side彼
しがない騎士の俺の奥さんは、なんとこの国のお姫様。
とある戦でたてた功績によって下賜された、正真正銘のお姫様。
優秀で周囲の予想通りにしっかり活躍した俺の兄貴は淑やかかつ美しいと評判の上の姫様を。ほぼうっかりといっていいほどに誰もが戦果を予測していなかった俺は、明るく元気な下の姫様を賜った。
王族と聞いて想像するような姫君ではなかったかもしれない。儚げで、おっとりとしているのは上の姫様。俺の妻となった姫様は、太陽みたいな人だった。てきぱき動いて、手違いで腐りかけの肉を食べてしまってもけろりとしていて、泡を食ってわたわたしている俺に自分が全部食べたから心配ないと笑うような、そんな人だった。優雅な会話なんて一度たりともしたことなくて、なぜかやたらと庶民の生活になじむのが早かった妻が、今日買えた安くていい食材の話を嬉しそうにするのを俺は毎日聞いていた。
俺の給料なんてたかが知れていて、きっと王城の暮らしからは何段階も落ちる暮らしだっただろうに、文句の一つも言わないできた妻だった。話下手で大したことも話してやれないひどい夫だったのに、どうでもいい話をニコニコ聞いてくれる妻だった。そこに恋のような甘酸っぱい感情はなかったけれど、それでも確かに俺は彼女のことを大切に思っていたのだ。
………それなのに、ごめん。何があってもそばにいると誓ったのに。本当に、自分勝手なのは分かってる。きっと君が泣くことも、俺たちの結婚を喜んでくれた人たちが怒ることも。
それでもごめん、ほんとうにごめん。もう俺は、君と一緒に生きてはいけない、だから。
どうか俺のことなんて忘れて、君は君で生きていってください。