ウイスキーがお好きでしょ?
トイレを理由にサロンから脱出した良二はその途中、厨房から帰ってきた誠一とバッタリ出くわした。
事情を話し、お互いの身の危険を共有した二人は、とりあえず良二の部屋へ避難することで意見の一致を見た。
部屋に入ると誠一はソファに腰を下ろし、良二はベッド横に置かれているミニバーからウイスキーや氷を取り出し、テーブルの上に運んだ。
「黒さんは水割り? 薄い方が良かったんだっけ?」
「あ~、最初はトワイスアップで頼むわ」
良二は注文通り、グラスに注いだウイスキーを水と1対1で割って誠一に渡した。
自分は普通に水割りを作り、二人だけで今日の訓練、その他の疲れを労いながら静かに乾杯。
下戸の誠一はトワイスアップの状態で香りを楽しみ、一口飲んだ後はライトビール並みに水で薄めて嗜み始めた。
「酒って練習次第で強くなれないのかな?」
いつまでたっても酒量が増やせない誠一を見て、良二が尋ねてみた。
「俺も取引先との付き合いとか必要だったから、頑張ってはみたんだがな。蕁麻疹が出るのは変わらなかったもんでなあ。ホント、お前くらい飲めるのが羨ましいよ」
「俺が唯一、黒さんに勝てるところだな」
「何言ってやがる。お前はもう、しっかり一人前だよ。遠からずお前は、俺の上をいくようになるさ」
「おだてないでよ、黒さんと違って彼女三人のうち、一人も応えてあげられないヘタレだよ俺は」
「まだ、傷つくのが怖いか?」
「え?」
傷つく? 怖い? 良二はちょっと引っ掛りを覚え、反論しようとした。
だが、それは飲み込んだ。なぜなら実際にその通りだから、だ。
自分の行為によって、あの三人を傷つけるのが怖い、そんな思いではあるのだが、言ってしまえば彼女たちが傷つくのを見て、自分が苦しい辛い思いをしたくない、詰まるところそう言う事なのだ。
誠一のように自分も含め、誰かが傷つく事すら抱え込もうとする、そんな気概が自分にはまだまだ足り無い……
「まあ恥じることはねぇさ。誰でも最初から上手くいくはずなんてねぇからな。迷い続けるのもアリだよ。ただまあ、セックスに関しちゃ俺たちは地球よりかは有利だよ。その辺は気を楽にしてろ」
「黒さんとこは4人ともすっかり夢中だね? やっぱりチートスキルか何かかな?」
「俺は有ると思っている。でなきゃ彼女らの反応は異常だ。俺は嫁としている以上の事はしてないし、嫁が不感症だったとも思ってはいない」
「薬無しで出来たってね?」
「驚いたね。飲まなきゃ調子良さそうに見えても中折れしちまってたのに、しかもメアの反応は今までで断トツだった。なんか棚ぼたみたいな感じで手放しじゃあ喜べないが、あの子らが喜んでくれれば、それはそれで嬉しいさ」
「俺はどう立ち回れば良いのかなぁ」
「良いも悪いも有りゃしねぇさ。当たって砕けろも悪か無い。もっともそればかりに悩んでるわけにもいかん。恐らく明日の遠征ではっきりするだろうが、俺たちは人間界にいた時よりもさらにブーストされてる感じがするんだよな」
「魔界にやって来た時、俺たち4人だけが感じたアレだね?」
「薬無しでメアを抱けたとき、真っ先にそれと繋がったよ。また俺たちは化けるのかとね」
「四天王が冗談じゃ無くなってきそうだね。なんだか日本に帰れる気がどんどん薄くなっていくような感じが最近強くなってるような……」
「考えたか無いが……無視できねぇな、それは」
「でも黒さんは?」
「ああ、俺は死んでも帰るつもりだ」
容子に聞いた通り、誠一は即答だ。家族を背負った者の覚悟、誠一の強さの根源はやはりそれなんだろうな……良二は改めて噛みしめた。
「お子さんは二人とも俺と同じ大学生だったよね? もう子育ても終盤じゃない?」
「馬鹿言え。子育てなんざ自分の死に様見せるまで終わりゃしねぇよ」
――え? 死ぬまで……?
ここでまた良二は、意外な答えを聞いた気がした。
今まで自分の想像してた子育てと言うのは、学校卒業&就職、結婚辺りで終わるもの、というイメージだった。
実際、そんな風に話している大人たちは多かったと思う。
「親は社会人になった子供に助言してやらにゃいかん。家庭を持てば、子を授かった子供にアドバイスもする。その先は余程はみ出ない限りは見守り、何か相談を受けたら答えてやる、と言うか年長・経験者としての意見だな。時代や背景が違うんだから自分らの感覚で押し付けちゃいけねぇ、答えは自分で見つけさせてやらないとなぁ。あとは……人は、やがて老いさらばえて死んでく。事故や急病でいつかは死ぬと言う現実を突き付けて、やっと終了だと思っている。お前の場合はそれを教えられるのが随分早すぎたみたいだがな」
「うん、でもそのせいなんじゃないかな? アデスに召喚された直後、容子たちほど落ち込まずに済んだのは」
「俺みたいにこう考えられるってのは、まあ恵まれた環境なんだろうな。親も子も家庭も千差万別、一つとして全く同じなんて無ぇ」
「黒さん、親御さんは?」
「親父は4年前にクモ膜下出血で逝っちまったよ。そりゃもう、あっさりな。お袋は親父の死後、認知症が進んでな。今は施設にいて姉貴が面倒を見ている」
「老いと病気……両方か」
「ああ。親は姑に仕えなかったからな、老いと言うものを学ぶ機会が無かった。だから中年、初老、老後と不安ばかり口にして、全然腰の落ち着かない時間が多かった。それに比べれば俺はやっぱ恵まれてると言えるな」
「親御さん、追い越したと思う?」
「ああ、追い越したと思ってる」
「どんな感じだった? やっぱり嬉しかった?」
親を追い抜く……人生の目標としては指標の一つであろう。それを叶えたとすぐに答えるくらいだし、その時の達成感は、やはり大きいのではないか? 良二はそう考えた。
しかし、
「……いや、寂しかったよ。情けないくらい寂しかった」
誠一は力なく首を振った。
「ん? どう言う事?」
「ガキの頃は大きく見えてた親父が途端に小さく見えちまってな。親父は職人気質ではあったが経営に必要な事務仕事に関しては、からっきしでよ。経理はお袋任せだし、確定申告は高い金出して税理士任せ。ウチみたいにせいぜい4~5人の三ちゃん企業に毛の生えた程度の内容なら、ちょっと学べば出来る事なのに、頑なに挑もうとはしなかった。下向いて鉄工仕事だけしてりゃ、自分の役割は終わってると言わんばかりさ」
「…………」
「不況で、出ていく金を減らさなきゃならんのだが、ならちょっと勉強して税理士に払う金だけでも減らしゃいいのに絶対やろうとしなかった。怖かったのさ、今までやってきた事以外に挑んで失敗して損失を、責任を被るのがな」
「黒さんは、それをやったのかい?」
「半分意地だったなぁ。親父は、税理士の資格も無いのに後で問題になったらどうするんだ! 税理士に任せろ! って邪魔ばかりしやがった。でも、お前も経済学部なら商いに纏わる法律にも馴染んでいるだろうし、わかるとおもうけど、法律ってのは運用するには法学で学んだスキルやセンスも必要だが、理解するだけならそう難しいことじゃ無い。ましてや年商2~3千万程度の零細企業の申告に必要な知識なんぞ知れてる。それに気付いてからはサクサクよ。3年目に税務調査受けたが、難なくクリアしたしな」
「節税って名目で脱税とかしなかった?」
良二がからかい気味に言う。対して誠一は笑いながら答えた。
「税金なんざ法の範囲内で正直に申告するのが一番安いのさ。そんな表に出せない金ヘラヘラしながら抱えてる男の背中見て育った息子たちが、まともでいられると思うか?」
「フフ、ハハハハ」
誠一の答えに、良二はふっと笑いがこみ上げてきた。
「うん? 何か、おかしかったか?」
「いや、ごめん。確かに黒さんはホントに善人なんだと思うよ。でも今までライラやホーラさんたちを、口八丁で手玉に取ってる黒さんとのギャップがさあ」
「あ? ああ、ははは……」
良二に指摘されて、思わず苦笑いする誠一。
「フ、そこを突かれると痛いな。言い訳くさいが、あれはビジネスモードさ。商取引に腹の探り合いは常識だからなぁ」
「ごめん、話の腰折っちゃった」
「どこまで話したっけ?」
「親父さんを追い越して寂しかったってところ。で、親父さんは見直してくれたかい?」
「遊びに来てた同業者が税理士代がキツいって話しを親父としててよ、そしたら親父なんて言ったと思う? ウチは自分で申告してるから、そんな金は出さんで済んでるってドヤ顔するんだぜ? あれだけ反対してたのによぉ」
「あちゃ~」
「それで信用されたかと思えばそうじゃねぇ。親父は今まで慣れた仕事以外は極端に恐れててな。外注に出してた非鉄の仕事を自分でやろうとしたら、これも反対されてよ。それを押し切って俺だけでやり始めて、目途が付いたら来る客来る客に、新しい事に挑戦しないとな! とか、またドヤ顔さ。しばらくそう言うパターンが続いて、ある日お袋にそれ愚痴ったら言われたよ。お前はお父さんを追い抜いたんだよ、いい事なんだよ、てな。それ聞いてメチャクチャ寂しかった。あんな大きく見えてた親父がこの程度かよ! てなぁ」
「……でもそれって、お袋さんの言う通り、喜んでいい事なんじゃないかな?」
「ああ、そうは思うんだがショックでなぁ。なんかもっとこう……追い越せるかどうか不安になるほど大きく感じてたもんでさ……おっと、俺ばっかり一方的に喋っちまったな、すまねぇ」
良二は首を振った。
「いや、勉強させてもらうよ。俺は親を追い越すことは出来ないからね。代わりを探さないと」
「俺を目標にする気なら止めとけよ? 俺は俺で問題だらけだ」
「ライラに聞かせてやりたい」
ブッと噴き出し笑い合う二人。
「でも、帰ったら家族に驚かれるんじゃない?」
「ん? 何がだ?」
「最近、すっかり腹がへっ込んだからさ?」
「ぶ! ぶははははは!」
誠一は思わず大笑いした。見ればこちらに来た当初より、かなりすっきりしたお腹になっている。六つに分かれてはいないかもだが、横に三列って訳でもあるまい。
「こちらじゃジュディさんに、栄養バランスから何からおまかせで健康的な食生活させてもらってるからなぁ。コンビニでちょいと買い食い、みたいな事は全くしてないし」
「屋台も夜は皆、閉まっちゃうからね~」
「お前も大分、体が出来てきてるじゃないか。ひ弱な学生って感じじゃ無くなったぞ?」
「確かにね~。最近は自覚出来て来たな~」
などと、水割りで口を緩ませながら談笑にふける二人。やがてグラスの一杯目が空になったころ。
バーン!
容子の開け方ほどではないが、突如としてけたたましい音と共に部屋の扉が開かれた。扉の蝶番が悲鳴を上げるほどの勢いだ。
――襲撃!?
ノックも無く、いきなりの開扉に、二人はほぼ脊髄反射レベルで警戒し身構えた。身構えたのだが……
「居たなぁ!」
現れたのは、酒瓶片手に程よく顔を赤らめたアイラオとカリンであった。
ホーラたちと一緒に飲んでいたらしく、すっかり出来上がっているご様子。
「おらぁ、男同士でなにしみったれた酒飲んでんだよ、おっさんどもぉ!」
「んな不味い飲み方してるんならこっちに顔出せやぁ! アマテラ王女の酒が飲めんとは言わせんぞぉ!」
――おいおい……
――やれやれ……
この二人を見ただけでも、さっきのサロンがどんな状態になっているか、想像もしたくなかったが……このまま無事に逃げられるわけも無さそうなので、二人は降参して連行されることを選び、カリンらに引きずられるようにサロンへ連れて行かれましたとさ。
明日は討伐作戦参加なのにな~……二日酔いが怖い良二と誠一でありました。




