野村洋次の場合(3)
「美咲。坂本美咲に会いたい。」
「わかりました。」
天使はそういってタブレットを触る。
「この方で間違いはありませんか?」
そういって見せられた画面には「坂本美咲」という名と顔写真、それに加えて彼女の経歴がずらりと並んでいる。
洋次は顔と名前をみて、頷く。最新の経歴に「先週野村洋次との婚約届を役所に提出」と書いてあるのをみて少し涙ぐむ。
「それ、履歴書みたいだな。」
「まぁそうですね、私たちはこれを人生の履歴書と呼んでますから。では行きましょう。」
タブレットをカバンにしまい、天使は軽く身だしなみを整える。
洋次は考える、彼女の住んでいるマンションはここから電車だと大体30分ほどかかる場所である。
時間は午前1時。電車は走っていないし、死人の姿ではタクシーにも乗れない。となると方法は「あれ」か。
「瞬間移動?」
「は?何を言っているんですか。」
天使に呆れたような顔で洋次を見る。そんなことできるわけないだろうというように。
「瞬間移動なんてあなたのいた世界の空想の中だけですよ。あと夢の中。」
天使はそう言って洋次の手を取る。それから軽く二、三度跳ねて、思いっきり地面を蹴った。
その時、洋次の視界が浮いた。目の前にあったはずの自分の体が下に見える。
「これ…浮いてる?」
「はい、浮いてます。」
天使の方を見ると背中から大きな羽が生えている。
天使は洋次の手を引いて窓をすり抜けて夜の空に飛び出した。
「これも空想…」
「これは本当です。」
洋次は天使にひかれて夜の空を飛ぶ。
それにしても・・・洋次は天使を改めてみる。
先ほどまでは自分の身に起こったことの処理に追われていて天使と名乗るこの存在について
頭が追いついていなかった。天使と名乗る存在はちょうど洋次が助けた子供と同じくらいの背丈である。
年にすれば大体9〜12歳ぐらいだろうか。少年とも少女とも言えない中性的な顔立ち、
纏った洋服は白一色。話し方が大人びているせいで愛想のないようにも感じたが、
下に広がる町並みを見ている天使の表情は
まだあどけない子供の部分をさらけ出していた。
そうして空を飛んでいる姿は紛れもない「天使」そのものである。
背から生えている羽も本当に綺麗だった。汚れなどなにひとつ見当たらない純白の翼。
天使の姿が子供なのも純粋であるがゆえにその姿なのだろうか。聞こうと思ったがやめた。
その質問は野暮な気がしたからだ。
この時間、電車は止まっていても、まだ人々は生きている。
明かりがついた家が多いなかもう眠りについた家。
家からもれる光と街灯が織りなす地上の星空を天使に手を引かれながらぼんやりと眺める。
死んだ自分は空を飛んでいるのだなぁとおもう。
わるくない死に方だった。子供を守って死んだのだから。世間からは随分と認められるだろう。
死後の世界でも認められたのだから。だけど、、、泰造は思う。
「もっと生きていたかったな」
知らぬ間に声を出していた洋次はハッとして天使を見る。聞かれていただろうか。
そうなら少し恥ずかしい。しかし天使はこちらを見ることなく下をむいている。
そして急に止まった。洋次は美咲の家に着いたことを知る。
「着きました。入りましょう。」