一緒に居なかった。なのに長く付き合ってた相手みたいに印象に残ってる、てのは俺にもあるが……45年くらいたってるのに何故か忘れん」

「どこの家の子かも、名前すらも知らない、覚えてない、そんな記憶?」

「そうそう、そういうパターンだ。物心つく頃の記憶って、夢と現実もごっちゃになってるところもあるから、ホントあやふやだもんなぁ。美月はどうかな?」

「10~12年前の事なのに、あたしもそのころの記憶って曖昧なのよね。幼稚園の保母さんは覚えているのに、小1の担任って顔とか思い出せないし」

「二十歳やそこらの俺も似たようなもんだし、数十万年前ってのが事実なら、そりゃ覚えて無くて当然かな?」

「でしょ~? でも、あの頃って何もかもが新鮮て言うかさ~。そう言う記憶は焼き付いてるのよね~。新しい事の方が、けっこう忘れちゃったりしてさ~」

「ありますわね~? 綺麗なお花一面の草原や、いつまでも見ていられそうな川の流れとか今でも思い出すのに……。そうかと思えば、気無しに置いたペンとか、あら、どこに置いたのかしら~? なんて何十分も探したりとか?」

「そう! あ、あれやっとかなきゃ~と腰上げたら、あれ? 何やるんだったっけ? とかさ~!」

 ……天界と魔界の指導者が認知症初期みたいな事を嬉々として話し合っているのにも頭が痛くなりそうな良二であったが、それ以上に頭を痛めているのが、

(なあ……頼むから予のこと置いてきぼりで盛り上がるの勘弁してくれんか? マジで泣きたくなって来たんだが?)

このミカド(仮)である。

 未だ正体は不明なわけだが言っている事にウソは無く、今のところ良二たちや魔界や天界に対しても、悪さを考えているわけでは無いのは伝わってくる。

(大体二人とも薄情や! 予は二人の名前も覚えとる言うのに、なんで予の名前は忘れてしもうとるんじゃい!)

「肝心の自分の名前忘れてる奴が何抜かしてんだ? 存在自体、忘れられかけてたんだし、記憶から消えんかっただけありがたく思え」

(あ? クロダっちゅーたな、お前! 何じゃ、その上から目線は!? この世に生まれてたかが50年かそこらのジャリガキが予にケンカ売る気や言うんなら買うたるど!)

「やるか? 俺は良や殿下を殺しかけたことにはまだ納得しとらんからな! これでも俺は寺の住職のひ孫なんだ、プラズマショットに般若心経練り込んでブチかますぞ!」

(な、なんじゃ!? そ、その聞き慣れん、ハンニャシンキョーとやらは!?」

「我が世界に伝わる最強の破邪の呪文よ。この262文字の言霊を込めた雷撃はどのような霊体・精神体でもこの世から欠片も残さず浄化される! 後悔することも叶わず消え去るがよいわ!」

「おお! やはりクロさんはただ者じゃなかったっす! 元の世界でも破邪の戦士だったんすね!?」

「やはり、私の見る目に間違いはありませんでしたわ! 芯から英雄となる器をお持ちの方!」

「ああ、主様! なんと凛々しい!」

 セイイチ大奥、大感動の図! 対して良二。

 ……おっさん……ハッタリも大概にせえや…………

 ……どうすんの、黒さん……冗談でした、じゃ済まないよ……

 美月もあきれ顔。

 と、ここで、

「ミカドよ」

誰かが言った。

「え! 何!?」

 ミカド、という言葉にライラとメルは強く反応した。

 良二や誠一も同じくらいの反応を見せる。彼らにとっても、今一番気になるキーワードだ。全員の耳目が声の主、その一点に集中した。

「その子はミカドだと言ったのよ」

「よ、容子。気が付いてたのか!」

 そう。彼をミカドだと言い切ったのは、今までずっと寝ていた容子だった。

 容子は起き上がるとひとつ大きなあくびをし、首を左右に倒してコキコキ鳴らすそぶりをした。

「もう、うるさくて寝てられやしないわよ」

 と、今度は頭の後ろをボリボリ掻きだす。

「容子、大丈夫か? 具合はどうだ? いつ目が覚めたんだ?」

「一度に聞かないでよ良くん。ちょっと身体はだるいけど、大丈夫よ。少し前から目は覚めてたんだけど、いつの間にかラーさんの屋敷にいるし、何が起こったのか理解するのにちょい時間がかかっててね」

「よかった……あいつがお前から出て行ったのに目が覚めないから心配してたんだ……」

「うん、心配かけてごめんね。それとね、あの子がミカドじゃないのか? ってのは憑依中にはもう思ってたんだけど、まずはあたしたち4人だけで相談したかったのよねぇ。ライラさんや猊下の言い分と、ちょっと違ってきてたしさ。で、様子見だなと思って寝たふりしてたら隊長がおバカなことやり始めるし、もう言っちゃうしか無いかって」

 という事で、誠一は、良二・容子・美月によるジト目のジェットス●リームア◯ックを喰らった。

「ち、ちょっと、お茶目しただけじゃねぇか。そんな眼で見るなって!」

 恐らく般若心経よりかは効果が有っただろう。

「ヨウコちゃん、こいつがミカドって……」

「確証があるってわけじゃないの。でも、そう考えるのが一番だと思ったのよ。あの子が入っている間はあたしは確かに寝ていたけど、あたしの夢とあの子の記憶が混ざったのかしらね? ライラさんたちの言う、ヘビの巣を見てた情景が、あたしにも見えてきたのよ」

「なあライラ。ライラも、もしかしたら? って思ってなかった?」

「え? 何が?」

「奴が、ミカドかも? って感じて無かった?」

「え~? う~ん。そうね~、もしも本当にミカドが人間界におけるあたしたちのような存在になるのなら? あの頃一緒に遊んでたのも有り得るかな~? とか考えなくもなかったんだけど……」

「けど?」

「だってこれよ? こんなグロいのが、あたしたちと一緒とかさあ」

(これ!? 数十万年前からの旧知を これ 呼ばわりかい!)

「そうですよ、ライラ。あまりにも、失礼ですよ……」

 とは言うものの、ミカド(仮)を見るメルの目も、道端でカラスに肝臓をえぐられて野ざらしになってるカエルの死体を見るような目をしていた。

(おい、メルちゃん! その、道端でカラスに肝臓をえぐられて野ざらしになってるカエルの死体を見るような目で見るの止めてくれんかね!? 泣くぞ! マジ泣くぞぉ!)

「やめてよ! なんかホントに血の涙流しそう!」

「部屋の絨毯が汚れますし、ご遠慮くださいまし」

(鬼か、お前ら!?)

「まあ、とにかく。暫定的にこいつの名前は、ミカド(仮)という事にせんか?」

「俺もこいつがミカドかもって疑ってたから構わないけど?」

(ミカド!? それが予の名か!?)

「(仮)だよ(仮)! まだ決まったわけじゃない」

(ミカド……ミカドかぁ。しかしなんか……あれだな? せっかく見つけてもらって言うのもなんだが、なんか響きがゴツイな?)

「幽霊と呼ばれるのと、どっちがいい?」

(う~、是非も無いかのう)

「だったら、ミカちゃんとかなら可愛らしいじゃん? メルちゃんライちゃんミカちゃんでさ」

「え~? こんなグロいなりしてミカちゃんとか~? いや、無いでしょ? ミツキちゃん、こいつ見えないからそう言えるのよ~」

「ホントどういう状態なんだろ? ミカちゃん……ミカジューになる途中みたいな?」

「黒さんやめてそれ! マジ想像しかけた」

「じゃあ、無難なところでミカちゃん、と呼ぶことでよろしいでしょうか? ミカドの可能性もアリという事で、ここにいる方々のみの隠語という事で」

「ここだけの秘密にするの、メル?」

「さしあたっては、お耳に入れるのはホーラさまとローゲンセン様だけに限定した方がよろしいかと? 決定はお二方も交えて検討して頂いたその後に……と猊下もそのようなお考えかと?」

 ラーの言に、その通りです、と答えるメル。

「ってぇ、わけで、あんたの名前ミカちゃんだってさ。わかった? 幽霊」

(ミツキ、やったか? だから幽霊と……まあいいわ、ミカちゃんて名前貰ったし)

「で、当面こいつの処遇はどうするかな? 身動き取れないって言うなら、このままここに放っておくのも手だが、ラーが嫌がるだろうし」

「ご勘弁くださいまし、こんな得体のしれないモノ!」

(そこのエロい姐さん、いっぺん憑りついてハダカ踊りでもしたろか?)

「でも主様、そうなると適当な依り代が必要になってきますのでしょ? そんな都合のいいものがありますでしょうか?」

「分散憑依も出来るとか言ってたな? あれやると人格はどうなる? 分身するのか、まとめて一人格か?」

(あんまりバラバラになられると意識が薄くなりそうじゃがのう。繋がり保たせるために神経使うし。今日入らせてもらった、えーと、ヨウコちゃんじゃったかの? あの子の中にお邪魔させてもらえば一番楽なんじゃがな?)

 ここで良くん、また激怒!

「ふざけてんじゃねえよ! ありゃ谷底から脱出するのに止む無く目を瞑ったんだ! これ以上、容子に負担掛けさせてんじゃねえぞ!」

「別にいいわよ、あたしは」

「ええ!?」

 存外、あっさりと承知する容子。ケロッとしたもんである。

 だが良くんは収まりません。

「ちょ! 正気かよ!? ミカドの可能性ありとは言ってもこいつ、厳密にはまだ正体不明の悪霊だぞ!」

(言うに事欠いて今度は悪霊かい! 憑りついて中から脳味噌かき回すぞ!)

「てめえこそ! 塩か聖水でもぶっかけて溶かすぞ、このアンデッド野郎!」

「落ち着きなさいよ良くん! 今日はいきなりだったから驚いたけど、身体は何ともないし、こっちから呼び出す用事が無い時は眠っててもらうって事でどう?」

(予はそれで構わん。と言うか、ヨウコちゃんの身体は居心地が良くての? よほど予との相性が良いんじゃな?)

「この野郎! んなこと俺が絶対認めないぞ! 大事な恋人が目の前で凌辱されるようなマネ許せるもんか!」

「だから落ち着きなさいって! あたしはホントに負担は感じなかったし。まさかミカドと確定してないうちから沢田君に依り代になって貰うわけにもいかないでしょ? それにね、良くん? あなた一つ間違ってるわよ?」

「間違い? 何が?」

「ミカちゃんはね、女の子なのよ?」

 …………は?……



 ――俺たちは、とんでもない思い違いをしていたのかもしれない! 

 などと良二たちは、どこかの推理モノ主人公のようなセリフを脳裏に思い浮かべたことだろう。

 ミカド、などという仰々しい名前? 称号? や、この喋り方からして、てっきり男性人格だとばかり思って野郎呼ばわりまでしてしまったが、女の子だったとは。

「いや、この喋り方で女の子と見抜けとか、そら無茶振りだろ?」

「同感だ、良。なあ容子? マジで女の()なのか? 百歩譲って女性人格だとしても、精々お局さん辺りじゃねぇのか?」

「おつぼねさん、って何? どういう意味?」

「うぐっ!」

 誠一に世代ギャップ砲直撃! ちょい落ち込む誠一。

「ねぇ、容子。そもそもミカちゃんが女の子だってどうやって分かったの?」

「うーん、分かったというか感じたというか……あんたも憑依されたら実感できると思うけど?」

「やだ! えんがちょ!」

「う~ん、天界魔界の指導者が女性だし、人間界だけ男性というのもなんだし……アデスの三女神ってぇ方が絵になるのかな?」

(アデスの三女神……ええ響きじゃな~。クロダ、ナイスやで)

「でもね~、あの頃のあたしたちって、男だの女だの意識してなかった頃だったしね~」

「ミカちゃんの記憶を感じた時は……ライラさんも猊下の姿も、ハッキリとは見えていないんだけど少女、というより幼女に近いかなぁ? そんな雰囲気だったと思うわ」

「やっぱり人間でいえば物心つくころ辺りか。ライラの幼少期かぁ、見てみたいもんだな?」

「やだ! はずかしいよぉ~」

(見たいんなら憑りついたろか? ひと眠りして夢でも見れば写し込むことは出来るかもしれんぞ?)

「あ~、今はいいや。とにかく当面の方向性として、お前が本当にミカドかどうかを検証する必要があると思うし」

「ローゲンセンと相談するしか無いわねぇ。でも彼も頭抱えると思うわよぉ~。ミカドの身体とか魂は未だ魔素状態で漂っているって考えられているからねぇ?」

「あ~、だとすると最近の魔獣の組織だった動きも再考だな?」

「それだよね? 俺も最初はミカのせいかと思ったんだけど彼……彼女は俺を落としたあの鳥魔獣と襲ってきた狼牙を操っていただけで、魔獣に組織だって動ける知能がある訳じゃ無いって事らしいんだけど?」

「しかしそれだと、テクニカから始まってナルの村や、昨日――もう一昨日か? の討伐戦での魔獣も操っていたことになるが、それは全く関与していない、だな? ミカ?」

(ミカちゃんと呼んで! つか、予は今までに言った通り、身動き取れなんだからの。操れるのはリョウちゃんと出会った場所周辺と、龍脈越しに何とか届く谷底と例の橋周辺だけじゃぞ? それ以外じゃ操ったり出来ひんし、増してや人間界にちょっかいなんぞ出せんわ)

「だけど今、人間界と魔界で魔獣の軍団化が目立ってるのは確かだ。思い付きで言わせてもらえばミカが千切れたあとの、残りの本体が悪さしている? と考えるのが妥当なんじゃねぇかと?」

(なんか予が、切られたトカゲのしっぽみたいな言われ方じゃな!)

「どちらかというとぉ~、あんたは……残りカスよね~? 頭半分以下とか?」

(他に言い方無いんかー!)

「頭が足りてない?」

(泣くぞ! ミツキ! 泣くからな!)

「実際あんたの頭って半分……1/4以下じゃない~? 足りて無いってのは確かじゃん~?」

「言い過ぎですよライラ」

(鼠が卵から生まれると思っとった脳味噌に言われたないわ!)

「何をー! この腐れ地縛霊! そこを動くな、出でよ黒き炎!」

「わー! ライラ落ち着け!」

「お屋敷が燃えてしまいます! 陛下、御堪忍を!」

 アデスの未来に関わる話なのに、なんでこんなコントを……誠一も容子も思わず頭が痛かった。

「う~ん、こりゃ今夜はここまでかな? あとはローゲンセン(賢者)殿にも話して今後を検討するしか無さそうだし。こんな夜更けにわざわざ出向いていただけた猊下には申し訳ありませんが……」

「いえいえ、こちらの方のお名前がミカちゃんと判明するお手伝いが出来ただけでも、お邪魔した甲斐があると言うものですわ」

(うう、メルちゃんは優しいのう。ホント神々しいわ。それに比べてライちゃんの薄情さと来たら!)

「薄情~? 話し相手欲しくて丸太ン棒ぶつけて1400m下まで落っことす奴がなんだって? なぁんだってぇ~?」

(あ、いや、あれは本当にスマンかった。言い訳になるが2年間あれこれやって、やっと、これは! って言う魔力の持ち主見つけたもんで無茶したわ。リョウちゃん……マジでごめんやで。もう一人の姉さんにも予が謝っとったと、よろしく言っといてくれるか?)

「ん……。まあいいさ、お前がミカドかも? って事だけでも収穫だったし。でもあんな招待は二度と願い下げだからな?」

「じゃあ、そろそろみんな休もっか? メル、あたしの部屋においでよ?」

「そうね、久しぶりにお泊まりさせていただくわ」

 そう言うとライラは良二に「お休み!」と、頬にキスしてからメルと自分の城へ帰って行った。

 誠一や美月、ラーたちも、それぞれ自室に戻っていく。

 最後に部屋に残った良二も大きくあくびをし、

「俺も寝るとするか……」

と呟いた。

 そんな良二の左腕に、スッと静かに容子がしがみ付いてきた。

「お疲れさま……」

 じっと良二を見つめる容子。色んなことがあった一日だったが、二人とも無事に床についてその日を終える安堵感が浮かんでいる、そんな眼だった。

「心配かけさせたね。ホントにごめんよ?」

「……ね、一緒にいていい? 添い寝だけだけど」

 良二には断る理由などあるまい。ベッドで横になったら数秒で眠ってしまうであろう自信バンバンであり、本当に添い寝だけで終わるオチしか思い浮かばないが……今は自分も容子に傍にいてほしかった。

 谷底へ落下して心配させたこと。ミカに憑依された容子の容態を心配したこと。

 今日は容子への感情が今までになく昂った日でもあった。

 良二は、その容子の誘いを受けるように、組んだ腕に右手を添えて二人で自室へ戻って行った。

(結局、予は放ったらかしか……)

 ミカちゃんは悲しかった。

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