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9.社畜と女子高生と友達にしかわからないこと

 理瀬、照子、俺の三人でラブホに入るという、逮捕されてもおかしくない事案が発生した翌週。

 俺はエレンに、そのことを説明した。例によって外回りの帰り道、社有車の後部座席にエレンを乗せて。

 前は社有車へ乗せられることにぶーぶー言っていたエレンだが、今回は何も言わなかった。理瀬は、ラブホに入った後、性的なことは何もしていない、ただ雑談していただけ、とエレンに説明していた。でもエレンは、本当にそれだけだと思っていない。


「今、電話番号『110』を入力しました。おじさんの話す内容によっては通話ボタンを押します」

「本当にそういう事は何もしてないんだよなあ」

「何もしてなくても未成年とラブホ入る時点でもう犯罪みたいなものですから」

「それは……まあ……正直、照子の悪ノリもあったんだが……」

「二度としないで下さいね? 本当におじさんが潔癖でも、誰かに見られることで理瀬が疑われたりするの、本当に嫌なんです」

「わかりました。大変申し訳ありませんでした。照子にも、あとできつく言っておきます」


 反論する余地もなく、俺は営業マン流の丁寧な謝罪をキメた。


「……まあ、理瀬は隠し事してるような感じじゃなかったので、特に疑ってはいなかったんですけど」


 エレンはスマホを置いた。これで一安心だ。


「で、本題なんですけど、理瀬の様子はどうでした? いじめられた時のことを思い出して、怯えたりしてませんでした?」

「そんな感じではなかった。腕を掴まれた時は驚いたみたいだが、それも異性から急に触られたことに対して、って言ってた。何かトラウマを思い出したような事はなかったよ」

「そう、なんですね。理瀬があんなにオーバーな反応をするのは滅多にないので、心配してたんです。あの子、周りに弱いところを見せないですし」

「それは俺にもわかる。俺は人生経験の長いおっさんだから、注意深く理瀬のことを観察すれば、弱っているところは察してやれる。でもそんな感じではなかった。むしろ、ダブルデートした時より落ち着いていたよ」

「山崎さんと一緒にいるプレッシャーから解放されたからでしょうね。お店にいた時の理瀬、すごく硬かったんです。山崎さんはすごくいい人だけど、理瀬とは合ってないのかなって」

「それはそうだな。山崎とかいう男からの告白は、断るってよ」

「えー、私それ聞いてないんですけど」

「人望の違いだな」

「通報しますよ」

「いまのはセクハラじゃないだろ」

「存在がセクハラです」

「ひどっ!」


 まあ、社有車に無関係の女子高生を乗せている時点で、警察沙汰にはならずとも会社内では立場的に死んでしまう。

まだエレンには油断できないな、と俺は思う。


「理瀬の彼氏作るっていう目標、これからどうなるんですかね?」

「さあ? 一人目でいきなり付き合う義務はないし、なんとなく続けるんじゃないか」

「同じバイトで一人振って、他の誰かと付き合ったら空気悪くなりますよ」

「確かに」

「実はそのあたり、理瀬が答えてくれないんです。私が『彼氏作る目標どうするの?』って聞いても、『知らない』って言って、それ以上何も言わないんです。もしかしたら、彼氏作る目標、やめるんじゃないかなって」

「俺はそれでいいけどな。高校時代に無理して彼氏作る必要ないし、俺は理瀬からしばらく離れられる。あいつが彼氏作るのを手伝うために、今でも関わってるから」

「それでいいんですかね? 理瀬、おじさんがいないと寂しくて死んじゃいますよ」

「そうか?」


 言ってから、俺は理瀬に『彼氏を作りたい』と言われた時のことを思い出した。あの時、理瀬は急に青ざめて、トイレで吐いていた。おそらくはストレス性の症状だろう。理瀬にはまだ、何らかのストレスが残っているのかもしれない。


「今日は早めに帰りたいんですけど」

「おう、ちょうど駅の入り口だから車止めるわ」


 俺はさっと車を左に寄せ、エレンを降ろした。

 ドアが開いたまま発進しないよう、エレンが降りる姿をずっと追っていた俺は、歩道で一人の女子高生が固まったように棒立ちしているのを見つけた。

 理瀬だった。


「エレン……?」

「あっ……理瀬、違うの、これはね」


 理瀬は俺の目を見た。

 理瀬がエレンにあえて言わないことを俺がばらしている、ということは秘密だ。理瀬に二人でいるところを見られるのは、非常にまずい。俺は何も言えなかった。


「っ!」


 理瀬は、走ってどこかへ逃げた。


「あっ、ちょっと、理瀬!」


 エレンがそれを追うが、理瀬は意外に足が早く、追いつきそうにない。結局、信号がギリギリのタイミングでエレンが止まってしまった。理瀬はまっすぐ自宅のタワーマンションへ行ったようだ。

そもそもまだ仕事中である俺は、いまこれ以上面倒事を拡大するのはまずい、と思って車を発進させた。エレンは呆然とした姿で俺の車を見送っていた。


** *


その日の深夜。

遅くまで仕事をして、疲れ切っていた俺は理瀬とエレンのことも忘れ、さっさと眠ろうとしていた。

ちょうどベッドに寝転んだ時、エレンからLINEが来た。


『おじさんへ

突然ですけど、私、理瀬が彼氏を作りたい、って言い出した理由、完全に理解しました。

でもおじさんには言えません。

女子高生だけで解決できる問題なので、気にしないでください。

おじさんからは理瀬に二度と連絡しないでください。おじさんが近くにいることは、やっぱり理瀬が普通の女子高生として生きていくには、ちょっと変です。

 今まで理瀬のことを気遣ってくれてありがとうございました。これからは私に任せてください』


 エレンにしては長いメッセージだった。エレンは長い会話の時も短いメッセージを続けて送るタイプなので、このまとまった文章には驚いた。

 ガラケーでメールをしていた時代からの伝統だが、異性からの長文メッセージは悪い知らせしかない。長文を打っている時点で、心はどこか冷静になっている。何か、相手を突き放すようなことをつらつらと書いているに違いないのだ。

 今回も、その予感は的中していた。

 エレンが何を察したのかは知らない。あのあと理瀬を捕まえて、二人で本音を話しあったのかもしれない。

 だが、長文のメッセージから読み取れたのは、とにかく理瀬の気持ちを『女子高生だけの問題』にして、俺を突き放そうとしていること。

 理瀬とは、どこかで付き合いをやめなければ、お互いに依存しそうなことはわかっている。

 血縁もないのに、理瀬は俺を便り、俺は理瀬の成長を見て癒やされる、という状況が続いている。

 理瀬から離れられないのは、俺の意思が弱いから。

 だとしたら――

 エレンの言葉をきっかけに、理瀬から離れるのも一つの手段かもしれない。


『わかったよ。理瀬のことはお前に任せる』


 俺はそう返信して、スマホを置き、眠りにつこうとした。

 すぐにメッセージの通知があった。

 スマホを手に取ると、それは理瀬からのメッセージだった。


『今週の土曜日、予定開いてますか?』


 俺は数秒前にした決意について考えた。もう理瀬とは合わない。二度とこちらから連絡はしない。

 でも、理瀬から連絡が来た場合は?

 どうすればいいんだ?

 疲れ切っていた俺にその判断はできなかった。俺は既読もつけずにスマホを閉じ、眠りについた。

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