2.社畜と謎のエリート・前田さん②
俺は、前田さんに理瀬との出会いから、今まであった全てのことを話した。
豊洲の「うんこ公園」で初めて会い、それから理瀬の提案でシェアハウスが始まったこと。
理瀬の提案で、篠田と同棲していたこと。
和枝さんが入院治療することになり、近くに保護者がいれば俺の存在はいらなくなる、と提案したものの、理瀬の希望でしばらく同居を続けていたこと。
理瀬に告白したこと。そして、和枝さんの死。
一つでも嘘をついたら、前田さんに全て見破られるような気がしたし、今の理瀬と俺の関係を正確に説明するためには、今まであったことの全てを話すしかないと思った。
「ふーん……そうですかあ……そういうこともあるんかねえ……」
前田さんは、適度に相槌を打ちながら聞いてくれたが、その表情は思わしくなかった。
全て話し終わったあと、前田さんはおもむろに口を開いた。
「いやあ、今の話、なんとなくわかりましたよ。嘘ついとる、とは思いません。せやけどなあ、宮本さん、女子高生とサラリーマンが付き合うっちゅうのは、普通のことではないですよ。私にも高校生の娘おりますけど……離婚しとるさかい、決められた面会日にしか会えませんけど、自分の娘がそんな話し始めたら、その男張り倒しにいきますわ。娘には、お前は騙されとる、っちゅうて説得します。普通やったら、そういうもんですわ」
「前田さんの心配されていることはわかります。普通は、体目当てか何かだと思われるでしょう。社会人が女子高生と付き合うなんて。自分でも、自分のした選択が未だに信じられないくらいです。どうかしてると思います」
「今からでも、思い直す気はないんですか」
「ありません。普通だとかどうとか考えるのは、もうやめました。俺が理瀬を全力で、大人になるまで守る。なぜなら俺は、理瀬のことが好きだから。そう決めたんです」
「ふうん……ふうん……」
前田さんは頭を抱えていた。まだ俺に心を許してはいないようだ。しかし今更立ち止まれない俺は、とりあえず自分の希望を一方的に伝えることにした。
「俺は、理瀬が望んでいない父親との同居をやめさせて、もとの一人暮らしに戻したいと思っています。和枝さんが亡くなったことによる精神面でのケアは、俺が引き受けます。とにかく、今のままでは理瀬が幸せになれないと思うんです」
「ほんまにそうですやろか? 古川さん、財務省のお偉いさんやし、たしか実家もえらい大きな家やって聞いとります。最悪、古川さんが理瀬ちゃんと一言も話さなくても、使用人やら家庭教師やらで理瀬ちゃんの教育はできるはずですわ。我々とは住んどる世界が違う人やさかいな。常磐さんのサポートはもうないんやから、そうなるのが自然な流れとちゃいますか。私はむしろ、古川さんが常磐さんの死を知っても、何も動かんのかと思うて、理瀬ちゃんが一人になるのを心配してましたわ」
「それは俺も考えました。でも、理瀬はそもそも俺に会った時点で、自分の財産の運用方法や将来のビジョンを全て決めていました。それは立派なもので、和枝さんも否定していませんでした。それを今更、突然現れた元父親に生活を任せる、と言われても、納得できないんです。そもそも、離婚して以降、一度も理瀬と面会していない父親を信じられるわけがありません。前田さんだって、離婚してもお子さんとの面会は欠かさなかったんでしょう?」
「まあ……私の場合は、色々ありましたからなあ」
「前田さんは、なんで離婚したんですか」
「いやあ、私、見てのとおり生粋のオタクで、女性にはまずモテない男なんですけど、とある友人の紹介で女性と付き合うことになって、そのまま結婚したんですわ。娘が一人生まれて、そこまでは順調だったんですけど、私の仕事が忙しくてなかなか帰宅できんのを理由に、性格の不一致、っちゅうことで離婚させられましてん」
「それだけで離婚になるんですか」
「いや、細かいところはもっといろいろありましたよ。とにかく元嫁が、離婚できる理由を鬼のように記録しとって、財産もほとんど全部持っていかれて……あとから聞いたんですけど、うちの元嫁、外資系の私と結婚して、海外駐在したかったらしいんですわ。私の場合、外資系ちゅうても日本法人での仕事がメインなんで、私が海外出張することはあっても駐在することはまずないんで、それを知った妻が『話が違う』というて離婚してしもうたんです」
「そんな理由で、離婚になるんですか……」
「まあ、よう考えたら、収入以外にええところなんて一つもない男ですし、使えんとわかったら切り捨てられるのは、当たり前のことですな……まあ私はええんですけど、娘が片親やと言われるのが辛かったですわ。最近は離婚する夫婦も多いんで、そんなに気にならんみたいですけど」
「やっぱり、娘さんのことは気になりますよね」
「はあ。元嫁はほんまにもうどうでもええねんけど、娘だけは心配ですわ。元嫁は私からの養育費で遊んでばっかりみたいですし、進路の相談とか、全部私がしよるんですわ」
「その気持ち、和枝さんは持っていたと思いますけど、一度も面会しなかった古川さんが、同じように理瀬を心配していたと思えますか」
前田さんは顔をしかめた。
俺の考えていることが、前田さんの実体験を通して、具体的に浮かんできたようだ。親権があっても、娘のことを真面目に考えていない親が、娘を幸せにできるとは思えないのだ。
「宮本さん……」
「はい」
「あんたがやろうとしとるのは、相当リスクの高いことですわ。なにせ相手が強すぎますからな。あんたが社会的信用を全部失ってしまうかもしれん。それでもええんですか」
「決心はできています。俺はもう、理瀬のことしか考えていませんから」
「ふうん……」
前田さんはおしぼりで顔全体を拭いた。
「……とりあえず、古川の悪い噂、集めときますわ」
「悪い噂?」
「自分が後見人であることを主張して争うのはもう無理でっしゃろ。常磐さんと宮本さんの間に明確な契約がないんやからな。それより、娘の保護なんかどうでもよくなるくらいのスキャンダルすっぱ抜いて、それを元に脅すほうがまだ勝ち目ありますわ」
「そんなこと、できるんですか」
「有名人やから、一つくらい悪い噂ありますやろ。というか、常磐さんは何も言うてなかったかと思いますけど、私らそういう仕事しとるんです、実は」
「そういう仕事……?」
「ええ。とても口には出せんような汚い仕事もしたことありますわ。常磐さん、多分理瀬ちゃんや宮本さんには株取引のプロって言いよったと思いますけど、あれ全部嘘でっせ。知り合いの投資家からいろいろ教えてもらって、その真似しとるだけですわ」
「ええっ……じゃあ、理瀬に投資の才能があるのは」
「それは理瀬ちゃん個人の努力で身につけただけですわ」
前田さんも和枝さんも只者ではない、と思っていたが、もしかしたら一般人が関わってはいけないレベルの人たちなのだろうか。CIAとかKGBみたいな。民間企業だけど。
「私も、和枝さんには恩がありますさかい、精一杯やらせてもらいます」
こうして、前田さんは俺に協力してくれることになった。
俺は前田さんと話すまで、古川をスキャンダルで落とすという発想は全くなかった。正直、自分ではどうすればよいのか全くわからなかったのだ。しかし前田さんと話をしたことで、理瀬の今後について、希望が持てたような気がした。




