13.社畜と水着
俺たちが向かったビーチは、南北に長い沖縄本島のちょうど真ん中くらいにあった。リゾートホテルに併設されていて、泳ぐだけでなくボートの貸し出し、シュノーケリングなどもやっている大規模なものだ。
俺は女二人と別れ、さっさと着替えて砂浜に出た。関東にはない真っ白な砂浜が、焼けるような暑さで足の裏から伝わる。
天気はよく、暑いはずなのだがそれは気にならない。海とはそういうものだ。
女の着替えは長い。俺なんか、全部脱いでシャツと海パンを着直すだけだから、すぐだった。シャツは着るかどうか迷ったが、もう若くないから日焼けしたくないし、昔より腹が出ている気がしたので着ることにした(これが決め手だ)。
じっと待っていると、アラサーで生気がなくなりつつある俺も久々の海に興奮して、一人でがっつり泳いでやろうか、と考え始める。だが海を怖がっている理瀬にプレッシャーをかけてはいけないので、俺はしばらく待つことにした。
じきに水着姿になった篠田と理瀬がやってきた。
「おまたせしましたー!」
篠田は、普通にビキニだった。
本人曰く、「若い頃より身体に締まりがなくなった」ということだが、俺にはそんな風に見えない。メリハリがあっていい身体をしている。
それなりのサイズの胸をぶるんぶるん揺らしながら、こっちに走ってくる。やべ。会社で出会って以来、今がいちばん篠田に興奮しているかもしれない。普通の同僚として、性的なイメージを持たないよう意識していたから、こういう状況になると爆発しそうだ。
「ちょ、まっ、まってくださいよ」
その後を、遅れて理瀬がついてきている。
砂浜を歩くのに慣れていないせいか、足元に気をつけながら、どすどすと早足で歩く。
理瀬は、篠田と対象的に普通のワンピースみたいな水着だった。肌色度合いは低く、いつもと比べて肩が出ているくらいだ。あまりそういう意識はなかった(というか、しないようにしていた)が、理瀬はスリムで、モデルのような身体をしていた。胸を除けば、ということだが。
「あ、あれやりたい! あれ絶対楽しいですよ!」
篠田がビーチに浮いている巨大な滑り台を指差した。ここの名物らしい、水上での大きなアスレチックだ。子供たちがきゃーきゃー言いながら遊んでいる。
確かに楽しそうだったので、童心に帰っている俺は「おっ、そうだな」と言いそうになったが、理瀬の顔が青ざめているのを見て、やめた。
「バカ、あれは子供向けのやつだ。大人があんなのではしゃいでどうする」
「えー」
「あそこだけ入場料三千円だぞ」
「やめましょう! 普通に泳ぎましょう!」
さすが俺とほぼ同じ収入の社畜。旅行先でもコスパ最優先だ。
俺たちはまず、遊び道具のレンタル店に行った。
パラソル一本と、理瀬のための浮き輪が一つ。ちなみに理瀬はでかいサメの形をしたビーチボートが欲しそうだったが、落ちて溺れたら洒落にならないのでやめた。
ビーチに穴を堀り、パラソルを立てて少し休憩。お決まりの「日焼け止めクリーム塗ってください!」を篠田が頼んできたので、理瀬にその役を押し付け、浮き輪を膨らませる時間にした。
篠田はいかにも体育会系らしく、ちゃんと準備運動をした。俺と理瀬もそれを真似る。
「さ、行きましょ!」
篠田が海に向かって走りだす。かなり若返りしたようで、輝いて見える。ここにいるアラサーは俺だけのような気がしてきた。
「きゃははははーー! 気持ちいい!」
篠田はばしゃばしゃと水しぶきを立てながら波打ち際を走り、あっという間に深いところへ飛び込んだ。しばらくして浮き上がり、こっちに手を振る。
「こっちですよー!」
俺は本気を出せばついていけたのだが、理瀬が波打ち際で足踏みしている。
「大丈夫だ。あのアホのいるところでも足がつくくらいだから。ゆっくり行こうぜ」
「は、はい」
篠田と対象的に、理瀬はおっかなびっくりと波打ち際に足を踏み入れる。
「ひゃっ!?」
少し強めの波が来て、理瀬がバランスを崩しそうになる。
その瞬間、理瀬は俺の腕をがしっと掴んだ。
細い体が、ぐっと俺に密着する。近くで見ると、理瀬はやはり十代らしくみずみずしい髪と肌をしている。
水着が少し大きいのか、ちょっと胸元が開いていて――
「あーーっ!?」
篠田が全力ダッシュで俺たちのところへ戻り、理瀬を俺から引き離した。
「理瀬ちゃん、大丈夫!?」
「ちょ、ちょっと転びそうになっただけです、大丈夫ですよ」
「怖い?」
「まだちょっと怖いですけど……でも、冷たくて気持ちいいですよ」
会話しながら、篠田は俺を何度も睨んできた。『彼女の前で女子高生といちゃいちゃしないでください!』という意味だろう。俺としては事故なので、肩をすくめて返した。
……実際のところ、篠田のおかげで理性を保てたので、感謝するべきかもしれない。
「理瀬ちゃん! 泳ぐ練習しよ!」
「えっ、む、無理ですよ、小学生のとき顔つけ十秒もできなかったんですよ」
「それは小学生だったからだよ! 今ならできるよ! さ、軽く潜ってみよ? えいっ!」
篠田は理瀬に抱きついて、無理やりその場で潜った。「おい無理すんなよ」と言ったが、すでに潜った後だったので聞こえていない。
数秒で楽しそうな篠田と、ぷはっと思い切り息を吸う理瀬が浮上してきた。
「理瀬ちゃん、水の中で完全に息止めてるでしょ」
「えっ……違うん、ですか?」
「ちょっと鼻から息出しながら潜ってみて? 完全に止めるよりそっちのほうが楽だから。さ、いくよ、せーのっ!」
また二人が潜り、数秒で浮き上がってくる。篠田の指導は的確で、理瀬はさっきより楽そうだ。こいつスポーツインストラクターとかの方が向いてるんじゃないか。楽しそうだし。
「よくできましたねー!」
「はあ……」
理瀬はくたびれている。もしかして、理瀬が俺に密着したことへの復讐でスパルタ教育をしているのだろうか。いやそんな訳ないよな。仲良いもんな。はは。
「この調子なら、クロールは無理でもバタ足くらいはできるよ! がんばろ!」
「なあ、俺、泳いでていい?」
「どーぞどーぞ」
「えええええ……」
げっそりしている理瀬を見送って、俺は一人で遠泳に出かけた。もちろん海水浴場の範囲内だが、一定のペースでひたすら泳ぎ続けられるのはいい事だ。プールみたいに、いちいちターンする必要もない。終わりのない海をひたすら泳ぐ。いい気持ちだ。
いつの間にか二人が見えなくなるくらい遠くまで泳いでしまい(沖縄のビーチは広いのだ)、あわてて引き返した。篠田が大きく手を振って、俺に合図をする。
「理瀬ちゃん泳げるようになりましたよー!」
理瀬はバタ足でなんとなく泳げるようになっていた。流石にクロールの息継ぎまではできていないが、この短時間ですごい進歩だ。ビーチで遊ぶだけなら十分だし。
「泳ぐの、楽しいですね」
理瀬がその場に立ち、笑顔で言った。スポーツで楽しくなった時はみんなそうするように、邪気のないキレイな笑顔だった。理瀬がそんな顔をするとは思っておらず、俺は驚いた。
笑顔に驚いたあと、理瀬をまじまじと見ていたら、今度は別のことに驚く。
理瀬はワンピース型の水着を脱いで、ビキニになっていた。脱いでビキニにもできるタイプの水着だったらしい。
そう、紛うことなき女子高生のビキニ姿である。篠田が金だとすれば、理瀬はダイヤモンドのように見える。あくまで胸を除けば、ということだが。
「ふ、ふーん」
「……宮本さん、今ちょっといやらしい顔してましたよ」
「ほんと? ほんとなんですか宮本さん?」
俺は直視こそしないものの、視界の中にしっかり理瀬のビキニ姿をキープしていた。その変な視線はすぐ理瀬にばれて、篠田から追及を食らう。
「海に沈めてあげましょうか?」
「帰ったらお母さんに言いますよ」
「どっちも洒落にならないんで勘弁してくださいマジで」
俺は水中土下座を決めた。十秒くらいで浮き上がろうと思っていたが、まだ怒っている篠田がその上に座ってきて、マジで死ぬかと思った。




