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一口怪異譚  作者: 彩野遼子
1/1

一通目 「白いキャペリンハット」

ホラーを書きたかったんです。

でも実際はホラー(?)になってる気がひしひしとします。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

よろしくお願い致します。


――ピコン、と無機質な音が響いた。



あれ? 何か鳴ったと思ったらメールが来てる。

えっと、何々?


『怖い話を教えて下さい』


何これ、悪戯メール? まあ今や無料通話アプリのLINKが主流な世の中、真面にメールで連絡してくる人なんてそうそういないかぁ。

えーっと?


『もし教えて頂けるなら、対価として貴方の願いを一つだけ叶えます。話の最後に願いを書いて返信して下さい。』


え~~……何これ、胡散臭いとか言う以前じゃん。


……まあでも、暇だし、いっか。





***





これは私のお姉ちゃんが前の会社にいた時の話なんだけど。


当時新卒でその会社に入社して、右も左も分からなかった新人なお姉ちゃんの指導係についてくれたのは亜美さんって言うお姉ちゃんより三歳年上の女の先輩だった。


亜美さんは嫌な顔一つせず凄く丁寧に仕事を教えてくれて、例えミスをしても頭ごなしに怒るなんてしないで「誰にだってミスはあるし、新人の頃なんてそんなものよ? かくいう私も新人の頃はミスばっかだったんだから。だから大丈夫大丈夫。」って励ましてくれた上でミスの処理の仕方だとか改善策を教えてくれるような人で、さらに彼女自身物凄く仕事が出来て頭の回転も早い人だったからとにかく社内での人望が厚かった。

お姉ちゃん達新人さん達は皆亜美さんに憧れてたし同僚や先輩達からは物凄く頼りにされてるのは当たり前。

それどころ直属の上司は勿論、他部署の人やもっと上の人達も亜美さんには一目置いてるって感じでお姉ちゃん曰くまさに「キャリアウーマン」を体現してるような人だったって。



だからね、お姉ちゃんが入社して二ヶ月が過ぎた六月の始め頃、亜美さんが結婚を機に寿退社して県外にある旦那さんの実家で専業主婦をするってなった時にはもうてんやわんやの大騒ぎだったんだ。


主にお姉ちゃんが、家で。


結婚は凄く御目出度い事だし散々お世話になったから幸せになって欲しいって思うけど亜美さんがいなくなるのはやだってよく猫のクロスケ相手に愚痴ってたし、会社では密かに亜美さんに思いを寄せていた男性同僚や先輩が肩を落としていたのも見かけたらしい。

それに関しては、亜美さん美人でスタイル良かったからね。私が男だったら絶対アプローチかけてるし!とお姉ちゃんも胸を張って笑ってたけど。

で、まあそんな感じで色々ありながらも亜美さんの退職の日はあっという間にやってきて。

その日は仕事終わりに亜美さんの送別会をやる事になってたから皆いつも以上に張り切って仕事して、送別会は大いに盛り上がったんだって。

特に送別会の締めにお姉ちゃん達がお金を出しあって買った大きな花束を亜美さんに渡したら、亜美さんの瞳が潤んだのをみてお姉ちゃん達新人さん達は感極まってお幸せに、と叫びながらわんわん泣いちゃったらしくてまた色々大変だったらしいけど。

店を出て別れる時、瞳を潤ませながら笑みを浮かべて手を振る亜美さんが凄く印象に残ったってその日帰ってきたお姉ちゃんは泣き腫らした顔でクロスケに話してた。

クロスケは迷惑そうだった。




で、ここからが本題なんだけど。


いなくなった当初はなかなか落ち着かなかった部署も日を追う毎に彼女がいない日常に慣れて、やがて亜美さんの話題はたまに出るくらいになっていった頃――丁度世間では夏休みが終わるか終わらないかくらいの頃かな?


お姉ちゃんの職場で少し変な噂が流れ出した。


一番最初にそれを見たのは他部署の営業さん。


その営業さんが外回りから帰ってくる途中、会社のビルの前で白いノースリーブのワンピースにツバの広い麦わら帽子みたいな……えと、キャペリンハットって言うんだったっけ、白いキャペリンハットを目深に被ってお姉ちゃん達の部署がある三階辺りを見上げている亜美さんを見たって。


最初は人違いかなって思ったんだけどお姉ちゃんの会社がある辺りって所謂オフィス街ってやつで、丁度お昼時とはいえ周囲を歩いている人達が皆スーツや会社の制服姿ばかりの中そんな格好してる亜美さんは凄く目立ってたから間違いないって思ったっていうのが営業さんの談。

それでまあ折角だから挨拶でも、って営業さんが近付こうとしたら亜美さんがふいっと踵を返して会社の前から営業さんがいる方向とは逆側に歩いて行っちゃったらしいの。

それが結構なスピードで、あ、と思った時には白いキャペリンハットは雑踏に紛れて見えなくなっちゃった。

一瞬何か違和感を感じたものの、此方に気が付かなかったのかなって考え直した営業さんがお姉ちゃん達の部署に来た際にそう言えばってこの話をしてくれたんだって。

「亜美さん、何か用事だったの?」って。

でもその日お姉ちゃんの部署に亜美さんは愚か来客すらなかったから、皆、何言ってるの?って首を傾げた。

で、営業さんの話聞いてたまたま近くに来てたのかな?とか、だったら遊びに来てくれればいいのにね、ってお姉ちゃん達がきゃいきゃいと話してる中、一人だけ腑に落ちない顔をしたのは亜美さんと同期で一番仲が良かった先輩だった。


「旦那さんの実家がある県って飛行機使うくらいの距離にあるって亜美言ってたよ? たまたまで来れる距離じゃないと思うけど。それに亜美ってそう言う服着るかなあ?」


そう話す先輩にお姉ちゃん達もハッとして口を噤んだ。

と言うのも亜美さんの服装って所謂オフィスカジュアル且つパンツ姿が主で、私服もそんな感じのきれいめカジュアルを好んで着てたから、お姉ちゃん曰くそういう『少女然とした服』は着ないんじゃないかなって。

それで結局人違いだろうってのがお姉ちゃん達の結論だった。

営業さんは最後まで納得してなかったけど、彼が亜美さんに密かに思いを寄せてたのは皆知ってたから「願望が出たんじゃないか」って揶揄われておしまいだったって。


でもその日から会社の前に立つ亜美さんを見たっていう人が社内の彼方此方から出始めた。


決まって時刻はお昼過ぎ。

声をかけようとしたり近付こうとするとふい、って踵を返してその人とは反対方向に歩いていっちゃう。

で、服装は決まって白いワンピースとキャペリンハット。

でもその間亜美さんが会社に来たって事実は一つもない。


そんな状況が続くにつれて、誰も口には出さなかったけど、少しの薄気味悪さを皆が感じるようになっていったんだって。




でね、それから暫く経ったある日。

お姉ちゃんは上司に言われて会社から歩いて十五分程度のところにある銀行におつかいに出掛けてた。


用事が終わったのはあと数分でお昼休憩に入るっていう時間帯で、さっさと戻って報告してランチにしよって歩を進めていた視界の先、ようやく見えてきた会社の前に白い人影が見えてお姉ちゃんは足を止めた。


……亜美さんだ。


距離にしたら五十メートル。

人の顔の判別なんてギリギリできるかできないかくらいの距離なのにお姉ちゃんは一瞬でそれが誰なのか理解した。


瞬間ドクッと嫌な音を立てた心臓に気が付かない振りをして再び歩きだせば、距離が縮まるに連れその姿がどんどん明白になっていった。


白のツバの広いキャペリンハットの下からは緩やかにウェーブしたダークブラウンの髪を肩口で切り揃えたミディアムヘアが覗き、女性らしいメリハリの付いたすらりとした体と、それに見合う長い手足を包む白いノースリーブのワンピース、に足元は同じく白いミュールを履いている。


服装はともかくとして、やっぱり亜美さんだって確信してると会社のビルを見上げるその横顔は皆が言うようにキャペリンハットの影でほとんど見えないのに何故か亜美さんの視線が此方を向いているように感じられてこくっと無意識に喉を鳴らす。


他の人達は近付こうとすると歩いていっちゃうって話してたのにそんな素振り全くなくて、あと五メートル程の距離を残して足を止めるとお姉ちゃんはぎこちない笑顔を浮かべながらゆっくりと口を開き会社を見上げる横顔に話しかけた。


「……あ、亜美先輩。お久しぶりです。」


でも亜美さんは会社を見上げたまま全く反応しなくて、明らかな様子のおかしさにお姉ちゃんの背筋に少しだけ冷たいものが走った。


「……あの、亜美先輩? どうしたんですか?」


それを振り払うように頭を振り務めて明るい声を出しながら亜美さんの肩に触れようと向かって手を伸ばしかけると、それまで何の反応もなかった亜美さんの頭がゆっくりと動いて。


全ての感情が抜け落ちたかのように無表情で、血の気が全くない白い顔の亜美さんの何の光も写し出していないただただ真っ黒な瞳と正面から目があった。


「……せ……。」


吸い込まれそうなその瞳に息を飲むお姉ちゃんの前で亜美さんの白い唇が一文字ずつ区切って吐き出したのは三文字の言葉。


『オ』


『チ』


『タ』


それを見た瞬間、ゾッとした怖気を感じて血の気がひいて、それで。


「ねえ、何してるの?」後ろからポンっと肩を叩かれた。




……と言うのがこの前深酒して帰ってきたお姉ちゃんがクロスケを膝に乗せながら話してくれた体験談。


ちなみにお姉ちゃんの肩を叩いたのはお昼休憩で外にランチしに行こうとしてた部署の人達で、お姉ちゃんが一人で会社のビルを見上げてるから何してるんだろうって声をかけたんだって。

勿論お姉ちゃんはそんな事した覚えないし、そもそも亜美さんに話しかけた筈なのにって言ったけど亜美さんの姿なんてなかったって皆に口を揃えて言われたらしい。

で、意味が分からないながらもその場は私の気のせいでしたとか言って何とか収めたらしいんだけどね。


次の日のお昼休み、亜美さんと一番仲の良かったあの先輩に話しかけられた。


「実はね、亜美の噂が立ち始めた頃、彼女に連絡取ったの。もしかしたら旦那さんの実家で何かあったりして会社……と言うか私達に相談しに来たんじゃないかって思ったから。でもいくら携帯に電話してもいつも電源が切られてて。だから、以前聞いた亜美の実家に連絡してみたんだけど。ご両親、彼女が退職した事知らなかったの。それどころか結婚の話も初耳で、そんな話も素振りすらもなかったって。……亜美言ってたよね? 旦那さんの家の都合で結婚式は内々でしか挙げれないのが残念だけど、両親もそれで納得して凄く喜んでくれたって。旦那さんを両親に紹介しにいったって話も具体的にしてたし。あれが全部嘘だとは思えないんだけど……。」


どういう事なんだろうね、と首を傾げる先輩にお姉ちゃんは答える事が出来なかったって。


それから暫くしてお姉ちゃんは会社を辞めた。


オフィスにで仕事をしているとふとした瞬間に亜美さんがあの吸い込まれそうな、何も映し出していないガラス玉のような瞳で此方を見ている気がして耐えられなかったんだって。



最後に。

亜美さんのご両親は先輩から話を聞いてすぐ亜美さんが一人暮らしをしてたマンションを訪れたんだけど、亜美さんの部屋はもぬけの殻。

亜美さんと親しくしてくれてた隣人さんの中には嫁ぎ先の住所を聞いてた人もいたらしいんだけど、それも全部でたらめ。

管理人さんも「結婚するから」としか聞かされてなくて、その後の足取りは一切不明。


結局、亜美さんに何があったのか。

どこに行っちゃったのか。

会社を見上げてた彼女はなんだったのか。

そして、お姉ちゃんが聞いた『オチタ』って何なのか。


何一つ分からないままなんだって。





***





よし、書けた!

これで後は願い事書けばいいんだよね?


ん~~…………。


……そう言えば明日の数学、確実に当てられるんだよなぁ……。あ、なら……!


『明日の数学が自習になりますように!』


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