自由落下は言葉で言うほど自由じゃない
体の感覚がおかしい。と言うか自由が利かない。誰だ、自由落下なんて言い方を思いついた奴は!
谷底へ落下中、良二の頭の中は混乱していた。だが、右手だけは離さなかった。
ギリギリで掴んだフィリアの身体。彼女の腰ベルトを掴んだ手。これを絶対に離すわけにはいかない。
やるしかない!
落下した瞬間、混乱した中でも良二の脳内では水噴射で着地すると言う手段は即座に思い浮かんだ。
と言うか、それ以外は全員が助かる方法など無いのだ。身体強化魔法を全開にしたところで時速200km近い落下スピードで地上に激突して耐えられるとは到底、思えない。
仮に自分は耐えられたとしても、フィリアやポメラまでは……
良二は懸命にそのフィリアを引き寄せた。
フィリアと目が合った。涙目ながらも険しい表情で何か話しかけているようだがわからない、聞き取れない。
だが彼女も全力でポメラを抱きしめていた。
彼女の事だ。恐らく、せめてポメラだけでも! とか言っていたのだろう。
フィリアらしいと言えばらしいが、そんな訳にはいかない。
こんな時は死ぬも生きるも一緒が相場!
良二は、ポメラとフィリアを抱き寄せてかかえた。
水噴射を肩、腰、膝等でスラスターの様に使い、地面側に背中を向けて姿勢の安定を図る。
姿勢が整うと同時、
ジュババババー!
良二は全魔力を使う勢いで背中からの高水圧噴射を試みた。
「ぐううぅぅー!」
全力噴射での急激な速度低下によるGが体を襲い、呼吸をするのも苦しくなる。
だがそれも数秒だ、必死でこらえた。何より、それは減速に成功している証しでもあるのだ。
バキバキバキ!
「ぐはっ!」
突如、良二の背中に衝撃が走った。目の前に枝や葉っぱが飛び交っている。樹の上に落ちたのか? つまり地上が近い?
ザバッ!
今度は水飛沫だ。やがて表面が石だらけの川底に背中が付いたのがわかった。沢はそれほど深くは無いが顔はすっぽり沈んでしまっている。
「ブハッ!」
良二は跳ね起きると、水面からフィリアとポメラを引き上げた。
「げほっげほっ!」
フィリアの咳込む声が聞こえる。彼女も無事だ。
良二共々、肩で息……どころか全身で息をしている状態だ。
「ポメラ……ポメラは!」
良二に聞かれ、フィリアがポメラの顔に近づき、呼吸と脈を確かめた。
「大丈夫、気絶しているだけみたいですわ」
ハァーっとひと息つく良二。
「生きてる~。マジ死ぬかと思った~」
良二は周りを見回した。時間はまだ3時前のはずだが、かなり薄暗い。峡谷の上は、なんとなくボヤ~っと明るいが、さすが1300mもあってはハッキリとわからない。展望台付近は幅が広いから、もうちょっと明るいかもしれないが。
落下して、水噴射で減速し、樹をクッションにして沢に着水。運が良かった方であろう。
地上なら夕方ぐらいに薄暗い中、再度周りを見回してみた。
沢に沿って木や草がそれなりに生い茂っている。こんな暗がりで良く育つもんだと、良二は不思議に思った。
それはさておき、とにかく水から出て服を乾かさねばならない。冷えたままだと体力をどんどん失う事になる。
良二はフィリアからポメラを受け取り、岸に向かって歩き出した。
取り敢えず沢から上がった良二とフィリアは、枯れ葉や枝を拾い火を起こした。
良二は水属性や天属性が強めと言っても火属性が使えない訳ではない。美月ほど派手に出せないだけで、焚火を起こす程度は造作もない。それは初めて魔法で蝋燭に火をつけた時に証明されている。それくらいは生活魔法の範囲だ。
「魔獣に目を付けられ無ければ良いのですが……」
「普通の獣のように、火を恐れてくれるといいですね」
二人は周りを警戒しながら服を乾かし始めた。
濡れた服を脱いで焚火近くで干す。ポメラも含め、みな下着姿だ。
緊急事態だとはわかっているが、さすがに王女様の下着姿は良二にとってはおそれ多い。目のやり場に困ってしまう。
そんな良二に気付いたのかフィリアが、
「どうされました?」
と聞いてきた。
「あ、いやその……やっぱり女性の下着姿は……」
良二は、正直に言うのもちょっと憚ったが黙って誤魔化す訳にもいかず、素直に心情を吐露した。
言われるとフィリアも一瞬恥じらった様に見えたが、彼女はすぐに気を取り直し、
「もう。こんな時ですよ? 見られても気にするところではありませんわ」
と、笑って答えた。
「おそれ入ります……でも、やっぱり落ち着きませんね」
「大丈夫ですよ。それに人様に自慢できるほど、大したスタイルじゃありませんし」
「そんな……そんなことないですよ! とても、その……お綺麗……と言うか……魅力的と言うか……」
「ライラ陛下よりもですか?」
「ちょ、そんな意地悪、勘弁してくださいよぉ」
「私も期待していいかしら?」
「もう、殿下ぁ~」
思わぬことで笑い合う二人。
おかげでお互い、ちょっと緊張の糸がほぐれて来たのは幸いと言えよう。
「しかし念話が使えないってのは参ったな。一刻も早く、生きてることを皆に伝えたいのに」
沢から上がったあと、薪を集めている時、良二は念話を試みた。
しかし、残念ながら地上にいる容子や誠一らとも不通、さらにライラともホーラとも繋がらなかったのである。
目の前のフィリアとは通じたので、念話そのものが使えないわけでは無さそうだ。距離を試してみると40~50mくらいでノイズが混じるようになった。
全く通じなくなるにはもう少し離れる事になるだろうが、あまりフィリアたちと離れるのは、魔獣への警戒上、あまりやりたくはない。
「上はもちろん、ライラ陛下やホーラさま方とも通じない上に、ちょっと離れるとリョウジさんとも繋がらないところを見ると、この谷に澱んでいる魔素が原因と考えてもよさそうですね」
「確かに、なんか空気が重いと言うか臭うと言うか、変な感じですね……身体もなんか熱っぽいし」
「濡れてしまいましたし、お風邪でも? それとも他に不調が?」
「いや、だるくもないし、苦しいわけでも無いです。ただ、ちょっと身体がポッポとするっていうか……」
「お加減が悪ければ言ってくださいね。今じゃヨウコさんの方が上ですが、私も回復魔法の心得がありますから」
「そうでしたね、その時は宜しくお願いしますよ。ところでフィリアさんは体調に何か異常とかありませんか?」
「今のところは別段……ですが、ちょっと息苦しさは感じますね。澱みのせいでしょうか?」
「お互い注意しましょう。体調も含めて何が起こるかわかりませんし」
良二はそう言うと今度はポメラの方を見た。ポメラはまだ気付かず眠っている。
「起きませんね、大丈夫かな?」
「熱も外傷もありませんし、呼吸も脈も安定しています。多分、大丈夫だと……」
「まあ、寝ててくれた方が助かりますけどね。両親いないと愚図っちゃうだろうし」
「そうですね。私も子育てとか経験ありませんから、愚図られますと、どうあやしたらいいものか」
二人は苦笑し合った。
「リョウジさん? これからどうしましょう?」
「ガイドさんの話だと調査や探索用のルートがあるはずだから、それを目指しましょう。捜索に来てくれるなら、そこからの可能性が高いし」
「沢の上流でしたね」
脱出の方法としては、良二の水流噴射による上昇、飛行も可能と言えば可能かもしれない。機会があれば試してみたいと思ってはいたが、今のところは自分の身長くらいの高さの段差に飛び乗ったくらいしか実績はなかった。何より空を飛ぶ、と言うことに抵抗がありまくった。
故に、自分とフィリア、ポメラの三人でバランスよく飛行し、1377mを昇りきることが出来るかどうかは、かなりの大博打だ。途中で魔力切れでも起こそうものなら噴射による軟着陸も出来ず、今度こそ全員死亡だ。
自分だけならともかく、フィリアやポメラをそんなバクチに付き合わせる事は出来ない。
遠回りでも堅実な方法、徒歩で登り道を目指す方が良い。
「これから夜で暗くなるのは厄介ですが、出来る限り早い方がいい。水は大丈夫だけど、食料が無いから体力のあるうちに」
「そうですね、服が乾いたらすぐに出発いたしましょう」
その時、シュー! と言う音が上から聞こえてきた。
「何だ?」
良二は水剣の柄を握り身構えた。と同時に、
バッシャーン!
と聞こえる、ちょっと乾いた音が響いた。
何かが上から落ちて来て飛び散った、そんな音だ。




