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SFぽいの

弱く小さく儚くて……それでも彼女は生き残る

作者: 風風風虱

 太陽が東の地平線より昇り西の地へ消え、夜が訪れる。そして、再び東から日が昇り朝が来る。それは地球が生まれてから46億年という途方もない歳月を等しく繰り返されてきた。

 日が昇り、沈み、また昇り、沈む。

 永久不変とも思える営み。

 だが、永遠に日が昇り、沈んだからといって人の世の営みも同じように繰り返されるとは限らない。

 人の営みは自然の営みに比べれば余りに弱く儚い。突然に終わりを迎えたとしてもなんの不思議もない。

 人々が無自覚なだけなのだ。

 いつ終わるのか、どう終わるのかを知らないだけだと誰も自覚していない。

 その局面を目前に突きつけられるその瞬間まで……


 そして、日は沈み、夜がやって来る。


 そこは郊外の家。

 お屋敷と称しても文句のないその家はひっそりと静まり返っていた。堅く閉ざされていた門は激しく破壊され見る影もない。

 門だけではない。

 美しい中庭に面した窓も粉々になり無惨な姿を晒していた。窓の先のリビングも散々たる有り様だった。嵐か竜巻が吹き荒れたのか、ソファーもテーブルもなぎ倒され、壁には生々しい爪痕が幾筋も刻まれていた。

 人の存在を示すものはなにもなかった。

 ただ、床に転がったラジオから女の声が虚しく聞こえてくるだけだ。


『……は唾液、血液、汗などの体液を媒介に感染します。感染者は数時間で発症。発熱、倦怠感、嘔吐、筋肉痛、痙攣を経て全身麻痺から死に到ります。

発症率、死亡率は100%です。発症した人は助かりません。治療法も現在のところ見つかっておりません。決して発症者に近づかないで下さい。発症者との接触は絶対に避けてください。

罹患者は死後、数時間から数十時間の後、死後活動状態(リビングデッド)になります。リビングデッドは周囲の人間に無作為に襲いかかります。死体にも近づかないで下さい。リビングデッド化は予告なく突然起きます。

繰り返します。

危険ですので死体にも決して近づかないで下さい。

続きまして、退避地区の情報です……』


 中庭を動く影があった。

 影は中庭を横切り屋敷の様子をしばらく伺っていたが、再びよろよろと動き始めた。少し当てもなくさ迷っていたがやがて、庭の片隅へと向かう。

 そこは、在り合わせの材料で作られた即席の足場や侵入者を阻むために大きな箱が幾つも置かれた寂れた場所だった。地面や箱にはどす黒い液体がベッタリとついており、木っ端や鉄パイプなどが散乱していた。影は破壊されたバリケードの残骸をすり抜け、奥に建つガレージへと歩を進めた。

 鍵は掛かっていなかったが、扉は歪んで容易には開かなかった。それでも力任せに何度か引っ張ると、軋んだ音を立ててようやく開いた。

 影はガレージへ身を滑り込ませた。

 

挿絵(By みてみん)


 突然、扉がガタガタと音を立てたので彼女は死ぬほど驚いた。

 軋んだ音ともに大きな黒い影がガレージに入ってくるのが分かった。ビリビリと空気と床が震える。

 彼女は慌てて物陰に身を潜めた。

 影は不規則な足音を立てながらゆっくりとガレージの中央へとやって来たが不意に足をもつれさせ倒れた。苦しげな呻き声が影から漏れる。

 彼女は戸棚の隙間からそっと様子を伺った。

 人、男のようだ、が床に倒れていた。男からは微かに血の臭いが漂ってきた。

 彼女はぶるぶる体が震えるのを押さえきれなかった。今までの経験から人ほど危険な存在はないと思い知っていた。父も母も兄も姉も弟、妹。みんな狂ったように暴れる人に無惨に殺されているのだ。

 見つかったらきっと自分も殺される。と彼女は確信していた。

 絶対に見つかってはいけない。

 そう決心すると彼女は戸棚の隅で物音をたてずに身を潜めた。

 

 どのくらい経っただろうか。ハアハアと苦しげな息をしていた男がゆっくりと立ち上がった。戸棚の隙間からその気配を感じた彼女は、嫌な予感に襲われた。そして、すぐにその予感が的中したことを悟る。

 男は彼女が隠れている戸棚にふらつく足取りで近づいてきた。


 気づかれたのか?!と彼女はパニックになった。

 そんなはずはない。物音ひとつ立てていないから気づかれるなんてあり得ない。多分、男は戸棚に水か食べるものがないかと思っているのだろう。

 そんなものなんてありはしないのに!と彼女は大声で叫びたい気持ちだったがそんなことは出来はしない。それに目的がなんであれ、戸棚を開けられたら結果として自分は見つけられてしまう。そうなったら……!


 男の手が戸棚にかかった。


 彼女は覚悟を決める。


 戸棚が開かれた。と同時に彼女は男の横を全力で駆け抜けた。


「おう」


 不意をつかれ、男はのけ反り、そのままバランスを崩して尻餅をついた。

 彼女はその隙に一気にガレージの隅まで走り抜けた。しかし、そこまでだった。ガレージの壁に阻まれ、もうどこにも逃げ場はなかった。

 男は半ば呆然としながら彼女を指差す。そして、口を開いた。


「びっくり……かっ!がぁ、かかかか」


 男の言葉は途中から意味のない叫びに変わる。

 男は全身を激しく痙攣させる。口から黄土色の吐瀉物を吐き出し、床に転がり、(おか)に揚がったエビのように体を激しく跳ねらせる。

 地響きのような雄叫びと床を揺るがす振動に包まれ彼女は恐怖に意識を失いそうになる。

 と、唐突に男の動きが止まった。

 先程までとは一転。不気味なほどの静けさが訪れる。

 どれ程時間がたっただろう。

 大丈夫、と彼女は自分に言い聞かせる。彼女の鋭い聴覚は男の生命活動、心音や呼吸が完全に止まっているのをとらえていた。

 男は間違いなく死んでいた。


 彼女はそろそろと死体へと近づいていった。


 勿論油断はできない。最近この状態から再び起き上がる人間が増えているのを彼女は経験で理解していた。そして、再び動き出すまでにはそれなりの時間がかかることも。

 だが逆に言うなら、その間は齧り放題だと言うことを良く理解していた。

 触角をせわしなく動かしながら彼女は死体へと近づいていく。それは山のように巨大な食料の塊だ。


 彼女は、餌が沢山あるうちに卵でも生もうかしらと思案する。


 でも、これ……


 と、彼女は思う。


 食べ過ぎるとお腹が少し緩むのよね、と。




 


 地球の勝者などと奢っていた生命体が生まれて二十万年に満たずに終焉を迎えようとしていた。そして、二億年を生きる生命体は更にその記録を伸ばすことになるだろう。

 いずれにしろ磐石たる自然の営みにとってはどちらも取るに足りないことだ。


 やがて日は昇り、朝がやって来る。



2020/03/16 初稿

2020/03/18 三百万年→二十万年 に修正

      (ホモ・サピエンスの誕生を起源に修正)

2020/03/18 挿し絵の位置を変えてみました/レイアウトを黒に変更



彼女の先祖は三億年と言われていますが、最近の研究だと二億六千万年前にカマキリ属と分岐したらしく、今の彼女たちが誕生したのはおよそ二億年とのことです

なのでその研究に従っております


我々よりもきっと地球に優しい生き物だと思うのです

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― 新着の感想 ―
[良い点] 終末感溢れる雰囲気が良かったと思う。 [気になる点] もしかして:G?
[良い点] 太陽の浮き沈みの詩的な表現からアレ、アレからまさかのアレと、十分な複線がありながら、常に予想外の展開で楽しく読ませていただきました。 [一言] 面白い作品を、ありがとうございます!
[一言] 終末ものでパニックもの。 好きなジャンルですなーと思いながら読み進めていて、最後にギャーってなりました。 作中においては彼女もパニック状態でしたが、読者はここでパニックに陥りますね。 彼女…
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