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20.社畜と親友の癖

 理瀬と会ったことは、数日経ってからエレンにも報告した。俺からはLINEだけだったが、エレンは直接会って話を聞きたいというので、休日の午後、豊洲にある安いカフェで話すことになった。

 前回このカフェに来た時は大泣きされた後だったので、俺はその時の記憶が若干トラウマになっていたが、今回は何の遠慮もなくミルクレープを頼みやがったので安心した。しかし、そんなもの食って帰ったらまだ晩飯食うなんて、十代は凄いな。俺には無理だ。やはり、高校時代には戻れないのだ、と実感させられる。

 概要は、すでにLINEで話してある。理瀬は『典型的な反抗期のJK』みたいで、少しだけ俺と話せたこと。古川に監視されていて、家出などはできないと思われることなど。なお例のネガフィルムの存在は伏せた。まだ俺と前田さんと、理瀬以外に明かすべき情報ではない。


「とりあえず、理瀬が生きているとわかって安心しました」

「保健室登校とかしてるんだろ」

「いいえ。保健室の先生に聞いたりしたんですけど、やっぱり来てないです。宮本さんの掴んだその情報は嘘です」

「マジか」


 理瀬の能力があれば、高校を出なくても大検などで進学することは可能だろう。もしかしたら、高校は不要なものだと割り切っているかもしれない。

 

「それで、おじさんはこれからどうするつもりですか」

「理瀬に、元の生活を取り戻させる。自分の資産で海外の大学に行く人生プランの事だよ」

「あの……私、いろいろ考えたんですけど、仮に理瀬がもとの生活を取り戻せたとして、おじさんは理瀬と、どういう立場で関わっていくんですか」

「立場?」

「はい。理瀬、おじさんのことが好きなんでしょ。彼氏彼女として生きていくつもりなんですか」


 俺はすぐ答えられなかった。理瀬と俺はお互いの気持ちを確かめ合っているが、和枝さんが亡くなったことで、それどころではなくなってしまった。今も有効かどうかは、理瀬の気持ちが明確にわからない以上、断言できない。


「私もわかんないですけど……理瀬があのマンションでの一人暮らしに戻ったとして、おじさん、彼氏としてあの家に住むつもりですか。毎日理瀬といちゃいちゃするんですか」

「いや……」


 本能的に否定してしまった。理瀬のことは好きだが、正直、俺から見たらまだまだ子供だという気持ちはあった。勢いで好きだとか言ってしまったが、付き合う、というイメージはまだなかった。


「っていうか、おじさん、まさか理瀬に手出してないですよね」

「ないよ」

「キスはしましたか?」

「……」

「……はあ」


 答えられなかったので、そこはエレンにばれてしまった。エレンは片手にスマホを握りしめ、電話の発信画面を表示していた。通報したいのだ。


「今通報しても、現行犯じゃないから逮捕できないぞ」

「わかってますよ。おじさんを見たら通報したくなるのは、もう習慣みたいなものなので」

「それは改めてほしいな」

「あの、おじさん。私から、真剣なお願い、いいですか」

「おう」

「理瀬の、元の生活を取り戻すのは大賛成です。でも、もし取り戻せたら、理瀬からはしばらく距離を置いてください」


 エレンは真剣だった。こちらがふざける隙を与えないほどに。


「おじさんにはわからないかもしれませんが……女の子って、時々ダメな男をものすごく好きになって、どうしようもなくなる事があるんですよ」

「まあ、俺はダメな男だからな」

「あっ、そういうダメという意味でなくて、立場上付き合ったらダメな、年の差のある大人の男の人のことです。男の人だって、好きな子がいても綺麗な女の子を見たら興奮しちゃうんでしょ? それと同じで、女の子の本能的な習性だと思うんです。こういうのは、周りが止めないと……特にアプローチされているおじさん自身が止めないと、戻れなくなりますよ」


 戻れなくなる、という言葉は、俺を現実世界に引き戻した。

 確かに、どこかで区切りをつけなければ、という気持ちはこれまでもあった。

 エレンは、勇気を出して、俺を止めてくれている。


「ダメですか。おじさんがダメだって言ったら、私、どんな手を使ってでもおじさんと理瀬を引き離すつもりです」

「いや、いい。ありがとう、そう言ってくれる人が今までどこにもいなかったんだよ。俺だって、理瀬とのこれまでの付き合いが適切な事だったのか、考えた事はある。本当は、一人でうずくまっている理瀬を見つけたら、警察か児童相談所に通報すべきだったんだ。理瀬のことは助けたいが、社会全体のシステムで考えると、それは赤の他人である俺の役割じゃない。そうすれば和枝さんが理瀬のために戻ってきて、まともな生活に戻れていたんだ。和枝さんをアメリカに送れなかった理瀬は少し傷つくかもしれないが……本人のことを考えれば、仕方ない。本当はそうするべきだったんだよ」

「理瀬のこと、真面目に考えてるんですね」

「ああ。だが、俺はすでに色々と手を差し伸べてしまった。だから、最低限もとの生活に戻れるまでは、俺がどうにかする。その後は、お前の言うとおり距離を置く。お前に言われて、気持ちが固まったよ」

「そうしてください。理瀬のためです」


 やはりアラサーの社畜と女子高生が付き合う、というのはありえない事なのだ。どうしてもというなら、理瀬がもっと大人になるまで待つ必要がある。もちろん、俺も理瀬も、何年も別々の道を歩んだら、違う友達ができて、お互いのことは必要でなくなるだろう。


「ありがとう。わざわざ言ってくれて。一番大事なことだったよ」

「いえ。理瀬が今のままじゃいけないって思う気持ちも、おじさんが理瀬のために全力を尽くしてくれるっていう気持ちも、全部本物なので……」


 エレンは言葉に詰まった。これ以上は話せないようだ。女子高生は、気持ちの全てを言葉にして言えるほど大人ではない。


「あの。おじさんと理瀬が初めて出会ったのって、豊洲にある公園ですよね?」

「ああ、そうだが」

「理瀬、昔から夜中に出歩く癖があるんですよ。確か中学生の頃からだったと思います。危ないからやめろって何度も言ってるんですけど、なんか夜が好きみたいで。もしかしたら、理瀬が今住んでいる家の近くの公園で、夜中に待っていたら会えるんじゃないですか」

「なるほど……可能性としてはあるな。でもあいつ、二十四時間親に監視されているらしいから、勝手に外へ出るのは無理かもな」

「中学生の時もお母さんに監視されてたけど、ベランダから脱出してたみたいです」

「意外とワイルドなんだな、あいつ……わかった。今度試してみるよ」

「いいですけど、ストーカーと間違われないように気をつけてくださいね」

「俺がそんな怪しい奴に見えるか?」

「見えます」

「そっか……」


 監視の目をかいくぐってでも外へ出る癖がある、というのは有益な情報だった。やはり一人で行き詰まったら、何でもいいから誰かに相談すべきなのだ。

 エレンと話したことはとても有用だった。やはり、昔からの友人は強い。エレンと別れた後、俺はさっそく前田さんにそのことを電話で伝えた。

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