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18.社畜と口癖

「何を考えてるんだ?」


 背後にいる理瀬に、俺は問いかけた。


「古川から、俺と会うなと言われたことは聞いてる。だから今、積極的に話せないのもわかる。それにしても、愛想が悪すぎるぞ。伏見にまで、あんな態度をとって」


 理瀬は、何も答えない。


「俺の顔なんて、見たくもないか」


 古川が現れてから今まで、俺は理瀬に直接、手助けをすることができなかった。その事に腹を立てているのかもしれない。女はだいたいそうだ。困っている時に助けないと、心が離れる。照子と篠田との交際から学んだことだった。

 理瀬は、何も答えない。


「まだ和枝さんが亡くなって辛いのかと思ったが、それはなさそうだな。いや、辛いことは辛いんだろうけどさ」


 和枝さんが亡くなったことは、辛い過去として今でも理瀬の心に刻まれている。しかし、和枝さんが亡くなった直後の、大泣きしていた姿と比べれば、今の理瀬は立派なものだ。少なくとも、伏見とは普通に会話できている。

 理瀬は、何も答えない。


「……どうしてお前は、そんなに一人で抱え込むんだ? 何か、考えがあるんだろう? 本当は、照子とも、伏見とも普通に話したいんだろう? なんで今、そんな反抗期のJKみたいな態度を演技する必要があるんだ?」


 理瀬は、何も答えない。


「隠したって、俺にはわかるぞ。お前の態度が演技だということは。口癖の『よ』が消えてるからな」


 理瀬は、何も答えない。

 ――が、背後で、理瀬がびくりと震えたのを感じた。


「……やっぱり、宮本さんには敵いませんよ」


 そう。再会した瞬間から気になっていたのだ。人間、演技をしようとすると、どうしても不自然な口調になる。理瀬の場合、語尾に「よ」が全くつかなくなって、聞き慣れている俺としてはそれが一番、不安だった。


「久しぶりに聞けて安心した」

「そ、そんなに私、「よ」って言ってないですよ」

「ほら、また言ったじゃないか」


 俺は笑った。つられて、理瀬も少しだけ笑った。


「で、何を考えてるんだ? まさかこのまま古川の言うとおりの模範人になるつもりなのか? 俺はそれでもいいが、本当は和枝さんに話していた通りの人生がいいんだろ?」


 具体的な話をすると、理瀬は再び何も答えなくなってしまった。


「お前が、自分の思い描いた人生を送るためなら、俺は何でもする。俺が不幸になるなんて、お前が考えなくてもいいから。俺は、お前のことが好きだから」


 言いながら歯が溶けそうなセリフだったが、ちゃんと伝えないと、理瀬には伝わらない気がした。


「……もう少し、待っていてくださいよ」

「何?」

「私は、私のできることをして――」


 話の途中で、急に理瀬が立ち上がった。

 俺が驚いて振り返ると、理瀬は周囲をきょろきょろ見回していた。とても怯えた様子だった。

 その理由はわからなかったが、理瀬はまたソファから離れ、一人で立ったままスマホをいじり始めた。

 ちょうどその時、伏見と照子が戻ってきた。

 理瀬はまた、機嫌が悪い感じに戻ってしまって、これ以上会話はできなかった。しかし、俺には一つだけ、どうしてもやらなければならない事があった。

 最後の別れ際、理瀬とすれ違いざまに、俺は小さなUSBメモリを理瀬の手に掴ませた。

 理瀬は一瞬きょとんとしたが、中のデータは今ここではわからないので、さっさとポケットに押し込み、その場を離れた。

 USBメモリに入っているのは、前田さんが見つけたネガフィルムを撮影した画像と、その意味について、俺がメモしたテキストファイルだ。

 理瀬がこれを知ってどう動くか、俺にはわからない。あのネガフィルムはいずれ理瀬が見る予定のもので、和枝さんが亡くなった今となっては、渡すタイミングがない。だから、近いうちに渡そうと思っていたのだ。


「理瀬ちゃん、どうだった?」


 伏見と理瀬が去ったあと、照子が心配そうに聞いてきた。


「ある意味ではいつも通りだったよ」

「ふうん。うちにはわからんかったけど」

「だが、やっぱり普通の状態じゃないな。正直、まだ心配だ」

「うちにできることがあったら、なんぼでも言ってな」

「そうさせてもらう。今は篠田もいないからな」

「えっ、篠田ちゃん、おらんの」


 俺はソファに座り、しばらく照子と雑談をした。久しぶりに盛り上がった。

理瀬の変貌ぶりが凄すぎて、誰かと話さなければ俺自身の精神を維持できなかった。嫌われたのかと思ったのだ、本当に。


** *


 その後、理瀬からは特に連絡がなく、月曜を迎えた。

 理瀬はあのネガフィルムを見て、どう思っただろうか。

 受け止めるのに時間がかかるかもしれない。同じ家で生活している古川に、あのような趣味がある、とわかると、滅多に物怖じしない理瀬でも、危険を感じるだろう。

 これで理瀬が家を飛び出してくれたら、俺としては楽なのだが。

 とりあえず、この一週間で理瀬はあのネガフィルムを見てどう動くか、決めるだろう。そう考えながら、俺は仕事に取り組んだ。

 大量の業務に忙殺されていた午後三時ごろ、俺の携帯に電話があった。

 古川からだった。


『もしもし、古川ですが』

「はい、宮本です」

『単刀直入に言います。理瀬とは、今後一切会わないでください』


 着信画面を見た時から、そんな気はしていた。

 どのような経路で漏れたのかはわからないが、古川は、俺と理瀬が直接会って話したことを知ったのだ。

 俺が理瀬にアプローチをしたら、古川は自分の身を守るため、あるいは俺のことを理瀬の悪い虫だと思って、攻撃してくる。俺の勘が、当たった瞬間だった。


『理瀬から以前のシェアハウスの件は聞いています。しかし、私には、年の差がある男女がシェアハウスをすることが、どうしても受け入れられません』

「実際にそういう人は結構いますよ」

『あなたはそういう人ではないでしょう』


 古川の言葉は、やはり的確で、重かった。俺がいわゆるノマドワーカーみたいな人種ではなく、典型的な日本企業の社畜であり、同年代の女性と結婚して家庭を築くという思想を持っていたことを見越してる。


『とにかく、理瀬とは二度と会わないでください』

「もし次に会ったら?」

『あまり使いたくありませんが、私は私の正義を実行します』


 なにが正義だ、援交オヤジのくせに。

 そう言い返したかったが、流石に汚い言葉なのでぐっと飲み込んだ。返事をしないうちに、電話は一方的に切れた。

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