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21.社畜とジャン◯

 理瀬が夜中に出歩く癖がある、という知らせを受けた前田さんは、すぐに理瀬の行動を調べてくれた。俺は電話で報告を受けた。


『宮本さんの言う通り、理瀬ちゃん、毎週月曜の夜十時ごろに家から出て、ぶらぶらしよるみたいです』

「毎週月曜? 曜日が決まっているのは何故でしょうか」

『コンビニでジャン○買って、公園で読んで、帰り際にコンビニのゴミ箱に捨てて帰りよるみたいですわ』


 ただの反抗期のJKみたいな理瀬の行動を聞いて、俺はほっとした。そういえば、理瀬はバイトを始めたり、高校で色々な友達を作ってから、○ャンプみたいな普通の漫画にも興味を示していた。和枝さんが亡くなり古川に引き取られたことで、少しうまくいっていた理瀬の生活がまた失われたのではないかと、俺は危惧していた。しかし、古川や伏見の知り得ないところで、理瀬は自分を維持している。

 

「外を出歩いていることは、古川に気づかれてないんですか」

『理瀬ちゃんを尾行しよる人はおらんみたいですわ。あの子、二階にある自分の部屋の窓からうまいこと脱出しよるみたいで、携帯も部屋に置きっぱなしですし、古川は気づいてないでしょうな』

「二階からの脱出は普通に危険なので、ジャンプを読みたいだけならそれはやめてほしいですね」

『多分、それだけではないですよ。理瀬ちゃん、えらいきょろきょろしながら歩いとるみたいです』

「尾行を警戒してるんでしょう」

『というよりは、歩きながら誰かを探しよるみたいです。宮本さん、古川にバレてないうちは、夜中に理瀬ちゃんとなんぼ接触してもいけると思います。公園の場所教えますんで、行ってみてください』

「わかりました。ありがとうございます」


** *


というわけで、とある月曜日。

俺は、前田さんに教えてもらった公園で、一人理瀬を待った。

二十二時過ぎに理瀬は現れた。寝間着のスウェットのまま、コンビニで買ったジ○ンプを片手に、公園へ現れた。俺は、先回りして理瀬がいつも座っているというベンチの近くにいた。かなり大きな公園で、そのベンチは築山の影にあって、表通りからは見えなかった。


「よう」

「っ!」


 俺が声をかけると、理瀬は驚いて漫画雑誌を落とした。一瞬逃げようとしたが、相手が俺だとわかって、すぐに止まった。


「こんな時間に一人で出歩いて漫画読んでるなんて、ずいぶん不良になったな」

「別に、漫画が読みたい訳じゃないですよ。宮本さんこそ、見つけてくれるのが随分遅かったですよ」


 理瀬が言うには、ジャンプを読んでいるというのは、深夜の散歩を正当化するためのアリバイづくりで、本当は定期的に外出することで俺に見つけて欲しかったのだという。

 随分遠回りだったが、俺は理瀬と接触する方法を、やっと手に入れた。

 二人でベンチに座り、話をした。この前会った時のような『典型的な反抗期のJK』という雰囲気はなく、いつもの理瀬だった。久しぶりのためか、お互いになんとなく恥ずかしくて、もじもじしている感じはあったが。理瀬はともかく、おっさんの俺がもじもじしても可愛くないので、俺は話したい事をさっさと話すことにした。


「古川の家での生活はどうだ?」

「退屈なので、ほとんど勉強ばかりしてますよ」

「東帝大へ行くための勉強か?」

「それもあります。でも、それとは別にアメリカの大学へ行くための勉強も本気で始めました。伏見さんに見られているときは東帝大、見られてない時はアメリカの大学の勉強をしていますよ」

「やっぱ、諦めてなかったのか」

「はい。お母さんも、宮本さんも認めてくれていた、私の希望する進路なので」


 ふう、と俺はため息をついた。

 理瀬は、変わっていなかった。


「ただ……古川さんがアメリカの大学への進学を全く認めてくれないので、仕方なく東帝大へ行く勉強もしています。十八歳までは古川さんの保護者としての力が強いから、最悪、東帝大に入学して、一年か二年仮面浪人してからアメリカに渡る、という作戦ですよ」

「なるほど。成人したら古川は関係なくなるもんな。でも、それまで待つつもりなのか」

「……どうしようもなかった時の話ですよ。本当は、今すぐにでもあの家から脱出して、一人暮らしに戻りたいんですよ」

「古川のことは、やっぱり気に入らないのか」

「私、お母さんに言われてたんですよ。もしお母さんが亡くなっても、古川さんとだけは絶対に一緒に住むなって。住むと危険な目に合うって。でも、その理由は、大きくなったら教えるとだけ言われて、今まで知りませんでした……宮本さんがこの前渡してくれたデータを見て、その理由がわかりましたよ」

「お前、古川に何かされてないだろうな?」

「今のところはないですよ。古川さんは私に嫌われてると思っているから、半径一メートル以内には入ってきませんよ」

「それならよかった」

「ただ――」


 理瀬はおもむろに、ポケットから一枚の写真を取り出した。

 一本のボールペンが、洗面台の歯ブラシを立てる場所に置かれている。


「何だ、これ?」

「こんなところにボールペンがあるの、おかしいと思って、調べたんですよ」


 理瀬はもう一枚、紙を取り出した。

 怪しいホームページがプリントされたもので、そこにはボールペン型の盗撮器具が載っていた。色も形も、理瀬が撮影したボールペンと同じだった。


「これは……」

「まだ、同じ場所に置いたままですよ。私がデータを抜き出した、とばれたら、相手に警戒されてしまうので」


 恐ろしい奴だ、と俺は思った。

 理瀬は理瀬なりに、古川を追い詰める方法を考えていたのだ。


「弱みは握りましたけど、私一人ではどうしても、その、怖くて」

「いや、いい。これだけわかれば十分だ。これであいつを陥れるか。大丈夫、和枝さんの会社の知り合いの前田さんという人が俺の味方だから、古川を陥れることくらい簡単にできる」

「前田さん、って誰ですか」

「ん? 和枝さんのお葬式に来ていた人のことだよ」

「……わかりません。お母さんの知り合いには何人か会いましたけど、そんな人は見覚えがないですよ」


 理瀬も、和枝さんの知り合い全員のことを知っている訳ではないだろうから、前田さんの事を知らなくてもおかしくはない。もしかしたら前田さんが警戒して、仮名を使っているのだろうか。


「後は俺がなんとかする。お前は、しばらくは毎週、ここに来てくれ。その時に作戦を話す」

「わかりました。そうしますよ……あの」


 隣で座っている理瀬が、急に俺の手の甲を握り、肩を寄せてきた。顔をぐっと近づけ、目を閉じている。

 キスをせがんでいるのだ。


「……そういうのは、作戦が上手くいくまでなしだ」


 俺は、思わずキスしそうになった自分を必死で抑え、理瀬の体を離した。


「……ずっと我慢してたんですよ」


 答えられなかった。俺は、最終的に理瀬と距離を置くつもりだ。エレンと約束したのだ。しかし、まだ俺のことを好きな理瀬を目前にすると、そのことを話す勇気がなかった。

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