飛べ!
「距離を取れ! まずは砲撃するぞ!」
誠一が指示すると美月と容子は森側に移動し、魚魔獣の予想進行点より40m程離れた。
しかし魔界軍は間合いの短い得物が主力ゆえ、弓兵や魔導士の遠隔攻撃の支援を受けつつ距離を縮めようと群がった。
「まずいな、数が活かせない」
「何? 黒さん」
良二が誠一の舌打ちに突っ込んだ。
「水際から森まで15m。軍が総勢700人を超えてても地上から同時にかかれるのは精々50~60人程度だ、湖畔が狭すぎる」
そうか、足場のない湖側からでは、囲んで攻撃と言う訳にはいかないんだ……と、良二も気付く。
魚魔獣は水際から30mくらいまで接近してきた。
17分隊ほか、必中距離に入った弓や魔法による火球、氷矢等の遠隔攻撃が始まる。
「撃て撃てー! 少しでも削れー! 奴の速度を落とすんだ!」
標的がでかすぎるので剣や槍で攻撃する前に、遠隔攻撃で少しでも体力を削いでおきたい。
だが、今回の作戦は森林内の魔獣戦だったのでカタパルトなどの大型攻城兵器の類の運用は想定されず、その手の兵器は持ち込まれていない。また、同様の理由で航空兵力たる飛翔可能な魔族の人員も少ない。陸戦の個人兵装の兵たちでどこまで通用するか。
「分隊長! 頭はダメだ、矢が弾かれる!」
魔獣は鯉の様な頭をしているが、見た目には外骨格かと思えるほど固そうな質感だ。射手が言う通り、矢が通らないくらいに堅い表皮なのだろう。
「うらあ!」
力自慢のオーガ兵が重量級の大槍を投擲するが、
カイィーン!
垂直に近い角度で命中するも、あえなく弾かれた。これでは剣や槍が届く距離になっても苦戦するのは想像に難くない。
魔法攻撃は氷矢や氷槍は槍同様に弾かれてしまっているが、火球は効果がありそうだ。当たったところを前足でこすろうとしている。
「目だ! 目を狙え!」
指示が飛び、弓兵と投擲兵が左右に展開して眼球に狙いを絞っての攻撃に移る。
眼球はどの動物でも弱点・急所であるのは定番だ。どれほど筋トレしようがプロテインジュースを飲みまくろうが眼球を鍛えるのは困難だ。
ところがこの魔獣、矢が刺さっても、ものともしていない。眼の構造が違うのか、分厚い防御被膜でも備わっているのか。前脚でざっと擦っただけで刺さった槍や矢を払いのけてしまっている。
そうなると主攻方面は胴体側となる。クジラ魔獣同様、刃が通るところを刻み続けるしかない。
ならば森まで誘いこんで胴体に取り付くか? 誠一もガンジンも頭を巡らせた。
そんな中、魚魔獣は遠隔攻撃を受け始めてしばらくすると、それに反応してか、何か態勢に変化が表れ始めた。
まだ後ろ足が水中なのでハッキリはわからないが、前脚が強く踏ん張られ、腰や尻辺りが沈み込んで来ている。
――まさか!
容子やメアらはクジラ魔獣がやった、身体を反り上げて後ろ脚で飛び跳ねながらの前進を思い起こした。まさかこいつも?
「来る! 来るわよ! 正面の人は逃げて!」
彼女らの声を聞いて誠一も気付く。
「ドリー軍曹! 飛びかかってくるぞ! 左右に退避しろ!」
そう誠一がガンジンに警告したその瞬間、
ズバッシャアアァァーーーン!!
と、ド派手な水飛沫をあげながら、魚魔獣は前方に向かって大きく跳躍した。
「うわああぁぁ!」
体長30mのバケモノの大跳躍、というより水面を滑っていくような突撃ジャンプに17分隊の連中は度肝を抜かれた。
「退避だー!」
ガンジンが叫ぶ。が、その分、自分の退避が遅れてしまった。
魚魔獣は湖畔にヘッドスライディング宜しく着地し、そのままその大口を全開にしてガンジン以下3人の兵士を湖畔の砂利共々銜えこみ、頭を持ち上げるとそのまま彼らを魚の鯉と同じく、丸呑みしてしまった。
「分隊長!」
「分隊長殿~!」
分隊長と2人の同僚を喰われた17分隊隊員の悲痛な叫び声がこだまする。
だが、光明も見えた。
「ここだ!」
美月は好機を見つけた。魚魔獣が頭をもたげたので左前脚の位置が高く上がり、魔界兵の上方へ抜ける射線が確保できたのだ。
ヴアオオオォォーーーン!
ダブルより一際大きな砲声を轟かせ、トリプルチャージの徹甲爆裂火球が放たれた。火球は魔獣の左脚の付け根に向かって一直線に飛んでいく。
ドバアアァァァーン!
命中! 魚魔獣の脚から大きな爆炎が上がった。
その破壊力はクジラ魔獣に放ったダブルチャージより明らかに強力であり、爆炎に混じって砕かれた骨までもが飛び散っているように見えた。
魔獣はショックで崩れるがごとく右側に仰け反った。
踏ん張って態勢を戻し足をつくも、被弾した左脚はもはや足としての機能がほぼ消失しており、身体を支える事が出来ず体勢が左へ崩れた。
魔界軍は普段見る火球の数倍の破壊力を誇る美月の爆裂火球に感嘆し、士気を取り戻した。
「うおおおぉ、すげえぞ姉ちゃん!」
「よし、行けぇ! 分隊長の仇だ!」
17分隊は先を争って崩れた左脚周辺を狙い、槍や剣で斬り込みをかけた。槍斧で畳みかけ、氷槍で身体の奥まで貫く。とにかく手数を増やして、徐々にでも体力を削らなければならない。
だが地の利が無い。同時にかかれるのはせいぜい十数人、体力を削るにしても、それまで魔獣がじっとしている訳もなく、三本の脚で踏ん張って、もうぶら下がっているだけの左脚を振り回わし、取り付いた兵士を薙ぎ払った。
うわあああー!
払い飛ばされた兵士たちの悲鳴が現場に響く。
同時に魚魔獣は西に頭を反転し、水際に沿って進む気なのか、体を右に曲げた。
頭が西向けば尾は東。その長い尾が振り回され、その先に待機していた兵士たちを薙ぎ払っていく。
その中には美月や容子もいた。
「きゃ━━━━!!」
容子が瞬時に風壁を展開し、直撃は避けられたものの、その風壁もろとも美月たちはふっ飛ばされた。
「容子━━!!」
良二、魔素ブースト全開! 容子の元へ駆けつける。
「大丈夫か容子! ケガは、ケガは無いか!?」
倒れている容子を抱え起こす良二。
「んん、だ、大丈夫よ、美月は?」
「あたしもだいじょう……痛!」
美月の顔が歪んだ。突然の激痛に呻きながら自分の右腕を掴む。
「やられたのか美月! どれくらい痛い!? 折れてるか!?」
「わかんない。でも、今までのケガで一番、痛い……」
痛みで息をするのも苦しがっている美月。
「移動する! ちょっと我慢して!」
良二は美月を抱え森まで移動した。
「ヨウコさま、肩に掴って!」
容子は駆けつけたシーナに支えられながら、同じく森に入る。
「容子は、ここで美月の治療をしてくれ。シーナは二人の護衛を!」
「わかった!」
「了解です、リョウジさま!」
二人に指示した後、良二は現場に向かって走り出した。
水際沿いに移動を始めた魚魔獣、湖畔側に大人数が取り付きやすくなったが、振り回される尻尾でかなりの兵士が払われた。
魔獣は時折ジャンプし、前方に控えていた兵士を銜えこんでは一飲みにする、を繰り返した。もう、6~7人は喰われただろう。
頼みの美月が離脱した今、何とか取り付いて魔獣の体力を削り続けるしかないのだが……
と、その時、討伐隊本部に待機していたハーピーや、迎賓室に居たメイドと同じ、コウモリ翼を持った飛翔魔族たちによる、空からの攻撃が始まった。
「喰らえ!」
彼らは無防備な背中を狙い、弓を放ち、槍を突き立て、剣で切りつけていた。
だが巨大な図体でもあり、どれほどのダメージなのか? 兵力も少なくせいぜい1分隊ほど。残念ながら大きな効果は期待しにくい。
「黒さん、雷撃は!? 一気に痺れさせて動きを止めるとか!?」
「ダメだ! 友軍がみんな水を被っている、彼らまで巻き添えになっちまう!」
「く!」
今まで大物や多数の敵方には、誠一のプラズマショットや美月の砲撃によって最初に大きなダメージを与えて各個に撃破するというパターンが多かった。
だが今回は、その二つともが既に攻撃オプションから選べなくなってしまっている。
もっと深手を負わせる方法は無いか? 飛んでいる魔族を見詰めながら誠一は考えた。
――そうだ、エアボーン!
「軍曹! 彼らに言って、俺を奴の背中に運んでもらえないか!?」
「え!? なんですって!?」
「俺が背中から切りつける! 背中に張り付いて光剣を突き刺せば2mは深く刻める! それでデカい血管を切る事が出来りゃ一気に体力を落とせる! 誰でもいい! 空を飛べる奴に頼んで俺を背中に運ぶよう頼んでくれ!」
「りょ、了解です!」
誠一の頼みに頷いたエスハンは即座に、
フィヒュヒュヒュフィー!
と、独特な口笛を吹きならした。
その口笛の音に気付いたのか、一人のハーピーが二人の方を向いた。それに合わせてエスハンが手招き。
エスハンの顔見知りだろうか? 気付いたハーピーは険しい顔をしながらも誠一らのもとへ飛んで来てくれた。
「なんだエスハン、この忙しい時に!」
「悪いシオリラ! 頼まれてくれ、少佐を運んでほしい!」
文句を言いながらもやってきてくれたハーピーの女性兵士、シオリラに誠一も頼み込んだ。
「俺を奴の背中に運んで欲しいんだ!? 背中と頭の境から直接、脳を狙いたい!」
「運ぶ? あんたをかい?」
誠一は返事をする間も惜しいとばかりに小刻みに頷いた。
「重そうだねあんた? まあいい、やってみるよ、足に掴りな!」
そう言うとシオリラは飛びあがり、足を誠一に向けた。
誠一が足を掴まえると「落ちるなよ少佐!」と言いつつ、ちょっと難儀しながらも何とか飛びあがっていった。
「軍曹! もう一人頼んでくれ! 俺も行く!」
良二も後に続くべく、飛べる兵士を探すようにエスハンに頼み込む。
やがて、エスハンの誘導でまた一人、今度はコウモリ族の兵士が承諾してくれた。彼は良二を連れて飛び上がり、すぐに誠一を追った。




