竜車である理由
「うわ~~! 絶景~!」
「すご~い! すてき~」
美月や容子の燥ぎっぷりがハンパない。車窓からの景観にかぶり付きだ。
「こっちでも空の旅が楽しめるなんてね~」
予想通りである。
あの馬車、いや竜車は伊達に翼竜が引いているのではなかった。しっかりと空を飛びよったのである。只今高度約300m。
上空から見る魔王府は、また格別の景観であったろう。
魔王府上空は飛行族航行法で特別な許可が無い限り飛べない事に、なっているらしい。
そのため現在は、ラーの屋敷のある高台から離陸し、ウドラ峡谷へ向かう前に城下の外周に沿って遊覧しているのだ。その後は目的地に向かうまで、高度1000m辺りまで上昇し、巡航飛行に移るとの事。
主動力は翼竜ではあるが、馬車本体にも魔石による姿勢制御が働いているらしく、乗り心地は極めて快適であった。
「空から街を見るなんて私も初めてよメア、素晴らしいわぁ」
「殿下! 御覧下さい! 魔王府城があんなに小さいですよ!」
フィリアとメアも初の体験に興奮しっぱなしであった。それでもフィリアの前ではちゃ~んとメイドモードで敬語になるメアちゃん、流石である。不在のメイスに成り代わって彼女の護衛も兼ねているのだ。
「メイスに留守番お願いしたのは気の毒だったわねぇ」
実際ラーからはフィリア、メイスの二人ともに声を掛けられていたのだが、二人揃って留守にする訳にもいかず、彼女にはフィリアの代理として魔王府に残って貰っていた。せめていいお土産を……と思うフィリア殿下でありました。
その他、話を聞けば必ずついて来そうであろうライラも参加していない。
「ライラさんも来れないのは残念だったねぇ?」
と美月が言う。
「ええ、地方領主の訪問があって、謁見や懇談の仕事が押してまして、残念ながら……」
と、ラー。
実のところ、ラーは今日の旅行をライラには伝えていない。
今朝がた良二を屋敷に帰した時は、ただ今日は遊撃隊は休日だと伝えただけだった。
言えば仕事をシランやローゲンセン他に丸投げして、絶対こちらに来るとわかっていたし……例の魔震騒ぎもあり、仕事しているポーズは必要だ。
「主様? ご覧にならないのですか?」
シーナが誠一を誘う。皆が皆、窓にへばりつきながら景色を堪能しているのに誠一はちょっと顔を寄せている程度だ。
「いや、楽しんでるよ。でも、これでも俺は高いところが結構苦手なんだ」
「そうなんですのセイイチさま? 初耳ですわ」
「先の戦闘でも、主様はハーピーさんに空から運んでいただいてたのに?」
「ありゃあ、魔獣退治に必死で全く気にならなかったんだろうな。それにあのくらいの高さとはレベルが違うからねぇ。あの時は飛び降りても何とかなる高さだったろ? これから行く峡谷も今からビビってるんだよ。高い塔とか崖とか、足が痺れそうになるんだよな~」
「そうなんですかぁ? ……リョウジさまとカリン殿下は、確かに怯えてらっしゃるご様子ですが?」
言われて誠一とラーは指摘された二人に目を移した。
その目線に映ったもの。それは、良二とカリンが車内ど真ん中で身を寄せ合い、蒼い顔をして震えている姿だった。
「大丈夫ですか、殿下、リョウジさん?」
フィリアが声をかける。
「…………なのよ……」
「え?」
「どうして平気なのよ、あんたたち!」
叫び出したカリン、身体は勿論、眼も、声も震えている。いつもの遠慮のない豪気な態度はどこへやら、小さい身体がさらに委縮している。
「わかってんの!? 空よ空! 私たち今、空に浮いてんのよ! 魔獣の背中に乗ってんのとはわけが違うのよ!!」
「激しく同意!!」
横でこれまた震えまくっている良二も同様に叫んだ。若干、声が裏返ってもいるような?
「信じられねぇよ! 馬車が空飛ぶとか何の冗談だよ! 転移で行けばいいじゃんか! なんで重力無視してまで飛んでいかなきゃならないんだよ!!」
いや、転移魔法だっていろいろ無視してんじゃないの? と突っ込みたくなる誠一や容子ら。
飛行機が苦手、と言う人はまあ時折り耳にはするが、良二もその類なのだろうか? アデスは飛行機が存在しないから、カリンが怯えるのは分からなくもないが……とか、ちょい首を傾げる。
「ん~? お前らの世代なら高校の修学旅行なんて沖縄とか北海道とか近隣の外国とかへ飛行機でって普通だろ? 俺の息子も行先は台湾だったし。海外とは限らんが、飛行機が初めてだとは思えないが?」
「あたしたちは沖縄だったなぁ」
と美月。
「お、俺も沖縄だったけど、飛ぶ前に導眠剤で眠ってたから……」
「そんな緊張してんのに導眠剤で眠れるもんなんか?」
「少佐も高いの怖いんなら分かるでしょ!? この床の下、空なのよ空! たった板切れ一枚隔てて空なのよ!」
「じゃあなんで、ついて来たのよ?」
容子突っ込む。
「だって空飛ぶなんて知らなかったもん! 聞いてなかったもん!」
と、カリン。
語尾にもん! とか言われちゃいますと良二ならずとも萌えそうなところですが、今の良二にはそんな余裕は全くおまへんでした……
「まあ俺は自衛隊でヘリコプターに乗ったことあるから、足元のすぐ下が空、ってのが怖いってぇのも、分からんでもないけど……」
「でも翼竜が引っ張んてんすよ? 飛んだっておかしく無いじゃないっすか?」
「初日は飛ばなかったじゃないか!」
「ラーがさっき説明してくれたじゃねぇか。法律で魔王府上空は飛べねぇって」
「私は初日にはいなかったもん! 飛ぶなら飛ぶって最初に言ってよ!」
「そうだよ! なんで黙ってたんだよ!」
「サプライズですわ。飛行が初めての方には結構好評だったのですけれど」
「ああ、驚いたよ! 心底驚いたよ! 満足か! 満足ですかぁ~!?」
「あ~ん、セイイチさまぁ、リョウジさんに怒られてしまいましたわぁ~、しくしく~」
これをチャンスにと、わざとらしく誠一に抱きつくラー。上空1000mのイチャラブ。
それを見てシーナとメアがブーイングするも、
「本日のシフトは私ですわよ~」
と、ラーはどこ吹く風。それに引き換え……
「早く着いてくれ~」
「早く降ろしてえ」
「到着までそんなにかかりませんわ、あと小一時間くらいですよ」
一時間!
「リョウジィ~」
「カ、カリン~」
二人は涙目で抱き合って震え続けた。
さすがにこの体たらくでは、目の前での抱きつき合いを見せつけられたところで、ヤキモチ妬く気にもなれない容子であった。
今の良二をライラが見たらどんな顔するのやら……
「もしも宙返りとかしたら、どうなるっすかねぇ?」
「やらせましょうか? スリル満点でございますわよ?」
「「やめてくれぇー!」」
「「ふっかぁーーつっ!」」
わずか数行の空白で良二・カリン復活である。
と言うのは置いといて、一行は無事にウドラ峡谷の観光公園に到着した。
「大地だー!」
良二は思いっきり地面を踏みしめた。それはもうダンダン踏みつけてバンバン飛び上がって、その安定を全身で堪能していた。
「地面よー! 母なる大地よー!」
カリンも同様である。人間が魔界の大地を母なるどうこう言うのもなんだかな~、とか思いながらジト目で見る誠一たちを尻目に二人は無邪気に飛び回っている。
「やっぱ人間は足で大地を踏みしめないとなー!」
「そうよ! 空飛んで移動とか、人間やめてるわよ!」
「ちょっと~! ホッとするのはいいけど、もういい加減にしときなさいよ二人とも! 一緒に居るあたしたちが恥ずかしくなるじゃない!」
などと、程ほど呆れた容子が良二とカリンを諫めた。まあ、確かに他の観光客のジロジロ視線がとても、とても痛い。
フィリアもお忍びである事から、帽子を目深に被り直し、まわりの視線から素顔を守らざるを得なくなった。みっとも恥ずかしい。
「そう言うなよ~、ホント生きた心地しなかったんだからさ~」
「ハイハイ、さっさと行くわよ!」
そう言うと容子は安心感から気の抜けた、にへら顔した良二の右手を引っ張って、展望台の方へ向かった。このまま放っておいたら地面にキスし始めかねないほどの勢いだったのだ、割りとマジで。
まあ何はともあれ、安心の笑顔満面のカリンも左の腕を取って並び、良二は絵に描いたような両手に華、であった。
良二は幸せいっぱいな思いと共に、実に複雑な心境でもあった。
ほんの半日ちょっと前に自分は初めてライラと結ばれたのである。
それが次の日の、お日様が沈まぬうちから二人の乙女に慕われて……
――甘い汁吸ってる奴はよろしくやってるとこだけ目につくけど、目立たないところでマイナスもしっかり背負ってるもんだ――
以前、誠一が言ってた言葉を再度思い出す。
例えとしてはアレだが、今のこの出来過ぎた幸せのために自分は何を背負うのか? 何を背負わされるのか?
まだまだ経験も乏しく、覚悟しようにも腹の括り方すら満足に出来ているとは思えない。
ライラと結ばれて一皮剝けるかとも思ったが、身に余る異界のハーレム状態でもあり、前途はまだまだ多難であろう。




