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19.社畜と連絡不精な女子高生

 LINE、メール、電話で連絡したが、理瀬は返事をしなかった。

 もともとスマホをいつも見ているタイプではなく、連絡不精になることは何度もあった。だが学校に来ていないという話を江連エレンから聞いているから、心配してしまう。

 俺はエレンと再度話し、理瀬のいる豊洲のタワーマンションへ直接向かうことにした。

 金曜日の夕方。プレミアムフライデーとかなんとか言われて定時退社させられる日。俺は豊洲駅でエレンと合流し、理瀬の自宅へ向かった。

 約一ヶ月ぶりのタワーマンション。会社が近くにあり毎日見ている俺だが、近づいてみるとやはり大きく感じる。理瀬の気持ちを閉じ込めさせる巨大な牢屋のように見える。

 エレンがインターホンを押す。

 反応はない。


「どうしよう……理瀬、部屋の中で倒れてないかな」

「流石にそれはないだろ……」


 以前と違い、理瀬は母親とコミュニケーションを取っている。仮に何かあったとしても、和枝さんなら理瀬の変化に気づくはず。

 とはいえ、ここまで連絡が取れないのは不気味だ。

 インターホンを何度も押し、エレンから理瀬に電話したが、やはり反応はない。


「俺、理瀬のお母さんに聞いてみるよ」

「理瀬のお母さん? 私も知ってますけど、アメリカにいるんでしょ?」

「ああ、いや、色々あったんだよ」

「怪しい。まずは親を口説き落として、理瀬に迫るつもりですか。通報しますね!」

「いや、そうじゃない、ちょっとまって、通報だけはやめて!」


 俺はマッハで土下座を決める。


「……何してるんですか?」


 土下座する社畜と、通報しようとする女子高生。その背後から、誰かが声をかけた。

 理瀬だった。


「理瀬っ!」


 エレンは通報をやめ、理瀬に飛びつく。土下座している俺を放置して。


「今まで何してたのよ!」

「えっ? 学校行ってたけど」


 俺が土下座をやめて顔を上げると、理瀬は制服姿だった。なぜ心配されているのか理解できず、困った顔をしている。


「学校? 嘘、授業にいなかったじゃん!」

「二学期からは理系と文系でクラス別になるから、会わなかっただけよ」


 エレンがきょとんとしている。

 理瀬が理系だから、エレンは文系なのだろう。理瀬たちの学校は普通と違い、大学みたいに授業を選択して単位をとるスタイルだから、すれ違いもあり得るようだ。


「そういうことは連絡してよ!」

「学校では有名な話でしょう」

「そうだけど! 私が何回も連絡してたんだから返事くらいしてよ!」

「あんたからの連絡はいつも無視してるでしょ。迷惑メールみたいなものよ」

「なんで無視するのよもう! ひどい!」


 取っ組み合いになりそうだったので、俺は立ち上がり、間に入った。


「理瀬。エレンがうざいのはわかるが、返事くらいしような」


 理瀬が仕事で疲れ切った社畜並に連絡不精なのは知っていたが、ちょっと度が過ぎていた。

 

「……わかりました」


 理瀬はしぶしぶ認めた。

 何はともあれ、理瀬の行方不明疑惑とエレンの心配が解けてよかった。


「あの、せっかくだからうちに寄っていきませんか?」

「寄るっ!」

「宮本さんに言ってるのよ」

「私も行く! ってか、女子高生とおしさん二人きりなんて普通はありえないから!」


 俺は迷っていた。

 篠田とひどい別れ方をして、近くで見ていた理瀬は迷惑だったろう。母親との問題も解決し、俺が理瀬にすることはもうないと思っている。

 だが――


「篠田さん出て行ってから、ずっと一人で、ちょっと寂しくて」


 いつの間にか、理瀬は遊んでほしがっている子猫のような目をするようになっていた。

 出会った頃、表情がほとんど変わらなかったのとは大違いだ。

 そんな表情の理瀬を見ると、俺は断れなかった。

 

** *


タワーマンション最上階、常磐家。

理瀬はかつて俺と篠田とで一緒に使っていたコーヒーを淹れてくれた。一気に二人も減ったからか、日用品はまだ俺が見たことのあるものが残っている。


「あと、これ、昨日焼いたんですけど」


 手作りのパウンドケーキだった。


「えっ、理瀬がお菓子づくり!? 私も食べる!」


 理瀬は渋っていたが、エレンにもパウンドケーキが出される。


「お前がお菓子づくりなんて意外だな」

「篠田さんがいた頃、二人で練習してたんです。私たち女子力ないから頑張ろうって」

「お前たち、変に仲良かったもんな……」


 篠田がいた平和な日々が思い出される。でも篠田はもう戻ってこないだろう。俺は理瀬のことが好きだと篠田は思っていて、その勘違いが続く限り、篠田は理瀬と会わないつもりだ。


「なんかこのパウンドケーキ重いんだけど?」

「えっ? 一回目焼いた時うまく膨らまなかったから、今回は型いっぱいに生地入れたんだけど」

「ベーキングパウダー使ってふくらますんだよ?」

「えっ……?」

「これくらい常識でしょ。私これでもドイツ人シェフの娘なんだし、騙せないわよ」


 理瀬の顔が真っ赤になり、ちらちら俺を見ている。エレンにダメ出しされたのはどうでもいいが、俺に失敗を見られたことが恥ずかしいようだ。


「ちゃんとクックパッ◯でレシピ見たのに……」

「クッ◯パッドなんかクソレシピばっかりよ。本気でやりたいならちゃんと本とか買いなさい」

「今日、本屋さんで買えばよかった」


 そう言って理瀬はカバンから小さな袋を取り出した。書店の袋だ。


「本屋さん? そういえば学校終わりにしては遅い時間だけど、寄り道してたの?」

「うん。本田さんと川上さんと一緒に本屋さん寄って、そのあとドトール寄ってたのよ」


 すごく標準的なJKの放課後だ。

理瀬の社会性がここまで成長したとは。俺は人知れず涙しそうになった。


「えー、その二人めっちゃ頭いい人じゃん! ねえ、何買ったの?」


 エレンが理瀬の隣に座り、勝手に袋を開けた。

 『鬼滅の刃』だった。


「えっ鬼滅じゃん! 私もこれハマってるんだけど!」

「石川さんに教えてもらって……」

「ねえ誰が好き? 私は煉獄さん!」


 それからしばらく『鬼滅の刃』トークが始まった。

 俺は読んでいないのでわからないが、流行の漫画トークをする女子高生二人を見ていると、ああ、俺はもう理瀬の保護者役をする必要はないんだな、と思う。

 俺以外まともな知り合いのいなかった理瀬から、同年代の友達の名前が何人も出てくるのだ。

 同年代の女子たちと一緒に過ごせば、社会性なんて勝手に身につく。

 アラサーの俺が出る幕ではない。

 嬉しさと同時に、寂しさを感じていた。


「ってか、なんで篠田さんいないんですか?」


 漫画トークが終わり、エレンが唐突に聞いてきた。

 エレンは篠田とも仲良くしていた。俺と篠田が付き合っていたことも知っている。


「……あっ、聞いちゃ駄目でした?」


 しばらく無言でいると、察したらしいエレンが小声で言った。


「俺が振られたんだよ。ひどい男だからな」

「そ、そうなんですね。確かにおじさんひどい男ですけど、仲良かったのに急ですね」

「まあな」


 あまり深くは説明しない事にした。理瀬がバラすかもしれないが、その時はその時。俺が語りたくないのだ。


「エレンは順調でいいわね」

「えっ?」


 理瀬に言われ、急に顔を赤くするエレン。


「……ちょっとまって、理瀬、何か聞いたの?」


急にぐい、と理瀬に近づくエレン。


「近寄らないで。非処女がうつるから」

「あーーっ!! なんでそれ知ってるの! ってか非処女がうつるってなによ! うつらないわよ!」


 どうやらエレンは、彼氏といたしてしまったらしい。理瀬のところまで噂話が伝わってきたのだ。夏休みマジックでみんな浮かれるから、この手の話題が広まることもあるだろう。

ここでにやけたらエレンに通報されるので、仏頂面を続ける。


「べ、別にいいでしょ、彼氏いる人なんかいっぱいいるんだから。エッチくらいしたっていいでしょ、別に!」

「まあ、それはあんたの自由ね」

「もう高校生だし、そんなに早くないもん! あっ、おじさん、初めてエッチしたのって何歳の時でした?」


 普通は男に聞かせない女子トークをなぜか聞かされ、どうしていいか困っていたら、唐突に話を振られた。


「んー、高二だから、十七歳かな」


 嘘をつくのも面倒だった俺は、照子と初めてした日のことを思い出し、そう言った。

 理瀬が固まった。


「ほーら! 私とそんなに変わらないでしょ! むしろ理瀬のほうが遅いんだよ!」


 理瀬はむす、という顔でクッションを抱く。あれ、こんなことで拗ねるなんて、理瀬らしくないな。


「ってか、おじさん高校生の時彼女いたんですね! 篠田さんいたから童貞ではないと思ってましたけど、意外でした!」

「どういう意味だ」

「どんな人だったんですか?」


 若い女の子特有の、恋バナが楽しいキラキラした目でエレンが迫る。


「YAKUOHJI。知ってるだろ? 最近テレビにも出てる作曲家」

「ええーーーーーっ!!」


 本当は隠しておくべきだと、俺は思った。

 でも、俺と違って圧倒的なエネルギーを持つ女子高生二人を前にして、大人のしょうもない嘘がつけなくなった。

 隠す方法がなかったので、正直に言ってしまった。


「なんでですか! どこで知り合ったんですか! 聞かせてください!」

「えー」


 俺は渋ったが、心の中では別の気持ちがあった。

 照子との関係は、今まで誰にも打ち明けなかったことだ。

 今でもわだかまりとして俺の心に残るあの思い出。

 誰でもいいから話してみれば、楽になるんじゃないか。

 しかも相手は女子高生だ。万が一こいつらがこの話をネットで拡散しても、誰も信じないだろう。

 一度、話してみてもいいかもしれない。


「最初は――」


 気づいた時、俺は語り始めていた。

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