4
孝輔と朋美は中学二年で同じクラスになった。お互いそれまで面識はなく、どちらかというとおとなしい性格だった孝輔はほとんど朋美と話す機会はなかった。
教室の窓を隔てたあの日、二人っきりで交わしたやり取りがその後の孝輔の中学校生活に大きな変化をもたらした。
二学期になって席替えが行われた。引いたくじの番号の席に孝輔が移ると、隣には朋美が居た。
「よろしくね。森田君。水着じゃない私の事もちゃんと見てね」
そう言って微笑む朋美に対して孝輔は何も言うことが出来なかった。
孝輔が電車に飛び乗ったのは終電に近い時間だった。帰宅すると、すでに香織はベッドの中だった。
「遅かったじゃない。もしかして、あの後、またマダムにつかまったのかしら?」
シャワーを浴びようと上着を脱いだところで孝輔が帰宅したのに気が付いた香織がベッドの中から声を掛けた。
「そうではなくて、何となく暇つぶしに入ったバーで長居しちゃってさ」
「ふーん、いい女でも居たのかしら?」
「バカ言うなよ。俺には香織が居るじゃないか」
孝輔はそう言ってベッドに近づくと、香を抱き上げて唇を重ねた。
「シャワー浴びて来るから」
そして浴室へ向かった。二人が一緒に住むようになって半年が立とうとしていた。
孝輔が入社二年目の時、筒井香織と麻木由美子が入社してきた。香織は寿退社する女子社員の後を受ける形で総務へ配属されることになっていた。由美子は専門学校を卒業して、デザイナーとして働く。
「森田、お前、麻木の面倒を見てやれ」
ここではどんな時でも社長である雄太郎の一言ですべてが決まる。そう言われたら、もうそうするしかないのだ。
「解かりました」
「先輩、宜しくお願いします」
由美子は細身で長身。濃いグレーのスーツにロングヘアがよく似合う。控えめな顔立ちをしているが、世間では美人の部類に入るだろう。
「じゃあ、ここを使って」
孝輔は自分の隣の席を指して言った。
「はい」
それからは孝輔が自分で担当している顧客のもとへ由美子と一緒に出掛けては打合せや現場管理の仕方を教えた。作業が遅くなると、一緒に食事に行ったりもした。そうして一日の大半を孝輔は由美子と過ごす日々が続いた。
半年ほどして二人の新入社員が仕事に慣れたころ、雄太郎が二人のために歓迎会をやると言い出した。その席で雄太郎は二人の新入社員を両脇に座らせて自慢話を始めた。ここに居る誰もが一度は聞かされた話だ。ある意味、これがこの会社の登竜門のような儀式になっている。雄太郎は歓迎会が終わるとそのまま帰宅した。
「あとは好きにやってくれ」
そう言って設計部長の長峰清文に会社名義のクレジットカードを預けた。長峰が仕切る二次会は決まってカラオケだった。
二次会のカラオケボックスで由美子は孝輔の隣に座った。いつも一緒に行動をしているので自然な流れだった。長峰は香織を隣において、はしゃいでいる。
「筒井さん、なんか可哀そうだね」
何気なく孝輔が呟く。
「先輩はやっぱり香織みたいな子がタイプなんですか?」
由美子と香織は対照的だった。落ち着いた雰囲気の由美子に比べて香織はいかにも今どきの若い子といった感じだ。
「そうではないけど、部長は酒癖が悪いから」
「そうなんですね。じゃあ、三人でここを抜け出してラーメン食べに行きませんか? さっきは緊張して何も食べられなかったのでお腹すいちゃって。きっと由美子もそうだと思うから」
「それはいい。正直、俺も部長の歌は聞き飽きた」
こうして三人は順番にトイレに行くのを装って部屋を出た。