9.社畜昔ばなし ⑧修学旅行
ゴールデンウイークが終わり、部長となった俺は合唱部に集中するはずだった。
だがその前に、一つだけ大きなイベントがあった。
修学旅行だ。
徳島県の高校のほとんどは、二年生で修学旅行をする。三年生の時は受験勉強に集中するためだ。
俺の高校では五月中旬だった。まだクラスもまとまっていない時期で、一年の時から仲が良かったメンツと一緒に自由行動をする予定だった。
行き先は、東京。一日目は朝一の飛行機で移動し、横浜の中華街で自由行動となる。
家族旅行で何度か東京に行ったことがあり、何も期待していなかった俺は、稲田など他の男友達と一緒にぶらぶらしていた。
バカなことを言いながらの散策で、それなりに楽しかった。
中華まんを買い食いしている時、照子からメールが来ていることに気づいた。
『今どこ?』
この日はクラスごとに行き先が違っていて、照子のクラスは渋谷で自由行動だった。
照子はクラスの友達と楽しくやっているはず。木暮先輩はいないから、彼氏と行動する予定もない。なぜわざわざ俺にメールを送ってくるのだろうか。
『中華街で肉まん食ってる』
俺は稲田がバカみたいな顔で肉まんにかぶりつく写メを照子に送った。
すぐに返信が来た。
『渋谷と横浜って近いんかな?』
『しらんけど、東京やけん電車乗ったらすぐちゃうか』
『会いたいなあ』
まだ俺には理解できなかった。楽しい友達との修学旅行を捨てて、俺に会いたがる理由が。
時計を見ると午後三時。あと二時間で自由行動が終わる。今から慣れない電車に乗って渋谷に行くのは無理だ。
『電車わからんから無理に決まっとるやん。なんか用事あったか?』
『別にそういうんとちゃうけど』
『部活でいつも会うだろ』
『そうやけど』
照子が何か言いたそうなのは明らかだった。でも俺には、どうしてもその理由がわからなかった。
俺は照子と話したくなった。メールで伝わらない時は、会って話すしかない。
『明日の自由行動、どうするん?』
『クラスの友達と一緒におる予定やけど』
『赤坂さんが新大久保で楽器見たいって言いよったけん、一緒に行くか』
ここで照子からの返信が途絶えた。俺は赤坂さんにメールし、一緒に行く許可を貰った。彼女はクラスでは浮きがちで、一人で行動していた。
横浜を出てホテルに到着。俺は男どもと夜のPSPのモンスターハンター大会を始めた。当時、協力プレイができるモンハンはとても流行っていて、夜のお供はこれと決まっていた。
G級のティガレックス相手に奮戦していたら、照子からメールの返信が来た。
『ええよ。涼子ちゃんにも了解とったけん、明日バスから出たら集まろう』
『わかった』
俺はステージ移動のわずかなロード時間で返信した。するとすぐに照子から返信があった。
『ほんまは二人きりがよかった』
ここで俺は、初めて気づいた。
もしかしたら、照子は俺のことが好きなのかもしれない。
二人きりという言葉を使うのは、普通のことじゃない。
木暮先輩のことが好きな照子は、俺のことを好きにならないという論理は、もはや通用しない。
そう思うと手が震え、顔も赤くなった。周囲の男どもに悟られないようモンハンに集中したが、終盤に俺が三回死んでゲームオーバーになった。
俺はモンハンがそこそこ得意だったので、この出来事は『修学旅行の宮本三乙』としてしばらく伝説になった。
旅行気分で気が緩んだ、というのが表向きの言い訳だ。実際は、照子のことばかり考えていたからだ。
照子が俺のことを好きだったら、どうしよう。
嬉しさはなかった。むしろ、焦りが先行していた。友人として仲良くなった照子にどんな気持ちで向き合えばいいのか、わからなかった。
照子が俺のことを好きだったら、どうしよう。
そのことばかり考えてモンハン大会が終わった午前四時以降もほとんど眠れなかった。
** *
照子が俺のことを好きだったら、どうしよう。
二日目の朝、そう考えながらバスを降り、重たい身体を引きずりながら照子を探した。
「おはよ!」
照子はいつも通りだった。バンドや部活で会う時と変わらない、明るく元気な照子だった。
隣にいた赤坂さんも、いつも通り落ち着いていた。
「男子と一緒じゃなくていいん?」
「あー、うん、ええよ。三日も同じメンツは嫌やしなあ」
赤坂さんの問いに、俺は正直に答えた。男どもからは「宮本だけ女子と一緒かよ」「死ね」なんて言われたが、この三人がバンドをやっていて仲良しなのは有名だったので、楽器を見に行くといえば最終的に納得した。
「ほな行こ! でもどっち行ったらええかわからん! 教えて!」
東京に初めて来たという照子は、修学旅行前からずっと楽しみにしていた。バスを降ろされたのは東京駅の近く。俺は昨日のうちに調べておいた情報をもとに、山手線へ案内した。
「これが山手線! すごい! さっき出発したのにまた電車きた!」
照子の住んでいる徳島県南部は、汽車が二時間に一本くらいしか走っていない。約三分に一本走っている山手線は、異次元の世界だった。
東京の何を見てもはしゃぐ照子に、俺と赤坂さんは思わず顔を見合わせた。
新大久保に着いてからはしゃぎだしたのは赤坂さんだった。照子のようにきゃぴきゃぴ言うことはないが、目の輝きが違っていた。
徳島県では、まともな楽器店が数えるほどしかなかったが、新大久保だけで数え切れないほどの楽器店がある。しかもただの楽器店ではない。それぞれ得意な楽器があり、ベース専門店まである。
俺たちはいつのまにか先頭に立っていた赤坂さんを追い、ベース専門店に入った。エレキベースもコントラバスも追いてある。通奏低音の楽器なら何でも置いてあった。こんなに奥が深いジャンルなのか、と関心した。照子も「ほえー」と言いながら色々な楽器を見ていた。
「照子、ドラム見たいだろ?」
しばらく自分の世界に入っていた赤坂さんが、置いていかれている俺たちに気づき、そう言った。ベースに興味があるのは赤坂さんだけなのだ。
「宮本くんはどうする? ボーカル用マイクとか、アンプとかの店もあるけど」
「んー」
俺はボーカルなので楽器に詳しくない。マイクやアンプにもあまり興味ない。照子も、いつも持ち運べるギターやベースと違い、ドラムはスタジオに置いてあるものが基準になるので、こだわりがなかった。
「う、うちら二人でぶらぶらしていい? 晩ごはんは一緒に食べよ!」
俺が答えに迷っていたら、照子がそう答えた。
二人でぶらぶら。楽器を見る、とは言ってない。
「涼子ちゃん、ベース見るんに集中したいだろ?」
「……まあ、ええけど」
赤坂さんは少し考えてからうなずいた。何かあるな、と思われていたらしい。だが赤坂さんは、俺たちよりベースのことに集中していた。
「ほな、またメールする!」
俺と照子は店を出て、新大久保駅の方向へ歩いた。
「楽器見たい?」
「んー、別に」
「どっか行きたいとこある?」
「んー、ようわからん」
二人になると、急に照子は緊張して、言葉が少なくなった。
昨日のメールと同じだ。何か言いたそうだが、直接言ってくれない。
照子が俺のことを好きだったら、どうしよう。
昨日から心配していたことが、また頭をよぎる。
「とりあえず新宿行ってみるか。なんかあるだろ」
「ほれでええよ」
俺達は新大久保から山手線に乗り、新宿へ向かった。そこに何があるか、俺と照子が何をしたいのか、何もイメージはない。ただ間をもたせるためだけに新宿を選んだ。




