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00 プロローグ


 ――トンネルを抜けると、そこはド田舎であった。


 強く煌々とした日差しが肌を焼く。

 あまりのまぶしさに思わず目を伏せた。


 この長距離列車を10時間以上運行してきた運転手は、この急激な光の変化に対応できているのだろうか。


 列車はおれの心配などお構いなしに進む。

 

 どこまでも続く野原。たまに森。

 窓の汚れかと思っていた小さな黒い点は、よく見ると動物だった。なんの動物かはわからない。

 車窓を開けると、草木の香りと共に熱気を含んだ風が入り込んできた。パタパタと備え付けのカーテンが揺れる。車内の温度が急に上がった気がしたが、他に迷惑のかかる乗客もいない。


 おれは空気をいっぱいに吸い込んで、むせた。

 慣れないことは、するものじゃない。


 トンネルを抜けてすぐ、列車は速度を下げ、停車した。列車のドアが開き、車掌が手を振っている。

「お客さん、着いたよ。風村ですよ」

 おれはここではじめて、この旅の目的地である村の呼び名を知った。

 フウムラ、フウビレッジ。不思議な発音だ。


 そう、この列車旅のはじまりはあまりにもシンプル過ぎた。

 東部山岳地域の調査任務受諾のための誓約書と切符数枚。封筒に入っていたのはそれだけ。

 任務を放棄する気もなかったしできるはずもないので、誓約書はサインをして送り返した。おれは切符を片手に出発した。


 切符を頼りに乗り継ぎを繰り返した。いつの間にか中央からはずいぶんと離れた場所に来ていた。


 最後の切符で乗ったのがこの列車だった。

 手持ちの世界地図におれの居場所はすでにない。人類が所有する知識の外に居ることを示していた。


 星を見て現在地を知ろうにも、外は闇に包まれていた。


 ――時間間隔が狂ってしまいそうなほど、長いトンネルだった。

 あまり車内の設備に使う金がないのか、証明が少なく、とても薄暗い。


 古めかしい装飾の座席は、言ってしまえばただのオンボロソファーだ。

 暗くて本を読むことすらままならない列車旅に、おれは過去と未来に思いを馳せていた。


 こんな経験、初めてだ。

 悪くはない。以前の生活と比べればの話だが。


 思考の合間に寝て起きてを繰り返した。

 起きているときに、通りがかった車掌に尋ねた。

「いつになったら夜が明けるんだ?」

 車掌は生真面目な顔で小さく頭を下げる。

「切符を確認してもよろしいでしょうか」

 おれが切符を差し出すと、車掌は後ろめたそうな目をして言った。


「あと、8時間ほど」


 ――列車はおれが降りるのを待っていた。

 あえてのろのろと支度をする。網棚から革の魔法使い用の武骨な革のトレジャーバッグを引きずり降ろし、暗い紫色のローブを羽織る。帽子を出すか迷ったが、日差しがきついのでトレジャーバッグから取り出した。バッグの施錠を確認し、外に出た。


 ここまで付き合ってくれた車掌と運転手に礼を言った。

 彼らは多少無愛想だが、真摯な対応を信じることができた。明らかに高位魔道士の出で立ちをしているおれに対して余計な詮索をしてこないのも好感が持てた。


 列車を見送って、ようやく周囲をじっくりと見渡す。


 なんだこれは。


 これを駅と呼べるなら、公園のベンチすらも駅になってしまう。


 おれが列車から降り立ったのは荒削りのただの平べったい石。

 時刻表が書かれていたと思しき小さな看板(風雨にさらされ変色し読むことができない)があるものの、駅を構成する要素がほとんどない。


 辺りを平原に囲まれ、線路はどこまでも伸びている。

 太陽は天高くにある。


 じわじわとした暑さに閉口した。

 ここにいても仕方がない。


 始まりの草原に、おれは足を踏み入れた。

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