蘇生
「リョウジー!」
「良くーん!」
「良━━━━━━!!」
三人の悲痛な叫び声がこだまする。魔獣は良二を喉の奥へ飲み込むべく頭を上に反り上げた。ほぼ垂直に持ち上げられては背中の誠一もへばり付いては居られず、滑るように落ち始める。
「うおお! クソッタレがぁ!」
タダ落ちしてたまるかー! 誠一は光剣を起動、背中に突き刺して、落下しながらも魔獣の背中を切り裂いていった。
「ダアァ━━━━━━!!」
刃渡り最長モード、推定2mのプラズマブレードが魔獣の背中を斬り裂いていく。
ぶぎぃゃぁあぁー!
ドオン! ドン! バシィン!
背中を割かれ暴れまわる魚魔獣。誠一渾身の斬り込みは、魚魔獣の背中に長さ15m近くのパックリ開く大切創を負わせた。
吹き出す血飛沫とともに誠一は大地に降り立つと容子たちのもとへ向かう。
そんな中で今自分を攻撃した敵とみなしたか、捕食のためか、再び容子とカリンに目標と定め魔獣は二人に襲い掛かった。
――ダメ、今度こそ……良くん!
同時にそう思い、容子とカリンがお互いにしがみ付き合った刹那、
ドシャ!
天を突く背丈の大男の黒い影が二人の前に現れた。
「ふん!」
大男は二人の前に立ちふさがり、魔獣の口を掴んでその動きを瞬時に止めた。
「ブレーダー閣下!」
「よくも我が部下を甚振ってくれたな。その行為、万死に値する!」
ブレーダーの全身の筋肉が怒張し、服を破らんばかりに膨れ上がる。
「報いを受けよ!」
ぬおおおお!
ブレーダーは地の底から湧き出るような雄たけびと共に、魚魔獣の口から唇をブチブチブチッと引き千切った!
思わぬ攻撃に仰け反る魚魔獣。ブレーダーは、千切った唇を地面に叩きつけると、更に狙いを定め、右手に念を込めて突き出し始めた。
「骨の髄まで灰になるがよい、黒き炎!」
彼の右手に黒い炎が纏わり始める。ライラがクジラ魔獣に放った「深淵の黒き炎」とか言うアレと同じか?
「待って、ブレーダー閣下! 仲間がさっき飲み込まれたの! まだ生きてるかもしれない!」
「む!」
容子に止められ、ブレーダーは一旦魔法を収めた。しかし、このまま魔獣を放っておくわけにも行かない。
「ならば!」
ブレーダーは下半身辺りに狙いを変えた。脚関節を吹き飛ばし、二度と歩けなくする、身動きできなくする方向で。
「むん!」
狙いを定め念を込めた。ブレーダーの右腕が黒き炎に包まれる。
が、その時、
「うん?」
魔獣の動きが止まった。
ブレーダーを屠る気だったか、それとも逃れる気だったのか? 魔獣は後ろ脚を踏ん張ったまま、頭を持ち上げる正に途中で、半端な位置で止まってしまった。
そして次の瞬間……
ブシュオオオォオーー!
魔獣の喉元? 頭と胴体の境目辺りからごく細い、水柱の様なモノが突き出されてきた。
その水柱は徐々に移動し始めた。堅い頭とブニョブニョの胴体の境を沿う様に動き、やがて首周りを一周し、水柱が通った後からは噴水……いや、滝の流れほどの勢いで血飛沫が噴き出してきた。
魔獣の魚頭は、その夥しい出血とともにギロチン・打ち首さながらに胴体から切り離され、泣き別れするがごとく落下していった。
同時に反っていた胴体も力なく崩れ落ち、倒れていく。
ドドオォォーン!
辺り一面に、絶命した魚魔獣の首と胴体が湖畔に叩きつけられる音が爆音並みに響き渡った。脊髄反射か、死の痙攣か、足先や尻尾が時折ビクッビクッと跳ねている。だが、それもやがて収まっていく。
ブレーダーも他の魔界軍も、一体何が起こったのか分からなかった。
しかし容子はそれが良二の仕業であろう事を直感で気づき、口元・目元に笑みが浮かんできた。何よりあの水剣の水しぶき、見紛う筈もない。すかさず斬り落とされた胴体の切口部分を凝視する。
何かが出てくる……
「うげぇ! 生臭ぇ! ヌルヌルぅ!」
切断された胴体、その切口から良二が罵詈雑言垂れまくりながら這い出してきた。
「うお~、気ッ色悪りぃ~! でえぇ~! 生きてる意味あんのか、こいつはー!」
――生きてた!
良二の無事に容子とカリンの眼が見開かれる。
二人は立ち上がると、カリンの足を庇いながら良二の元へ駆けて行った。
「良くん!」
「リョウジィ!」
思わず良二に抱きつく二人。感極まり、涙もあふれ出す。
「容子、カリン!」
「馬鹿ぁ! 死んじゃったかと思ったじゃない!」
「ムチャするんだからぁ!」
泣きじゃくり、良二にしがみ付く容子とカリン。
「ごめんな、あれしか思いつかなくてさ」
良二もそんな二人をそっと抱きしめる。魔獣も仕留める事が出来て、絵に描いたような大団円だ。しかし……
「うっわ! 良くん、くっさい! ちょ! なにこれ!」
「やだベトベト! 気色悪いわね、もう! 洗ってから抱きつきなさいよ!」
良二は魔獣の血と体液でベトベトだった。おまけに鼻がひん曲がりそうな酷い悪臭! 感動的な場面であっても、すぐに現実に帰ってしまうのも止む無しなくらい!
良二は二人に連れられて、湖に頭から突っ込まれた。
「ちょ! 溺れる、溺れる! 苦しい苦しい! おいってば!」
「うるさい! まずはしっかり洗いなさい!」
良二にとって初めての異性との入浴? 沐浴? は実に生臭いものとなった。
「おーい! 誰か手を貸してくれ、引っ張り出してくれー!」
良二たちのコント? を見て目を点にしていた魔界軍兵士は、魔獣の切り口から新たに聞こえる声を耳にして我に返った。
良二が出てきた切り口からウロコに覆われた、リザードマンの手が這い出してきていた。兵士たちがあわてて駆け寄って、数人で腕を掴み引っ張り出した。
「うっらあぁー!」
「クっソ! 重てェ!」
夢中ではあったが、引っ張る兵たちは随分と重い感触だと思った。これが人一人分の重さか? と小首を傾げたくなるくらいに。
だが今はそんなことは二の次だ。兵たちは両腕だけではなく、肩章や襟など掴める所は全て大勢で掴み、一斉に力を合わせて引っ張った。
「ぶはあぁ!」
「ぶ、分隊長!」
出てきたのはガンジンであった。
「分隊長殿! ご無事で!」
「ごほっ、げは! うが~、死ぬかと思ったぜ~」
うん、違いない。あんな化け物に飲まれりゃ誰でもそう思うだろう。
切口からガンジンを腰まで引き出すと、続いてそこにまた誰かがしがみ付いている。
ガンジンと一緒に飲まれた17分隊の兵士だ。
「まだ、後に掴ってる奴がいる。急いで出してやってくれ!」
仲間が生きている!? 道理でガンジン一人にしては重いはずだ!
「うおおおお!」
兵士たちは殺到し、飲まれた同僚を一斉に掴み、引き出していった。
次々と引っ張り出される魔界軍兵士たち。結局、全部で7人が引き擦り出された。食われたと思っていた全員を救出したのだ。
「良!」
飲まれた兵士の救出に湧きあがる中、誠一とメアも駆けつけてきた。
「良! この馬鹿野郎! 無茶しやがって! 無事か? ケガは無いか?」
良二の両肩を手で握り、容体を聞く誠一。
「うん、大丈夫さ。この通りだよ」
「お前が飲みこまれたとき、もうダメかと思った……よかった、良く帰ってきた!」
ガバッ!
誠一は良二を抱きしめた。
抱きしめながら良二の背中をバンバンと叩き、よかった、よかった! と連呼した。
「く、黒さん!」
いきなり誠一……と言うか男に抱きしめられ戸惑う良二。
だが、誠一の声が涙声に近くなっているのに気づくと、良二は戸惑いながらも何か暖かい嬉しさの様なものも感じ始めた。
「ごめん、心配かけて」
なんか、悪くないな……良二にそんな思いが頭を巡った。両親と死に別れてから、しばらく無かったこの感じ……双方ずぶ濡れなのに、ホント、温かい……
「おい! この娘、息してないぞ!」
誰かが叫んだ。良二たちも、そちらを見る。
最後に救出されたらしい被害者が、兵に囲まれて横たわっている。
「脈は? 心臓はどうだ!?」
頭の横に羊の角を生やしたバフォメット系の角っ娘の女性兵士であった。
「メリアン! しっかりしろ! 眼を開けろ!」
この女性兵士はメリアンという名らしい。同僚だろうか? 兵士が彼女の頬を叩いて必死に声をかけている。
「ダメだ、心臓も止まっちまってる……」
胸に耳を当てていた兵士が弱々しい、消え入りそうな声で言った。
「遅かったか……」
全員助かったと思ったのに……皆が、がっくりと肩を落とした。
「畜生、腹の中で俺が掴んだ時はまだ生きてたんだ……畜生、畜生!」
最後から2番目に救出された兵士が涙ながらに嘆いている。
ん? と言うことは?
――まだ時間はたっていない……?
「良! 容子!」
「「はい!」」
誠一が声をかけると容子と良二が駆け寄る。まずは誠一が女性兵士の眼を開け瞳孔を見た。
「なんだ? なにするんだよ?」
落ち込んでいた兵士らが騒めき始める。
「反応がある! 容子は人工呼吸! 良は心臓マッサージだ!」
「はい!」
「了解!」
心肺蘇生術開始! 即座に気道を確保し、誠一が女性の歯の間に親指と人差し指の先を入れ、捻って口を開けると容子が息を吹き込み始める。
その間、良二は上半身の横に座り、心臓の位置を見定めスタンバイ。
容子が息を二回吹き込むと、誠一が合図し、良二が胸骨圧迫を始める。
「1、2、3、4、1、2、3、4……」
誠一が100/分のテンポで数を数える。それに合わせて良二が力を籠める。
「30!」一旦止める。容子が頬を口に当て様子を見るが、自力呼吸が復活しないと見て、すぐさま息を吹き込む。
「何をやってるんだ?」
「まさか……これで、生き返るってのかよ?」
騒めきが大きくなる。もしかして? 半信半疑かそれ以下の期待感……それでも叶うなら蘇生を願う、そんな騒めき。
「変わるぞ!」
誠一が良二と交代する。容子の二回目の吹込みが終わり、再度圧迫を始める。
「1、2、3、4、1、2、3、4……」
「1、2、3、4、1、2、3、4……」
いつの間にか周りの兵士も一緒に数えだす。
「1! 2! 3! 4! 1! 2! 3! 4!」
「30! どうだ!?」
誠一が訊ねるが容子は首を振る。「もう一回!」叫ぶと即座に息を吹き込む。
再度誠一と交代し、準備。
「頼む! 戻って来い!」
映画やドラマでよく聞くセリフ、良二もつい口にした。そう思いたくなる気持ちを今、思いっきり実感する。
――間に合うはず、まだ間に合うはず!
願いを込め、圧迫を再開。
「1! 2! 3! 4! 1! 2! 3! 4!」
今度は最初から大合唱だ。兵士たちの声に段々と力が入って行く。
そして20を数えるころ……
「カハッ!」
反応した! 見事、自力呼吸が復活したのだ!
「こほ! コホ!」
弱いながらも咳込むメリアン。だが、呼吸は次第に安定してきた。
「苦しい? 眼を開けれる? あたしを見れる?」
まだ軽い咳込みを続けるも、メリアンはゆっくり眼を開けて容子を見つめた。
彼女は今の自分の状況が分からず、戸惑ったような目をしている。だが、やがて眼の焦点が合って来た。
「あたしの声、聞こえる? わかるのね? ……よかったわ、もう大丈夫よ」
容子はそう言うと疲弊しているであろう、彼女の胸の周りを対象に、回復魔法を施し始めた。
やがて、メリアンの顔に笑顔が浮かんで来る。
「ぃやったぁ━━━━━━!!」
ウオオオオォオォ━━━━━━!!
仲間の生還を喜ぶ魔界軍兵士たちの大歓声と拍手が、湖と森にこだまする。
「閣下! 負傷者は多数出ましたが、本作戦、戦死者はゼロです!」
「うむ!」
報告を聞き、肩の力を抜くブレーダー。
同じく、蘇生に成功したことに、安堵した誠一。
不意に目が合う。
ブレーダーはゆっくり誠一のそばに近寄って、右手を差し出し握手を求めてきた。
誠一もそれに応え、お互いの部下の無事を喜ぶ顔を見合いながら、がっしりと握手した。
「やったね、リョウジ!」
カリンが痛む脚を庇いながら、後ろから抱きついてきた。同時に良二の頬にキスをする。
「ヨウコさま、お疲れ様です」
森から戻っていたシーナと美月も容子を労う。
「クロさん、お疲れっす!」
メアも満面の笑顔で誠一にしがみ付いてきた。




