野村洋次の場合(2)
霊安室で叫ぶ死者を見つけて、天使はため息をついた。今日のは外れかもしれないと。
まぁなんにせよ仕事はこなさなければならない。天使は一息ついて叫ぶ死者の背を叩く。
「こんにちは、洋次」
名前を呼ばれた男は振り向いて目を開く。その顔は絶望の二文字を浮き彫りにしていた。
今まで何人もの「絶望」を目にしてきた天使ですら少し驚くほどに。
「あ…おれ…え?」
状況が読み込めず、「あ、あ」と声を漏らす洋次に天使は微笑む。天使の微笑みはあらゆるものを浄化し、心沈める効力がある。それは神に遣わし、死者の願いを叶えるために存在している天使のみに与えられた能力の一つである。
天使の笑み見た洋次は、絶望の波がゆっくりと引いていくのを感じ、落ち着きを取り戻した。
「俺は…」
何か言いたそうに声を出すが何を言えばいいのかわからない、という表情で洋次は口ごもる。
「野村洋次さん、あなたは昨日お亡くなりになりました。」
天使はいつものように淡々と事実を伝える。
「あぁやっぱり」
そういって洋次は下を向く。その様子をみて天使は先ほどの自分の勘が外れていることに安堵する。
洋次は一時的にパニックに陥っていただけだった。
死を伝えられた場合、人によってはパニックを起こしそのまま天使の方を見ないでわめき散らしらしたり、ひどい時にはいきなり襟を掴まれたりするのだ。そういったことなく落ち着いている人は同業の中でも扱いやすいという敬意を込めて”人形”と呼ばれている。
「洋次、こっちを向いてください」
顔を上げる。天使は洋次の額にそっと手を当てる。それだけで彼の脳内に情報が流れ込んでいく。
洋次の死因は「頭蓋骨粉砕」要するに車にぶつかって吹っ飛んで頭から思いっきり落ちたということで、即死だった。
本来ならボールを追いかけてきた子供が亡くなる予定だったが、洋次の突発的な行動により運命が変わったのだった。
洋次の魂は汚れが少ない上、子供の命を助けたということで、輪廻の輪に還元され、優先的に生まれ変わるということ。
そして、洋次の死は突発的で後悔や無念が残る死という扱いの元、天使により恩恵が与えられるということ。
今、情報を与えている存在が天使だということ。
恩恵とは、最期に会いたいと思う人の夢の中に入って話ができるというもの。その対象者は2人。
夢の中で話すのはどんなことでもいい。ただし、対象者に不快感を与え過ぎていると天使が判断した場合、即刻夢から退場させられ、罰として地獄行きだということ。
そして、夢の内容を覚えているかどうかは対象者次第なので、
対象者に他人宛の伝言を残すのは得策ではないということ。
「これで終わりです。なにか質問はありますか?」
天使は洋次の額から手を離す。天使の問いかけに洋次は首を横に振る。
「わかりました。では対象者を2人決めてください。」
洋次はしばらく考える。友人に食事の件を謝りたいし、恋人にも会いたい。家族のことも心配だ。
死ぬとわかっていたならば会っていた人たちは2人には収まらない。誰に会うべきか。
「これ、名前がわからなくても大丈夫?」
「はい。特徴を言っていただければこちらのタブレットで検索をかけますので。」
天使はそう言ってショルダーバックから薄型のタブレットを取り出す。
「天使って現代的だな…」
「データを管理するのに便利なものは何でも使っているので。それで対象者の特徴は?」