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嫁だろ!

 早い!

 飛び出した鳥魔獣はナルの村で出たグリフォンタイプとはまた違い、より鳥類に近い体躯をしていた。グリフォンほど大きくはないが、それでも翼を広げたその魔獣の大きさは2mは楽に超えている。人の一人くらいは楽に持ち上げられてしまうかもしれない。

 下から飛び出してきた鳥魔獣は橋から上空へ飛びあがると大きく宙返りし、フィリアやポメラが伏せている辺りの防護柵に体当たりをかましてきた。

「きゃあ!」

 体当たりの衝撃で縦材の一部が折れ、木片がフィリアやポメラの家族に降りかかる。

 特攻をかけてきた鳥魔獣はそのまま落下するも、数十m落ちた辺りで体勢を立て直し、また上がってきた。更に大きく弧を描いて飛行し、再び特攻コースに乗せ突っ込んでくる。

「来るぞ! シーナと容子は観光客の避難誘導! 美月、狙えるか!?」

 今日はすっかり行楽の気分であった美月は、いつもの小銃型錫杖は携帯せず、小型の拳銃型しか持って来ていなかった。それでも安全柵の横梁に銃の握把を据えて狙撃を試みようと構えた。

「不味いかも……でもやってみる!」

「メア! 殿下を退避させろ! 良! お前も護衛につけ!」

「分かった!」

「了解っす! 殿下、お立ちを!」

「ええ! ポメラちゃん、お母さん、こちらに!」

 フィリアは立ち上がるとポメラ親子の手を引き、走り出した。

 誠一は美月の横に立ち、光剣を起動させると霞みの構えを取った。

 魔獣が体当たりする時、上手く軸線に乗ったら思いっきり超長剣モードにし、槍・矢のように撃ち抜く気だ。

 魔獣は、こちらへの直進コースに乗った。かなり速いスピードで接近してくる。

 残り100m、80m、60、50……

 パン! パン! パン! パン!

 美月が発砲開始、秒2~3発の速度で火球を撃ち出す。

 だが、魔獣は速度も速く、図体の割に正面の投影面積は小さく、当たる気はしなかった。

 それでも弾幕を張り、光剣の撃ち抜きチャンスを作ることが出来ればよい。

 距離は20mを切った。飛行速度を考えれば、この辺りが射貫くチャンス。

 ――ここだ!

 機を捉えた誠一は、超長剣を撃ち出そうと念を込めた。が、その時、

ヒュバッ!

正面の鳥魔獣はいきなり反転、急上昇した。

 え?

 魔獣の不可解な動きに意表を突かれる誠一。

 だがその耳に、

「少佐! 後! 2頭来る!」

と、後方を守るカリンの叫び声が届き、誠一は気を取り戻した。

 即、振り向くと、反対側から2頭の鳥魔獣が大きな流木を持って、こちらに突撃して来た。

 ――陽動だと!?

 流木は径が50~60cm、長さ2mほどの、かなり大きな丸太だ。

 魔獣は良二やフィリアめがけ、そのデカい丸太を、爆撃宜しく同時に投下した。

「伏せろー!」

 ビシャアアアァァ!

 狙われた良二はフィリアたちを伏せさせ、ポメラ親子を含め、その上に耐衝撃性水幕シールドを張った。

 ドン! ドォン!

 二本の丸太が相次いでシールドを直撃。だが、シールドはその衝撃に耐え抜きフィリアたちを守った。

 しかし、弾かれた丸太は安全柵に当たると、その重量ゆえ縦材の根元をへし折ってしまった。

「ポメラちゃん!」

 手摺り付近に伏せていたポメラ親子は、その衝撃も相まって、折れてグラグラになった安全柵にもたれてしまう。

 良二が気絶した夫婦を引っ張り橋側に引き入れると、フィリアもポメラの服に手を伸ばし、彼女を掴もうとした。

 が、それと期を同じくして、

ヒュバー!

陽動役をしていた魔獣が再び特攻してきた。

 バガーン!

 安全柵の縦材を狙うように突撃してきた鳥魔獣は、上部の横梁付近に体当たりをかまし、フィリアとポメラ周辺の手摺縦材数本を完全に剥がし切ってしまった。そのため、もたれていたポメラが支えを失い、橋から転げ落ちて行った。

「だめー!」

 フィリアは叫びながら懸命に手を伸ばした。

 バッ!

 彼女の手は、なんとかポメラに届き、腕を掴むことに成功、落下を食い止める事が出来た。

 しかし橋から乗り出し過ぎたフィリアは自身もバランスを失い、ポメラと共に頭からずり落ち始めてしまった。

「フィリアさん!」

 良二はブーストをかけるとフィリアに迫り、右手で落ちかけた彼女の腰ベルトを掴んだ。

 ――間に合った!

 しかし、フィリアとポメラ、さすがに二人分の体重が一気にかかると、良二自身も橋の外に引き摺られる。

「リョウジさん!」

「クソぉ!」

 ズルッ! ズズズー!

 良二の思いも虚しく三人は橋から落下した。

「うおぉ!」

 だがしかし、良二は懸命に左手を伸ばし橋の縁石に手を掛け、ギリギリで落下を止めた。

 ――身体強化! 腕力・握力増強!

 良二は天属性魔法、身体強化でフィリア、ポメラを落とさないよう両の腕に全力で力を込めた。

「良!」

 誠一が駆けつける。三人を持ち上げるため縁石を掴んでいる良二の腕を取ろうとするが、良二は、

「先にフィリアさんを!」

と叫び、強化された腕力でフィリアとポメラを誠一に繋げようと持ち上げた。

 天属性に疎い誠一の腕力では3人の体重を引き上げるのは一抹の不安がよぎる。しかしフィリアとポメラだけなら! 二人をこちらで引き受ければ、良二ひとりなら自力で!

「もう少しだ、頑張れ!」

 あと20cm……あと10cm。ポメラを抱きかかえているフィリアに手を伸ばしてもらうことは期待薄。何とか彼女のベルトに……

 そこまであと、ほんのわずかで誠一の手がフィリアに届く。

 ――後、少し……

 フィリアの、腰ベルトまで、あと、数cm…… が、

 ――う! くそぉ!

フィリアを掴むまで、あと2~3秒で! というその時に、

バババババ!

またも鳥魔獣が特攻をかけて来た。

 ――よりにもよって! このタイミング!

 しかも魔獣は、思いもよらぬ攻撃を仕掛けてきた。

 バァン!

 魔獣は、縁石を掴む良二の左手に加速したまま頭から全速力で突っ込んできたのだ。

 信じられない行動だ! 縁石に掴っている良二の手にぶつかった鳥の勢いは、衝撃で頭が潰れて飛び散り、即死した身体は勢い余って橋上に転がっていくほどだった。

 特攻とは言うが、魔獣とは言え生存本能は有るはず。自らの頭が木っ端微塵になるほどの勢いで突っ込んでくるなど、予測の斜め、はるか上だ。

「ぐあ!」

 良二の手はその衝撃に耐えきれず、縁石から弾き飛ばされてしまった。

 魔獣の自爆突撃は、魔法で強化していなければ、手が骨折するくらいの打撃であった。とても縁石にぶら下がったままでこらえられる衝撃では無かったのだ。

「うわあああああぁぁぁー!」

 良二の、正に断末魔の叫び声が峡谷内に響く。良二はフィリアとポメラを掴んだまま、1377m下の谷底へまっしぐらに落ちて行った。

「良おぉー!」

「リョウジイィー!!」

 橋の対側で観光客の誘導をしていた容子の耳にも良二の叫び声が轟く。

「良くん!」

 全速で駆け付けた容子が着いた頃には、落下していく良二の姿は豆粒ほども無く、その姿は谷底の暗がりの中に消えていってしまった。

「良……くん……良……い……いやああああぁぁー!!」

 容子は身を乗り出した。半狂乱の容子は落ちた良二を追いかけるが如く、身を乗り出そうとした。

「ダメだー!」

 誠一は容子を抱きかかえ、その場からひっぺがす様に引き離した。

「いや! いやあ! 良くんが! 良くんがぁ!」

「落ち着け! 落ち着くんだ容子!」

 暴れる容子を抑え込む誠一。容子は正に半狂乱だ。

「リョウジ……うそよ……リョウジが……」

「カリン様! こちらへ!」

 呆然とし、身体がふらついて今にも落ちそうになっているカリンをシーナが支え、橋中央へ連れて行った。

「シーナ! リョウジ、リョウジが……!」

 カリンの、シーナの腕を掴む力がだんだん強くなる。目は見開いたまま、涙はあふれて流れ出し、しかして焦点は全く合っていない。目も身体もぶるぶる震えている。

「カリン様……」

 シーナはカリンを抱きしめた。震えるカリンの身体を支える様に、力いっぱい抱き止めた。

「良さん……」

 美月も自失し、両の膝を附いてしまっている。震える視線が鳥魔獣の死体に向く。

「……当てられなかった……当ててればこんな……」

 良二を失ったショックと、自分の力が足りなかった悔恨が美月を襲っていた。

 美月は知らず拳銃を構え、鳥魔獣の死体を撃ちまくった。

 パン!   パン! パン!

「畜生……こん畜生が! 畜生があぁ!」

 パン! パン! パン! パン! パン! パン!

 火球を食らい続ける魔獣、その身体はどんどん削られていき、やがて鳥の姿を失っていった。だが美月は撃ち続けた。

「畜生! 畜生! 畜生ー!」

 涙で既に標的も見えていないのに美月は撃ち続けた。

「ミツキさん落ち着いて!」

 メアが美月を止める。

「ミツキさん、落ち着いて……こんな……こんなことしたって……」

 メアも涙声で震えていた。彼女もフィリアを守り切れなかった悔しさと情けなさで、立っているのも、やっとだった。

「お願い! 離して隊長! 良くん! 良くんがぁ!」

「落ち着けぇ!」

 誠一は両手で軽く叩くように容子の頬を抱えた。

 一瞬、容子の正気が戻る。

「容子、よく聞け! 俺はまだ失望していないぞ! 俺は、あいつはまだ、生きていると思っている! 諦めてはいないぞ!」

「うそよ! だって……1300mよ! そんな高さで落ちて……生きていられるわけがないじゃないの! 気休め言わないでよ!」

「落ち着けって! あいつは水魔法の使い手だ! 水の噴射で空中でも姿勢制御が出来るはずだ! 意識さえあれば、あいつは必ずそれをやってのける!」

 そう言う誠一の顔はこれまで容子が見たことの無い険しい顔をしていた。眼も震えている、顔も震えている、自分の頬を抱える手も震えている。

 怖いのだ。誠一もまた、良二を失う事が怖いのだ。自分と同じく。

 だがそれでもあえて、わずかな可能性に賭けているのだ。良二が自分たちの期待以上に窮地を乗り切ることを。

「でも、そんな……そんな都合よく……」

「あいつを信じろ! 嫁のお前が信じないでどうする!」

 誠一の言葉に、容子の目からいっそう涙があふれ出た。そして、うん、うん、と何度も頷いた。まるで自分自身に言い聞かせるように。

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