お姉さま
ブレーダーの方はラーに案内されて誠一やフィリアの席についた。
「クロダ少佐、本日の作戦はご苦労であった。おかげで負傷者は出たものの、全員帰隊を始める事が出来た。あの巨大魔獣相手に戦死者ゼロでの作戦遂行は我が軍の誇りとするところである。吾輩からも今一度礼を言わせていただきたい」
着席すると同時に今日の作戦に感謝の意を伝えると、誠一もそれに応え、
「指揮をする者として戦死者ゼロほど嬉しい事は有りません。どんな勲章より価値があると考えます」
二人は昼の現地に続いて握手した。続いてこちらでも、早速ブレーダーに杯を勧めて、まずは談笑から入った。
「彼女は確かあの時の……元気そうですね、よかった」
「是非にと、せがまれてなぁ」
「ほう。彼女、伍長でしたかな? すごいな。私は故郷で在隊中の時は兵卒に過ぎませんでしたので、閣下のような将官に対して、こちらから何か話しかけるなど、おそれ多くて出来ませんでしたよ。今、閣下とお話ししているのも実はドキドキ物なんです」
「いや、吾輩らも下の者からは恐れられる事の方が多い。そうであるべきと思う所と、下の意見を直接聞きたいと思う所といろいろ複雑な気持でもある。伍長は所属の大隊長や側近に叱責されても食い下がってきてな。まあ我が領地出身と言う事もあるし、伍長の一途な目に吾輩とした事が絆されてしまってのぅ。人間界からの重要なゲストに礼を尽くすと言う名目で連れてきてしまったが……どうか、迷惑と思わんで頂きたい」
「滅相もない。小林中尉や木島中尉も喜んでいると思いますよ」
頷き合う誠一とブレーダー。再び杯を交わす。
で、話題は今日の作戦内容についてへ移行した。
「しかし、思うのですが……あの程度の湖であれほどの魔獣がよく育ったものだというか、解せないといいますか」
「うむ、海であれば稀にあの大きさの魔獣は遭遇する事もあるのだが、湖であの巨体は吾輩も初見である。あの湖は深さは100mを超える場所もあるので、澱むところもあったろうがのう。先生はどう思われるか?」
ブレーダーはローゲンセンに振った。彼はこの老賢者を先生と呼んでいるようだ。
「今さら言っても詮無いが、胃袋を調べてみたかったものだな。どれくらいの消化物があったか? 何を喰っていたか? 年齢は如何ほどか? ……まあ魔獣の遺体は劣化が早いゆえ日程的に難しいところであったが」
「突然あのサイズで形成されると言う事は有りえますか?」
「一角兎や狼牙くらいの大きさであれば、そう言う事も目撃されておったが、それも兎やイタチ、野犬や狼等の死体が依り代となる場合が多い。今回の如く、頭はコイで身体はサンショウウオなどといった複合的魔獣が、しかもあの大きさで突然と言うのは、吾輩考えにくく思うのだが」
「そうですか。いや、私はアデスに来てまだ半年。魔素と魔獣の関係すらよく分かってはおりませんもので」
「ある程度魔素が収縮され、密度が増して依り代に憑りつくと魔獣が生まれる。体積と魔素密度によって魔獣の手強さは推移するが、実は魔獣の魔素密度と言うのはそれほど濃くは無いのだ」
「最大級に濃くなると、今日の巨大魔獣や海生魔獣のようになる?」
「いや、実はあれでも中間くらいでしてな。一番魔素濃度の濃い生命体は……」
「?」
「メーテオール猊下、そして大魔王陛下なのです」
「…………………………なるほど。ミカドが誕生するには凄まじい数の魔獣の魔素がそのエサにされると言うわけですか」
「時として貴官は面白い物言いをするな? エサと言う言い方は適当ではないが、当たらずとも遠からじではある」
「……計画の第一弾は魔素集め……三界一斉の魔獣狩り……」
「さすがにそこへ考えが及びますかなクロダ殿。三界の連携が不可欠なのはお判りいただけるとは思っておりましたが」
と、誠一以下、計画絡みの話で熱が上がっているところへ、
「もう、皆様方は!」
突然ラーが、ちょいと不機嫌な顔をして割って入ってきた。
「今宵はセイイチさま方の戦勝祝いですのよ? どうして殿方は集まるとすぐ、お仕事のお話しばかりに華を咲かせますの? もっと楽しんでくださいましな」
「これは失敬、夜王殿。小官、この無粋さだけは身にこびり付いて、なかなか離れてくれませんでなぁ」
「まあ男衆が集まるとそんな感じなのは我が故郷も同じだが……奥様方が集まると、亭主や姑の悪口に華が咲くのと同じようなものでは無いかな?」
「まあ、セイイチさまったらいけず! 私どもはセイイチさまの悪口など出ませんわ。もっとも、人の心を手玉に取ってばかりだと、この先はわかりませんけど? ね、ホーラさま?」
「徹頭徹尾同意だ。気を付けよ、セイイチ?」
茶目っ気を出すラーとホーラに、皆が苦笑しながら誠一に注目、
「お手柔らかに?」
と、やはり苦笑を浮かべてはそれに答えた。ラーの乱入で柔らかい空気が流れ込んだと見たか、ブレーダーが杯を上げた。
「この数奇な縁と運命に。そしてアデスの未来に」
「アデスの未来に……」
集った三界の要人たちはブレーダーの音頭で、よりよい未来を願い、杯を交わした。
「あの時はホントにロクにお礼も言えなくて申し訳ありませんでした!」
「何言ってるのよ、生死の間を彷徨っていて、ようやく気が付いたんだから当たり前じゃない。気にするようなことじゃないわよ」
「酷い目に遭ったわね~。あんな魔獣に喰われちゃうなんて」
カリンもメリアンを労うように酒を注いであげた。
「食われた前後って、ほとんど覚えていないんですよねぇ。胃袋に落ちていくところはなんとか記憶があるんですが……気色悪さしか覚えてないです!」
「覚えていない方がいいかもよ? ドリー1曹なんか、あの気色悪い肌触りと臭い、二度と思い出したくもねぇ! とか言ってたしぃ」
「気が付いて眼を開けた時に中尉のお顔が見えて……もう中尉のお顔が天使か神さまに見えましたよ!」
神さま、ここに何人かいるけどねぇ~。
「もう、大げさねぇ。当り前のことしただけだから」
「とんでもない! 中尉は私の命の恩人ですよ!」
恩人を前に感激からか感動からか、そう語るメリアンの瞳はキラキラと輝いていた。
それはもう輝き過ぎているくらいにキラキラと、そりゃキラキラと。
「……あのう中尉?」
まあ、キラキラと。
「ん? なあに?」
「あの、その……これからは命を救っていただいた感謝を込めて、あの……」
うん、もうキラキラと。
「うん?」
「ちゅ、中尉の事……その……お姉さまって呼んでいいですか!?」
「……」>容子
「……」>カリン
「……」>メリアン(キラキラ~)
「……………………………………はいいいいいいいいぃぃぃぃ!?」>容子
お、お姉さまぁ!? 容子の眼はこの世に生まれて以来、最大級の開き方を見せた。視神経に痛みが走るくらいに見開いた。
「あ、あの勘違いなさらないでくださいね! 軍では戦場で窮地に陥った時とかに助けてもらうとか、恩人ですとか、女性兵士同士なら、そういう方に感謝と尊敬を込めた気持ちでそういう風に呼ぶんです! 決して邪な気持ちは!」
驚愕する容子にメリアンは言い訳じみた説明論を展開した。だが”邪な”とか、そんな事を言われては余計に変に意識してしまうではないですか! しかも今ウルウル輝いているこの瞳は、良二に乗っかって息を荒げていたエロメイド、ナルニカの……あの彼女の目を彷彿としちゃいますしー!
――告られたの? もしかして、あたし告られたの!? あたし生まれて初めて告られたんですけど! しかも初めてが女の子ぉー!? てか、あんた歳上じゃね!?
容子は、しこたま錯乱した。
「き、気持ちはありがたいけど、普通に姓階級で呼んでもらえれば!」
「ダメなんです、普通では! 恩人に対する特別な敬称なんですから!」
特別って……それこそ文字通り別の意味で特別な関係じゃあ……
「ねぇヨウコ、ヨウコ」
カリンが声をかけてきた。
「な、なによ」
容子も応じながらカリンを見た。彼女の目はメリアンとはまた違った輝き、邪悪とも取れそうな輝きを放っている。眼尻のひん曲がり方が実にいやらしい。そして、言ったもんだ。
「女同士の不倫はノーカンにするようにリョウジに言っといてあげるわよ?」
ふざけんなあああぁぁぁ!
メリアンの手前、声に出すのは憚ったが、容子の目はそう叫んでいた。




