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執事?

「良くん、まずは展望台に行きましょ」

「時間もいいし、お昼はそこで食べるんだったわよね?」

 ま、今はそんなとやかく考えても仕方がない。ライラや容子、カリンが笑っていてくれることを心がけるだけだ。今朝、ラーに誓ったように。

「両手に華だな、良」

 誠一がシーナを連れながら話しかけてきた。

「黒さんが言うかな? 両手どころか背中辺りにも……あれ? ラーさんは?」

「何か呼び出されたらしくて、魔王府に戻ったよ。あれでも彼女は二部大臣だからな」

 誠一が言った”二部”とは概ね、財務省と商務省を扱う部門である。

 因みにシランが魔王府及び、近衛軍たる魔王府軍を預かる一部大臣でアイラオは厚生保健労働等を扱う五部大臣だ。

「え~、夕方には戻ってきてくれるかなぁ? 帰りは転移で送ってほしいんだけど」

「賛成! もう、竜車は御免よ!」

「ははは、ま、その辺は後にして、とにかく行ってみようか。展望館は峡谷を眺めながら食事が出来るそうだぞ?」

「早く行こ! お腹すいちゃったよ!」

 美月にも促され、遊撃隊一行はウドラ峡谷展望館へ向かった。


 展望館は峡谷のほぼ中央、そこから若干上がった高地に建てられており、左右に連なる峡谷を遠くまで眺められる立地になっていた。

 とは言え、峡谷の全長は20kmにも及び、先端部分までは霞んでハッキリとは見えない。

 展望館のある中央部分の幅が一番広く、1kmは超えている。

 そして向かって左、3km離れたところには大きな橋が架かっていた。

 その部分は峡谷が絞られた様に狭まっており、幅は300mほどだと言う。

 そこは峡谷の両岸の中芯から谷底を臨める位置であり、深さも最大の場所、つまり1300m以上で、本展望館と並ぶ人気のスポットだ。展望館からは駅馬車が通っており、気軽に行くことが出来るそうだ。

 ラーの手配により一番眺めの良いVIPルームに案内された一行は、峡谷を眺めながらの魔界料理を堪能していた。

「ホント、大きな峡谷ね。なんだか遠近感とかマヒしそう」

 容子は景観に圧倒され、景色に見惚れながら呟いた。

 良二も同感、視界に入りきらないほど長大な渓谷は、予想より遥かに見応えがあった。

「渓谷と言えば、地球じゃグランドキャニオンとか有名だけど、どっちが凄いのかな?」

 美月が誰にともなく聞いた。

「大きさは圧倒的にグランドキャニオンだな。でもあそこは数百万年かけて自然が作ったものだが、こちらは二人の魔王サマがあっという間に作っちまったんだからなぁ」

 誠一の答えに一同が噴いた。正に噴飯。

 それにしても龍脈が絡んだとは言え、喧嘩でこんなモノ作られると言うのはとんでもない話である。

 道路や橋を担当するプロマーシュがボヤくのも無理の無いところではあるが、逆に観光資源として利用しようとは彼も結構ちゃっかりさんであると言えよう。

「魔界にも自然の峡谷は多々ありますが、当地はその発祥が特殊ですので幅の割に大変深い構造になっておりまして、一番幅の狭い所、ギャランドゥ橋があるところが一番険しく深くなっており、1377mございます」

 VIPルーム用の案内役として配置されている自称ゴブリン族のメイド兼ガイドさんが詳しく説明してくれた。

 良二はゴブリンと言うと緑とか青の肌を持つ、餓鬼の様な小鬼をイメージしていたが緑の肌と、やや肩幅ガッシリの骨格が目に留まるものの普通の女性の範疇、と言う感じであった。

「谷底はどうなっておりますの?」

 フィリアの問いにガイドさんが説明を始める。

「はい、底は広いところは200m、狭いところで80mほどで、岩場のところもあれば草木が生い茂っているところもございます。また、幅5mから10mほどの沢が流れているとのことです」

「降りられると言う事ですかな?」

「ええ、降りられることは降りられるのですが……」

 誠一の質問に答えを濁し始めるガイドさん。良二も「何か問題が?」と聞いてみる。

「はい、一応は調査や、遭難者捜索のために沢の上流へ徒歩で降りられる道も整備されてはいますが……実は谷底から500m上あたりに魔素の澱みによる層がございまして、特殊な防具が必要となります。状況や地質調査のために定期的に探索はされているのですが最近では探索隊内で幽霊や亡霊騒ぎもあったりしまして」

「幽霊?」

「おそらく魔素の澱みをマスク等で防護しきれず幻覚を見たのだろう、と言われています。先月の調査でもそんな騒ぎがあって、防護マスクがすべて回収されて改修中なんです」

「その澱みさえ無ければ普通に行き来できるのかな?」

「谷底では魔獣も相当数生息しているとのことでして、調査、探索目的以外は許可されていませんね」

「転落や滑落事故とかは?」

「はい、過去には。中には自殺の場所に選ばれる方も……」

 一同、あや~と眉にしわが寄る。

「ですが、飛行術や飛行魔法を身に付けておられる方はともかく、この高さではまず助かることは無く、よしんば生きて着地できても、先程述べました通り、魔獣によって……」

「……そうなりますか~」

「食事食べ終わってて良かったっす~」

 メアとシーナがお茶を手に、胸を撫で下ろしながら言った。

「でも、今は橋はもちろん、峡谷周辺も人の身長ほどの安全策が施されておりますので、ここのところはその様な事故はありませんから皆さまご安心の上、観光をお楽しみください。この後、午後一時に送迎馬車の用意が出来ますので、それまで階下のモールにてショッピングなど……」

「わお!」

「お買い物~!」

 美月たち女性陣は、展望館売店での買い物を案内されると色めき合ってそそくさと席を立ち、モールに向かった。

「女って買い物好きだよねぇ」

 残された良二が誠一に、ぼそっと零した。

「捕食行動の代わりって説もあるし。まあ、この先も度々あるから今から慣れておいた方がいいぞ?」

 そんなもんかねぇ? と良二くん、ため息また一つ。


 午後一時に近づき、展望館のエントランスから外へ出た良二たちはギャランドゥ橋行き送迎馬車の待つ、駅馬車乗り場に向かおうとしていた。

「え~、もうこんなに買い物しちゃったのかい?」

 良二は容子らの両手にぶら下がった土産物を見ながら呆れた口調で言った。

「あ~、試食させてもらったら、みんなおいしくてぇ……ついついね」

「シランくんやアイラオちゃんにも、と思って~」

「それにしても多いな。まさかこれ、みんな試食したの? 昼メシ食べたばかりで?」

「お菓子・スィーツは別腹、常識でしょ」

 牛じゃあるめぇしよ……

「ん? 何か言った?」

「いや何も。か、帰ってから体重計がビックリしなきゃいいけど」

「良くん、隊長のそう言うところは見習わなくていいの! とにかく、はい、持って、持って!」

 容子は持っていた、紐で括られた土産物を良二に押し付けた。

「え、俺が持つのかよ!?」

「当り前でしょ? 可愛い彼女に重たい思いさせる気?」

「はいリョウジ。私の分も宜しく!」

「ちょ、カリンもかよ!」

「んじゃ、あたしも~」

と、美月もちゃっかり。

「観光中は馬車に乗せておけばいいし、乗るまでよ。さ、行こ行こ」

 ――やれやれ……ま、背負うものがこの程度の重さなら楽なもんか? 

 良二はそう考えを切り替えると、両手いっぱいに荷物を持ちながら、容子らと馬車のもとへ向かった。


 馬車乗り場につくと、先程のVIPルームのガイドさんが引続き案内をしてくれるそうで、良二たちを出迎えてくれた。

 良二はとりあえず土産物を馬車の荷物架台に載せて身を軽くし、乗降口に向かう。

「皆様お揃いですか? では、これよりギャランドゥ橋に向かいますのでどうぞお乗りくださいませ」

 ガイドさんはそう言うと馬車の扉を開いた。ラーの竜車ほどではないが、中々に綺麗で大きな馬車だ。さすが、VIP客用だと言ったところ。

 まずはレディーファーストで……

「殿下、お手をどうぞ?」

と、序列も考えて良二がフィリアを馬車にエスコート。

「まあ、光栄ですわ」

 気をよくして良二に手を差し出すフィリア。

 おやおや、いつの間にこんなスキルを身に付けたやら……ほっこり微笑ましく見る誠一。対してちょっと不機嫌そうにジト目で見つめる容子、カリン。

 位やら序列やら年齢やらでフィリアが一番に乗り込む、それ自体には両名ともに異論はない。そうは言っても、良二の、ある意味良二らしからぬ成長に対して自分らが一番に選ばれなかったことにはやはり引っかかるモノがあり、唇を尖らさざるを得なかった。

 と、ご機嫌斜め度傾斜中の二人をよそに、

「これがいい! これに乗りたい!」

小さく可愛らしい乱入者が、フィリアの前を横切った。

 オーガの様な鬼族だろうか? 歳の頃4~5歳くらいの少女だ。

「これ、いけません! この馬車じゃないのよ! 申し訳ありません、お邪魔致しまして……ほらポメラ! こっちいらっしゃい!」

 この子はポメラと言うのか? どうやらこの馬車に乗りたくて駄々をこねているようだが。

「いや! この馬車がいい! とてもきれいで大きいもん! これがいいの!」

 などと駄々をこねるポメラ。

 やんちゃ盛りかなあ……誠一を見てみるとオーガの子を見る眼がそんな思いを語っていそうな上、頬が笑みを含んで緩んで来ていた。

「こら、ポメラ! お母さんを困らせるんじゃない!」

 お父さんも登場。誠一にとっては懐かしい、若い親子の情景だろう。

「やだやだ! これがいいの!」

 馬車の踏み台に必死にしがみ付くポメラ。梃子でも動かない様子だ。

「……ガイドさん? この馬車、何人乗れます?」

 フィリアがガイドさんに小声で訊ねた。ガイドさんも小声で、

「あ、はい。人数は大丈夫です、皆様方がよろしければですが……」

と答えてくれたので、フィリアはニコッと微笑むとポメラの前にしゃがみ込んだ。

「ポメラちゃんだっけ? この馬車に乗りたいの?」

「うん……乗りたいの……」

 べそ掻いた目でフィリアをじっと見つめるポメラ。

「じゃあ、お姉ちゃんと一緒に乗ろっか?」

 それを聞き、パァ―っと顔が明るくなるポメラちゃん。

「ホント!? いいの!? うん、乗りたい!」

 ポメラは元気いっぱいに返事した。うむ、子供は元気が一番。

「い、いけませんそんな! こんなご立派な馬車、私共には勿体のうございます!」

 まあ当然の反応であろう。ヒト族ではあるがフィリアが高貴な人物であることくらいは一目でわかる。

「それは困りましたわ。わたくし、もうポメラちゃんとお約束してしまいましたし……どうか可愛いお子様の前でわたくしを嘘つきにさせないで頂きたく……」

「そ、そんな……」

 親にしたら有難迷惑な面もあるが、こんな風に言われては断りきれるものではあるまいわねぇ。そんな中、誠一は悪ノリ交じりで良二に目配せした。

 良二も口元ニヤリでそれを受けて、両親に話しかける。

「お母さん、お父さん。ここは私どものお嬢様のお顔をどうか、お立て下さいませ」

 良二、悪ノリ気味のアドリブで参加。

「そんな、執事さんまで……は、はあ。では、お言葉に、甘えまして……」

 フィリアと良二に絡め取られ、若夫婦は返す言葉も失った。

「それでは……じゃあ乗りましょうか、ポメラちゃん?」

「うん、お姉ちゃんありがとう!」

 ”泣いた赤子がもう笑う”の例えそのままに、笑顔満面となったポメラはいそいそと馬車に乗り込んだ。

 若夫婦も良二に導かれ、娘に続いて乗り込んでもらう。

「お嬢様?」

 フィリアの思惑に乗り、一芝居打ってくれた良二にフィリア、微笑みながら。

「執事ですから?」

 同じく両眉を吊り上げて笑みを浮かべる良二。そのまま小声で笑い合う二人である。

 ――自分にこんなセンスがいつの間に……

 笑いながらも、自分の妙な部分の成長に自嘲が混じってくる思いの良二だった。

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