異世界の車窓から
雑で短いです。よろしくお願いします。
あとから直します。多分。
闘技場での訓練を二時間ほどで切り上げ、『アース』へ一度帰還する。
ハーフマラソンで疲れていた身体に戻ることになるので、倦怠感はあるだろうと覚悟していたのだが、
二時間ほどの休息とは思えないほど、体の疲労が回復していた。
「みなさん、お帰りなさい!」
驚きの連続である。
「昨日に引き続き、急ぎ足な昼食となり恐縮ですが、私たちで用意させて頂きました。どうぞ召し上がれ」
食欲をそそるスパイシーな香り。学園まで宅配を頼んだのか、テーブルにはサワディ~カ~なグリーンカレーのランチが並べられていた。
映えそうである。
「ほんとありがとうございます!いただきまーす!」
付け合わせのナン?を千切り、サラリとしたスープに浸して一口。
「んー、うまいっ!」
「いいですね」
「あら……美味しい」
「んーっ!!!」
酸味がやや強めではあるが、鋭さはない。主張し過ぎない。
具は魚のつみれにエビやイカ、そして夏野菜。
スープに魚介の旨味が溶け出している。
夏場にピッタリの、爽やかなカレーだった。
ココナッツミルクでカバーされたマイルドな辛さがじんわりと、遅れてやってくる。
体が欲している。次々と口に運ぶ。
(やっべ、止まらん)
「先生、これめちゃくちゃ美味いっす!」
「ふふふ、直接言ってあげると喜びますよ?」
「あぁ、この味って……」
「なるほど、そういうことですか」
「いつも美味しいですねっ」
「にゅっふっふぅ~」
「ナン……だとっ!?」
ニマニマと部屋の入口から、こっそり覗き込む母を見つけてしまった。
「ナンじゃないわ。それはロティって云ぅのよぉ。みんな、頑張ってねぇ~」
それだけ言い残して母は去った。
(あー……そりゃ俺好みの味だわ……)
べた褒めしたのが母の料理とわかり、妙に気恥ずかしかった。
小腹を満たし、トイレを済ませ、再び『セラス』へ移動。
馬車で王都を案内してくれるそうだ。
王宮の正門前には立派な馬車が並んでいた。
俺たちとユウトたちが乗る馬車は質実剛健、といった造りだが、部長とエルド王子、ミーア姫が乗る馬車は、更に精緻な装飾が施されている。
「いい仕事してますねぇ……」
「王宮はシンプルなロマネスク風でしたが、この馬車の装飾を見ると、ゴシックへの過渡期でしょうか」
え……そんな意味があったの?
「丈夫で安全な建築が出来上がれば、そこへ付加価値を求め始める。『アース』も『セラス』も、考えることはそう変わらん。ふふふ、面白いものが見れるぞ?エルド、やってくれ」
「承知いたしました」
そう言ってエルド王子が馬車に手をかざすと、
ブゥン……
馬車の上に、白く輝く、六条の星。王家を示す略式の紋章が現れた。
「かっけえ!!ホログラム!?!?」
シンプルながら、力強さを感じるデザイン。
「魔道具の一種だ。家紋を示して、安全に道を使わせてもらうわけだ」
「ほへえー、緊急車両みたいな扱いになるんですかね?」
「その例えはどうかと思うが……少なくとも余所の貴族に煽られることはなくなるな」
「うへぇ……この世界にもあるんですか……」
「死亡事故は少ないものの、ドラレコが無い世界だ。言い掛かりから始まり、家だけじゃなく派閥を巻き込んだ対立に発展するなど、アースより悪質なことが多い。残念なことだ」
いやーな話を聞いてしまった。
「さて、ここからは超特急で王都の観光だ」
ゴトゴトゴト……
王宮からまっすぐ伸びる、王都大路をのんびり馬車でゆく。
俺たちが乗る三台の立派な馬車に加え、数名の御者を乗せた馬車が安全運転で続く。
王宮を出てすぐの、貴族階級が暮らす区画。車窓から流れる景色を眺める。
「異国情緒とゆーか、異世界情緒とゆーか、豪邸ばかりだね。ってレイカの家もこんなだったな」
広々とした庭園が見える。
貴族の家、そして王宮に忍び込もうとする者たちの隠れ場所を少なくする意味もあるようだ。
「私の家が特殊なのは知っているでしょう?」
小さい頃、何度かレイカの家――夏樹家の別邸に招かれたことがある。庭でバーベキューしたっけ。
豪放磊落なレイカの父さん、おっとり美人のレイカの母さんに、遊んでもらったなぁ。
そういや高校に入学してから会ってないような。
「おじさんたち元気にしてる?」
「実家の方で二人とも、忙しくも楽しく過ごしているようですよ?昨晩もビデオ通話がありました。学校生活や部活動についてあれこれ聞かれたので、恙が無く過ごしています、とだけ。
そうそう、お父様から夏休み中みんなで遊びに来ないかと。また何か考えているのかもしれませんね」
「へぇっ、そりゃ楽しみだ。……んっ?なんかありましたか?」
目の前に座っているヘルヴォルさんとヴィルツがきょとんとしていた。
「あの、失礼ですが、お二人は、その……ご婚約なさっているのでしょうか?」
「「なっ!?!?」」
「当主様が家に招く……んですよね?親しそうなお二方を見ていて気になったのですが」
「いやいや、俺ん家は普通の家なんで、そんな深い意味はないっすよ!って、レイカの家はどうなんだっ!?」
「わ、私も!家はともかく、私個人には、そんな気持ちは!全くっ!これっぽっちもありませんっ!」
ヘルヴォルさんの質問を大慌てで訂正した。
「そ、そうでしたか。失礼致しました。親しい男女の間柄で、気兼ねなくお互いの家同士が交流を持てるという環境、少し羨ましく思いますね」
(っ!)
「……『セラス』だとそうなってしまうのですね。ヘルヴォルさんもヴィルツくんも家名があるということは、束縛が厳しかったりするのでしょうか?」
「ふふっ、私は末子なので、比較的自由にさせて頂いております」
「オレの家は……厳しいですね」
みんな、色々あるんだなぁ。
やはりと云うか、輝く王家の紋章を戴く、連なる馬車に、
何事か!?と騒ぎになっていた。
「ここが王都の大市です。平民街の台所としても機能し、王都内外の雑貨など幅広く取り扱っています」
大きな広場で開催されているバザールに辿り着く。広場の中央を真っ直ぐ貫く大通り、その両側には、屋台や露店がずらっと並んでいた。
「固定のお店を持てない王都民や行商人は、役所への届け出と出店料を納めることで、こちらにお店を開くことができます。販売する品物毎に、役所の指示で大まかに区分けされていますね」
降り立つと、そそくさと御者の人たちが、それぞれの馬車を停車場へ運んで行く。
不敬にならないようにと遠巻きに、ガヤガヤと見物客が集まる。一方、屋台の店主たちは、みな一様に顔を強張らせていた。
(お、これリンゴかな?)
「こちらですか?すみません、店主。アプフェルを一つ」
「はいっ!これが恐らく一番いいヤツです!お代は結構ですので!」
俺の視線に気付いたのか、ウンギさんが声を掛けた。
やたら恐縮したような店主から色艶の良い一つを受け取る。
リンゴに似た小玉のソレを齧ってみると、
「すっぱっ!」
「申し訳ございませんっ!申し訳ございませんっ!」
謝り倒された。
「落ち着け店主。何も取って食うことはない。ちなみに、これは一ついくらだ?」
陳列されたアプフェルから、ひょいと一つ手に取るエルド王子。
「はっ!えーっと、運ばれる量で変えていますが、今年は豊作らしくて白星小青銅貨六~八枚でやっております。まとめ買いしてくれる人やお得意様には多少色をつけている……という感じですね」
「ふぅむ、ミーア、調べてみるか?」
そう言いながらおもむろに、
ムシャリ。
「エルド殿下!?」
「エルド殿下!?」
「エルド殿下!?」
驚きの声を上げるガングさん、ヘルヴォルさん、ヴィルツの三人。
真面目組(勝手に名付けた)の声がハモった。
「ひゅぅ~!やるねぇ」
「お兄様、お戯れを……店主、秤はありますか?」
「えっ!?はいっ!こちらに……」
陳列棚の下から大きな天秤を取り出す店主。
「毒見もせずゲストに差し出しておいて、ホストが食べないのは、それは不実だろう?うむ、悪くない味だ」
気にせずシャクシャクと食べるエルド王子。
王族専用の広大な農地が城の裏手に存在しており、毒の混入を防ぐため、王族はそこで生産された物しか基本的に口にしないそうだ。
ぽんぽんと、天秤にアプフェルと呼ばれた果物を乗せ、反対側にじゃらじゃらと、大小様々な大きさの青銅貨を載せては置き換えてゆく。
「あれは、何をしてるんですか?」
「青銅貨を使って、あの果物の重さを測っている。貨幣毎に重さが厳格に定めてあるんだ。だから分銅代わりに使える」
「簡単に偽造されそうなデザインですね?」
シンプルなコイン、表面には一文字の出っ張り。
「ふむ。大きな声では言えんのだが、市場に出回るものには、その可能性もある。しかし、王宮が使用する貨幣には宮廷魔法師団による魔法刻印が内部に織り込まれている。これの偽造は難しい。だが本当の目的は違う。実はこの魔法刻印が破壊されると、その場所が王宮へ通知されるように設定されててな、」
「んー?」
「これまで小青銅貨を鋳潰して、大青銅貨を偽造する集団が各地に居たんだ。だが、市場に王宮の小青銅貨が出回ると、どうなるか想像できるか?」
「なるほど、その偽造集団の工房に紛れ込んだら、鋳潰した瞬間、その場所が解るわけですね……」
「可能な限り工房を炙り出し、背後関係も調べ上げて一斉摘発だ。相手もバカじゃない。何故場所がバレたのか、考えるはずだ。やがて、鋳潰した中に王宮が撒いた小青銅貨が混ざっていることに考え至るだろう。しかしそれは王宮が抱えるエリート魔法師の編んだ魔力隠形だ。ハグレ者どもが見破るのは容易ではない」
「うへぇ、何か重そうな話ですね」
「そうだ、それがお金の、この白星小青銅貨一枚に込められた重さだ」
懐から取り出したメモ帳に数を書き込み、計算するミーア姫。
アギさんが抱えていた重そうな帳簿の束からすっと、一冊を抜き出し、ぺらぺらとページを捲った。
「大体キロあたり六十~八十枚……先日、城に納品された物は……キロあたり小青銅貨五十五枚で計算されていますね。はぁ、後で問い詰めましょう」
「幸先が良いと捉えるべきか……先が思いやられるな……店主、騒がしくてすまなかった。あまり多くは渡せないが、これで許せ」
そう言って店主に小銀貨を一枚手渡す。
「ひぇっ!ありがとうございますうううううう!」
恭しく受け取る店主。
「うちの店にも寄ってくださいよ!」
「うちにも来てくだせぇ!安くしときますぜ!」
「味自慢の串焼き!食べていってください!」
一気に騒がしくなった。
「沈まれっ!!!」
しん……
「今日は市場調査に来ている!価格の調整は必要無い!普段の市場の様子を見せてくれ!……ただし、不正は許さんからな!」
響き渡るエルド王子の声に、店主たちの表情は十人十色という感じだ。
「むっ?お前、今顔を逸らしたな?」
「いえっ!そんなことは!」
「あら?この営業許可証……」
「っ!!!」
ミーア姫の指摘に、蒼ざめる装飾品の露店商人。
「本日の調査は予行演習である!不正に罰を科すことはない!だが、疚しさを感じる者は早急に改善せよ!できない者は王都から立ち去れっ!」
エルド王子の言葉で、慌てて店仕舞いを始める男。
怪しげな彼への、皆の視線は鋭かった。
「……魔力が感じられない、偽造した営業許可証を掲げていましたね」
「つまらない話をして、すまなかった!それでは皆の者!善く生きよ!」
「ウオオオオオォォォォオオオオ!!!」
「ウオオオオオォォォォオオオオ!!!」
「ウオオオオオォォォォオオオオ!!!」
「ウオオオオオォォォォオオオオ!!!」
「ウオオオオオォォォォオオオオ!!!」
一際大きな歓声の後は、みな、生き生きと商売を始めた。
その様子を
愁いを帯びた笑顔で、エルド王子は見つめていた。
どこかで見た表情だ。
どこで見たか、思い出せなかった。
のんびり更新。




