えいえんあいを
「アルネリア殿」
仲間の小さな呼び掛けにハッとする。
「――っあ、ああ。どうした?」
「いえ、魔王城の中だというのにボーッとしているようなので」
……そうだ。私は命を掛けた決戦の為に進んでいる最中。なんで呆けているのかな。
「うん、大丈夫。ちょっと既視感があってね」
前世の記憶があるなんて言えず、そう誤魔化す。
私には前世の記憶がうっすらある。前世は魔王を殺す仲間の一員だった。魔王に残酷に殺されたことと、自分が死ぬと泣く人間がいたことだけは覚えている。だから、魔王に自分が勝ったのか知らない。でも今回の個体は前の個体と違うらしいから、私は前世で魔王を殺せていて、仲間は逃げていたらいいな、と思う。
「集中状態にあるとそういう現象が起こることもあるらしいですわ。勇者様らしい」
「アルネリア、集中力すごいもんね! それに魔王城入ってからは集中しっぱなしだもんね!」
仲間に次々と言われ私は笑ってしまう。どうやら心配をかけていたようだ。優しい仲間に恵まれてよかった。
「ごめんね。勇者が最初にやられる訳にはいかないのに」
みんなの命だけじゃなくて世界も背負っているんだ。
気を引き締めて私は剣を握りなおした。
「そろそろ、戦闘だよ。みんなは大丈夫?」
「問題ない」
「全力を尽くしますわ」
「だいじょうぶ!!」
扉の向こうから感じるおぞましい気配。
――こいつを殺せれば、世界は平和になる。
勇者として敵を殺す日々から、女の子としてのんびりと暮らせるようになれる。
仲間に目で合図をして、扉を開けた。
「暗いな……」
仲間の一人がそう呟いた。廊下の明るさに比べ、この部屋は光源が無い。
視界が奪われたことで焦るが、前を向く。大丈夫だ。勝てる。
「どこにいる!」
声を上げると返答があった。
「……いらっしゃい、アル」
小さく静かで、けれど激情を秘めた声。
? なに、この記憶――
既視感よりも生々しく頭が揺さぶられる。聞いたことのないはずの声に、なぜか聞き覚えがあった。
知らない記憶が私の動きを止める。
「ゴミどもをまず片付けようか」
敵の姿を認識するよりも先に、パチリと指を鳴らす音がした。そして遅れて後ろで破裂音。
「!? みんな、大丈夫――」
振り返ると同時、頬に暖かいものが当たった。崩れ落ちる三人の身体。頭は無い。赤い何かが周りに散っている。それにくっついている髪の毛に、否応なしに連想させられる。
――肉片が仲間だったものなのだと。
「な」
「アル。俺のアル。やっと会えたね」
氷のように冷えた手が、溶けそうなほどの熱が籠った声が、ぞろりと私に届く。
「ひ」
ゆっくりと腕が腰に回され抱き締められる。それは蛇のような動きで私の身体を縛った。抵抗する気力はとうに無く、身体が勝手に震える。
「ああ、怖がらないで、アル。大丈夫。もう君は死なない。安心して。あの時みたいなことは二度と起きないからね」
脚から力が抜けた。立っていられなくなって、膝をつきそうになる。しかし、冷たい腕が軽々と私を抱き上げた。
「茶髪に緑の目。アルは変わらないね……あの時、こうして君を抱くことが出来ていれば。それ以外には何もいらなかったのに」
忌み色の紫の髪。濁っている癖に熱を帯びて輝く黒い瞳。総毛立つほどに整った顔。それが私に笑いかけた。
――死ぬ、と思った。これが仲間を殺したことも忘れて、私は恐怖に支配されていた。
「アル、アル。俺と今度こそ永久に、永遠に一緒にいよう」
頬を生温い液体が伝った。私は静かに目を閉じる。これからを悟って。前世を思い出して。
――死ねることを願って。
「アル、愛してる」
私は魔王を殺すことも、逃れることも出来なかった。
――前世と同じように。
***
「みんな無事か!?」
オレは前を向いたまま仲間を呼んだ。しかし返事がない。
「……もう、死んだのか」
『残念だったな、勇者の仲間よ。我が勇者を殺した今、御主に生きる術はない』
魔王がオレに話しかけてくる。
「うるせえ!! オレは……オレは、シズが逃げるまでは時間を稼ぐ!!」
「アル……逃げてくれ…俺は、もう死ぬから」
「黙れ!」
魔王の一撃をかわしながら剣を振るう。守るべき勇者が死んだ今、親友のシズだけでもオレは生かしたいんだ!
『もうそやつも死ぬぞ? 御主も――ほら』
ザクリと胸に何かが刺さった。
熱い熱いあつい痛い痛い痛いいたいいたいイタイ!!
「――ル、アル!!」
シズに呼び掛けられて、初めて自分が叫んでいたことに気付いた。喉がオレの意思とは関係なしに声をあげる。あぁ、気が狂いそうだ。
……はは、冷静沈着と評価されていたシズが、泣きそうな顔してやがる。
「魔王! アルに何をした!」
『御主らが受けた痛みのほんの一部を与えてやっただけ。まあそれでも気をやるほどには辛いようだな』
「何を言って……アル!?」
オレは剣を胸に刺していた。この闇色の何かを取り除こうと、抉るように剣を動かす。
シズ、待ってろ。これが無くなったら助けてやるから。
そう言ったつもりだったのに、口から血が溢れて言葉にならなかった。
「アル! アル!」
声が聞こえる。声しか聞こえないのは、どうやら目が見えていないかららしかった。
真っ暗な中、オレは親友の泣き叫ぶ声を聞く。
ごめんな、シズ。勇者とまた旅をしたいな。その時は、オレがみんなを守るから。
また、いつか、みんなで――