4.社畜と女子高生と告白
理瀬に告白した男の名前は、山崎拓真。都内の国立大学に通う学部二年生。
感じのよい青年らしい。理瀬とのLINEで「すごく優しい先輩」としてたびたび話題に上がっていた。写真も見たことがある。真面目そうで、清潔感もあり普通にいい男だった。
高校生に告白した男子大学生、という点では全く信頼できないのだが。
もっとも、保護者代わりだから、といって理瀬の家に同棲し続けた俺が言えるセリフではない。
『どうしましょう』
告白された事を伝えた後、理瀬はそう聞いてきた。
少し違和感があった。興味があるなら付き合えばいいし、気に入らないなら断ればいい。それだけなのだ。俺に聞くような話ではない。
あるいは『彼氏を作る』ことが目的なら、この告白を受け入れればゴールインだ。何もためらうことはない。
それくらいの事は、ロジカルに物事を考える理瀬なら、俺に聞かずとも結論を出せるはず。
だが、理瀬は煮え切らない態度だった。
シンプルに「好きにしな」と答えてもよかったが、少し間を置いてみることにした。
エレンにそのことを伝えたのだ。
『理瀬がバイト先の大学生に告白されたらしいぞ』
俺がLINEを送ったら、数秒後に通話がかかってきた。
『どういうことですか!!!!!!』
エレンは頭に血が登っているらしく、激しい口調で言ってきた。この時、俺はまだ会社で仕事をしていたので、慌てて席を離れた。
「今言ったとおりだよ」
『歳は? 顔は? 大学名は? 身長は? ってか大学生から告白されるって理瀬なんなのマジで??』
「落ち着け。理瀬は、告白の返事をまだしてないらしい。どうしたらいいか、俺に聞いてきた」
『二度も女の子に愛想つかされてるおじさんなんかに女心わかる訳ないじゃないですか。理瀬をたぶらかさないでください!』
「だからお前に聞いてんだよ」
『事情はわかりました。多分私だけだったらまた家に入れてくれないので、おじさんから理瀬の家に入れるよう頼んでください。ついていきます。夕方六時半くらいで! お願いします!』
一方的に言って、エレンは通話を切った。
俺はまだ大量の仕事を抱えていて、終電まで残業コース。エレンの言う時間には間に合いそうにない。ただ、長い間告白の返事を待たせるのはよくない。今日、理瀬と話すのがベストなのだが。
廊下で悩んでいると、いつの間にか篠田が隣にいた。
「エレンちゃんからですか? 楽しそうでいいですね」
どうやらエレンの大声が聞こえていたらしい。篠田はにやにやしながら言った。
「理瀬がバイト先の大学生の先輩に告白されたんだって」
「えっ、理瀬ちゃんが?」
「返事をどうするか悩んでるから、エレンと一緒に相談しに行くんだよ」
「宮本さんが女子高生の恋の相談するんですか? さすがの私でもちょっと引きますよ」
「だよなあ。やっぱ、エレンに任せるか」
理瀬には怒られるだろうが、まっとうな女子高生としては、やはり年の近い友人どうしで相談するのが一番だろう。アラサー社畜おじさんの出番ではない。
「はあ。宮本さん、行ってあげた方がいいですよ」
「えっ?」
「理瀬ちゃんの保護者代行なんでしょ? 高校生と大学生なので、もしかしたら色々と危ない誘いかもしれませんし」
「それなんだよな。高校生どうしならよかったんだが」
「それに、理瀬ちゃんの悩み、多分彼氏を作ることじゃないんでしょ」
「多分、な」
「だったら尚更です。ここで彼氏できちゃったら、元の悩みがうやむやになっちゃいますよ。彼氏ができることは大事件で、そっちに集中するしかなくなりますから」
「ああ……篠田も行くか?」
「行きませんよ。理瀬ちゃんもエレンちゃんも大好きですけど、もう二度と会わないと思います。それより宮本さん、今日の打ち合わせの対応残ってるでしょ? 私がやっておきます」
「……マジか、悪い」
「いいんです。働けば働くほどお賃金が増えますから」
社畜っぽい笑みを浮かべ、篠田は俺を送りだしてくれた。
理瀬のここ最近の活動の真意はわからず、どちらかというと振り回されている。ただ、奇妙な行動のおかげで篠田と話題ができ、付き合う前と変わらないレベルで会話ができるようになったことだけは、素直に感謝したい。
** *
エレンとの約束通り、二人で理瀬の家へ押しかけた。
玄関を開けた時、理瀬は俺の後ろにエレンがいるのを見て心底嫌そうな顔をした。「嫌そうな顔しない!」とエレンに言われたほどだ。おそらく理瀬にとってはナイーブな悩みで、あまり知られたくないのだろう。だが、俺の記憶が間違っていなければ、女子高生が恋バナをする相手は基本的に女子高生。それがスタンダード。アラサー社畜おじさんに言うべきことではない。俺としては理瀬を普通の女子高生に近づけたいのだ。
「さあて理瀬ちゃん、まずは出会いから話してもらいましょうか」
エレンが理瀬の横に座り、太ももをバンバン叩きながら行った。お前は酔ったおっさんか。
理瀬は不服そうに俺のことを見ている。
「女子高生どうしで相談した方がいいだろ。自分がオッケーでも周りから見ればドン引きみたいな事もあるし、俺はそのあたりわからないからな」
「はあ……」
理瀬は観念したらしく、山崎という大学生のことを話しはじめた。
山崎拓真は都内の国立大学に通う二十歳。両親と共に豊洲のマンションで暮らしている。学費のせいで家計が苦しいから、バイトは必須らしい。
理瀬がバイトを始めた頃から、とても優しく、手とり足とり仕事を教えてくれた。理瀬が失敗した時は、一緒に謝ってくれたこともある。
バイトの中ではとても有能で、リーダー的な立ち位置にいる。他の女性バイトからも人気があり、告白された事もあるとか、ないとか。
理瀬は、タワーマンションの高層階に住んでいる人こと(それは投資によって自力で手に入れたこと)は隠しているが、シングルマザーの家庭で、母親が入院中で一人暮らしをしている事は話しているらしい。
そのせいなのか、山崎はよく理瀬を気にかけていた。
「一人で寂しくない?」「家近くだし、何かあったらすぐ俺に言って」
などと言って、一人でいる理瀬のことを心配していた。時間が合う時は、理瀬をマンションの近くまで送ることもあったという。
理瀬は、なぜわざわざ気を使ってくれるのか、わからなかった。とはいえ優しい先輩がいるのは嬉しいことなので、山崎の好意に甘えているところもあった。
しばらく平和な関係だったが、昨日のバイト終わりに動きがあった。
次の土日、二人で遊びに行かないか、と言われたのだ。
鈍感な理瀬でも、どういう意味なのかはわかる。
デートだ。
「常磐さんの行きたいところでいいよ」「夜遅くはならないから」と、この時も山崎は優しく理瀬にアプローチしていた。
この時、理瀬はその提案を受け入れられなかった。デートとは付き合っている男女がするものであって、そういう関係でもないのにしてはいけない、と思っていたのだ。
「あっはっはっは! 付き合ってなきゃ遊んじゃいけないって! 少女漫画かよ! ぎゃははははは!」
……この話のあたりでエレンが大笑いして、腹を抱えながらソファの上でのたうち回った。理瀬は無言でエレンの腹の上に座った。
「ぎゃー、苦しい苦しい! ギブ! ギブ!」
騒ぐエレンをよそに、理瀬は話を続けた。
「デートって、付き合ってる人たちがする事ですよね……?」
理瀬がそう言うと、山崎は優しく笑い、こう言ったという。
「驚かせちゃってごめんね。女子高生だから、そうなるよね。じゃあ、俺、ちゃんと告白するよ。常磐さんのことが好きです。付き合ってください」
これが、理瀬にとって初めての告白だった。




