2
雄太郎が言う通り、晴海は美人だしスタイルもいい。孝輔からしてみればかなり年上ではあるのだけれど、“女”としては魅力的だった。けれど、孝輔にとっては気持ちの問題で、仕事だと割り切らなければ、あり得ない行為だとも言えた。もっとも、設計士である孝輔の仕事として、この行為がまともな仕事であるはずはないのだが……。
一仕事終えた孝輔は晴海の下で彼女の体温を感じながら彼女の舌を受け入れる。
「ずいぶん上手になったわね。彼女さんも喜んでくれんじゃない?」
「いや、彼女は居ませんから」
「そう……。じゃあ、いい子を紹介してあげましょうか?」
「今は仕事が忙しいので」
「あら、そう? 残念だわ。あなたにお似合いのいい子が居るのに」
「では、そのうち」
そう言うと孝輔はベッドから逃げるように這い出した。
雄太郎に晴海の担当を言い渡された時、「何があっても言われた通りにするんだぞ」と言った雄太郎の言葉の意味が孝輔には理解できなかった。
「まだ駆け出しですが、体力なら負けませんから」
初めて晴海と顔を合わせた時、雄太郎は孝輔をこんな風に紹介した。その顔合わせの場所は新宿のプラザホテルだった。彼女はほとんどここで生活をしているとのことだった。
「まあ、それは楽しみですわ」
晴海の視線が孝輔の全身を舐めるように捉えていく。その瞬間、孝輔は蛇に睨まれた蛙のような感覚に襲われた。もちろん、蛙の感覚などは知り得ないのだけれど、要はそんな気分だった。
「それじゃあ、後はお二人で。森田、今日はもう直帰でいいからな」
そう言って雄太郎は席を立った。
「それでは早速お打ち合わせを…」
孝輔が言うより早く晴海は孝輔の手を取って歩き出した。
「あ、あの、どちらへ?」
「私の部屋に行きましょう」
「あ、はい……」
孝輔は晴海に従った。そして、待っていたのは予想外の展開だった……。その時初めて雄太郎の言葉の意味を理解した。
身なりを整えると、雄太郎は晴海に深く頭を下げた。
「それでは、プランが決まりましたので、近々お見積りをお持ちします」
「なるべく早くね」
そんな意味深な言葉を投げかける晴海に微笑みかけて孝輔は部屋を出た。
「まだ会社に居るのか?」
『今、出たところよ。それよりどうしたの? まだ仕事中でしょう?』
電話口で香織が聞き返す。
「いや、今日はもう終わったよ。会社を出たのなら、いつもの店で待っていてくれないか」
『あら、珍しい。でも、今日はもう無理。予定入れちゃったもの。孝輔が宮田様のところに行く日はいつも朝帰りだから』
「解かった。じゃあ、先に帰ってるよ」
『そうして。でも、今日はちょっと遅くなるかも知れないわよ』
「男か?」
『違うわよ。由美子と一緒よ』
「解かった。悪い」
孝輔は電話を切った。由美子は同じ会社で働く同僚だ。香織と同期でインテリアデザイナーだ。
そう言って電話を切ったものの、このまままっすぐ帰る気にはならなかった。地下鉄の西新宿駅近くで目についたバーにふらりと入った。
「いらっしゃいませ……」
カウンターの中から若い女性のバーテンダーが声を掛けた。孝輔はそのカウンター席についた。
「森田君じゃない?」
カウンター越しに急に名前を呼ばれて、孝輔は彼女の顔を見つめた……。