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カンテラの火  作者: まろん
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彼女の名はモルテ。

ガヤガヤと煩い酒場の一角に女が静かに座っている。黒く長いローブを見に纏い、白い髪は顔の左側を隠している。翡翠の様な美しい目が、印象的だ。近くには杖が壁に立てかけられていて、先から小さくて古いカンテラが下がっている。

カンテラの火は、暖かい色を湛えて静かに燃えている。

と、カンテラの火が不意に傾いた。それを見た女はテーブルにお金を置いてふらりと立ち去った。

後には喧騒のみが、残されている。……誰も、彼女には気づかなかった。




どこか浮かれている町に似つかわしくない程淡々と歩くローブの女。その足取りはやけに早足だ。


女の名前はモルテ。彼女はネクロマンサーだ。ネクロマンサーとは、死者と生者のあわいに立って両者を繋ぐ者。死霊と話して悪霊の悩みを聞いたり、力を応用して死の淵にある者が最期の言葉を愛しい人達と交わせるようにするのだ。……本来はそういう職業であった。


「おい、聞いたかよ。この前の戦争で、ネクロマンサーがいたらしいぞ。たくさんの人が操られたらしいぞ。」

「マジかよ。本当におぞましいよな。死んだ奴の肉体を操る、なんてな。おお怖!」

酔ったらしい2人の男が、下卑た笑い声を上げ、冗談めかして噂話をする。モルテはさらに早足になった。


そう、昨今のネクロマンサーのイメージはおぞましい死霊あさりと化していた。戦争をしたがる国という物はいつの時代もいて、そういうもの達にネクロマンサーの力が知れてしまったのだ。

ネクロマンサーの力は、二面性だ。いや、どのような力でも少なからずその様な性質は持つが、それが顕著なのだ。でも、国が強制収容でもしなければ本来使われない負の面。それで恐ろしいなどと、忌み嫌われるなどというのは彼らにとって誠に遺憾であった。


さて、モルテはただただ逃げるために早足になっているのではない。彼女はカンテラの火に従って、歩いてきた。このカンテラは、いわば、導きの火だ。迷い戸惑う霊や死にゆく者達の所へネクロマンサー達を連れて行き、彼岸へ送るための物だ。その光は母の愛の様に悴んだ心を溶かし、死霊たちを次の生へ送り出す。また、数々の魂達を、壮絶な人生を送ったであろう彼らを見送らねばならないネクロマンサー達の心をそっと支える物でもある。


カンテラが導いた先は、ある民家であった。灯りもついておらず、不気味なほどに静かだ。モルテはドアの前に立つと足をピタリと揃え深呼吸をし、そっとドアを3回叩いた。

コン、コン、コン


「……はい。」


すると、中からかすかに返事があった。それを聞いたモルテはドアをそっと開け、目深にかぶっていたフードを下ろす。深く、深く一礼。……ネクロマンサー達の作法だ。

顔を上げたモルテの目の前に居たのは女性。長い時を生きたのだろう、顔には皺が深く刻まれている。寝たきりのようで、側に彼女を僅かに照らす燭台があった。モルテはついと彼女の側に寄り添う。壁にカンテラを立てかけ、膝を少し埃っぽい床につける。彼女はモルテを見て、それはそれは嬉しそうな笑顔を浮かべ、掠れた声でこう言った。

「お母さん、今までどこに居たの?」

モルテは満面の笑みをたたえ、応える。

「お仕事が中々忙しくてねぇ。良い子にしてたかい?」

そう言いながら、彼女の手をそっと握る。その両手は彼女の生きてきた人生が、感じられるような気がした。

「うん、うん!だから、私の大好きなアップルパイを作って!」

彼女の両目は、どうやらあまりその機能を果たしていない様だった。上ずる声とは裏腹に、声の大きさ、手の力はどんどん弱くなっていく。

「もちろんだよ。きっとほっぺたが落ちるぐらいの物を作ろうねぇ。」

「ありがとう!……えへへ、少し眠いや。」

手はなんの力も無く、声もいよいよ掠れてきた。

「ふふ、出来るまで寝てると良いさ。さあ、おやすみ。」

「う…ん。」


スッと手の重みがモルテの両手にかかる。と、同時に彼女の体から白い靄が立ち上り、やがて集まって軽やかな綿毛の様になった。どこか風に吹かれたいとワクワクしているかのようなそれを捧げ持って、ふぅっと息を吹きかけた。と、どこからかサッと一陣の風が吹き、カーテンを揺らし、窓を開き、フワッと空へと舞い上がった!満月の下、やがて散り散りになった綿毛を見送ったモルテの目からは涙が一筋。


立てかけられたカンテラは、満足げにその火を揺らした。


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