氷&火/Ice&Fire ところ変わって日常
よろしくお願いします。
お父さんに連れられて参加した、王家主催のお茶会。
侯爵位を持つお父さんは、
「……すまん、な。仕事に呼ばれた」
と言って、会場である広い中庭に、ぼく一人を残してどこかへ行ってしまった。
すると、色んな人に話しかけられた。
同い年くらいの女の子たちに話しかけられることも多かった。
だけど、
「ヴィルツくんは、イモン侯爵家の長男だからね。失礼の無いようにな」
親の言葉で、目の色が変わる女の子たち。
ぼくを見ているようで、ぼくじゃない何かを見ている。
そんな視線が嫌だった。
「イモン侯爵家長男、ヴィルツ・イモンです」
笑顔を返したつもりだったが、上手に出来ただろうか。
「トイレってどちらにありますか?」
「王宮に入って右手側に進むと目印がありますよ。ご案内しましょうか?」
「いえっ、大丈夫です!ありがとうございました!」
作り物の笑顔で警備係りの人に一礼し、ぼくは中庭から逃げ出した。
あてもなく、王宮内をウロウロしていると、
咲き誇るバラの花が、窓の外に見えた。
赤、白、ピンク、黄。美しく彩られたバラの庭園。
ふらりと向かったその先で、
一人の女性に出会った。
白い、石造のベンチに腰掛け、静かに空気の如く、ただ、そこにいる彼女。
(むぅ、先客が…)
そっと、たち去ろうと、
気配に気付いたのか、こちらを向く。
「あら?」
空を映したような青い瞳。
まっすぐな、優しい視線。
動けなかった。
「迷われましたか?」
その目に、嘘は吐けなかった。
「違う……逃げてきた」
咄嗟に出た、素直な応え。
「ふふっ、一緒、ですね」
「あなたも?」
「えぇ。どうも苦手でして。親御さんは心配されているのでは?」
「仕事だってさ」
女の子では無い、だけど、まだ淑女でもない、
ふくらみかけの蕾。
後の希望の、青いバラ。
子爵家の末子、四人目の子として私は生まれた。
父は王直属の近衛騎士隊の一員でもある。
庭で剣を振る父の、研ぎ澄まされた姿に幼心に憧れを抱いた。
全てを断ち切るか如き力強さと、鋭さを持つ父。
二人の兄に混ざって父より剣を学ぶものの、私には力も才能も無かった。
姉のような機知も無く、家名を背負う淑女としてのやり取りもできなかった。
何もできなかった。
「家名を持つ者としての振る舞いを学べ」
と父に連れられ、姉と共に王家主催のお茶会に参加した。
待っていたのは、窮屈で、窒息しそうな世界。
みな一様に笑顔を貼り付け、本音を隠して牽制し合う大人たち。
家名を聞き、明らかに態度が変わる、その子供たち。
他の大人と同じ笑顔を貼り付けた父。
そんな父の姿は見たくなかった。
姉の表情を窺うも、貼り付けられた笑顔の下は見えなかった。
息苦しさに耐え兼ね、私は逃げ出した。
どう道を辿ったかは覚えていない。
色鮮やかなバラの庭園に辿り着いた。
異世界人が設計したとされる、美しい世界。
目についた石造りのベンチ、そこに座る。
大きく息を吸う。
肺が満たされる。
ゆっくりと、苦しさを、吐き出す。
「ふぅっ」
静かで、暖かな日差し。
(逃げてしまった)
上を向く。
澄んだ、青い空が目に映る。
(このまま、穏やかな世界に溶けてしまいたい)
あら?
ふと、気配を感じて振り向くと、
愛らしい黒猫を見つけた。
「迷われましたか?」
―――
「おっきくなったらお姉ちゃんと結婚する!」
純粋な少年、恋焦がれる熱情に、炎の中位精霊が引き寄せられた。
幼くして精霊魔法を操るヴィルツを、周囲は天才だと持て囃した。
お姉ちゃんに、褒めてもらおうと勉学も頑張った。
しかし、頑張れば頑張るほど、終わりが近づいていたことに、ぼくは気付かなかった。
幸せな時間は、長くは続かなかった。
「もう会えないの。ごめんなさい」
哀しそうなお姉ちゃんの表情を見たのが最後だった。
悔しかった。
お姉ちゃんを何が苦しめていたのか。お姉ちゃんが何から逃げていたのか。
ぼくには判らなかった。
だけど、
少しでも、
お姉ちゃんの役に立ちたかった。
―――
私を慕ってくれる幼い少年。
その少年は、力強く輝いていた。
彼の成長を共に喜んだ時間は、そう長くはなかった。
劣等感が生まれる。
私の歩んだ道を、一足飛びで越えられる。
羨ましかった。
才気溢れるこの少年が。皆から期待されるこの少年が。
私と違い、彼には約束された未来がある。
「少し距離を置きなさい」
父の言葉。
侯爵家の長男、子爵家の末子。家格の違いを指していたのだと当時は思っていた。
ヴィルツの恋を諦めさせようとする。
純粋な彼の心を傷つけることは容易に想像がつく。
そのことが、自分も苦しめる。
何もできない自分。それならば、と。
「お父様、私は戦闘魔法師の道へ進みます」
「……そうか」
言葉少なく応えた父の、なんともいえない表情。
どうして私は、こんなにも。
複雑な魔法は使えない私でも、身体操作ならば、と。
聖紋を胸に貼り付け、自身の体へ聖銀による回路を刻み込む。
少しでも多くの魔法を使えるよう、緻密に。
待っているのは、光を失い、手足腐らせる醜い最期。
それを解っていても。
純粋な、天才である彼の想いを、凡人が弄んだのだ。
鏡に映る、刺青だらけの自分の姿。
逃げてばかりの私。
私の。
成長し、父が所属する近衛騎士隊の末席に入隊することができた。
しかし、私を見る目は、みな冷たい。
騎士道から外れたもの。
『外道』と蔑まれる近接戦闘魔法師。
逃げることには慣れている。
心を凍らせ、全てを拒絶する盾を持った。
全てを忘れるため、訓練に打ち込んだ。
王宮が誇る近衛騎士隊とはいえ、
魔法の力場を駆使した私の高速戦闘術に対抗できる騎士は少なかった。
気付けば、それなりの立場となっていた。
上司であるウンギ様より辞令が下る。
異世界人の護衛という栄誉を賜った。
これで、私も世界に名を遺すことができる、と心の奥底で少しだけ喜んだ。
今なら分かる。
ヴィルツの眩しすぎる光から、父は、私を守ろうとしていたのだと。
そして顔合わせの日、成長した彼を見つけてしまった。
私を守っていた氷の盾に、
ピシッと、
亀裂が入った。
―――
オレは、成長した。父に倣い、王宮勤めの文官となっていた。
子供だ、親の七光りだと嗤うやつらは、実力で静かに分からせた。
家同士で、そのようなやりとりがあったと、後から知った。
あの頃のオレだったら、癇癪で家を燃やし尽くしていたかもしれない。
だが、今のオレは鎖で繋がれてしまった。
成長するにつれ、世界を知るにつれ、家名の重さが圧し掛かってきた。
燃え滓のような灰色の心。
それでも、火の精霊は、オレの傍で燻り続けていた。
国務大臣であるアギ様より、辞令が下った。
「謹んで、拝命いたします」
分かったかドアホウども。
これがオレの実力だ。七光りなんて呼ばせない。
顔合わせの日、
大人びたお姉ちゃんを見つけて、
酷く動揺した。
―――
今日は王都太市で護衛の任。
「なーなー、ヴィルツ?」
「何でしょうか、ケント様?」
パーティの後から、気安く話し掛けられるようになった。
賢者と聞いていたが、どう見ても凡人だった。
(年下とみて侮るなよ?ドアホウ)
澄ました、造り笑顔で振り向くと、
サッと、
頭に何かをはめられた。
「はいっ?」
何が起きたのか、分からなかった。
「うん、やっぱり似合うな!」
「こっ、これは……!」
ぎゅっ
「え?なんっ――」
お姉ちゃんに、後ろから抱きしめられていた。
「……はっ!ごめんなさいっ!」
(えっ!?!?!?)
混乱する。
頭のソレを、手に取ってみると、
出店で買ったらしき、黒い猫耳のカチューシャだった。
「何しやがるっ!!」
(しまった!)
国賓である彼に対して、うっかり出た本音。
一瞬で青ざめる。
「えー、可愛いのにもったいない。なぁナツキ?ヘルヴォルさんも思いませんか?」
「ごっ、ごめんなさい、ヴィルツくん!……ケントっ!失礼でしょう!?」
オレの焦燥など気にする様子も見られない。
「絶対いいって!なーなー、ちょっとだけ『にゃぁ』って言ってみてよ!」
「はぁっ!?」
それを言ったら何かが変わってしまう気がするが、それでもケント様が望まれるのであれば、先程の失言の詫びとなるなら、
再び猫耳カチューシャを着けて、
ぐぬぬ……!
「に、にゃぁ……」
「やっべぇ、写真!≪デウス≫にスクショ機能無いの!?」
「おおおかわ可愛いですことっ!」
「……その、と、とても愛らしく思えます……」
久し振りに見た、お姉ちゃんの暖かな笑顔。
「もうっ!!!変なことさせんなドアホウ!」
胸がドキドキ煩い。動揺しての、再びの失言は気付かなかった。
灰を被せて燻り続けていた火種が、
パチっと、
爆ぜた気がした。
―――
「姫ちゃん、アコちゃん、おはようございます」
「おはよう、春勇くん、賢冬くん」
教室に入ると、馴染みのクラスメイトに声を掛けられる。
月曜日。いつもの朝だ。
「うーっす」
「おはよう」
「ナナちゃん、零士くん、おはよー!」
「おはようございます。その、姫ちゃんと呼ばれるのは少々恥ずかしいのですが……」
お下げに眼鏡の文芸部員、愛田菜々美。
演劇部に所属する、線の細いジェンダーレス男子、川背零士。
二人とも俺たちと同じ中学出身で、何度か同じクラスになったことがある。
ナツキとアコ、愛田さんと零士で何やら女子(?)トークする程度には仲が良いクラスメイトだ。
「えー?私たちザ・庶民ズから見るとお姫さまだよー!お誕生日おめでとう!」
「織姫様、お誕生日おめでとうございます」
すっかり忘れていたが、今日は七夕。七月七日はナツキの誕生日でもある。
MOSのイベントなんかは覚えているのに、どうしてこういうことは忘れるんだろうか?
「悪い、遅くなった。誕生日おめでとう」
「愛田さん、川背さん、ありがとうございます。……ケント、取ってつけたように言うのはやめてくれないかしら?」
ジト目で睨まれた。
(朝からやけに不機嫌だったのは、コレが原因だったのか……)
ハルはニコニコしてるだけで、気付いてて教えてくれなかったな?
「ふふっ。ホントは放課後にでも渡す予定だったけど、仕方ないか。はい、コレ。お誕生日おめでとう」
可愛らしくラッピングされた小袋をカバンから取り出してナツキに手渡す。
「ぼくとケントからのプレゼントだよ。開けてみて」
「誰かさんは覚えていなかったようですが……これは、シュシュ?」
「わっ、可愛い!」
「ふむふむ、王子様と彦星様からの貢ぎ物ですか」
「早速つけちゃいましょー!」
小袋から出てきたのは赤色のリボン付きシュシュ。
あーっ!あの時のっ!
先日ハルと二人でショッピングモールまで買い物に行った時のことを思い出した。
お目当だったセール中の夏服を買った後に、ハルの提案で女性向けの雑貨屋を覗いたんだ。
『このシュシュ、ナツキに似合うかも。夏っぽくて良くない?』
『んー、俺はこっちの色が好きかな?』
ハルが手に取っていたのは空色のリボンがついたシュシュ。
俺には何故か、赤色のリボンをつけたナツキが脳裏に浮かび、自然と口に出ていた。
(ん?……あぁ、そうか。また引き摺られていたのか。……ありがとう、ケント)
『ところでハルさんや、ココ居心地悪いんですケド』
チラチラと、ハルを窺う周囲の女性たち。オマケで、目に入ってしまうオレ。
『まぁまぁ、いつもお世話になってる二人に、偶にはプレゼントでも送ろうよ。アコはこっちの白い花がついたヘアピンなんてどうだろう?』
『あの、小さい薄紫の花がついたヤツも良さそうだな。なー、早く帰ろーぜ?』
(へぇ、これはキキョウの花か。ケントは今でも僕を導いてくれる)
『ごめんごめん、ちょっと買ってくるよ。あ、半分はケントが出すんだよ?』
『そんな高くないからいいけど……』
こういうマメなところもモテ要素なんだろうなぁ、とハルをみる。
「リボンをピンっと引っ張って……うん!できた!」
「……どう、でしょうか?」
「うん、似合ってるね。このくらいの装飾なら学園も許してくれると思うよ」
「濡烏を束ねるは朱の蝶。おぉっ!!!かくも私を魅了する魔性の色彩」
大仰に褒める零士。芝居染みているが、持前のルックスもあり、とても型にはまっている。
演劇部ではウィッグを被ってヒロインを演じることもあったりと、妙な色気のあるオトコの娘だ。
本当にツイているのかは学園七不思議の一つと言ってもいいだろう。
ナツキは基本的に飾らない。
しかし、これはアリ寄りのアリだ。
「赤は嫌いではないですけど、むしろ好きですけど……(ごにょごにょ)
私に赤って、ハルにしては安直すぎませんか?」
「その色を選んだの、ケントだよ?」
「えっ?そ、そうなの……ケント、ありがとう」
「おっ……おぅ……」
うん。嘘は言っていない。
機嫌はなおったようだ。ハルさまさまだ。
「おっす!いい朝だな!姫さん!誕生日おめでとう!」
「……ウス(ペコリ」
朝練終わりのエースとキングがやってきた。
「ん!?うおぉっ!?姫さん、リボンめちゃくちゃ似合ってますやん!結婚を前提にお付き合いしてください!」
橘 肇。あだ名はエース。
野球部所属。先発ピッチャーで先頭打者を本気で目指しているバカ、と思っていたが、
三軍まである野球部で、二年唯一のスタメン外野手に選ばれており、コントロールに目を瞑れば、球威だけなら部内でも最速とのこと。
こう見えてAKAZA財閥の傘下、橘ファイナンシャルの御曹司。
ナツキが『姫』って呼ばれるようになったのは、確かこいつが発端だ。
熱血漢で直情的、グループのパーティ会場で一目惚れしたとかで、中学時代にわざわざ西から転校してきた行動力お化け。
だが悲しいかな、ことあるごとに交際を申し込んでは袖にされている。
黒柳 十三。
剣道部所属。名前の13、高校生とは思えないその貫禄も相まって、皆からはキングと呼ばれている。
実家は隣県で総合格闘技の道場を営んでおり、異世界冒険部の部活で柔術の三厳おじさん、薙刀の十子おばさんに何度かお世話になった。
もともと真影流?とかいう数百年前から続く古流武術を教えていたそうだが、『ぐろぉばる化ぢゃ』と、キングの祖父、道場主でもある新左衛門さんの代から新たな取り組みを始めたそうだ。
「橘さん、ありがとうございます。でも、あなたの気持ちに応えることはできません。ごめんなさい。黒柳さん、おはようございます」
「……ウス(ペコリ」
「くうぅぅっ!つれないねぇっ!そういうところもラブだぜっ!って、あれっ?ベニーまだ来てへんの?」
騒がしいエースと寡黙なキング、何故か馬が合う二人は学生寮のルームメイト同士。
「昨日は大学のお姉さまたちとパーティだって呟いてたから……寝坊じゃないかなぁ?」
そういってスマホでSNSを見せてくれる川背零士。
お姉さまに挟まれパリピうぇーい!なベニーが映っていた。
紅永 次郎。
軽音部所属のヴォーカル。あちこちに顔が利き、その交友関係は広い。
ちゃらそうだし、実際ちゃらいのだが、テストの点数だけで言えば実はユウトに次ぐ成績だったりもする。
遅刻や早退、サボリが多く、生活態度はお世辞にも良いとは言えないものの、ギョーカイジンだとか何とか、学園からのお咎めは無い。
オレの隣の空いた席を睨み、
羨ましいヤツめっ!
心の中で恨み言をひとつ。
ガラガラ……
「おはようございます。席につきなさい。茨木先生は一限目の準備があるため、代わりに私が出欠をとります」
HRのチャイム前に現れたのは、副担任の馬場優香先生。
割とおおらかな茨木先生とは対照的に、時間や規則にとても厳しいため、みんなからはあまり良く思われていない。
ピシっと着こなしたスーツ、鋭い目つき、一部からは『踏んでもらいたい』との声もあるとか無いとか。
ダダダダダッッ……!
キーンコーン――ガラガラッ!――コーン
チャイムと同時?に教室に飛び込んでくるベニー。
「セエエエエエエッフ!!!!」
「アウトです。紅永くん、廊下も走っていたようですね。後で職員室に来なさい」
「えぇーっ!?この程度で目くじら立てたら、ゆーかちゃん『また』小じわ増えますよ?」
ビキッ!
あいつが本当の勇者だ……
「……後で職員室に来るように」
「へーい」
賑やかなクラスメイトたちに囲まれて始まる日常。
「今日も一日、頑張りますかー」
投げっぱなし。ちまちま修正。




