知るか!
ようやく谷底にたどり着いた誠一たちは、一旦、小休止を取った。
一刻も早く良二の安否を確かめたいであろう、容子が何か愚図るかと思っていたが何も言ってはこなかった。
その容子は魔法で水を作り、のどを潤している最中だった。突出する風と天属性魔法ほどの適性は無いものの、他の属性も多少は扱える。
水を作り出すコツは達人の良二によく教わっていたから、武器や防具に活用できるまでには至らないまでも、飲み水くらいは十分に作れる。
誠一は水筒を装備していた。
性格の差か、それとも現場に赴くときは水の確保を重要視した自衛隊時代の経験か。
遊撃隊の今の魔力であれば、飲み水程度の魔力の損耗はモノの数にも入らないのではあるのだが。
「先輩。今、息苦しさって感じますか?」
休憩しながら周りをキョロキョロ見まわしていたシーナが、メアに話しかけた。
「ん~、そういやラーさまたちと別れた辺りに比べればかなり楽かな? てか普段通りかなぁ? お前は? 臭うとか言ってたな?」
「ええ、あそこから降りてしばらくは寧ろ強くなっていったんですが、今は全然と言っていほど臭いません」
「音も何か気になっていたようだが……そっちはどうだ?」
誠一も聞いてみた。現状の情報は常に更新しておきたい。
「はい、やはり普段通りと言いますか……今は、上の方が雑音交じりと言う感じがします」
「やっぱ、魔素の澱みっすかね?」
「雲みたいに途中で漂ってるのかな?」
美月も感じたことを言ってみた。
「まあ、この位の高低差なら途中一部分だけ曇ったりガスったりもあるかもしれんが、一番魔界に詳しいのがリタイアしちゃったからなぁ」
「……肝心な時に役に立たないんだから……」
容子がボソッと零した。
「ちょっと容子……」
美月が小声でそれとなく諫める。誠一もピクッと眉を顰めた。しかし、
「ま、気持ちはわかる。この小休止を取る事すら、もどかしいだろう」
と、容子の事も気遣った。
「ごめん……ついイラついちゃって、ごめんなさい……」
「……よし、出発するか。シーナ、メア、先頭に立ってくれるか? 索敵と地形、障害物を掌握してくれ」
「はい!」
誠一の号令で、それぞれが準備に入る。メア、シーナが思いのほか元気よく返事したことで、容子は自分が急かしたみたいで気まずくなった。
「あ、あの隊長。あたしの事なら……」
「……みんな同じだよ。お前の持っている感情とは違うが俺も……俺も、良を失いたくはない……」
「…………」
「行こうか?」
「はいっ」
容子は、出来る精一杯の笑顔で返事した。
「でも、なんか明るいっすね? 時間からすれば真っ暗でもいいはずなのに……」
「俺も不思議に思ってたんだが……満月の月明りほどではないけど、何とか足元辺りも分かるな。光源は何だ?」
誠一らも良二と同じ感じを受けているらしく、皆一様に不思議に感じた。
沢が流れ、その付近や崖下の袂には雑木雑草が茂っている。
光も無いのになぜ? と、やはり疑問に思わざるを得ない。
そんな中シーナが目を凝らす。
「草木です。草や木が、ほんのりと光ってるんです」
明るさの原因? 正体? をシーナは突き止めたらしい。
だが、草木が自ら光っているとか……何故そんな生態系が?
「光る木なんて、そんなのあるの? 聞いたことないな」
と美月。
「虫や魚とかはいるけど、草や木は確かに聞いたことないわね。知らないだけかな?」
容子も同意見。同じく誠一も思いつかない。
「……いえ、何と言うか、木や草ではあるんですけど、これらは……魔獣ですよ?」
はい?
シーナのタネ明かし? に、思わず目が点になる一同。
「ま、魔獣?」
「この樹や草が魔獣? どういうこと?」
「ま、まさか襲ってくるの!? 枝やツタが触手みたいに絡めに来たり!?」
触手プレイクルー! ……ではないが、植物が魔獣とかどういう事か? 魔獣だと言われても、今のところ襲ってくると言った気配は無さそうだが、誠一はシーナに、そこんとこ詳しく、と説明を求めた。
「そう言った動物的な動きをするような感じは受けませんけど……魔素の凝縮度が他の植物、野菜とかの食材に比べて桁違いですね。それに動物型の魔獣にあるような魔石の存在が感じられないんです」
「魔石が無い?」
「はい、主様。あ、いえ、厳密に言えばあるのですが、動物型のように一カ所に集まらないで、結晶と言うか、粉末に近い形で全体の表面近くに散らばり、行き届いているんです。それから照明に使われている発光魔石と同じような波動が出ていまして……」
「植物に擬態ってわけじゃ無さそうだな。無害なのかな?」
「詳しくは何とも……でも、我らを捕食する生物でしたら今頃は既に襲い掛かってきているかと……」
「道理だな、しかし油断はせん方がいい。ところで他の魔獣の気配は有るかな?」
「ガイドさんの話では魔獣が屯しているはずなのですが……今のところは」
谷底へ降下中にしてもそうだが、ここまでの間、魔獣と遭遇していない。
橋の上で襲ってきたのは鳥の魔獣だし、降下中でも空からの襲撃は十分考えられたはずなのだが、未だにそれが無い。無論その方がありがたいのだが、そのツケがどう言う形で請求されるか、手放しで喜べるほどには誠一は楽観的ではない。
「わかった、異常を感知したら、どんな小さい事でも報告してくれ」
「はい、了解しました」
♦
誠一たちが、予想された魔獣の襲撃が無い事を不審に思いながら、谷底を沢の下流に向けて前進している頃、目覚めたポメラ……ポメラに憑りついた自分の名前も知らない何かは、容子たちが落としてくれた土産物をむしゃむしゃ食っていた。
橋から落ちて、3時間くらいはたつだろうか? 良二もさすがに小腹が減ってきて、この目の前の何者かに付き合いながら、土産物のクッキーを頬張っていた。フィリアは疲れもあってか、まだお休み中だ。
「……憑依している時って味とか分かるものなのか?」
良二が、別に答えてくれなくてもいいけどな、みたいな口調で聞いてみた。
「知らん。この体が栄養を欲しておるようなので食っているだけだ。せっかく手に入ったのに衰弱しては目的が果たせない」
この憑依者はポメラの声帯とうまく同期できたのか、先ほどまでの、フランジャーエフェクトでもかかったかの様な声ではなく、普通に話せるまでになったみたいだ。
「手に入ったって……このままポメラの体を乗っ取る気か?」
「そのつもりは無ゃぁわ。この体はそれほど負荷に耐えられるとは思えへんでな。こうやっていられる時間はそれほど長くは無かろう」
「用事が済めば出ていくのか?」
「長居するつもりは無ぇ。予は、ちと、お前さんと話とうてな」
良二は眉を顰めた。こいつは自分を指名して来たと言うのだろうか? 妙な口調や方言じみた話し方はまあ無視するとして、どうも掴みどころが無いと言うか胡散臭いと言うか。
「……そのために俺をここへ落としたと言うのか? 魔獣を使って?」
「その通りよ」
良二が言ったのは確信がある訳でなく、むしろ皮肉を込めて言ったつもりであった。
だが、目の前の憑依者は事も無げにそれを肯定した。
「……俺だけが来ればよかったのか?」
良二は些か怒りが湧いてきた。その前に、そんな魔獣を使役できる能力云々についても突っ込むべきだろうが、まずは自分やその周りの人たちをお構いなく巻き込んだ事に対して不快さが沸々と湧いてくるのを止められない。
「お前さんじゃなくても、あの場にいた中の4人のうちなら誰でもようござる。あとはこうやって話すための体が一つあれば事も無し」
4人? 俺たち日本人の事か?
「随分荒っぽい招待じゃないか。あの魔獣の攻撃で他にも死傷者が出たら!?」
「考えなかったねぇ。誰か二人以上来てくれりゃあ、ほんで良かったさけ」
喋り方も相まって、いちいちムカつく! 良二の血圧がじりじり上がっていくが、まずは情報を引き出す事を優先しなくてはならない。
感情は抑えるべきだ、と良二は呼吸を整えて平常を心掛けながら自分に言い聞かせた。
「なんで俺たちなんだ? 4人と言うのは俺を含めた男2人、女2人だろう?」
「そうじゃ。お前さんらは毛色が変わっておる。持ってる魔力が妙な色だもんでこれならいけるかと踏んだっちゃ」
「これなら? どういうことだ?」
「そこの女を見れば分かろう? 予は過去に何度かこうやって身体を借りようとしたんじゃが、それを見た連中はみな、これもんじゃけぇ。話にならんと」
「以前から人を落っことしてたのか!?」
「ちゃうちゃう。たまに人が降りて来るんじゃわ」
あ、ガイドさんが言ってた探索隊……
なるほど、それには思わず納得し、ちょいと血圧が下がる良二。
とは言っても、今回の、このやり方が荒気なさすぎる。
「その4人なら借り体含めても、ここまで降りてくれるくらいの魔力はあると思いましたんで、荒っぽいのは堪忍してつかいや。今までも、稀に魔力の強そうなもんは居ったけんど、橋の手摺が邪魔しとるさけぇ、来て貰えんかったと。何とか壊せんかと何度か試してたんやが、今日くらいの打撃でないと壊れんかったもん」
「そっちから出向くって考えは無かったのか!?」
「そんなん出来るもんなら既にやってますろう。そんくれぇわからんか? だらじゃのう」
やっぱムカつく!
「ああ、わかった。招待の方法云々はもういいよ。で、何を話したいんだ?」
「うむ、実は聞きてぇことがあっての……」
「さっさと言え」
憑依者はふーっとため息をつくと顔を上げ、良二をじっと見据えて問い正した。
「教えてくれ……予は何者だ?」
知るか━━━━━━!




