0 序章1 オースランドの危機
軍オタ成分を出すことがなかなか出来なかったので序章を挿入して補充します
災いの蒼い彗星がいつ頃現れたのかはもう分からない。
大災害の前の記録は失われてしまったからだ。
分かっているのは250年周期で現れ、災害を起こしていくことだけだ。
太陽に近づいた彗星は尾を伸ばし、空間に魔素と呼ばれる素粒子をばら撒いていく。
魔素は原子と結合し、性質を捻じ曲げる。
それだけならまだよかった。
多少の混乱が起こっても大災害を引き起こすことは無かっただろう。
しかし、脳細胞と結合した魔素は周囲の不安定な魔素に干渉し様々な現象を引き起こす。
その現象とは魔法だ。
魔素との適応次第で考えただけで物を動かしたり、性質を変化したりできる。
それだけなら素晴らしい事だが魔法は人間だけのものではなかった。
知能が高い獣たちは魔素の影響を強く受けると姿まで変化させ魔獣化する。
災いの蒼い彗星が現れてから三年が過ぎ、魔素の濃度はピークをむかえる。
事前に危険な獣や大型の獣は駆除していたが海からの脅威は対策する事は不可能だった。
島国オースランド王国の王フランク・シャルンホルストは王宮の執務室で緊急の知らせを受けた。
海岸に乗り上げた魔獣が、海獣の形態から姿を変化させているという報告だ。
艦隊の迎撃をほぼ無傷で抜けた魔獣は、海岸に乗り上げ50メートルを超える巨体を並べていた。
そのままじっとしていれば良かったが、斥候からの報告は最悪のものだった。
全ての魔獣が陸上に適応した形態に変化を始めているようだ。
魔獣の群れは、定期航路の貨物船が偶然発見した。
魔獣発見の一報を受けた艦隊司令ハルゼルは、20隻のフリゲートを率いて迎撃に向かった。
「海獣多数 右12° 距離18」
マストに登った監視兵の「取り舵!艦隊を組み、会場で迎撃した。
フリゲートと言っても固定された武器は積んでいない。
乗っている魔法兵が攻撃手段だ。
氷の槍や、風の刃の魔法を一斉に打ち込み魔獣の殲滅を図る。
しかし、クジラ形の魔獣は魔力が強く、魔法兵の攻撃魔法は全て周りの水や空気を操られ、防がれてしまった。
逆に魔獣は頭から潮を噴き上げると、それを無数の氷塊に変え艦隊に打ち込んできた。
100頭を超える魔獣から繰り返し打ち込まれた無数の氷塊を、艦隊は防ぐことができなかった。半数近い艦が船体や帆に多数の穴を穿たれ、不関旗を上げ戦線を離脱した。
残った艦は、群れが王都に向かわないように牽制するだけでいっぱいで、魔獣を倒すどころではない。
魔獣は海に投げ出された兵士たちを飲み込んだ後、海岸に乗り上げ動きを止めた。
その時にはもう艦隊に魔獣を攻撃する力は残っていなかった。ほとんどの艦がかろうじて浮いているだけだ。
王都までもたなくても魔獣から少しでも離れたい。戦友が魔獣に飲み込まれていく姿を、なすすべもなく見守るしかなかった兵士たちは、自分たちが生き延びるために穴だらけの艦を必死で王都に向け走らせる。
フランク・シャルンホルストは魔獣への対応で頭を悩ませていた。艦隊が行った魔法攻撃が魔獣たちに全く効かなかったと報告を受けている。魔法が効かなければ大型の弩弓で鉄の槍を打つか、勇者と騎士団が剣と槍で対処するしかない。しかし、使える弩弓は10基ほどしかなく、現在この国にいる勇者は王である自分自身と女性の勇者エレーヌだけだ。青い彗星が接近する前に、新たに召喚された勇者が戦列に加わっていたはずだったが、召喚された男はとんでもない男だった。
6年前に召喚された神藤正夫は、自分が愛を注いできた末娘メイヴィスと、姉のエミリーを誘惑して連れ去ってしまった。さらに、神殿の巫女や世界樹の島のエルフまでたぶらかし国外へ逃亡した。それだけでも万死に値するが、その男の性欲はとどまる事を知らない。
幼い少女や少年の性奴隷まで買いあさり、ウスター王国が召喚した魔王、真由美も毒牙にかけたという噂も聞く。そのせいでウスター王国から援軍を呼ぶことも出来ない。なんと迷惑な変態だ。メイヴィスは今頃、男に付いていった事を泣きながら後悔しているだろう。フランクは勇者正夫に対する怒りが沸き上がってくる。
「勇者正夫め。見つけ次第、首を刎ねてやる」
思わず口に出すが、それをするには魔獣を討ち取らなければならない。
(待っててくれメイヴィス。必ず助けにいってやる)
フランクは闘志を燃やす。
魔獣たちは姿を変え移動を開始した。方向は南、王都の方角だ。途中にはサカエラの街もある。艦隊との闘いで人間の味を覚えたか、人間を敵と判断したのかは分からないが、本能で人の多い場所を感じ、向かってくるようだ。
国王フランク・シャルンホルストは迎撃のために部隊を招集する。王都の治安を守る部隊を除き、ほとんどの部隊が招集された。王城前の広場に重装騎士、王都騎士団、魔法兵など、三千人以上の兵士が列を並べる。王都の外では輸送部隊が倉庫から運び出した物資を集結し馬車に運び込んでいく。
王都の門を潜り迎撃部隊は出撃していく。千人の王都騎士団を先頭に重装騎士、弓兵、魔法兵が続く。上空には神殿騎士団と神殿女騎士団の真竜が舞う。王都を出た所で工兵と輸送部隊が合流し後ろに続く。
出撃していく迎撃部隊の姿は勇ましかったが、王都の住人たちは不安げに見ていた。
昨日、軍港に戻ってきた艦隊は、わずか6隻に数を減らしていた。出港した時の3分の1以下だ。
帰ってきた艦も、ほとんどが帆や船体に大きな損傷を受けており、這うような速度で入港した。喫水を大きく下げた沈没寸前の艦も混ざっている。
接岸した艦から次々と負傷者が運び出され、救護所に運び込まれる。無傷の兵も戦友を失った悔しさで俯きながら下船していく。
軍港には大勢の人が集まって家族の帰りを待っていた。帰港しなかった艦に乗り込んでいた兵士の家族は、消息を求め大声で尋ね回る。
全ての艦が戦場で沈んだわけではない。途中で乗員を救うため海岸に乗り上げた艦もある。しかし、戦場で沈んだ艦の兵士は、ほとんどが魔獣に飲み込まれていった。軍港には家族の消息を求める声と、家族の生存が絶望的と知らされ泣き叫ぶ声が深夜まで続いていた。
そして、再会を喜ぶ家族の元から魔法兵は、迎撃部隊に編入され連れていかれた。疲れ果てた魔法兵まで使わなければならないほど魔獣の脅威は大きいということだ。
軍港の悲惨な状況は街の住人にあっという間に伝わった。街の住人が迫ってくる魔獣に怯えるのは仕方のないことだった。
王都から200キロメートルほど離れた場所で迎撃部隊の行軍が止まった。この場所は谷間の出口になっているため魔獣たちが王都を目指す場合、必ず通る場所だ。魔獣たちとの距離は約100キロメートル。魔獣たちはゆっくりと進んでいるため、この場所に到達するのは明後日の昼頃になりそうだ。土塁が築かれ、その上に弩弓が据えられる。その後方に多数のテントが張られ陣地がつくられた。
決戦を翌日に控えた夕刻、作戦会議が開かれる。
そうはいっても決められることは少ない。魔法が通じなければ、勇者である国王フランク・シャルンホルストと勇者エレーヌが身体強化された騎士と共に肉弾戦を挑むしかない。ただ、50メートルを超える魔獣たちに剣や槍がどれだけの効果があるか、不安は残る。兵の配置と簡単な事を決めただけで作戦会議は終了した。
短い会議が終わり、フランクはエレーヌを自分のテントに呼び、くつろいでいた。
ただ二人の表情は暗い。フリゲートに乗っていたのは優秀な魔法兵だった。各艦に18人、総勢360人の魔法兵が、一頭の魔獣も倒せなかったのだ。戦場は地上に移ったが、勝算はかなり低い。
「悪いなエレーヌ。貧乏くじを引かせて」
「いいわよフランク。もう200年以上生きたから。ここで死んでも十分な人生よ」
勇者エレーヌは20代後半にしか見えない美女だ。そのエレーヌの諦めたような微笑は妖艶だった。エレーヌはグラスのワインを飲み干すと唇を舐め、誘うような視線でフランクを見つめる。フランクもグラスを置くと、エレーヌの切れ長で青い瞳を見つめ返す。
最後に幾多の男を破滅させた妖婦と夜を過ごすのも悪くない。フランクはそう考えていた。
エレーヌはロシアからこの世界に召喚され、魔獣との闘いを強要された。
そのストレスを発散するように次々と付き合う男を変え、捨てた。捨てられた男達は、エレーヌを酷い淫乱女だと口々に罵った。
フランクも何度か誘われたが、妻達の顔を思い出し踏みとどまっていた。しかし、明日死ぬかもしれないと思うと我慢が出来なくなる。帰ろうとするエレーヌを強引に抱きしめ、ベッドに押し倒す。
「駄目ですよ、フランク。奥様達がいるんでしょ」
エレーヌはわざとふざけた口調で言う。
「問題ない」
「…そう」
エレーヌは目を閉じると全てをフランクにゆだねた。
翌朝、フランクは取返しのつかない過ちを犯した事に気付く。
フランクは軽い火遊びのつもりでエレーヌを抱いた。しかし、フランクが目を覚ました時、エレーヌは半身を起こしフランクの顔をじっと見ていた。寂しさと愛しさの混ざった顔には涙が光っている。淫乱というのは、ふられた男達が流したデマだったらしい。それに気付かず欲望のままエレーヌを抱いてしまった。
「なぜ泣いている」
「お早う、フランク。ごめんなさい。やっと結ばれたのに今だけかと思ったら少し悲しくなったの。魔獣と戦って死んでも、生き残っても最後だから。あなたはエカチェリーナ様たちの元に帰ってしまうでしょ。でもいいの、最後にあなたと過ごせたから」
エレーヌは、フランクに精一杯の笑顔を作る。
そんなエレーヌがとても愛しく思えフランクは抱きしめる。
「何故、尻軽な女のふりをしていた」
「尻軽な女なら気兼ねなく、あなたに抱いてもらえるでしょ。でもだめね、涙を見せちゃって」
エレーヌは自嘲ぎみに答える。
「どうして、そんな事を考えていたんだ」
「あなたには奥様達がいますから。大丈夫です昨夜の事は誰にも言いません。ただ生き残ったら戦友として今まで通り接して下さい」
「心配するな。今日からお前は俺の女だ。絶対に守ってやる」
その時、フランクは強烈な違和感を覚え、エレーヌの顔を見る。
エレーヌはさっきまでのしおらしい顔から一変して悪戯に成功した子供のような笑顔を浮かべていた。
「エレーヌ?」
「言質は取りましたよ」
エレーヌはそう言って、ベッドから抜け出すと素早く服を着る。
フランクに向き直ったその手には目薬があった。
「ああ、何度も振られたけれど、やっとプロポーズしてもらえたわ」
「エレーヌ?」
「ふつつかものですが末永くよろしく。じゃあねフランク。準備があるからまた後で」
エレーヌは、にっこりと微笑み足早に去っていった。