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11.社畜といつまでもキレイな思い出

 理瀬と俺の関係を終わらせる理由として、篠田と結婚する。そんな話がまとまってしまった。全く予想していない展開だったが、もともとは篠田との結婚を真剣に考えていたこともあり、理瀬へ言い訳をするには最も適当な理由だと思われた。

 これで、篠田と一緒に理瀬のところへ行き、親権喪失の手続きを勧めればよいわけだが、理瀬と唯一接触できる伏見から、ゴーサインが降りなかった。


「まだ他の人とは会いたくない、って言ってます。宮本さんや篠田さんの名前を何度も出しましたけど、全然駄目です」


 伏見はそう言った。伏見とは問題なく会話できるらしいから、俺だけに会いたくないのかもしれない。いま俺と会っても、別れ話を進めるだけなのだ。

 俺や篠田の他に理瀬と接触できそうな人物はエレンくらいだが、「会いたいけど会ってくれない」との事で、理瀬はかつてのエレン全拒否モードに戻ってしまっていた。

 最後の候補として、俺は照子と話すことにした。

 照子がバイトをしているエレンの両親の店で、営業時間終了後、特別に飲みながら話をしてもいいことになった。

 店に入って、エレンや両親にも挨拶をした。照子はとても働き者で、今では欠かせない戦力となっている。おかげで自分がバイトに入る時間が減った、とエレンは喜んでいた。

 店の人たちが全員帰ったあと、照子と二人で、大きなウインナーをつまみに、ドイツビールを飲む。


「俺、篠田と結婚することになった」

「……ほんま?」


 照子はあまり驚かなかった。俺が何を言っても、もう興味がないのだろうか。


「ああ。篠田にやられたんだ。理瀬と俺との恋人関係を終わらせる、その手伝いをしてもらう代わりに、自分と結婚してくれった」

「ええー、篠田ちゃんなかなかやるなあ。それで剛は納得したん?」

「理瀬との関係を断ち切るにはそれくらい強い理由が必要だと思うし、将来理瀬を保護者として世話するなら、俺と篠田が夫婦でいたほうが後見人としてやりやすい」

「ふうん。剛はそれでええんやな。もう、それで決めたんやな」

「ああ。問題は、理瀬が俺と会ってくれないことだが」

「ええよ。だったら、まずうちが理瀬ちゃんと会って話したげるわ」

「お前が?」

「うん。女同士だったら話しやすいこともあるけん。うち、この前仲良くなった伏見さんともまだLINEしよるし、その気になったら一緒に理瀬ちゃんのところ、行けるよ」

「いいのか?」

「うん。うちは剛の力になれたら、ほんでええよ。逮捕された後やって、こんなに助けてもらったんやし」

「だが――」


 今はもう、全くそういう関係でないとはいえ、照子とは昔付き合っていた仲だ。別れた男の恋愛沙汰を処理する仕事なんて、頼んでいいものだろうか。


「うち、今回は剛がちゃんと決めたって、わかっとるけん」


 照子は、俺のそんな迷いを見透かしたかのように、語り始めた。


「ちょっと前、まだうちが理瀬ちゃんや篠田ちゃんのことを知らんかった頃、剛が急にもう二度と会わん、って言い始めた時あっただろ。あの時は、剛がまだ何か迷っとると思った。どんな悩みかはわからんけど、一人で抱えたまま、どっかうちのわからん遠い所へ行きそうな気がして、怖かった。力ずくにでも引き止めたかった。でも今回は違う。理瀬ちゃんとの関係は終わらせて、篠田ちゃんと結婚する。一人の大人として、剛はもうそれで納得したんやろ? うちと違って、剛は一回決めたらなかなか変わらんから、それで信じるよ」

「しかし――そのことで、関係ないお前に迷惑をかける訳には」

「関係ないこと、ないよ。篠田ちゃんも理瀬ちゃんもうちの友達やし、何より剛がこれで幸せになれるんだったら、うちはその手伝い、するよ」


 照子はドイツビールをぐっと飲み干し、自分で二杯目を入れ、戻ってきた。


「あんな……うち、剛のこと今でもやっぱり好きじゃ」


 視線はうつろだったが、照子の言葉は重く、強さがあった。


「たぶん高校生の時に好きになってから、別れた後も、今までずっと……剛のこと忘れたことないし、もとの関係に戻れたら最高じゃって、思うよ。でも、もう無理だろ。お互いに傷つけ合うことも多くて……一度傷ついたものは、二度と元の形には戻らん。たぶん、今からうちと剛が結婚できたとしても、昔みたいに幸せな仲にはなれん。そうだろ?」

「……」

「だったら、うちは剛がいちばん幸せになれるよう応援する。理瀬ちゃんのことが剛の悩みで、それがうちに解決できることなら、なんぼでも協力するよ」

「すまん……」

「べつに謝らんでええよ。うちの自己満足なんやけん」

「俺たち、なんでこうなったんだろうな。学生時代のバカな乗りのままで、就職して数年後に結婚して家庭持つとか、そういう普通の人生ならよかったのにな」

「それは、うちがプロの作曲家になりたい、って思ったけんじゃ」

「お前のせいじゃないだろ」

「ううん。うちがプロの作曲家になるためにすべてのエネルギーを作曲に使って、剛との関係をうまく考えれてなかった。そういうことじゃ」

「何もかも自分のせいにするなよ……!」


 俺はビールジョッキをどん、と大きな音を立てて落とした。

 照子は驚かなかった。長い付き合いなのだ。俺の性格くらいわかっているのだ。


「剛は優しいなあ」


 照子は冷たい水を用意してくれた。ビールくらいでは酔わないはずの俺が、今では酒に弱い照子よりもずっと酔っていて、まともに立って歩けないほどだった。

 俺は人生のかなり長い時間を使って照子と付き合い、彼女を傷つけてきた。しかし照子は、それを受け止め、もういい、と言ってくれている。最後まで俺の味方をしてくれている。

 裏切っても裏切っても、照子は裏切らない。こんなにいい人間がいることを俺は信じられないし、とても良いやつだとは言えない俺のそばにそんな人間がいるのも、なぜだろう、と思う。

 わからない。酔っていることもあり、どれだけ考えてもわからない。

 酔った俺は、そのまま眠くなって、船に乗っているような夢を見た。

自分の人生は、自分が動かしているように見えて、自分の周囲にいる照子のような良い仲間が、船の下のほうでオールを漕いでいる。みんながいるから俺が動いている。そういう姿を、俺はずっと夢に見続けた。

 翌朝、俺は店のソファ席でエレンに起こされた。


「あっ……すまん、寝てたのか」

「薬王寺さんから事情は聞きました。はい、あと一時間で開店なんで、早く支度して出ていってくださいね」

「……怒らないのか?」

「ちょっと呆れましたけど、それより驚きました。おじさんでも酔いつぶれることってあるんですね。そういう事しない人だと思ってました」

「そうだな。自分でもびっくりだよ」

「……理瀬とはちゃんと別れられそうですか?」

「ああ。昨日その話をしてたんだ。きっとうまくいく」

「わたしはいつもどおり理瀬から拒否られてますけど、おじさんなら会ってくれますよ。ヘンな話ですけど、わたしを拒否する余力があるってことは、理瀬の心に余裕があるってことですから」

「そうだといいんだがな」


 そんな雑談をして、二日酔いの頭を押さえながら家に帰り、翌日から仕事をすることにげんなりとしながら、その日の夜を迎えた。

 伏見からLINEがあった。


『理瀬ちゃん、宮本さんと話がしたいそうです』

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