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幽霊ちゃうわ!

 戸惑いながらも良二から大体の説明を受けた誠一ら救援隊は、どこまで信じてどこまで煙に巻くかが悩みどころとなった。

 良二は悩んだ末、もしかしたらこいつの正体はミカドかもしれない……と言う事はとりあえず伏せておいた。落ち着いてから、まずは誠一と二人で相談しようと思ったのだ。

 まだ確定するには疑問も多く、もっと煮詰めた議論が必要だと思われたし、今は何より、地上への脱出が最優先だ。

「カリンとラーさまが降りられなかったのが気になるな。アデス人に起こる現象だとするとフィリアさんやポメラが澱みの中を突っ切れるかどうか……」

 カリンはもちろん、8魔王のラーですら入れなかった瘴気ともいえる層だ。フィリアたちに負担が無いとは考え難い。

「マスクを作ろうか? 少しでも澱みを吸い込まなくて済むように」

 美月が提案。

「それも必要だがカリンは目をやられていた。殿下らに同じ症状が出ないとも限らん」

「眼を閉じててもらったら? あたしが手を引くわ」

 と、ここで容子も提案した。しかしメア、

「坂を上っていくわけですから、手を引くだけじゃ危ないっす。あたしがおぶって!」

フィリアの転落を止められなかったのを気にしてか、名誉挽回とばかりに気合を入れる。

「私もお手伝いします。二人で交代しながらなら……」

 シーナも手を挙げる。いずれにせよ、行きしなのラーやカリンのように、ダメなら置いていくと言うわけにはいかない。ただ、ラーたちの待つ中腹の待機所まで双方の体力が持つかどうか。

「でも、どうしてあたしたちやシーナたちは何ともないのかな? 特にシーナもメアも、カリンと同じアデス人なのに?」

 と、不思議そうに美月。確かに妙だが、どんな理由があるのだろうか? ぱっと見、違いと言えば彼女らは二人とも獣人だと言う事くらいしか?

 だとすると嗅覚がするどい獣人組の方がダメージありそうだが、臭いの種類の相性がいいのか?

「ふ、これは予の出番のようじゃな」

 ミカド(仮)が不敵な笑みを浮かべながら、なにやら言いだした。

「出番? 何かいい方法があるのか!?」

 誠一が喰い付く。隊長としては、何か他に選択肢があるなら是非聞きたいところだろう。

「予は聖属性の魔法を心得ておる。二人の周りの空気を浄化する程度なら問題なく出来るわ」

 空気の浄化。なるほど、それならフィリアやポメラに負担をかけずに済みそうだ。しかしながら、ちょい疑問の湧いた良二はミカド(仮)に問い正してみる。

「待てよ、お前はここから身動きできないと言ってたじゃないか。……まさか分散憑依を使う気か?」

「分散憑依? もしかしてあたしたちに憑りつくワケぇ!? ちょ! キモいんですけど!」

 美月が徐にイヤそうな顔をする。まあ当然の反応であろう。余程のオカルトマニアでもない限り、そんなもの受け入れる奴はいない。

 とは言え可能であるなら、キショイ方法であったとしても立派に選択肢だ。検討の余地は有る。

「なあ幽霊、せめて俺だけに憑依できないか? こいつは俺の不始末だ」

「幽霊と呼ぶのはやめい! 予はそんな曖昧模糊(あいまいもこ)とした存在では無いと何度言わせれば! と、それはさておき、リョウちゃん一人では残念ながら予の全てを憑依させることは出来ん。じゃがの……」

 そう言いながらミカド(仮)は寝ころぶとスッと眼を閉じた。

 ――ん? 何をする気……

 と、次の瞬間、

「あ、あああああー!」

いきなり容子が悲鳴を上げながら頭を抱えて、しゃがみ込んだ。

「容子!」

 仰天して容子に駆け寄る良二。抱きよせて彼女の顔を伺う。

 目を固く瞑り、歯を剥き出しにし、全身が震えている容子。

 だが、数秒の後に容子の痙攣は収まり、荒い呼吸も落ち着いて平静を取り戻した様に見えた。

 ゆっくり立ち上がり、フッと目を開ける容子。

「よ、容子?」

 続いて、良二に顔を向けて、「にぃ~」と不敵とも言える笑みを浮かべた。

「おい、幽霊!」

 良二は全てを察知した。こいつ、今度は容子に入りやがった!

 当然ながら良二くん、怒り天辺、怒髪天。

「てめぇこの野郎!! 今すぐ容子から出ろ! 今すぐだ!!」

「幽霊では無いと言うに!」

「うるさい! お前なんか幽霊で十分だ! とにかく容子から離れろ!」

 容子(ミカド(仮))の胸ぐらを掴み凄む良二。しかし、それはやっちゃいけねぇ。

「おいおい落ち着け。この娘が苦しむだけであろう?」

「喋るな! 容子の顔で容子の声でてめぇが話すと虫唾が走るわ、出ろ!」

「いや~思った通りだ。この娘の身体の容量は大したもんだ。予の全てを受け止めてくれたぞ?」

「受け止めたんじゃなくて押し入ったんだろうが! 塩で清められてほしいか!」

「何のまじないじゃそれは? まあ安心せい、この娘には何の支障も残らんからの。お前の不始末言うんなら、ここは堪忍一択では無いか?」

「てめぇ!」

 荒れる良二。せめて容子の承諾を受けていればともかくも、これでは恋人を目の前でレイプされたに等しい。 

「良、ここは落ち着け……」

「黒さん、何を! こんなこと許せるもんか!」

「お前の怒りはもっともだ、これが最適解であってもな。おい幽霊」

「だから幽霊と(略!」

「容子に異常はないな? それだけはどんな些細な間違いも許さん! 大丈夫だな!?」

「そのポメラとやらと同じだ。この娘は今、強制的ではあるが寝てもらっておる。全く異常は無いし、予が抜けた後は何の影響も残らん。この娘の精神的耐性は飛びぬけておる。うむ、この世界の空気全てを受け入れる深さも持っとるのぉ」

「わかった。それを最低の条件として同行を許可する」

「黒さん!」

「決定だ。各自、装備品を確認、その後にすぐ出発する。メア、殿下を起こせ」

 誠一は、それぞれに指示するとポメラのもとに来て、その小さな体を抱きかかえた。

「ちょっと待ってくれよ、黒さん」

 自分と容子の気持ちを無視したこの決定に、良二は当然ながら納得が行かない。

 誠一に詰め寄り、ひとこと言わねば収まらない。

「黒さんてば!」

「気持ちはわかるがこれが一番効率がいい、こらえろ」

 振り向かず諭すように言う誠一。その陰で、

(願ったりだ、奴を連れて帰るぞ)

と念話も入れる。

「容子の気持ち考えてくれよ。いきなり自分の中に入られて!」

(ん? ……黒さん。何を考えた?)

 良二も本音では抗議しながらも念話に応えた。

(こいつ、魔界にいて、なぜ聖属性魔法を使える? 天界なら、ともかくも)

 こういう時の誠一は目ざとい。聖属性……これだけでいくつかの点と線を繋げたらしい。

(……黒さんもそう思う?)

(ライラちゃんはもちろん、猊下にもご相談を願うかもな。おまえから話してもらうやもしれん)

(ああ、それに関しちゃ俺も聞いてみたいことだし)

「腹も立つだろうが、ここは折れてくれ。容子にはあとで俺も謝るから」

「わ、わかったよ、クソ!」

 最後は念話とリアル会話がシンクロした。二人とも慣れてきたもんである。



 ラーとカリンが待っている退避所に到着し、良二は容子と同様の、カリンの号泣&抱擁に、謝り続ける事で応えた。

 全員の無事に安堵したラーは一旦地上に転移し、展望館スタッフに救出完了を伝えた。

 ポメラの両親は、これほどの落下事故だけに生存は正に一縷の望みどころでは無かったがそれが見事に叶い、これまた大号泣。何度も何度も礼を言われ、その場から退散するのに結構な時間を要してしまった。

 ほぼ絶望的な状況の落下事故でもあり、せめて遺体が綺麗であるように、とすら考えてしまうくらいに思いつめていたので、慶びもひとしお……などと言う言葉ですら足りないくらいの喜びであったろう。


 逆にひときわ強い怒りに襲われている者もいた。

「なんで、あたしに連絡してこなかったのよ~!」

 良二たちがラーの屋敷に戻り、応接間に集まって怒りのライラの相手をしている頃は、もう少しで日付が変わる時分であった。

 目を負傷したカリンはラ―の応急処置で概ね回復していたが、大事を取り、自分の部屋で先に就寝することにした。

 正直なところ、誠一たちも面倒は明日にして、さっさと眠りたいところだった。

 しかし、愛しい想い人の危機に蚊帳の外に置かれていたライラ陛下は大層お怒りで、そう言うわけにも行かなかった。

 もとより容子にミカド(仮)が憑依しているうちは、良二も安心して眠れるものでもないし。

「陛下はお仕事でご多忙でありましたし、現場の環境はすこぶる劣悪であり、私もセイイチさまに諭され泣く泣く現場入りを断念いたしました次第……」

 ラーは釈明に追われた。

 ライラへの連絡は当然考えてはいた。

 しかしながら、あの瘴気とも言える澱みの正体は不明のままであったし、どんな影響が出るのかは全く予測不能。

 だが、そこはライラの事、とにもかくにも良二救出に後先考えずに突撃しようとするのは想像に難くない。

「そんな瘴気、あたしだって浄化出来たわ! 魔族でありながら聖属性の心得もあるのは伊達じゃ無いわよ!」

「しかしながら、例え浄化できたとしても、その後の展開が不明では陛下をお呼びするのは時期尚早と判断いたしました。その判断が不適切との御意でございますれば如何様にもご処断を……」

 そう言うとラーは低頭した。

 それでも、む~っと膨れるライラに良二も諭すように言う。

「そんなにラーさんを責めるなよ。出来る限り一番いい方法を考えてくれてたんだし、何よりお前の事を第一に考えての事じゃないか。機嫌直しなよ、な?」

「だってぇ! 昨日も今日もリョウくんヤバかったのに! 人間界と違って魔界なら問題なく手助けできたのに!」

 収まらないのも致し方ないところではあるが、愚痴を聞き続けているとマジで夜が明けてしまいそうなので、話を本事件の原因に移そうと方向を転換、良二はその原因たるミカド(仮)の話題に舵を切った。

「そうそう! そのライラの手助けが今、必要なんだよ! とにかくこいつだ」

 と、良二は容子に憑依しているミカド(仮)を指さした。

「もう~! 仕方ないなぁ。とにかく! あたしはまだ納得してないからね!?」 

 ライラはラーを睨みつけて釘を刺した。ラーは再び、深く頭を下げた。

「で? あたしは何をすればいいの? ヨウコちゃんに憑依してる、リョウくんを殺しかけた幽霊もどきを始末しちゃえば良いのかしら!?」

 ライラは指をボキボキ鳴らし始めると、ソファに座って茶菓子をボリボリ食ってるミカド(仮)に近寄った。

「恐ろしいこと平気で言いよるなぁ。まあ危ない橋渡らせた事には、この通り謝るから勘弁してくれ。あ、手すり壊して危ない橋にしたのは予じゃけどな、テヘ?」

「……耳から手ぇ突っ込んで魂無理やり引き擦り出すこともできるけど?」

「待てって! おい、リョウちゃん! この物騒な姐さん、この人、本当にライちゃんなんか? 予の記憶にはもっと朗らかで愛らしい……例えるなら今日、話とった幼女みたいなイメージが強いんだが!」

「気安くライちゃんとか言うな! リョウちゃんとか言うな! 大体あんた何者よ!」

「だからそれが知りたくて、ここまで来たんだっちゅうに!」

「いいから! すぐにヨウコちゃんから出なさい! 話はそれからよ!」

「そうは言っても出てしまったら話をすることも出来んのだ。故にあんな荒っぽいことまでしてリョウちゃんに来てもらったんじゃから」

「精神体か意識体か知らないけど、念話のスキルはあたしが下賜かししてあげるから! とにかく出てきなさい!」

「ホントか? 憑りつかんでも話ができるようになるなら有り難いこっちゃ……あ、いやいや、そう言って騙し撃ちしようなんて魂胆じゃあるまいな?」

「……三つ数える間に出てこなきゃマジでそれやっちゃうけど? どっちか選びなさいよ」

「分かった! ちょい待ちい!」

 冷や汗? をかいたミカド(仮)がそう言うと、容子の手から食べていた茶菓子がポロリと落っこち、彼女の身体はそのままソファに崩れて寝そべった。

「容子!」

 良二は容子を抱きかかえると、顔を近づけて呼吸、脈拍の様子を見た。

「どう? 容子、大丈夫? 良さん?」

 美月が心配そうに尋ねるが、良二は笑顔を見せて、

「大丈夫そうだ、多分寝てるだけだよ」

と、答えて周りを安心させた。が、それに間髪入れず、

「うわ! なにこれ!」

いきなりライラが大声で叫んだ。

「どうした、ライラ? なにがあった?」

 そう言いながら、良二はライラの顔を見た。彼女は狼狽と言うか困惑と言うか驚愕と言うか、目前で幽霊でも見たような表情だった。いや、正真正銘、幽霊に近いものを見ているのであろうけど。

 で、そのライラが目を向けているところには、当然の如く誰もいない。だが、ライラはそこを見て驚いている。

「ラー、何か見えるかい?」

 ライラに叱責され、凹んだラーに寄り添ってあげていた誠一が彼女に聞いた。

「あ……何か気配は感じるのですが……私にはハッキリとは……」

「シーナ?」

「はい、ラーさまと同様です。姿形はわかりませんが気配は感じます」

 とにかく、ライラが見つめる先にミカド(仮)がいるのは間違いなさそうだ。

 誠一はライラに、その何者かへ念話スキルを与えてくれるように促した。

「わかった。やってみる」

 ライラは手を胸の前に合わせて念を込め始めた。

 良二らがホーラにスキルを授かった時と同じく、ライラの手の中には金色に輝く光が現れ、それが恐らくはミカド(仮)がいるであろう周辺に放たれた。

 光はその辺りでパァっと広がると、今度は包み込みながら収縮していき、やがて消えた。

「おい、話せるか?」

 良二が呼び掛けた。が、反応が無い。

「返事しろよ。話せないのか?」

 再び呼びかけるも返事は無い。

「失敗かな~?」

 ライラは首を傾けた。

「う~ん、手応えからするとスキルは吸収されたはずなんだけどなぁ。ちょっと! 聞こえてんでしょ? 返事しなさいよ!」

 ……残念ながら、やはり返事は無い。次に誠一。

「目的が目的だし逃げるとかはしないはずだが……おい、幽霊!」

(幽霊ちゃうわ!)

 やっと反応した。

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