ポンニチ怪談 その7 桜になる会
秋の夕暮れの公園に遠路はるばるやってきた首相後援会一行。毎年行われる花見の宴会の会場にやってきたが、誰もいない。いや、地面をよくみると…
首相後援会一行の札を掲げた長距離バスがその公園についたときには、すでに日が暮れかけていた。
秋の夜は冷える。都会の真ん中とはいえ、昼間よりだいぶ気温が下がっていた。最初にバスから降りた小太りの初老の男は、タラップを降りるなり、震えあがった。
「うう、寒い。さすがに秋と春は違うなあ」
男物のカーディガンを手にした中年女性が次に降りてきて、
「それに春の時は朝、もう日が上がったころでしたから、会長」
話しかけながら会長に着せる。
「そうだなあ婦人部会長、だが、いつもは前の晩から泊りできたし」
「あのときは、もう少し早くついてすぐにホテルに入りましたから」
「いやあ、婦人部はそうだが、その」
招待した側に夜の接待を受けたことを思い出し、ニヤニヤする会長。
「しかし、夜につくようにとは、今日は何があるのかねえ。選挙もまだだし」
「そうですわね、首相の秘書という方が是非にということでしたわ、それに首相のお声もちらっと聞こえましたし」
「そうだなあ、しかし今、桜は咲いとらんだろう。冬桜か、それとも紅葉を見る会、かな」
「いいえ、この公園には冬桜はございませんわ。紅葉が色づくのはもう少し後ですので。春だけとはいえ、何回もおいでになられているので、ご存知かと思いますが」
整った顔立ちで制服を着た若い女性が後ろから声をかける。その口調は、丁寧だが、どこか冷たく寒々としたものだった。
「そ、そうかい」
そういって会長は婦人部会長に、そっと耳打ちする。
「バスガイドの割につっけんどんな子だな。美人だけど」
「まあ、初めてなのかもしれませんけど、愛想が悪いガイドなんて珍しいですよね。人が足りないんでしょう」
「いくら人手不足とはいえ、ワシらはこの国の首相の後援会なんだぞ、もう少しマシなのを」
ブツブツいいながらも会長は、他の乗客を降ろす。
ガイドの女性はスタスタと歩いて、公園の入り口にいき、閉じられた門の鍵をあけた。
「さあ、どうぞ。閉演時間が過ぎましたので一般客はおりませんわ」
後援会の面々はガイドについて、人気のない公園にはいっていく。
「なんだか、暗いな」
「夜の宴会かしら」
「提灯とか、明かりは無いのかね」
月明かりを頼りにおぼつかない足取りで、一行は公園の奥へ奥へと進んでいく。
「ああ、ここかなあ」
木々を抜けて、開けた芝生の広場。
「いつも、ここで花見なのよねえ」
「花なんか見てないだろ、婦人部の人たちは。招待された有名人とか、あのドラマに出てる○○さんが来てる、カッコいいとか言って騒いでたじゃないか」
「あら、副会長はお酒でしょう、樽酒のいいのが出るから楽しみだって、おっしゃってたじゃないですか」
「いやあ、まあ、しかし、今日は何もないな」
と、副会長とよばれた白髪頭の男性が辺りを見回した。
提灯どころか、電灯一つ、ついてない広場には、春の花見の会とは打って変わって、テントもテーブルもない。花見の会ではケータリングサービスのスタッフたちが大勢いたのに、今は他に誰もいない。
薄暗い広場には何も無いように見えた。
「食事とか、宴会じゃないのか」
「いえ、御馳走はここにありますわ」
若いガイドの声。
「え、どこ、どこに」
きょろきょろと会長が左右を見ながら、一歩踏み出すと
「うわっ!なんだ!こりゃ」
地面から生えていた、何かに躓く。目を近づけると
「ぎゃああああああ」
それは人の手、だった。
既に青白く、硬直していたが、それは確かに女性の手。何かを掴みかけたように指先が折れ曲がり、中指には宝石がふんだんに使われた豪華な指輪が嵌っている。
「こ、これは、見覚えがあるぞ!」
指輪の主を思い出した会長は驚きのあまり腰を抜かした。
「ま、まさか、ふ、夫人が、首相夫人が、ここに埋まっているのか」
「きゃああ」
別の場所でも声があがった。
尻もちをついて、スカートがめくりあがった60歳前後の女性が震えながら、地面を指さす。裾を整えることも忘れるほどショックを受けたのか、まともに言葉にならない。
「か、か、かお、かお、かおー!」
指さした先には半分埋まった男性の頭部。
顔の左半分が斜めに地面にのめりこみ、首を傾げたような格好でこちらを見ているようにみえたが、右目の有るはずのところは空洞になっていた。細い糸のようなものが垂れ下がり、その先には腐りかけた眼球が転がっていた。
「いやー」
「うええええ」
気持ちの悪さのあまりに地面について吐く男性。だが、たちまち
「足、足があ!」
目の前に突き出た両足に驚き、口を塞ぐ。
「ほほほ、驚くことはありませんわ、皆さんも同じになるのです」
冷たく響くガイドの声。
「ど、どういうことなんだ、こ、これは、殺人」
「いいえ、栄養ですわ。私たちの」
ガイドの姿が暗闇にまぎれ、ぼやけていく。
輪郭が揺らぎ、一本の桜の木が浮かび上がる。
「あ、あんた人間じゃ、ないのか、まさか、サ、サクラの妖怪」
震える声で会長が聞くと
「あなた方は本当におろかですこと、美しい私たちを見もせず、酒色におぼれるだけで。私たちが枯れかけているのも気が付かなかったのでしょう?」
「手入れをする方もいなくなりましたからねえ。フキョウとかトウサンとやらで、みんな、ここに来なくなってしまって。私たち、ずっとほうっておかれましたから」
別の若い女性の声。
「ゼイキンとやらがあがって、このあたりに住めなくなったんですって、ショミンの方は。いつも、私たちの手入れをして、肥料をくださったのに」
また別の若い女性の声。
「でも、みんな、いなくなってしまわれましたわ。それはシュショウのせいなんですって」
「生きていけなくなったからと言って、私の根元で栄養になってくれた方がそうおっしゃってましたの」
「手入れができないのは、シュショウと、そのお仲間のせい。私たちの手入れをする方が亡くなったのも」
「手入れは仕方がないとして、私たち、弱って肥料がとってもほしいんですの」
「だから、いつも私たちを見ると言っていたシュショウにきていただいて、栄養になってもらおうと思いましたの、ほら」
ズズ
太い根が地面から伸びてきた。その先には男性の体、そしてその顔は
「しゅ、首相!」
毎年のように桜を見るという口実で税金を湯水のように使い、後援会のメンバーや著名人たちを集めていた、首相その人だった。
「ア、アア。ヨク、キテクレタネエ」
生気のない顔から機械的に声が聞こえた。だが、その声は抑揚もハリもなく、とても生きている人間の声とは思えなかった。
「騙されたのか、ワシら、は、首相の声だとばっかり。ワシらを集めて、ここに、こんな恐ろしいところに」
立つのがやっとという状態の会長が絞り出すような声を出す。
「すぐに来てくださってありがとうございます。この人たちだけでは足りなかったんですの」
「あなた方がゼイキンとやらで、飲み食いしたせいで、私たちの肥料がもらえなくなったんですもの」
「だから、セキニンというのをとっていただくことにしましたの、埋まって私たちの肥料になってくださいませ」
「私たち、もっと、もっと栄養をとらねばなりませんの」
「ほほほ」
「ほほほ」
桜たちの嬉し気な笑い声。
「ひいい、助けてくれえ」
幾分若いやせ細った男性が転げるように走り出し、広場から逃げようとした。
シュル
地面から根がはい出し、蛇のように這うと男性の足に絡みついた。
「ぎゃああ、離せ、離せえ」
男性の叫びと反対に根は男性の足だけでなく胴体を締め上げ
ブス
根の先が額に刺さった。
ガクっと男性の首がたれると、死体を絡ませたまま、根が地面に沈んでいく。
「うわあああ」
「いやー」
「ひいいい」
口々に叫びだす後援会の人々
「なんて、うるさいんでしょう」
「なんて、醜いんでしょう」
「大人しくなさい、美しい私たちのために」
「私たちが美しく咲き続けるために」
言い終わると同時に
ドカッ
地面に大きな穴が開いた。
「あああ、がああ」
ドドドドドド
地面に吸い込まれるように落ちていく人々。必死になって、芝生や地面を掴もうとするが
ビシッ
その手を桜の根が叩き落とす。
ドサッ
グシャ
ドテッ
重なるように人々が落ちていく。
人々に沢山の根が絡みついていく。
「た、助けっ…グエエ」
叫ぼうとするがすぐに口をふさがれ、地中深く沈められていく。
やがて、最後の一人の体が見えなくなると、巨大な穴も塞がれた。
「ほほほ、美味しかったですわ」
「ふふふ、少しは満足できましたわ」
「また、咲きましょうよ」
声に呼応するかのように、葉が生き生きと広がり、蕾が膨らんでいく。
「もう寿命だっていわれましたけど、もう少し咲いていたいものですわね、あと2-300年」
「そうですわね。それなら、もっと肥料がいりますわ」
「もっと呼ばないといけませんわねえ」
操り人形のように首相の声がもれる。
“コウエンニキテクレ。サクラヲ、ミル、イツモノ、カイゴウ、ヲ、ヤル。ワタシハ、シュショウ、ダ”
「今度は誰を呼んでもらいましょうか。若い体のほうが肥料にはよいようですわね」
「アイドルやゲイノウジンって若くて生き生きとしてますわね」
「ゲイノウジンって美味しいそうですわね、キレイだし」
楽し気な声とともに、花がほころび始める。秋の夜に咲き誇る桜の花は狂おしいほど美しく鮮やかだった。
サクラというのは大変に肥料を必要とする樹木だそうで、かつて土葬だったころ、墓地などによくうわっていたそうです。そのせいか死体が埋まっているという小説もチラホラみられます。埋まっているのも怖いですが、埋められるのも恐ろしいですね。