6
バレンタインデーを孝輔は密かに楽しみにしていた。朋美からチョコレートを貰えると思っていたからだ。けれど、現実はそう甘くはなかった。朋美がその日チョコレートを渡したのは違うクラスの知らない男だった。それからの学校生活は孝輔にとって急につまらないものになってしまった……。
孝輔はいまだに酔いつぶれたままの香織を背負ってタクシーを拾った。香織がどこに住んでいるのかも判らなかったので、仕方なく自分の部屋へ連れて帰った。部屋に入ると、香織をそっとベッドにおろした。
「参ったな……」
ベッドに横たわる香織を見る。タオルケットを掛けてそこを離れようとした時、手を掴まれた。
「ごめん。起こしちゃった……」
「大丈夫。ずっと起きてたから」
「えっ?」
「ここ、森田さんの部屋ですか?」
「ごめん、酔いつぶれていると思っていたから……。あっ! 別に変なことは考えていないから」
「考えてもいいですよ。変なこと、考えてください」
そう言って香織は掴んだ孝輔の手を引っ張ってベッドに引き寄せた。
翌朝、孝輔が起きると、香織の姿はなかった。孝輔はいつも通りに出社した。すると、先に来ていた由美子が孝輔のもとへ近づいてきた。
「先輩、昨日はすみませんでした。香織、大丈夫でしたか?」
そう聞かれたものの、本当のことを話すのには躊躇した。ちょうどその時、香織も出社してきた。
「あれ? そんな大きな荷物を持ってきてどうしたの? 旅行にでも出かけるの?」
雄太郎が声を掛けた。
「ちょっと引っ越しで」
「そう。じゃあ、頑張って」
話が噛み合っていない。雄太郎にしてみれば社員のプライベートなどどうでもいいのだ。
「大丈夫みたいですね」
由美子が安心したようにそう言ったので孝輔は苦笑した。
この日、外出の予定がなかった孝輔は由美子に任せたインテリアプランについてのディスカッションで大半の時間を使った。終業時間になると、そのまま帰宅した。帰宅した孝輔が自分の部屋の前で目にしたのは大きなスーツケースに腰かけた香織の姿だった。
「よかった! 帰りが遅かったらどうしようかと思っちゃいましたよ。携帯番号も教えてもらっていませんでしたから」
「何してるの?」
「引っ越しですよ」
「どこに?」
「ここ」
そう言って香織は孝輔の部屋のドアを指した。
「なんで?」
「だって私たち、もうそういう仲じゃないですか」
周りの目もある。孝輔は取り敢えず香織を部屋に入れた。
それ以来、戸惑う孝輔をよそに、香織は孝輔の部屋に居座った。初めのうちこそ香織を説得する努力を惜しまなかった孝輔だったが、いつしかそれは無駄な努力なのだと諦めてしまった。一緒に居る時間が長くなるとそれなりに情も移る。今では普通に恋人同士だと言える関係になってしまった。もちろん会社には秘密にしている。
その夜……。朋美と再会したその夜、孝輔は久しぶりに朋美の夢を見た……。