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コイとサンショウウオ

「ご苦労さま、ドリー一曹。友軍に損害は出たのかな?」

 誠一がガンジンを労い、状況の説明を求めた。

 ガンジンは誠一の、少佐の階級章を見るやサッと敬礼をしてきた。しかし、

「お宅もお疲れさん、少佐……殿?」

敬語とはほど遠い、言ってみればなれなれしい口調でガンジンは説明し始めた。

「そうだな。他の分隊の中では負傷した奴も、まあそこそこいるよ。死んだ奴は居ないと思うが、骨折とか重傷者は本部近くに送って治療させているぜ」

 現場では経験の浅い幹部士官よりも、頼りになるのが場数を踏んだ古参の下士官と言うのはよくある事。自衛隊でもその辺りは同様であったので、そんなガンジンの上官に向けるには適しているとは言えない彼の話し方も、誠一は何の不快感も感じなかった。

「死者が出なかったのなら何より。他のブロックもそのくらいなら良いのだが」

「大丈夫だろう、よほど魔獣が偏って無きゃな。そういう偏りは昔の方が多かった。今は塊を作って、先手さきてがこちらをジワジワ削って大物が止めを刺しに来るって戦法を取るようになってな。」

「組織だって動き出したのは最近かな?」

 と、良二も談議に参加した。副隊長として出来る限り状況を掌握……と言う義務感に駆られて、では無く自然と言葉が出てきた。もう条件反射、脊髄反射レベルで。

 一応、将校の端くれとしての心構えが染みついてきたのだろうか?

「目撃談は2年くらい前から有ったんだが、最初はみんな信じて無かったよ。だがこの1年くらいから、その傾向が顕著になってな。単純な武器による攻撃や偽装、待ち伏せ……その頃の損耗は馬鹿に出来るものでは無くてなぁ。10頭くらいの狼牙と狂黒熊の群れに1個小隊が全滅するとかな。だから今では今日みたいに圧倒的戦力で討伐するようになったのよ」

 魔界は人間界より早く魔獣の変化が進んでいたと言えそうだ。

 魔界は言ってしまえば魔獣の本場、人間界より先じていてもおかしくは無いが、同時にそれは人間界の近い将来の姿でもある。

 ガンジンの言う1個小隊全滅はテクニア討伐戦のビサ隊の敗北と被る。

 人間界の魔獣の組織化が進む前にミカド計画が功を奏すればいいが……

 と、そこまで考えた良二は思いがけず自分で自分に違和感を感じた。

 自分は異世界人なのに、人間界の将来を我が身の事のように案じている自分、そんな姿に小首を傾げたのだ。先程の、誠一とガンジンの話に割って入ったのもそうだろう。軍人としての姿勢云々より、


自分は着々と、アデスの人間になってきている?


こちらであろう。

「どうしたの?」

 そんな事を考えている自分が、傍目には呆然としていると見えたのであろう、容子が声をかけてきた。

「あ、いや、対岸の方も討伐が終わったみたいだなぁってさ」

 良二は北方のブロックの湖畔に、魔界軍兵士が現れ始めたのにかこつけて誤魔化すように言った。

 今考えていた事は、自分次第で残留を決めようとしている容子と、彼女の家族にも関わる事だ。作戦遂行中の今は話題にしたくなかった。

「あら、そう言えば……どうやら、あちらも作戦は成功したみたいね」

 まずまず自然に誤魔化せた良二は、改めて周りを見回した。

 東西から流入する川、南北の流出する川にはそれぞれ小さいながらも橋がかけられており、隣接したブロックの兵たちが合流して、各隊の戦況の情報を交換しているのが見える。伝令らしい兵も走っている。

「本部から伝令が来た。討伐は各ブロックとも成功裡に完了。12:00をもって作戦は終了だそうだ。あ、あと、本管から糧食が運ばれてくるらしい。湖畔に到達した隊は現在地で昼食を摂れとのことだ」

 作戦終了。それを聞いた遊撃隊の面々は、今回も脱落者無しで終えられた事に胸を撫で下ろした。

 全員無事。どんな作戦でもこれが最終目標であるのは揺るぎない。

「みんなご苦労様。今回も全員無事で終わることが出来た、感謝するぞ」

「お疲れ、隊長!」

 そしていつものハイタッチ。

「これで集落の人たちも安全に行き来できるようになるわ。喜んでもらえるといいわね」

 今回はブレーダーの転移で移動してきたので、村落の人とは顔を見合わせてはいない。

 良二と同じく、容子も魔界の村落も見ておきたいと思っているのかもしれない。

「綺麗な湖を見ながらお昼かぁ。それはそれでご褒美かな?」

「と言っても、軍の糧食なんてあまり期待できないっすけどね」

「でも、主様の事だから、真っ先に駆け付けてメモをお取りにな、る……!」

 誠一をダシにしての雑談の中、急にシーナは言葉を止めた。一緒に話していた美月が、不思議そうに彼女を見た。

 そのシーナは非常に険しい表情になってきており、毛を逆立て、フサフサの尻尾もピーンと伸びきっていた。

「どうしたシーナ?」

 と、声をかける誠一。だが、シーナの表情を見れば只ならぬ事態だと言う事は、過去の実績から言っても判断は容易だ。

 誠一はすぐ目をメアに移す。

 シーナからは遅れたものの、メアもまた総毛立ち、尻尾を丸太のごとく膨らませている。


 襲撃だ!


「……どこだ!?」

「湖です! ものすごい巨大な気配が水面に向かってきています!」

「でかい! 前のクジラ並みっす!」

「総員迎撃態勢をとれ! 湖の警戒を厳とせよ!」

 誠一に指令され、良二や容子たちも瞬時に身構えて湖を警戒する。

 遊撃隊の只ならぬ動きにエスハンやガンジンも即座に反応した。

「どうした少佐! 何事だ!?」

 ガンジンは誠一に訊ねながらも周りの、対岸や西ブロックの索敵者が騒めき始めているのを視認した。何かが来る!

「てめえら! 周りに気を付けろ! 敵襲だ!」

 長年のカンに動かされる様に、ガンジンは部下に警戒を命じた。

 そんなガンジンに鍛えられている17分隊もすばやく動いた。作戦終了時の一番気の抜ける時ではあったが、あっという間に全員が戦闘モードの顔つきになる。

 敵襲! 警戒ー! 警戒ー!

 指令がリレーされ、魔界軍が次々臨戦態勢を取っていく。

 森を早足で進軍中だった分隊も駆け足でこちらに向かい始めた。

 負傷者が後退しているとは言え、湖周辺で展開する兵員は700人は超えるはず。

 大抵の事には対処できると思うが……良二は一抹の不安を隠しきれない。

 良二は海でのライラとの同期技であったとは言え、海生魔獣を真っ二つにした実績があるのだが、いかんせん記憶が全くない。どんな奴が来るのか?

「美月、脚がある奴ならクジラ魔獣と同じ戦法で行くぞ。姿を現したら距離を取ってダブルチャージを始めろ」

「相手がでかすぎるよ! 黒さん、トリプルチャージやってみる!」

「やれるか!?」 

「1発2発ならいけると思う! でも、これだけ人が多くて平たい場所だと射線を確保できるかなぁ」

「判断はお前に任せる。責任は俺が取る!」

「う、うん!」

 美月は返事すると同時に魔力チャージを始めた。

 戦場に於いて指揮官が命令し、責任を全て追う事、兵士にとってこれは非常に心強い事である。兵士は後の事に気をとらわれず、目の前の事案に全力集中で対処できるのだ。

 決意を新たに擲弾筒が装着された錫杖を美月が構え直した時、

「!」

湖面の一角が盛り上がりを始めた。

「来ます! 正面です!」

 バッシャアアァァーーーン!!

 シーナの叫びと同時に、盛り上がった水面を跳ねあげながら巨大な魔獣が姿を現した。

 飛び出した大魔獣は湖面を蹴り上げるようにジャンプし、一気に湖畔への距離を縮めた。着水時の水飛沫が飛び散り、良二たちや東南ブロックの魔界兵に降り注ぐ。

「なんじゃ、ありゃあ!!」

「でけぇ! 30mはあるぞ!」

 怪獣だ!

 誠一はクジラ魔獣の時と同じく、そう言わざるを得なかった。

 この、目の前の魔獣。頭部は魚であった。

 鯉の様な頭、4本の髭を持ち、歯は無いがポッカリ開いたデカい口。直径が人の背丈ほども有る巨大な眼ン玉。

 だが胴体はと言うと……

「サ、サンショウウオ?」

 固そうな頭に比べ、胴体の形はヤモリかサンショウウオ……いや、それ以上に、遠目から見てもわかるヌメヌメのブヨブヨ感。まさに掴みどころの無さそうな、触る前から触れた時の気色悪さを連想してしまうくらいのウニョウニョな表面。そんな身体が、尻尾を入れれば、ざっと50mくらいの大きさでウニョウニョと蠢いている。

 それにしても不気味な風体だ。

 鯉の頭にサンショウウオの体……良二は子供の頃、大物だが身体が半分くらい腐った魚を釣り上げる悪夢に(うな)されて、あまりの気色悪さに飛び起きた事があるのだが……それを今更思い起こ(フラッシュバック)させるような、そんな気味の悪い形相だ。思わず、うえぇぇっ! と吐き気の混じった呻き声が出そうだ。


 浅瀬にたどり着いた魚魔獣は、クジラ魔獣より幾分速い動きで湖畔を上り、水飛沫をあげながら獲物である魔界兵らを狙って移動をし始めた。

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