0 序章3 魔王正光
フランクはエレーヌの制止を無視して向かって行く。
魔獣の攻撃は止まっていた。空気の壁が消えた後にゆっくりとどめを刺すつもりだろう。
フランクがエレーヌにたどり着く寸前、魔素が尽きるのと同時に空気の壁は消えた。
魔獣は口角を吊り上げ涎を垂らすと潮を噴き上げ凍らせる。次の瞬間には二人に向かって打ち込まれるのだろう。
「エレェーヌー!」
「フラーンク!」
死ぬ時は、せめて一緒に。二人は叫びながら手を伸ばす。
ズパーーーーン!
突然、上空から二人を護るように強烈な風が吹き降りる。
砂嵐の中でも平然としていた魔獣が風で転がっていく。
そして、フランクとエレーヌの前に風を纏った男が舞い降りた。
まだ少年と言えるほど若い男は、青味がかった銀髪から2本の角を生やしている。
「話は後です。僕に摑まって下さい」
フランクとエレーヌは、呆然として固まっていた。
死を覚悟し、メロドラマを演じていたのだ。
見られていたとしたら(多分しっかり見られている)とても恥ずかしい。
「早く、僕に摑まって下さい」
「お、おう」
「え、ええ」
状況の変化について行けないのか、二人はもたもたしている。
「まったく、この中年カップルは」
若い男は二人を待ちきれず、強引に引き寄せると両脇に抱える。
そして風が吹き上がり3人の体を空中へ運ぶ。
若い男は、二人を抱えたまま迎撃部隊の中心に舞い降りた。
迎撃部隊は砂嵐から慌てて退避したため、まだ混乱している。
それでも騎士たちが、部隊の中に現れた見知らぬ男を素早く取り囲み剣を抜く。
若い男は恐れる様子もなく両脇に抱えていた二人をそっと離す。
「衛生兵!」
フランクは立ち上がると大声で叫ぶ。
騎士達は、叫んでいる男が自分たちの王と分かり、慌てて剣を納め、衛生兵と将校を呼ぶ。
衛生兵と3人の将校はすぐに現れた。
衛生兵はエレーヌの止血をし、そのまま治療士の元へ運んでいく。
3人の将校は跪いて、王フランク・シャルンホルストの指示を待つ。
「しばし待て。先にこの男と話しがしたい」
「ははっ」
フランクは将校たちを待たせると、若い男に向き直る。
「エレーヌと俺を救ってくれたこと、感謝する。良ければ名を教えてもらえぬか」
「僕は神野正光。神藤正夫の友人です」
男は娘を連れ去った大罪人、神藤正夫の友人と名のった。フランクの目がすうっと細められる。
「神藤正夫の友人だと。そんな奴が何故ここにきた。娘を二人もあの変態に奪われた男を笑いにきたのか」
フランクの声は、一変して低く冷たくなる。
「むしろ女達の方が変態なんだけどなあ。まあいいか。此処に来た理由はね、バ海獣が、オースランド王国が魔獣に襲われそうって思念を飛ばしてきたから。正夫が助けに行こうって言いだして。僕はそのお付き合い。正夫が攻撃を始めるから魔獣から離れてくれって言いに来たんだ。二人残ってたから拾ったんだけど」
「正夫が攻撃するだと。自分の魔法で吹き飛ばされ、そのまま逃げだした変態に何が出来るというのだ」
娘を変態と言われフランクの顔は怒りで真っ赤になっている。
「正夫は、僕と一緒に魔法をかなり鍛えたから強いよ。魔王の僕より精密な魔法制御だし」
「魔王だと。お前はウスター王国の人間なのか。お前のことなど聞いたことが無いぞ」
オースランド王国が召喚した異世界人が勇者、ウスター王国が召喚した異世界人は魔王と呼ばれていた。
オースランド王国とウスター王国は同盟を結び、召喚した異世界人はお互いが把握している。
しかし、神野正光という魔王の名は聞いたことがなかった。
「違うよ。僕は魔人族じゃなくて魔族、二角族の族長。それとね、正夫は今日、艦を使うから」
「船だと。海から5キロも離れたこの場所で船が何の役に立つ」
フランクは話にならないといった感じで肩をすくめる。
「まあ見てて下さい。それと危ないですから魔獣に近付かないで下さい。特に真竜に乗ってる騎士さんに魔獣と海の間は飛ばないように言って下さいね」
正光の話は訳が分からないが、部隊の再編制には時間がかかる。正夫はどのみちひっ捕らえて首を刎ねるつもりだ。無様な戦いをするなら、首を刎ねる前に嘲笑ってやればいい。
「二時間だ。二時間後には部隊の再編制を終わらせ攻撃に移る。それまでに何か出来るならやってみろ」
「了解しました。じゃあ僕は一旦沖の艦に帰るからまた後で」
そう告げて正光は風を使って浮き上がる。そして、そのまま海の方へ飛んでいく。
「追え」
「ははっ」
将校達は跪いたまま、フランクと正光の話が終わるのを待っていた。
その将校達の一人にフランクは命令した。将校は立ち上がると、上空で旋回している真竜に向かって手を振る。上空には三人の神殿騎士が真竜に乗り周辺の警戒をしていた。将校の合図に気付いた神殿騎士が一人、真竜を降下させる。将校が飛び去っていく正光を指さすと、降下していた真竜は、その方角、海に向かって進路を変える。
真竜に乗り正光を追った神殿騎士は、海の上に高い塔がそびえ立っているのを見る。
銀色に光る塔は王城よりも高く、箱のような物や棒状の物が多数取り付けられている。塔の下は巨大な船なのか、海面に白い航跡を引いて動いているようだ。帆は見えないから魔法で動かしているのだろう。
船の後方にも一回り小さい塔が立ち、その間には船体をはみ出す広場が造られている。広場には銀色の丸太に板を付けたような物がいくつも置いてある。追いかけていた男は、広場に降りると丸太の上に昇り、空いた穴に入り込む。
男と入れ替わるように真竜に乗った騎士が飛び立ち、近づいてきた。
「お久しぶりです、アレフ」
「エ、エミリー様、どうして此処へ。何ですかあれは」
真竜に乗っていたのは、勇者正夫と一緒に国外へ逃亡した元神殿女騎士団長のエミリーだった。その美しさは昔のままだ。
「アレフ、立派になったわね。前に見た時は騎士候補生だったのに。あれが正夫の艦よ。部隊に戻りなさい。此処に居ると邪魔になるから。それじゃあ」
エミリーを乗せた真竜グロリアは金色の翼を羽ばたき魔獣の方に飛んでいく。
アレフは、飛び去るエミリーをぼーっと見ていた。昔、エミリーを見た時、アレフはまだ少年で綺麗なお姉さんとしか感じなかった。しかし、成長した今見れば、物凄い美人だ。
先輩の騎士たちから勇者正夫の悪口を散々聞かされた。先輩たちは街でも勇者正夫の悪い噂を繰り返し広めていたようだ。訓練所で会った勇者正夫は、悪い人じゃなかったのに。
でも、巫女を五人、エミリーを含めた女騎士を二人、計七人もの美女、美少女を神殿から連れ去ったのだ。先輩たちが悔しさのあまり悪い噂を広めたのも頷ける。
アレフが、ぼーっとしている間に板の付いた丸太が周囲を飛んでいた。6本の丸太は真竜より早く飛び回っている。丸太に空いた穴はガラスの覆いが付けられ中に乗っている人が見える。声は聞こえないが、海岸を指さし帰れと言っているようだ。
「ふうっ」
ため息をつくとアレフは、真竜を海岸に向け部隊の方へ引き返す。