お食事会に向けて
よろしくお願いします。
「さて、お食事会に向かう前に、システムからアラート機能を≪オン≫にしておけ。向けられた『悪意』に反応して警告が表示される補助機能だ」
スキルの習得を終えたオレたちに部長が指示を出す。
「ほへー、便利っすね」
「ここに来る前に言った補助輪の一つだ。まぁ、会場で面白い光景を見せたいだけなんだがな」
その言葉だけで、ロクでもない場所ってことが想像できますよ……
「すみません、部長の云う『悪意』とは?」
暢気に設定するオレと違い、ハルは部長に聞き返していた。
「この星の総意が定めた『善悪の天秤』があってな。それを借りて惑星魔法≪フルリンク型異世界体験マシ~ン(仮)≫に組み込ませてもらった」
「そのダサい名前、フルリンクなんちゃらを変えませんか?」
思わず言ってしまった。
「ダサいとは心外な。これでも結構気に入っていたんだが……」
(あ、やっぱり気に入ってたんだ)
「ふーむ……異世界体験マシン……
Different UniverSe・EXperience・Machine。
『DUS・EX・Machina』なんてのはどうだ?」
「おぉっ、かっこいい!『機械仕掛けの神』!」
中二心をビシビシと刺激された。
「これからは惑星魔法、≪デウス≫とでも呼ぼうか。すまん、話が逸れたな。『善悪の天秤』を悪に傾かせる意思を『悪意』と定義した。少し長くなるが、聞きたいか?」
「僕たちの安全に関わってくるので、時間が許すなら是非とも」
いつもニコニコのハルが真剣な表情をしている。
「そうだな。一つ、例え話をさせてくれ。ある国に【領主A】、【領主B】が居たとしよう。各領内の生産量は、ある程度余裕があるものとする」
ふむふむ。
「世襲で跡を継いだAは領内で穫れた産物、得た富を領内に還元していた。国が要請する増税を拒む姿勢から領民の信頼は厚く、その領地は代々安定した生活を送っていた。
対してBは国から派遣された官史だった。国の指示に従い、増税を行った。領民には平均的な暮らしを強いたため、多くの領民はそのことに強い不満を感じていた。
さて、どちらが善い領主だ?」
「その情報だけ聞くとAかな?」
「……その国は善政を布いていたのでしょうか」
「……ふむ、こうしよう。
ある年、A領では悪天候による不作が続き、不運にも悪疫が重なった。Aは国に支援を求めた。国はB領より納められた物資を送り、A領を助けた」
「そうなると、Bの方が善い人なのか?」
「……」
「更に続けると、一年間で窮地に立たされてしまうほど、A領は、それほどまでに資源を浪費していた。Bは、自領の血税が、こんな無能たちに使われることに憤りを覚えた。
正義感の強いBであったが、領民はついてこなかった。
より良い暮らしを求めて、復興したAのもとへ領民たちは向かった。減り続ける領民でB領は衰退する。任期を終えBは退任。結果として当時、多くの領民を幸せにできたのは間違いなくAだった」
「頭がこんがらがってきたぞ……やっぱりAが……」
次々と追加される情報を、必死に読み解く。
「恩恵を享受しようとAのもとへ各地から民は集まったが、新たな地で生産活動を始めるには、大きな労力を要した。国全体の生産量は低下の一途を辿る。その隙を隣国に攻められ、国は滅んだ。完」
「こ れ は ひ ど い」
部長の話を理解しようとしたのに、最後でぶち壊された。
「この様に、与えられた情報次第で、ヒトが感じる善悪は変化してしまう。『善悪の天秤』は、この星の情報全てを以てして、対象の行動の『善悪』を量っている。
≪デウス≫は今のところ、この星の総意には善と認められており天秤の使用許可がおりた。その影響下であるお前たちに害となるものは、基本的に敵性警告が表示されるだろうさ」
急に話がオカルトに。いや、魔法の存在自体が既にオカルトだったか。
「星の総意とは?」
「やはり気になったか。この星の守り神、ヴァイスたちの創造主、あたりが表現として近い。詳しい話はまた後だ。皆を待たせすぎたかな」
『召喚の間』を出ると、外は夕焼けに染まっていた。
「まだ昼過ぎでしたよね……?」
「自転の速度が『アース』と違うんだ。『セラス』の方が少しだけ、日が落ちるのは早くなっている」
なるほど、ゲーム内時間みたいなものか。
「遅くなってすまない」
「時間通りです。会場の準備は整いました」
補佐の方々に迎えられる。
「アキコさまぁ~!!」
「ひゃぁっ!?」
今、一瞬でアコが捕獲されたぞ……
「会場に向かう前に、ここで軽く自己紹介をしておこう。恐らく皆、長い付き合いになる。会場でもお前たちを守ってくれる人たちだ」
謁見の間で見た顔ぶれではあるが、アギさん、ウンギさん以外の名前は知らなかった。
「まずは私から、『異世界冒険部』の部長であり引率者の白河百合絵だ。こちらではリリィの名で通っている。改めて、よろしくな。そして、私の付き人、武官のアレックス、文官のトリアだ」
二人の女性が補佐官の集団より進み出て、静かに会釈する。
「アレクサンドラ・バードウィングです。アレックスとお呼びください。よろしくお願いします」
「ヴィクトリア・バードウィングです。トリアとお呼びください。よろしくお願いします」
青味のあるアッシュブロンドがアレックスさん、輝くプラチナブロンドがトリアさん。
並んだ二人は髪色と礼服以外は瓜二つで、二人ともとても、大きい。
並んだ立派な双丘に、自然と目が引き寄せられる。
ピピッ
≪アラート≫
「はっ!?」
通知に振り向くと、ナツキに睨まれていた。
なだらかな平野が目に入る。
(ほー、アラート通知はこんな感じで表示されるのね)
「副部長を任されている、青海勇春です。よろしくお願いします」
「イサハルの補佐、武官として同行するエルド・ヴァイスシュテルンだ。よろしく頼む」
「同じくイサハル様の補佐、文官として同行いたします、ミーア・ヴァイスシュテルンと申します。どうぞ、お見知りおきを」
整った顔立ちの男女が、男性は堂々と、女性は優雅に挨拶をする。
「ヴァイスシュテルンで判ると思うが、二人は王族だ。王太子の長男、長女。王子と姫にあたる」
「えぇっと~?どうしてやんごとなき身分のお方が……」
流石に気後れする。
「あちら側の希望でな、この国の現状を直接見せて学ばせたいそうだ」
「王である祖父は、【導師】ローズ様と共に旅をして見分を広めたと聞く。国民の生活を知るよい機会だったので、同行を願い出た次第だ」
「私も、箱入りのお飾り姫と民に笑われるわけにはいきません。未熟な身ではありますが、精一杯、皆様の支えを務めさせていただきます。よしなに」
えっ?この流れって……
「あの部長、もしかしてオレたち、この世界を旅することになってるんですか?」
「冒険といったら旅が定番じゃないか。先方にもそのように伝えていたが、すまん、お前たちには言ってなかったな」
異世界に遊びに来たつもりが、とんでもないことに巻き込まれてしまったぞ。
「知らない間に失礼なことしそうで怖いな」
「お前が庶民で礼儀作法に疎いことは伝えてあるから大丈夫だ」
それで済むのか、セラスのお偉いさん方は……
(それにしても、部長は絶対こうなると分かって、オレたちに言わなかったな?完全に退路を絶たれた気分だ)
「次は、オレかな?黒野賢冬です。平部員です。よろしくお願いします」
「アギ・ヨウ・コンゴーです。文官としてケントさまの補佐を任されました」
「ウンギ・ヨウ・リキシーです。武官としてケントさまの補佐を任されました」
色白スキンヘッドと色黒スキンヘッドの聳え立つ筋肉に、暑苦しい笑顔。
「王国最強の矛と盾、らしいです……白がアギさん、黒がウンギさん、って失礼か。すぐに覚えられるはず……」
「……凄いな」
「二人ともローズの教え子だ」
「なるほど、目標が見えてきたようです。ケント!一緒に頑張ろう!」
「お、おうっ?」
ハルに謎のスイッチが入ったようだ。
「赤座夏姫です。皆様にお会いできて光栄です。どうぞ、よろしくお願いします」
「ヘルヴォル・ティルヴィングと申します。魔法盾騎士としてこの身を捧げ、皆様を護ることを誓います」
スッと紳士的な礼をとる女性。涼やかな印象を受ける。
おおぅ、男装の麗人。スレンダーな体型、ダークブラウンのアシメショート。歌劇団なら確実にエースを狙えるじゃん。
どことなくナツキに似てるんだよなぁ
ピピッ
≪アラート≫
やべっ……
「ヴィルツ・イモンです。若輩者ですが、この大任、必ずや務めさせて頂きます」
アコより背が低い黒髪ショートシャギー、片眼鏡の子が軽く会釈する。
「あの、流石に女の子を連れ歩くのは危ないんじゃ……」
こそっと部長に尋ねると、
ピキッ!
「失礼ですが、ケント様?私は『お・と・こ』です。それに成人の儀も済ませております」
「えっ!?うそ、まじで!?めっちゃ可愛い、から、つい……」
ピピッ
≪アラート≫
「ケント様はオレに喧嘩売ってるんですかねぇ!?」
どうやら地雷を踏んだようだ。
ヴァイスシュテルン王国での成人は、『アース』での十五歳程度に換算される。オレたちの一つ下、と後から聞いた。
「ヴィルツ、そこまでです。あなたが女子に見間違われるのはいつものことでしょう」
「だからって!黙ってられるかっての!」
「あれで、ヴィルツは歴代最年少で中央の文官に登用された天才だ。感情的になりやすいのが玉に瑕ではあるが……ヘルヴォルは身体強化の補助魔法を使いこなす近接戦闘魔法師、ヴィルツは文官だが火炎系の精霊魔法を習得している。前衛と後衛で相性がいいんだ」
ヘルヴォルさんにたしなめられるヴィルツ。しっかり者の姉と、ヤンチャな弟って感じだ。
(あ、これ萌えるシチュだ)
最後に、あえて気にしないようにしていたのだが、
「し、白山秋子です。みんなの迷惑に、ならないよう、うぅ……頑張りますっ」
「スカディ・オルヴァルだ!アキコ様の護衛に選ばれたこと、とても嬉しく思うよ!うーん、アキコ様は可愛いね!すりすりぃ~」
礼服越しでも分かる、鍛え上げられた筋肉。正に女傑といった風貌である。アコを軽々と抱え上げて頬ずりしている、が、
傍から見れば、まるでベアハッグだ……
「ガング・アルヴァルティです。このような身体つきではありますが、文官としてアキコ様の護衛に選ばれました。スカディのお目付け役も言い渡されております。いい加減、アキコ様を離しなさい」
アギさん、ウンギさんに次ぐ巨躯の持ち主。短く刈り上げた頭髪、とても男前である。堀の深い顔立ちがスカディさんと似てると思ったら、二人とも親戚だったようだ。アルヴァルティ家が本家、オルヴァル家が分家らしい。
「えー、いいじゃん?なぁアキコ様?」
「あはは……そろそろ離して頂けると……」
ぷらーんと持ち上げられ、力なく笑うアコ。
(しかし、自由奔放なスカディさん、真面目そうなガングさん。つい、あの二人を思い浮かべてしまう)
「語呂がいいので、二人のことはスケさん、カクさんと呼べばいい」
「あ、やっぱり」
「おぉ、異世界に伝わる救国の英雄譚ですな!王太子殿下も愛読されたと聞いております」
「父はヤング・ドラゴンを名乗って、今は国中を旅している。民を愛する翁の姿勢に、私も感銘を受けた」
(イエロー・ゲート、そんなに面白い話だったかな?もっと面白い話もいっぱいあるし、今度教えてあげよう)
『黒野、迂闊な行動は慎め』
「えっ!?」
突然、響いた部長の声に、心臓が跳ね上がった。
驚きの声を上げたため、一瞬、みんなの視線を集めてしまった。
『そのまま聞け。いいか、たかが物語の一つ、と思うな。知識はそれだけで武器となる』
(ど、どうなってるの!?)
思わず部長の方を窺ったが、部長はこちらを見ず、エルド王子やガングさんたちと談笑していた。
『例の物語もそうだ。中央にバレずに悪事を働く方法が山ほど語られている。民は気付けないし、気付いても伝えることができない。良かれと思って教えたことが、一部に広まり悪事に使われる。ローズは、そのことで後悔を繰り返してきたんだ』
(うっす……肝に銘じておきます、伝わったかな?)
セラスの人たちに向ける笑顔とは対照的に、
脳裏に聞こえる部長の声は淡々としていた。
歓迎会が開かれる大広間の前へ案内された。
扉の向こうからは、優雅なクラシック音楽の調べに乗って、多くの人の気配がした。
「さて、乗り込むか」
重そうな扉であったが、静かに開かれ、
ピピッ
≪アラート≫
えっ、
ピピッ ピピッ
≪アラート≫≪アラート≫
ピピッ ピピッ
≪アラート≫≪アラート≫
ちょ、まっ、
ピピッ ピピッ ピピッ ピピッ
≪アラート≫≪アラート≫≪アラート≫≪アラート≫
ピピッ ピピッ ピピッ ピピッ
≪アラート≫≪アラート≫≪アラート≫≪アラート≫
ピピッ ピピッ ピピッ ピピッ
≪アラート≫≪アラート≫≪アラート≫≪アラート≫
ピピッ ピピッ ピピッ ピピッ
≪アラート≫≪アラート≫≪アラート≫≪アラート≫
ビクッ
警告音が、際立った。
大広間では多くの貴族風の男女が談笑しており、視線は一様にこちらへ向けられていた。
好奇の視線に混じって、射貫くような視線、まとわりつくような視線も感じられる。
「……こ、これは引きますね」
「貴族どもの力関係をぶち壊す可能性があるからな。表立って行動する者は居ないだろうが、注意はしておけ。エルドの父、現王太子があちこち潰して回ったから、これでもかなり落ち着いた方だ」
「この者たちには王国の加護を与えている。彼らが各々の領地に立ち寄った時には、そのことを理解して迎えるように。くれぐれも失礼の無いようにな」
王の挨拶、宰相によるオレたちの簡単な紹介が終わると立食形式のパーティが始まった。
結局、人物紹介で終わってしまった。