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14.新しい彼女と初旅行の夜

 この日は一日中ビーチで遊ぶ予定だったのだが、お昼前に事件が起こった。

 篠田の足がつったのだ。

 理瀬にいろいろな泳ぎ方を見せる、と意気込んだ篠田は、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライと華麗に披露したあと、クロールで数メートル進んだところで海に沈み、しばらく浮いてこなかった。

 沈む直前の挙動がおかしかったから、何が起こっているのかわからず注目している理瀬をよそ目に、俺は篠田を救出しに向かった。潜ってみると、篠田は足の自由がきかず、浮くこともできないようだった。

 俺は篠田の肩を抱き、一緒に浮上した。水圧もあり、すごく重かった。俺の手と足がつりそうだった。


「ぷっはっ!」

「どうしたんだよ!」

「足! 足つった! いったあああ!!」


 足がつくところまで一緒に泳ぎ、肩を支えながら歩こうとする。


「痛い痛い! まだ歩けませんよ!」

「じゃあどーすんだよ! 無駄に水中にいるのはよくないぞ」

「宮本さんがおんぶしてください!」

「は?」

「は? じゃない! 彼氏でしょ宮本さん!」


 普段の篠田なら恥ずかしがって言わないようなセリフだったが、痛すぎて必死だったらしい。結局、お望み通りおんぶして篠田を運んだ。胸がぶいん、と俺の背中に押し付けられたが、そんな事よりも篠田がぎゃーぎゃーうるさくて大変だった。


「痛い痛い! 足持ってるとこ痛いですって!」

「これ以外に方法ないだろ!」

「お姫様抱っこ!」

「重いから無理」

「ひっどーい!」


 こうして周囲の家族連れや、遠くで明らかに注目しているライフセーバーさんの視線を集めながら、俺達はパラソルの下に戻った。


「だ、大丈夫なんですか?」


 理瀬が本気で不安そうな顔をしている。足がつった経験がないらしく、篠田がマジで痛そうだから心配しているらしい。


「あー、大丈夫大丈夫! 足つっただけだから! 骨とか折れた訳じゃないし、しばらくしたら勝手に治るから!」

「運動不足のやつがたまに激しい運動とかするとこうなるんだよ。篠田もアラサーだからなあ」

「はいそこ! アラサーとか言わない! 宮本さんもアラサーですよ!」

「俺は足つってないが?」

「ぐぬぬ」


 ……まあ、俺も仕事でいつもより歩かされた日の夜とか、ベッドで伸びした瞬間にプツンッといったりするんだけどな。特に二十代後半に入ってから。篠田が大声をあげる気持ちもわかる。マジで痛いんだよなあれ。おっさんでも声、出ちゃうわ。

 俺たちが心配ない、と必死で理瀬に説明していると、理瀬がくすりと笑った。


「宮本さんと篠田さん、夫婦みたいですよ」


 どういう気持ちでそんな言葉が出たのかわからないが、俺と篠田はきょとんとしてしまった。


「……まあ、付き合ってるからな?」


 間が空いたので俺がそう言うと、篠田が照れ笑い。そこまではよかったが、笑って腹が動いた衝撃が足に伝わり、「いたたたた!」とまた大声で叫び始めた。

 結局、痛いままこれ以上泳ぐのは危険だと判断して、俺達はビーチから引き上げた。


* * *


 午後からは、三人でゆっくり沖縄本島を観光した。

 ビーチは俺と篠田の希望だったので、午後は理瀬の希望を聞くことに。まず理瀬に調べてもらったアメリカンなレストランでハンバーガーを食べた。米軍基地の近くにあるアメリカ風ドライブインで、外観も内装もアメリカ中西部風の凝った店だった。ハンバーガーはよく食べる日本のファーストフードのものより一回り大きく、理瀬は口を大きく開けるのに苦労していた。理瀬は最後まで食べきれず、余ったぶんは篠田が食べた。


「いや、お前が食うのかよ」

「宮本さんが食べたら理瀬ちゃんと間接キスになるからだめでーす」


 そういう問題ではない。

俺も理瀬と同じハンバーガー一個で腹いっぱいだったので、アラサーになっても食欲が衰えていない篠田にあきれたのだ。こいつ、将来は中年太りまっしぐらかもしれない。

 理瀬は少し申し訳なさそうにしていたが、味そのものはよかったので、満足したようだった。

 その後、俺達は理瀬の希望で美ら海水族館に行った。沖縄の大自然をテーマにした有名な水族館だが、理瀬はそもそも水族館に行ったことがないらしい。

 観光地はほとんど沖縄本島の南部に集中しているが、美ら海水族館だけは北部にある。車で一時間ほど走り、美ら海水族館に到着した。

 ここで一番楽しんでいたのは理瀬だった。俺も篠田も水族館は楽しめたが、理瀬はひとつひとつの展示をじっくり観察し、俺たちよりも歩くペースがだいぶ遅かった。「先に行っててくださいよ」とまで言われた。迷子になっても困るので、俺と篠田はペースを合わせることにした。


「理瀬ちゃん、すごく真剣ですね」

「ああ。勉強してる時とかもそうだが、興味をもった物にはとことん集中するからな」

「理瀬ちゃんのことよく知ってますね?」

「……まあ、俺のほうが付き合い長いからなあ」

「ちょっとだけですよ」


 俺と篠田はひそひそ話しながら、理瀬のあとを着いていった。

 理瀬が元気そうなのは、二人にとって良いことだった。

 俺たちに気を使ってか「ざっくり見て回るだけでいいですよ」と言っていた理瀬だが、結局イルカショーなどのプログラムも全部コンプリートした。イルカショーでは、ジャンプするたびに「わあーっ」と声をあげていた。理瀬が驚きで声をあげるとは思わず、俺はショーよりそっちの方が印象的だった。

 最後に売店でとても大きなジンベエザメのぬいぐるみ(理瀬の身長くらいある)を買い、とても満足そうな顔でそのぬいぐるみを抱っこしながら美ら海水族館を出た。

 理瀬をホテルまで送り、俺たちのホテルに戻った頃には、長い沖縄の太陽がもう完全に沈んでいた。


** *


 俺たちは軽めの夕食を済ませ、ホテルに戻っていた。ビーチでさんざん汗をかいたためか、この日は俺も久々にビールを頼み、篠田と乾杯してから飲んだ。ジョッキについた唇がどうやっても離れないほどに、冷たいビールが体に染みわたる。

 学生みたいに遊び倒して疲れていた俺たちだが、例の約束を忘れた訳ではない。


「いででででで」


 俺が篠田の部屋に入ると、Tシャツとハーフパンツ姿の篠田は足を伸ばしながら情けない声をあげていた。


「大丈夫か?」

「ひどくなってないから大丈夫ですけど……あー、まさかあれくらいで足つるなんて……あー……」

「お前、体じゅう真っ赤だな」


 篠田は日焼け止めクリームを塗っていたはずだが、やや赤めに焼けている。


「うり」


 試しに背中をぽん、と叩いてみると、「いでえ」と変な声をあげた。


「やめてください! さっきお風呂入ったら体中に染みて大変だったんですから」

「日焼け止め塗ってたのにこれなのか?」

「日光に弱いんですよね……沖縄の日差しが強すぎるのもありますけど」

「そんなになるってわかってるなら、違う水着にするとかいろいろあっただろ」

「海なし県・栃木県民の海に対する執着をなめないでください。めったに行けないから、行けるときに精一杯遊ぶんです」

「お、おう」


 俺はわりと海に近いところで育ったので、篠田の海に対する執着はよくわからなかった。泳ぐだけなら室内プールの方が快適でいいじゃん、とすら思っている。

 

「調子悪いなら、今日はおとなしく寝るか?」


 俺は篠田の肩を抱いてやり、つとめて優しくささやいた。


「……ん」


 篠田はゆっくりと俺に体を預ける。シャンプーしたての髪の香りがふわっ、と伝わってきて、俺は自分の本能に理性を奪われそうになる。


「体調悪いなら無理するな。嫌な思い出になっても仕方ないから。」

「……今日、します」

「……何を?」

「わかってるくせに!」


 篠田の決意は硬かった。

 俺としても、篠田と付き合っていながら関係を止めておくには、もう時間が経ちすぎていた。


「なんか、色気のない格好でごめんなさい」

「俺もだからいいよ」


 お互いにTシャツとハーフパンツで、家にいる時のような格好。しかし、ひとたびスイッチが入ってしまえば、格好なんて関係なかった。

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