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18.女子高生と後輩社員

 理瀬と同じ布団に入った次の日の朝、俺はベッドから落ちていた。意外にも理瀬の寝相は悪いらしく、掛け布団を抱きしめてベッドを占有していた。まあ、何らかの過ちが起こるより、ベッドから叩き落とされる方がマシだ。

 俺はさっさと会社に戻り、残務処理を再開した。

 篠田は定時になっても会社に現れなかった。上司には休みです、と伝えておいた。上司や他の同僚たちは、限界だった篠田が無事休むと聞き、安心していた。

 こういうとき、本物のブラック企業なら『ギブアップしやがって!』と恨まれるんだろう。忙しくても最低限のホワイトさは確保されている。社畜には最高の居場所だ、と俺は思う。

 夕方まで仕事を続け、定時退社の時間を過ぎたところでLINE通話が鳴った。几帳面に業務終了時間(と言っても、この時間に仕事が終わったことはないのだが)を見計らって通話してくる真面目なヤツは篠田だけだ。


『宮本さんですか』

「おう。よく眠れたか?」

『おかげさまでよく休めました』

「それは良かった。まだ理瀬の家にいるのか?」

『はい。宮本さんに大事な話があるので、寮に帰らずここで待ってます』

「大事な話?」

『理瀬ちゃんの事です。まさか女子高生と同棲なんか始めておいて、何の言い訳もしないつもりですか?』

「……」

『仕事に区切りがついたら理瀬ちゃんの家に来てください。早くしないと警察に通報しますよ』

「それだけはやめて!」


 ああ。

 どうやら、色々とバレたらしい。

 俺は光の速さで仕事を終わらせ、理瀬の家に戻った。

 リビングに入ると、篠田と理瀬は大量のお菓子をテーブルに広げ、女子高生みたいにだらだらとおしゃべりしていた。いや、片方は本物の女子高生だけど。

 理瀬はあまり他人と喋らないので、篠田を連れて行くのは単なるストレスだと思っていたが、意外にも二人は打ち解けている。

 よく考えたら、二人とも真面目で、似たような性格だもんな。

 ちょっと、いやかなりスペックと年収が違うだけで。


「おかえりなさい、宮本さん」

「おかえりなさい、女子高生をたぶらかす変態ロリコンさん」


 いつもどおりの理瀬と、これ以上ないほど毒を盛っている篠田。


「……どこまで聞いた?」

「全部です。理瀬ちゃんが胃潰瘍になってるところを宮本さんに助けられたこととか、理瀬ちゃんが仮想通貨で何億円も手に入れたとか、宮本さんが理瀬ちゃんの保護者代わりという名目でここに住んでいるとか」


 不満そうに話す篠田の隣で、理瀬は肩をすくめていた。


「……やっぱ、通報すんの?」

「しませんよ。理瀬ちゃんが大変だったのもよくわかりますし、仕方ないです」

「じゃあ、なんでそんなに怒ってるんだ?」

「宮本さんが私に隠し事してたからですよ!どうして言ってくれなかったんですか!」

「聞かれなかったからな」

「こんな大事件、普通は誰かに相談するでしょ!」

「こんな大事件、誰かに相談したら即社会的に終了するだろ」

「自覚はあるんですね……」

「それにだ、篠田。仮に理瀬と出会った頃に相談したとして、お前はどんな返事をする?」

「それは……」

「理瀬の代わりに親へ連絡するとか、そんなところだろ。お前の力で理瀬を助けてやる、なんて思いつくか?」

「そう、ですね……」


 ふと理瀬の顔を見る篠田。今の会話では、篠田は本気で理瀬を助けられない、と宣言したようなもの。まずいことを言った、と篠田は気づいている。


「それが普通だと思いますよ。宮本さんがお人好しすぎるんですよ」


 理瀬はなんとも思っていないようだった。

 篠田が俺より冷たいからといって、篠田を批判したりしない。それなりに篠田のことを気に入っているらしい。

 俺はソファに座り、チョコレートを一つつまんでから理瀬と話す。


「理瀬、お前ずいぶん篠田と打ち解けてるな」

「篠田さん、すごくいい人ですよ」

「どのへんが?」

「宮本さんの会社での話、いろいろ教えてもらいました」

「会社での話?会社の俺なんかつまんない社畜だぞ」

「けっこう女子社員に人気あるみたいですよ?」

「えっ、そうなの?」


 俺が篠田を見ると、あからさまに目をそらす。


「宮本さんは知らなくていいです!調子乗りますから!」

「調子乗っちゃおうかな」

「だめですって!」


 俺と篠田のやり取りを見て、理瀬がくすりと笑った。


「篠田さん、宮本さんのこと好きすぎですよ」

「なっ!そ、そんなことないよ!宮本さんなんてただの意地悪な先輩なんですから!」

「ただの意地悪な先輩と一緒に美術館行った話、普通は五回もしないですよ」

「なーっ!だめだめだめ!そんなこと言っちゃだめ!」

「付き合わないんですか?」

「ひっ!」


 顔を真っ赤にした篠田が、俺を見る。


「……俺と付き合うか?」


 篠田も、理瀬も、そして言ってしまった俺としても、この返事は予想外のことだった。

 しばらくの間、永遠に時間が止まってしまったかのように、誰も、何も言わなかった。

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