未来と過去
「…………ダメですわ。やはり念話は通じません……」
「防護マスクさえあれば一緒に行けたのかしらねぇ」
「改修中で在庫が全く無いそうですわ。タイミングが悪いにもほどがあります……」
「少佐たちと別れてから1時間半くらいかしら? すっかり暗くなっちゃったわね……」
懐中時計の盤面を眺めながらカリンが呟く。
時と言うものは楽に短し待つ身に長し。
同じ時間でも楽しい時間はあっという間で、待たなければならない時間はやけに長い。
時間……時間か……
「ねえ、ラーさま?」
「なんですか?」
「ラーさまの歳ってもう19000歳だってホント?」
ラーはムスッとした。
「私は18700歳です。まだ18000代ですわ」
「……こだわるような差なの、それ?」
「カリンさん? 改まってなんですの? 年齢なんて黙っていても重ねていくモノ、気にしても仕方ありませんわ」
こだわったりはするけど、気にはするなとか……
「いえ、そんな気の遠くなるような長い人生、想像がつかなくて……」
ラーは上を見上げた。
既に暗くなっており、地上と夜空の差がほとんどわからない。
なんとか星が見えており、崖との境がぼんやり分かる。
「そうですね。確かに私どもは、人間の方々に比べれば桁違いの年数を生きておりますが……時と言うものは過ぎてしまえば、あっという間ですわ」
「でも私たちより、それこそ星の数ほどの人と会っては別れ、会っては別れをしてきたんでしょう?」
「ええ、たくさんの方たちと縁を紡ぎ、また切れては新しい縁を紡ぎ、を繰り返してきました。でも過ぎてしまうと、一万年前に出合った方と、十年前に別れた方との思い出、その感覚は同じなんですよ」
「そうなの?」
「カリンさんにしても、幼少の頃の思いと去年の思い……思い出すのは両方一瞬で思い出せますよね?」
「そりゃ……まあ……」
「未来を見るにはそれに応じた時間が必要ですが、過去はほぼ同列なんです。一万年前に縁を設けた方と、先日セイイチさまと見たあの星空が同じように、思い出も同じです。私やホーラさまの様な神族や、陛下の様な高位魔族の方は確かに長命ではありますが、昨日と同じ今日が明日以降もずっと続くとは思っておりません。毎日が新しい一日として始まるのはカリンさんたちと変わりませんよ?」
ラーはそう言うとにっこり微笑んだ。
カリンはわかったような分からないような、一理あるような屁理屈なような……妙な気分になった。
「……リョウジさま方との残された時間がお気になられますか?」
カリンは目を逸らした。
「あと、半年ですものね……」
「……ラーさまも同じでしょ?」
ラーは笑みを絶やさず頷いた。
「少佐やリョウジ……やっぱり帰るのかしら……」
「セイイチさまはお帰りになりますわ。そう言う方ですから……リョウジさんは……如何でしょうか……陛下やカリンさんとの縁をお切りになられるとは考え難く思いますが」
「残ると、ヨウコが苦しむわ」
「どちらを選ばれても苦しむ人、悲しむ人はいます。リョウジさんはその三人をなんとか背負いこもうと藻掻いておられますね」
「誰かが、身を引けばいいのかな……」
「それで気が楽になる方ではありませんけどね、リョウジさんもセイイチさまも……でも、もしリョウジさまがチキュウにお帰りになられるなら、あなたは一緒に行かれるおつもりでは?」
「……ダメかな……」
「その選択が出来ると言うだけでも陛下よりは恵まれていると言えるかもしれませんね。陛下はチキュウには居られない。寿命と言う概念が無い陛下はアデスから出ることは出来ません。何より、アデスを見捨てるなど、陛下には有り得ない選択です」
「全員が笑える選択は無いわよねぇ」
「全員が等しく泣く選択肢ならあるのですがねぇ……」
ラーが妖しげな眼をしながら意味深なことを言った。さすがにカリンも眉を顰める。
「参考までに聞くけど……それって?」
「あの魔法陣を壊してしまう事です」
「なんですって?」
「召喚に使われたあの魔法陣は、今でもチキュウの座標、時間軸を記憶し、繋がっております。しかし、もしそれが一度壊れてしまえば二度と地球とは繋げることは出来ません」
「なぜ? どうして出来ないの?」
「召喚時、魔法陣は陛下やメーテオール様と同じ全属性の魔法との適性と能力値を持つ、いわゆる勇者を見つけ出して召喚するモノです。あの場所と時間軸を狙ったモノではありません。現在、魔法陣とオクロさんで記憶されているチキュウへの時空の道筋は、どちらが一つ欠けても、おそらくもう再現できないのです」
「………私やあなたは彼らに残って貰えて喜べるんじゃない?」
「故郷への、愛する家族との再会への道を絶たれて悲しむセイイチさまを見て、哀しくならないわけ……ないじゃないですか……」
「そうね、失言だったわ」
「ところで……眼の方の具合はいかがですか? まだ痛みます?」
「うん、大丈夫。痛みはすっかり引いたわ。ありがとう」
「何かありましたら、すぐに仰ってくださいね?」
うん、よろしく……カリンはそう言うと膝を抱え、ラーと二人きりの待機場所で吉報を待った。
♦
全く……単に魔獣の襲撃かと思っていたのが仕組まれたもので、次いで憑依なんてオカルトじみた現象を見せられて、それらを方言だらけの妙な話し方で聞き取り難く説明され、本題に入ったと思ったら「私は誰?」と来たもんだ。
「一体何なんだよ、お前は!」
良二はこめかみビキビキで怒鳴った。それはもうビキビキであった。
「だから予は、それを聞いとんねん!」
憑依者は憑依者でビキッている様ではある。
「自分が何者かわからんって記憶喪失? 幽霊が記憶喪失とかあるのか?」
「幽霊? 幽霊と言うと身体が死んで魂だけがうろうろすると言うアレかや? そんな馬鹿な事あるけ? そんなんあるなら、この世は幽霊で一杯じゃて。そんな非現実的なもんと予を一緒にすな!」
「そりゃ確かにそうだろうけどさ、でもお前がやってることって幽霊が憑依して、その身体を乗っ取るってやつ、そのモノじゃないか」
「予は、もともと身体が無いのだ。死ぬ身体も、にゃあのに幽霊云々言っても仕方おまへんがな。ばってん予はこの通り存在しちょる。だから何者か知りたいんですけぇ」
身体が無い? 意識体? 精神体ということか? ゴースト……アンデッド……
「じゃあ、死んだ者の魂では無いかどうかは置いといて、お前はいつ頃生まれたんだ? 誕生日とかあるのか?」
「いつ生まれたか……なんぞ皆目わからんですのう。気が付いたら予の自我は存在しておった。生まれた瞬間とか覚えてまへんねん。お前さんは覚えとるのけ?」
「う……まあ、そう言われると……」
なるほど、良二としても自分が生まれた時の事は話として聞くことは有るが、自分の記憶には無い。奴と同じでいつの間にか生きていた、存在してた……と言うのは無茶苦茶に見えて一理ありそうないい方ではある。
この憑依者に生まれた時を知る縁者・知人がいなけりゃ、いつの間にか存在していた、としか言えないのもなんとなくわかる。
「ふ~む……じゃあ一番古い記憶は何だ? 出来れば人と話したりする記憶、その情景やら話した内容やらで特定する材料になるかもしれない」
「古い記憶……と言っても古いとか新しいとかどうも曖昧でなあ、動物とか山とか川とか、人のおらん風景が古いのかのう」
「人のいない風景……って、それじゃお前は有史以前、いやそれ以上の前から居たって事になるぞ?」
「そうじゃのう。そのうちに気が付いたら、今とは風貌が違うが人の様な者が群れて生きておったなぁ」
「何年くらい前だ?」
「年~、と言うのは……あ~、人が使っとる暦と言う奴か? すまん、わからん」
全く要領を得ないやり取りに、またムカつき加減が強まってくる良二。
聞き辛かった方言交じりが少なくなってきただけがせめてもの、程度か。
しかし、キレたり怒鳴ったりして事が進むとは思えないので、ちょいと深く息を吸って落ち着こうとしてみた。
で、吐き終わるころにフッと気が付き、聞いてみる。
「なあ、お前はこのアデスが天界、人間界、魔界の三つの世界があることは分かってるのか?」
そもそも、お互いの時系列や状況認識等が共有できるか? そこから詰めていくべきかと良二は考えた。
「ん? おお、分かっとると思うがの。今ここにいるのが魔界と呼ばれるとこだろ? それでお前さんらに似た連中が大勢いるのが人界……人間界か? んで山河や海が綺麗だが肥溜めくさいのが天界じゃったかの?」
ホーラさまが聞いたらキレるぞ……てか、なんで肥溜めとか知ってるんだよ。
「なるほど、その辺りは分かっているのか……しかし時間とか年代の意識が共有できないと話を進めるのは難しくなるな。さっき言った記憶でも、何年前とか分からないんだろ?」
「暦と言う奴を理解しろと言うことか? ふ~ん、それなら……すまん、ちょっとお前さんの頭をなぞらせてくれ」
「は?」
「この娘のように、ちょっと間お前さんの中に入り込んで、その辺の記憶やら感覚を予に写させて欲しいのだ」
「え? 俺に入るって? ちょっとまて! 俺の記憶をまさぐると言う事か!?」
「なに、痛くはない、すぐに終わるよし」
意識のあるうちに憑依しようってか? いや、それは勘弁してくれ。自分の中で他者の意識が潜り込んで混ざり合うとか気色悪い事この上ない。
うん、良二ならずとも普通はそう思うわな。
「まてまてまて! そ、そうだ! 俺はアデス人じゃない、地球と言う所から来た異世界人なんだ! 俺の記憶を探っても混乱するだけだぞ!」
「異世界人? おいおい、言い訳なら、もそっとマシなセリフ吐けんか?」
「本当だってば! 半年前に召喚魔法でアデスに引っ張られたんだよ!」
「マジか!? いや、しかし、いきなりそんな非現実的な事を信じろとか無茶振りにも程があるだろ!?」
「幽霊宜しく他人に憑依しているお前に言えたことか! とにかく、全くの別世界人である俺の記憶が入り混じって、もしお前の自我が崩壊しても責任は取れんからな!」
「ぶ、物騒な事言いよるわ! 仕方ないのう。じゃあ、あまり気は乗らんがこっちの女で済ますか」
「え? ちょ、ちょっと……」
「同意なしと言うのも気が引けるが、幼女の負担もあるし時間が惜しい」
「フィリアさんに? え? でも」
あちらを立てればこちらが立たず……ではないが良二はフィリアへの憑依を阻止することは出来なかった。
本来こんな他人の記憶を除き見るなど、日記を勝手に読む以上にすべきでない行為ではあるのだが、ポメラの身体を人質に取られては良二も強気に出ることは憚らざるを得なかった。フィリアさん、すんません、もしもフィリアさんの過去を暴露されても墓の下まで持っていきますから!
良二は手を合わせて絶賛気絶中のフィリアに心の底から詫びた。




