湖畔
「左の道際にスライムが固まってるっすよ、気を付けてくださいね」
索敵は遠方中心にシーナ、近場はメアが担当した。
「やだ、ブヨブヨ! キショ!」
メアの指摘したスライムが道の際の草むらでうねうねしているのを見て、美月が思わず吐き捨てる様に言った。
直径30cm程度の、半透明だか光の反射でそう見えるのか分からない、青黒い表面のブヨブヨが、10体くらいうろついている。
良二も見ていて余り良い感情は持てなかった。ゲームのスライムは可愛らしいデザインのモノもあるのだが、少なくともこいつは違う。
ゲームとかにはあまり興味が無かった美月や容子でもスライムの名くらいは知っていた。
しかし、アニメや漫画等でキャラクター化された愛すべき雑魚モンスター程度のイメージくらいしか持っていなかったらしく、実際にアデスのスライムの色、動きを見ると嫌悪感しか湧かなかったようだ。
「お気を付けください。動きは鈍いですが、取り付かれると身体を溶かされながら捕食されてしまいます」
「うげぇ、メチャ勘弁」
エスハンが注意を促すと、美月が舌を出して思いっきり眉を顰めた顔をして吐き捨てた。水難救助訓練時に、クジラ魔獣が噴き出す酸の潮で危うく溶かされそうになった記憶が否応なく蘇る。
しかも今回はそのまま食われてしまうわけで、気分が良いわけがない。
「でもスライムは火に弱いから、襲われたらミツキさんの出番すよ?」
「そうなの? じゃあ今から焼き殺してやろうかしら!」
「森に火が移ると危険だし、みだりにやるもんじゃ無いわよ」
「その辺が厄介なんですよね。スライム駆除が山火事に発展した例もありますし」
「ちぇ~」
美月・容子らがスライム談義してる中、良二は後方での戦闘音や声が、静かになったことに気付いた。
「後方も落ち着いてるな、制圧成功かな?」
「ええ、魔獣の活動は停止してますね。このブロックは討伐完了でしょう。前方にも大きな魔獣の気配は……今のところ有りませんね。あ、後衛の11分隊以降が交替して、こちらに前進を開始し始めましたわ」
「怪我人とか出て無きゃいいがな。そういや軍曹もお見事だった。ハンドボウと長剣だけで1頭片付けるなんざ御見それした」
「止めは少佐ではないですか。しかも、あの太いオークの首を一刀で跳ね飛ばすなんて、防衛軍でもそうはいませんよ!」
エスハンは若干興奮気味の様だ。魔法剣の使い手と言うのは既に昨日の訓練で知ってはいたが、実戦でそれを目の当たりにして血圧が上がってしまったか?
「黒さん? 俺、思うんだけどさ」
そんな中、良二が誠一に耳を寄せて小声で話しかけた。
「ん? お前も感じたか? 魔素ブースト、魔力共に、なんだか底上げされてる様な気分なんだ」
誠一は良二の言いたい事を察知したようだ。自分も感じていた事なのだろう。
「動きの速度、精度、今まで以上にイメージした所にすんなり届くって感じだよ。黒さんは?」
「ナル村であれだけ手古摺ったオークを2頭もそつなく屠れた。奴らの動きが凄くスローに感じたよ。魔界に来てからの訓練らしい訓練は昨日の歓迎会と組み手だけなのにな。メアとシーナの動きや索敵能力も向上しているし、魔界の高濃度魔素がその辺に作用してそうだな」
「いや、メアとシーナは違うと思うけど……」
「ん? あいつらも魔界は初めてだろ? 俺たちみたいなブーストが有ってもおかしく無いと思うが?」
「それが、それに関しては別の説があってさ。実はね……」
良二は誠一に昨日、メアらに聞かされた事を更にヒソヒソ声で話した。
すると誠一の眉間にしわが寄り、顎はカクンと垂れ下がった。
「んな……んなワケねぇだろ、いくらなんでもよぉ。ヤればヤるほど強くなるって、どこのエロゲ設定だよ!」
小声ではあるが声を荒げて言い返す誠一。
「そうは言っても、エロチートは黒さんも認めたじゃ無いか。多分その延長だろうし、あの娘たちはすっかりそのつもりなんだよ。カリンも目の色変えちゃってたしさぁ~」
ふ~む……と、しばし考え込む誠一。
「だとすると……容子はその恩恵にはあずかれんかもな。日本人同士では普通のセックスになるだろうし。あいつを満足させられるかどうかが、お前の勝負どころだな」
「変なプレッシャー掛けないでよ、気にしてんだからぁ」
と唇を尖らす良二に、へっへっへ~、と下卑た笑いを浮かべて揶揄う誠一であった。
などと硬軟両方の話をしているうちに一行は森を抜け、湖を見渡せる畔の近くまで到達した。
「……東北のブロックも制圧は完了してるようです。ここから200~250mには動く魔獣はいません。防衛軍がここから150m辺りのところまで、ほぼ横一列で進出しています。我々と同じく、魔獣生存の有無を確認しているものと思われます」
「このまま湖畔に出てみましょう。4ブロックが勢ぞろい出来たら作戦は終了となります」
「全方位で部隊が無事に現れたら討伐に成功したってわけね」
エスハンに促されて遊撃隊は街道を離れ湖畔を目指して進んだ。
行手には何の障害もなく、シーナらの索敵にも異常は認められないまま、良二たちはほどなく湖畔に辿り着いた。
索敵は引き続きメアとシーナが交替で行い、他は後方の友軍到着まで小休止を取る事にした。
「我々21分隊が一番乗りですね。栄誉ですよ!」
遊撃隊は21番目の分隊であった。本来は2~4個分隊で1小隊なので、分隊番号が二桁になることは滅多にないのだが、討伐用の混成部隊でもあり、小隊単位がすっ飛ばされているようだ。ところ変わればなんとやらか?
慣れない他所の軍隊での作戦行動ではあったが、どうやら一区切りがつきそうで誠一は肩の力を抜いた。
「一番乗りも嬉しいが、やはり全員無事が一番だけどな。みんなケガや体の不調は無いか?」
「ダイジョブでーす!」
美月以下、全員元気に健康状態異常無しを報告。
在隊中は毎朝毎晩、点呼の度に健康状態の報告をさせられて、うんざりしたものだったが、こうした中、今では部下が、みな異常無しの報告をしてくれる事に慶びを感じている誠一。変われば変わるもんだと自嘲してしまう。
下っ端の頃は上の命令を聞いていれば結果の責任は上が取るから、その辺は気楽だったのかな~と、責任者となった今では思わざるを得ない。
「綺麗な湖ね~。真っ青だわ」
「これだけ蒼いのは結構水深は深いって事かな? 透明度も高いのかな?」
良二と容子が座り込んで湖を眺める。湖畔は森まで15mくらいだろうか? 湖全周がそんな感じで囲まれている。
「対岸まで700m? いや800mくらいあるかな? 東西から山の水が流れて南北の村落に続く川に流れていくのか。澱みも少なく、水質は良さそうな感じだな」
「また水難救助訓練でもする?」
カリンもやってきた。
「まさか!」
笑い合う三人。良二を挟んで三人で座り、しばし湖の蒼き美しさを堪能した。
ガサッ……
と、その三人の後方で草木のこすれる音が聞こえた。
三人は瞬時に立ち上がり得物を構えるが、
ザザッ ザッザッザッ……
草を踏みしめる音を響かせて出て来たのは、同じブロックの西側を担当していた17分隊の面々であった。
「おおう、人間組の遊撃隊に一番乗り取られたか? 街道をさっさか歩けば、やっぱ早ぇかな?」
先頭を務めていたワニ系リザードマンが開口一番、皮肉めいた言い方をしながら現れた。
「ドリー1等軍曹、その言い方は失礼ですよ!」
エスハンが諫めるように言った。
「はっはっは、分かってる分かってる。途中のオーク9体はあんたらの仕業だろ? みんな驚いてたぜ。五体満足な死体が一つも無ぇしよ、はっはっはっはっ!」
豪快に笑うドリー1等軍曹。因みにエスハンは3等軍曹だ。
「この方は第17分隊隊長のガンジン・ドリー1等軍曹です。ベテランの兵士ですが、口さがないのが玉に瑕で有名なんですよ」
「はっははは、そう煽てるなよ、はっはっは」
いや、そこは煽ててねえだろ、なんぼベテランとか有名とか言っても。
ドリー軍曹に対する良二の第一印象は、昨日の訓練相手より脳筋度が高そうな奴っちゃなぁ、であった。




