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異世界冒険部  作者: ノラえもん
11/25

貧乏伯

あとから加筆します。よろしくお願いします。

 ピピッ

≪アラート≫


「初めまして、異世界の【賢者】さま」


優しい女性の声音に振り向くと、胸元が大胆にカットされた、真っ赤なドレスが目に映る。


そして、


 ピコーン!

≪チャーム・パヒューム≫


ッ!?


『BP:150/150 → BP:148/150』


「ダクワーズ伯爵家、長女のアンナ・ダクワーズと申します」


甘い色香、美しいカーテシー。


「はっ、初めまして……黒野賢冬、です」

「【賢者】さまと伺っていましたが、とてもお若いのですねっ!わたくし、異世界に興味がありますのっ!」


こちらに近付こうとして、


「キャッ!?」


何かに躓いたのか、体勢を崩して倒れ込んできた。


慌てて支えようと、


トサッ


アンナさんにぎゅっとしがみ付かれる。


んッ!


「ごっ!ごめんなさい!」


甘い、肺いっぱいに吸い込みたくなる香り。


「だ、大丈夫、ですか!?」

「あのっ!えっと、ありがとうございます。【賢者】さま……えっと、純朴なお顔とは裏腹に、その、逞しいのですね?」


 ピコーン!

≪フェザー・タッチ≫


優しく胸元、そして腹部をツツっとなぞられる。


『BP:148/150 → BP:146/150』


あふん。


「あら?この生地、不思議な、これが異世界の……。あのっ、【賢者】さま、失礼でなければ、もう少し触れてみても、……よろしいですか?」

「えっ、えぇ、どうぞ……」

「あっ、ありがとうございますっ」


さわさわ……


(んんっ!あんっ、ソコはダメっ!!)


「これが異世界の衣服ですか。滑らかで、そして生地が恐ろしく、均一、ですね……」


下腹部、そして脇腹をゆっくり撫でられる。


「ここはあえて縫い目を魅せているのでしょうか。なるほど、このような技法もあるのですね」

「こっち、うっ……『アース』でも二年くらいか?前に…はっ…新しくデザインされたようです」

(我慢!我慢!)


「ここまで上質な生地、そして等間隔の裁縫。セラスでは滅多に見られませんわ」


(アンナさんは服飾に興味があるだけだ!耐えろ!)


『BP:146/150 → BP:144/150』


「よろしければ少し、あちらでお話できませんか?」

「え、えぇ」

「まぁ嬉しい!行きましょう!」


アンナさんに手を引かれて会場の隅に移動、


置いてあったソファーに並んで腰かける。


(アンナさん、近いです!)


「私の領地には温泉がありますの。是非、わが領にいらして下さい!精一杯の御もてなしをお約束しますわ!」


セラスの、おもにダクワーズ領の話となったが、色んなことをアンナさんから聞いた。


が、


開いた胸元へと強烈に誘引される視線を、気合で散らし、

立ち上がろうとするマイサンを、精神で抑え込み、

何より、


(あぁ、ガリガリBPが削られてゆくぅう……)

『BP:76/150 → BP:74/150』


スリップダメージでイエロー表示まで変化した通知が気になって、


彼女の話は、ほとんど記憶に残らなかった。


唯一、覚えていたのが、茨木先生の伝説だ。


【導師】ローズ。

魔獣の大群から四つの大陸を救い、様々な知識を与えながら旅する彼には、二人の女性が付き添っていた。

フィーア大陸での活動を最後に、その後の足取りを掴めなくなったそうだ。


時折通りかかるウェイターから赤ワインを受け取るアンナさん。


こくっと、喉を潤し、


「ふぅっ……私、少し酔ってしまったようです。あちらに休めるお部屋があるそうなので、

 その……【賢者】さま……介抱していただけませんか?」


上気した頬、瞳を潤ませて懇願するアンナさん。

合間合間のボディタッチで、


『BP:64/150 → BP:62/150』


(……やっちゃえよ)


とりあえず、アンナさんを支えて立ち上がる。


(……やっちまえよ)


「あっ……」


ぎゅうっと、抱き着かれ、


 ピコーン!

≪チャーム・ヴォイス≫


「(一緒に気持ちよくなりましょう?)」


甘く、耳元で囁かれる


『BP:62/150 → BP:60/150』


ピクッ


いかん。


いかんぞー?


 ピコーン!

≪ライジングサン≫



ふと、


ゾクッ!




首元に、立ち上がる息子に、氷の刃を当てられる気配がした。


 ビーッ!ビーッ!!!

≪大アラート≫


一瞬でサンセット。


これは、



殺気だ。



警報に、そっと振り向くと、


ナツキが凄い笑顔でこちらを見ていた。



 ピコーン!

≪威圧:Lv.1≫


ゴゴゴゴゴ……


ハルも笑顔でこちらにやってくる。

続くエルド王子は口を真一文字に結び、険しい顔をしていた。


慌てて俺から離れるアンナさん。


「魅了系の精神干渉魔法、でしょうか。僕のケントに、変なことしないで頂けますか?」

「っ!?……初めましてエルド殿下、【勇者】さま。誤解を招いたことを、お詫びします。わたくし、異世界の【賢者】さまに一目惚れしましたの。少しでも私のことを好きになって頂きたいと思いまして。悪意はありませんわ」


早口に、捲し立てるアンナさん。


「そうか」


一言、静かに答えるエルド王子。


「っここで失礼します、御機嫌よう」

慌てつつも、一礼だけは優雅に、そそくさと立ち去るアンナ・ダクワーズ嬢。


「……助かったよハル、ありがとう」

「どういたしまして。便利だね、アラート機能。邪魔しちゃったかな?」

「あぁ、美人さんだったけど、通知鳴りっぱなしで、気が気じゃなかったよ。……ホントだよ?」


何の言い訳をしているんだろうか。


「ダクワーズ家、ですね」

「なるほど、古いだけで新たな貢献もなかったからな。焦りもあったのだろう」


(違う、彼女は……。そうか、皆が、演じていたのだな。ならば、私も)


ふぅっ……。


「ケントっ!!このとおりだっ!すまなかった!!」


ガバッ!


そう言ってエルド王子は深く謝罪する。


王族が頭を下げる事態となり、周囲は大きくざわついた。


「えっ、あっ、何も無かったんで、大丈夫です、よ?」

「……ありがとう。その言葉で、私は救われた」


(しかし、ダクワーズ家か……どこか、ひっかかるな。後で記録を確認してみよう)


注目を集めたようで、アコ(を抱えたスカディさん)もやって来た。








「異世界の勇者様と聞いておりましたが、皆お若いですね」

「どう見ても、ただのガキじゃねェか」


アンナさんと入れ替わりで、眼帯をつけた厳つい男性と、燃えるような赤髪、気の強そうな釣り目の女性が現れた。


(アラート反応なし。強面だけどいい人なのかな)


「あっち、『アース』では普通の、えっえーとっ、学徒、で伝わりますか?やってますんで……」

「聞けば聞くほど、素晴らしい世界のようですね。ここ、『セラス』で学徒は普通じゃない。それこそ、富裕層の子女のみが得られる特権です。申し遅れました、ランツ・ヴォーダンです。ド田舎で男爵をやっております。お久しぶりです、エルド殿下。大きくなられましたな。初めましてミスター・ケント、ミスター・イサハル」


豪気なお方だ。


「よ、よろしくお願いします、黒野賢冬です……」

「初めまして。サー・ヴォーダン。青海勇春です」


「ははっ、面倒な呼び方まで、よくご存じだ。だけど、堅苦しいのは嫌いなんで、ランツでいいよ」


渋い、深みのある声だ。ナイス・ミドル。


「国境紛争の報告以来だな、ヴォーダン卿。苦労を掛けてすまない。カレンも壮健そうで何よりだ」

「いいんですよ、あの程度の小競り合い。中央の煩わしさに比べればなんてことは無い」

「アタイは規律だなんだは嫌いなんだよ。羽を伸ばせる場所の方が性に合ってるだけさね」



と、そこへ。


「みんな揃っていたか」

「カレン、失礼ひつれいなことしてへんやろね?」


京言葉を話す糸目、はんなり緑髪の女性を連れて、部長も現れた。


「うるせぇババァ」

「あんたおつむ軽いんさかい、キツキツうとるんですが、口悪いのは変わらへんなぁ」


「紹介しよう、赤いカレンと緑のコズエだ」


「よろしくなっ」

「よろしゅうたのんます」


燃える炎の様な赤髪、萌える若草の様な緑髪。


「キツネとタヌキですか」

「アヤカシの類ではあるが、精霊龍、ドラゴンだな。炎龍の禍煉カレン、樹龍の虚頭慧コズエだ」

「ど、ドラゴン!?」


その声に、聴き耳をたてていたのだろう、周囲は大きくどよめいた。


「けけっ、驚いたか、ガキんちょ」

「此度の異世界人はほんに可愛らしいことで。食べとぅなってきますわぁ」


カラカラ、クスクスと笑う、人を喰ったような表情の二人。


「ヴァイスに近い精霊種だ。昔は狂暴で恐れられた存在らしいが、龍の谷、ドラゴンバレーまでローズが挨拶に行ってからは、大人しくなったと聞いている」


「若気の至りってヤツだな!カッカッカッ!」

「龍王様に無手で勝ちはるなんて、ローズはん、人間やめとりましたなぁ……」


(挨拶とは一体)


「その頃は、まだ半分くらいは人間だったんじゃないか?まぁ、ヒトの文化を理解してもらうための学校を作って、あちこちをフラフラしている精霊龍を集め、叩き込んで、それからは、そこそこの共生関係が続いている」


壮絶な過去があったらしい。


「ヒトの飯はウメェからな!もっと早く教えて欲しかったぜ!」

「ウチらは基本的に食事を必要とせんさかい、頓着なかったんですわぁ」


ふと、気になったことを尋ねる。


「龍って、もっとこう、大きなイメージがあったんですけど」

「そこの二柱……、いや二匹か?」

「おいコラアッ!年上をもっと敬えっ!……ぁっ、スンマセン……」

「ほんまに、あんさんはぁ……」


部長にペコペコ頭を下げるカレンさん、呆れるコズエさん。


「精霊龍は、便宜上、龍とは呼んでいるが、


長い年月を経て、精霊素を纏うようになった『元』生物だ。長命種である龍種が多いため、そう呼ばれている。身体からだから解き放たれた存在、と云えばよいのか。信仰や概念、無意識の集合体なんかに形成された精霊が、個を発生する引き金となることもあるが、ヴァイスたち守護精霊とは少し毛色が違う」


「元より、大きな存在感を持っている龍がほとんどだ。内包する精霊素を、ヒトの大きさ(サイズ)まで圧縮している。諸々の影響もあり、この世界セラスでのパワーは相当なものだ。青海が持つカリスマ性、そんなものは比じゃない。……ふぅむ?」


何やら思いついたらしい。


「これも経験になるのか?……少しだけ、いいな?少しだけ、セーフティを抑えてみろ」


「加減違っても許してくれよぉ?」

「リリィ様の制限が無ければ……ほなら、ちぃとばかし……」



ズッ……ゾッ……




ピキッ……




恐怖で、凍る世界。





息を呑む。




喉が渇く。






あぁ、





今から、





死ぬんだな。









「くっくっくっ、はっはっはっ!」



パァァァンッ!!!!



ランツさんの豪快な笑いで、冷たい世界が、一瞬で砕け散った。



「……バカモノめ。やり過ぎだ。見物客まで殺す気か」


ビーッ!ビーッ!ビーッ!


通知が五月蠅い。遅れて、ガタガタと、体が震える。


みんなのBPが赤くなっていた。1しか残っていない。



「大事なお客様を殺す気ですか?二人には、後でお仕置きが必要ですかね?」

「うぅむ、許したのは私だが、ここまで加減を知らんとは……後は教育係に任せる」


(ウチは関係あらへんやろ……)

「横暴だっ!……ぁっ」


ランツさんの笑顔が、なんか、怖かった。




「セラスでの最初の目的地は龍の里だ。ランツが治める領地にある。道中あちこちの街や村に寄るとして、順調に進んで二~三か月といったところか」

「こちらに着く頃は冬になってるかな?ヴォーダン領名物、『おでん』の美味しい季節だ。みんなが来るのを楽しみにしているよ」


そう言って、すっと手を差し出すランツさん。


しっかり握手を交わすハル。



しかし、


「……ランツさんもヒトじゃないんですか?」


ハルの一言で、その場の空気が固まった。


「へェっ?」

「あらまぁ」


感心の声を漏らすカレンとコズエ。



「ふっ、はっはっはっ!ご明察です。私もカレンたち同様に精霊です。ただし、『セラス』のオリジンではありませんが、ね」

「おい、ネタばらしが早いじゃないか」


豪快に笑い始めるランツ。


(なるほど、そーゆーことね)


一歩前に出る。


「ふっ……。おでんの話で確信しました。サー・ランツ」


(全てが、繋がった)


「Lanze・Woden。『槍のオーディン』。何故、北欧神話の神様がここに?」

「……ほぅ?これでも、『セラス』では隠していたんだがな。よく気付いたな。『アース』に住まう者よ。ふむ、【賢者】の二つ名は伊達じゃないな」


不敵な笑みを浮かべるランツさん、いや、ここは軍神オーディンと呼ばせてもらおう。


(思考が冴える。これが≪演算力強化≫か)


周囲を見渡すと、みんな呆気あっけにとられている。


(おでんとオーディン。この繋がり、高尚すぎて誰も理解できなかったか。いやー自分の才能が恐ろしいね!)


「ランツ、このバカに付き合わなくてもいいんだぞ?」


え?


「はぁ、しかしヴァイスからは『鉄板ネタで喜ばれる』と……」


あ、あれ?何の話?


「悦に浸っているところすまん、黒野。翻訳を担当したヴァイスの悪乗りだ。お前たちがイメージしやすいよう、翻訳魔法で『アース風ポトフ』を『おでん』と意訳しているだけだ。残念ながら深い意味は無い」


……ん?


「え?隻眼で槍でオーディンのおでんだよ?ハルもそれで気付いたんじゃないの……?」

「あっ、あぁ……えーっと、ごめん、ケント。僕はランツさんに、ヴァイスと触れた時と似た感覚があっただけで……それに」


「ん?あぁ、これかい?」


グィっと眼帯を持ち上げるランツ。


「眼帯を着けていれば歴戦の強豪に見えると聞いてね。まぁ、ただのファッションだよ」


うん。こっちにも綺麗な蒼い瞳があった。


「……もう、やめてよぉ」

「あ、ははは……」

「ハッ!ハハハッ!!!!」



は、恥ずかしいぃぃぃいいい!!!!!!!!




―――




「はぁ……、私にこのような場所は似合わんな。ヴォーダン卿に会えたことが唯一の収穫か」


煌びやかな会場の片隅で溜め息を吐く、やつれ顔の男性。フルース・ノルド準男爵。



「このような会合のために、わざわざひと月もかけて」


(そうか、村を出て、ひと月も経ったのか。スヴェンのところはそろそろ子が産まれているはずだな。無事に産まれただろうか。しかし、産まれたとしてもあのような痩せた土地では、な)


東のカミラーム帝国との戦争で活躍し、準男爵位と、領地とは名ばかりの開拓村をフルースは拝領した。スヴェンはその時について来てくれた義理堅い部下たちの一人だ。


彼らのことを思うと申し訳なくなり、また、溜め息が漏れてしまう。


「はぁぁ……全く、『叙勲は武人の誉れ』と薦められたのも、一体、何だったのだろうな」




―――




思い返される五年前の初冬、


東部国境要塞防衛戦。


隣国カミラーム帝国との、約半年に渡る戦争、その最後の戦闘。


ランツは小競り合いと笑うが、相手は五千を超える大隊であった。




東部国境警備隊、隊長、猫目のフルース。


記録上では赤龍、緑龍、そして【龍騎士】ランツの活躍に隠れてしまいがちではあるが、フルースを知る者からの評価は高い。



フラッハ平原、第一監視キャンプ場。



空気は乾燥し、肌寒い日が続いていた。

見渡す限りの地平線、背後から吹き抜ける冷たい西風が、枯れ草を揺らす。


西日は沈み、遅れて東の地平線から満月が昇る。


平地で遮る物が少なく、守りづらい要塞ではあるが、後ろには王国の一大穀倉地帯が広がっており、放棄するわけにもいかない。

奇襲や夜襲を得意とするカミラーム帝国を相手取るには、複数の監視キャンプを設置して、侵攻を早期に察知することが要とされてきた。


騎兵で散発的に攻めてきては、火炎魔法で穀倉地帯に火を放ち、素早く撤退する。今年の収穫は例年の七割程まで落ち込んだ。



煮え湯を飲まされ続けてきた。



「おーい、スヴェン!交代の時間だー!ご苦労さん。飯も、良い頃合いだ」

「夜番お疲れ様です、フルース隊長!今日も美味しく頂きますよっ!」


急ごしらえの簡素な物見櫓ものみやぐらに、


「今日も煮込みですまんな。流石に飽きたか?」

「クッッッソ寒い仕事終わりに温かいメシ、それだけでやる気が出るってのに。隊長のは、美味いんですよ」

「そうか。ならば、もっと美味くせねばな」

「この戦争が終わって、隊長が店を出したら、絶対に通いますよ」


軽口を交わしながら登る。





国境警備要塞の指揮官、という立場にある彼が、ほぼ毎晩、最前線のキャンプに足を運ぶ理由、それが彼の持つ特異ユニークな精霊魔法、≪遠見≫と≪暗視≫にあった。



―――



狩人の子として産まれ、父を真似て、幼い頃からフルースは弓に触れてきた。

返しとロープの付いた矢を放ち、獲物を引き寄せてナイフで仕留める、幼いなりに完成されたフルースの狩猟スタイル。


大人に混ざって狩猟大会に時々参加しており、それが、視察に訪れていたリクルーターの目に留まった。


子供の腕力で飛距離は短く、大きな動物は狩れないものの、獲物やその痕跡を見つける能力がずば抜けていたのだ。


リクルーターの強い説得もあり、彼は幼くして軍属となった。


初めは天賦の才かと思われた探査能力は、詳しく調べたところ、下位の光精霊によるものだと判明する。

遠くの光、小さな光は精霊が屈折させて拡大し、暗がりの微弱な光は精霊が強める、それが≪遠見≫と≪暗視≫の正体だった。


能力を発動する時、フルースの両目には猫の目のような明るい光の筋が現れる。それがフルースの二つ名、『猫目』の由来だ。


光の精霊魔法と分かり、魔法について学んでみたものの、フルースに懐いた下位光精霊には、≪遠見≫と≪暗視≫以外のことは出来なかった。




成長したフルースは集団戦闘訓練にも参加するようになる。

弓兵として皆より一歩引いた位置で立ち回る彼は、戦闘の流れ、そして兵士ごとのクセをよく視ていた。

複数の鏑矢を使った押し引きや陣形変化の号令、その影響は訓練人数が増えるにつれて顕著となる。

「フルースは戦い運びが上手い」そんな噂が若い兵士の間で流れるようになるまで時間は掛からなかった。


そんな彼の才能にウンギ・ヨウ・リキシーが目を付け、指揮官としての教育を行う。


個人の戦闘能力は然程さほど高くは無いものの、都市間で定期的に行われる大規模戦闘訓練では巧みな用兵を陣頭で見せ、素晴らしい戦績を残した。


山賊掃討などの実戦においても広い視野を持ち、状況を読み解く能力に優れ、罠や暗がりに隠れた伏兵に気付き、敵の攻撃はフルースに届かない。


その手腕を評価され、東の城塞都市ラヴァックスからの要請で、緊張高まる東部国境警備要塞の指揮官となった。



―――



(今宵は満月、輝く星空だ。夜襲は無いと思いたい、が……いや、逆に月明かりに照らされた方が、纏まった行軍がしやすいのか……)


考え事をしていると、瞼がゆっくりと降りてくる。


昼夜を問わず繰り返される奇襲の報に、まともな休みを取ることもできず、フルースは疲労困憊の状態であった。


(いかん、いかん。気を引き締めねば)


パシンッ!


一つ、強く頬を叩く。


ザァッ……


澄んだ空気、冷たい夜風が頬を撫で、すぐに熱を奪う。



空を見上げれば、大きな丸い月と、落ちてきそうな星空。



「私はいつまで、こうしているのだろうか」



(はぁ……)



ふと、




宵闇にまぎれ、





地平線が蠢いた気がした。




本能で危機を察知する。




すっと、フルースの瞳に奔る光の筋。


≪遠見≫と≪暗視≫を発動させる。




ついに、きたかっ!




「敵襲だあっ!!!敵襲っ!!!起きろおおおおおおっっっ!!!」



フルースの判断は的確で早かった。



大声で叫びながら物見櫓から飛び降り、戦闘魔法師を叩き起こす。


すぐさま光の信号魔法を近隣の警備キャンプへ打たせて危機を伝えた。


「スヴェン、ラヴァックスに走れ!援軍が間に合わなければ要塞は放棄する!」

「わたしだけっ?!私も隊長と共に戦せて下さいっ!」


ぐっ……


(こういうのは、苦手なんだが!なぁっ!)


ガッ!


強く肩を掴み、睨む。


「いいか?よく聞け。これは命令だ」


ギチッ


「後ろには伝令を潰すための伏兵がいる。それでもお前なら、やれる」


その眼から、察した。


「くっそぉっ!」


睨み返して、腕を払いのける。


掴まれた肩が、胸が、ズキズキと痛む。


繋いでいた縄を解き、素早く馬に跨るスヴェン。


「ご武運をっ!」


駆け出す早馬。



(託したぞ)



「装備だけでいい!糧食とテントは捨て置け!火を放て!」


部下と共にキャンプの撤収作業を急ぐ。



地平線の向こうから近付く、黒く蠢く集団。


(できるだけのことは、するさ)



サッと、



巨大な月影がよぎる。



(なっ!?)



反射的に顔を上げる。




星空より、静かに降りてくる巨躯。



初めて目の当たりにしたが、フルースは、ソレが何かを知っていた。




『精霊龍』




ゆっくりと、大地へ降り立つ赤龍の威容が、篝火かがりびに、燃えるテントに浮かぶ。





キャンプの皆が、未知の出現に震えていると、




『ビビってんじゃねェ、アタイらは仲間だ』


と、龍が口を開く。




驚いた。




その力強い声音で、不思議と震えは収まっていた。


唖然としていると、龍の背から一人の男性が飛び降りる。


「驚かせてすまない。西で男爵をしているランツ・ヴォーダンだ。夜鷹よたかが騒いでたんでな、遊びに来たよ」


飄々と答える【龍騎士】ランツ。


西の端に位置するヴォーダン領、その領主が何故窮地に現れたのかは謎であるが、



「ここは任せろ。要塞が騎兵隊に狙われている。記録官だけ残して、お前たちはそちらへ走れ」




その言葉で状況を理解し、


撤収作業を打ち切り、


「信号弾を放てっ!!」


周辺のキャンプにも伝えた。


すぐさま部下たちを連れて要塞へ馬を奔らせる。



【龍騎士】や精霊龍については以前、師事したウンギ様より聞き及んでいたものの、初対面であるヴォーダン卿とドラゴンに敵大隊を任せるのは一抹の不安が残った。


しかし、後の報告でそれは杞憂だったと分かる。






戦闘記録『龍星群と紅海』

報告者:ハミング・バード

損失:第1~10監視キャンプの備品

人的被害:なし

戦果:敵大隊、(およそ五千)の壊滅


カミラーム帝国からの一方的な侵攻が始まった。


蠢く集団を止めるそれは、紅き焔の暴君による、一方的な蹂躙だった。

夜空に紅い軌跡を残しながら、容赦なく敵陣へと降り注ぐ無数の弧炎は、さながら流星群。

平原を染める龍の息吹は、さながらくれないの海。


蒼ざめた満月の下、


咲き誇る紅は、


美しくもあった。



≪焔の群れ≫

タイラント級のファイアドラゴンを駆り、空中から炎の投槍をばら撒くランツの最大火力。

乾燥した西風に煽られカミラーム帝国方面へと延焼、時には螺旋炎を巻き起こしながら、大地を焼いた。




敵攻城部隊はランツに任せ、騎兵隊の強襲を要塞に駐屯する兵たちと共に対応する。

騎兵国家とも呼ばれるカミラーム帝国、その騎兵隊は総じて練度が高い。


仲間たちと共に要塞へと駆け込み、



「敵騎兵隊接近!!!みな武器を持て!!!!」



フルースは大きく叫んだ。



敵攻城部隊の到着までは時間がかかるはずだ。



階段を駆け上り、物見の塔の屋上へと急ぐ。




すっと、フルースの瞳に奔る光の筋。


≪遠見≫と≪暗視≫を発動させる。




フラッハ平原を見渡せば、北東・南東、双方向の彼方かなたより近付く騎兵隊が見えた。



(この数を相手取るのは……!スヴェン、都市への伝達急いでくれよ!)





「「「ウオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」」」

「「「ウオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!」」」

ドガガガガガガガガガガッッッッ!!!!

ドガガガガガガガガガガッッッッ!!!!




彼方より届く静かな、敵騎兵隊の雄叫び、大地を踏み荒らす蹄の群れ。



次第に大きくなる地鳴りに急かされ、必死に策を練る。



籠城か、それとも撤退か。



この判断を遅らせることは自身の、




部下たちの、




そしてヴァアイスシュテルンに住まう民たちの、



『死』




(考えろっ!フルースっ!考えろっっ!何か無いのか!)



すると、



『うむうむぅ、しっかり撒いといてくれはったなぁ』



不思議な、のんびりとした声が頭上から聞こえた。





ハッと驚き上を見上げるも、




そこには大きな蒼い月が、ただ静かに在るのみ。




しかし、



『ぎょうさん、根付いたなぁ。こっからはウチん仕事どす』




景色がぼんやりとし、



すうっと、



静かに、虚空から現れるその威容。





月明かりに照らされたのは、




空に浮かぶ、緑の百足むかでだった。




先ほどの赤龍、それ以上の巨躯を持つ、その姿に圧倒された。


苔むした背、腹から生える無数の根、そして、


喰らいつくす顎。



(さっきから、一体なんだというんだ!?)


世界に騙されているとでも呼べる状況にフルースは混乱する。




『いきますぇ……――≪爆発的繁茂≫!』




ズズズ……


大地の鳴動が聞こえた。





ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!!!!


次の瞬間、大地を割り、次々と現れる緑の群れ。木、木、木。



「うっ?うわああああ!!??」

「ぐっは!」

「何だ!?!?」



突如、地面から伸びる無数の樹木に、カミラーム騎兵隊の足が止まる。

戦慄わななく馬から皆が落馬し、敵陣は大混乱に陥った。


「ギャアアアアっっっ!!!!!!!!!!!」

「なんなんだよこれえええええ!?!?!?!?」

「グッ、ガッー!!!!!!!!!!!!」


止まらない樹々の成長。



樹、樹、樹、樹、樹、樹、樹、樹、樹、樹、樹、樹、樹、樹、樹、樹、樹、樹、樹、樹、樹、樹、樹……!!!



「たっ、助けてく、がっ!?」

「っやめ!」(プチッ


隆起した根に躓くもの、ときには絡み樹に押しつぶされるもの、気勢を昂らせるために上げていた鬨の声は、阿鼻叫喚へと変わっていた。


鬱蒼と生い茂る樹海。


月明りを吸い込む枝葉の下は、一寸先も見えぬ闇。


騎兵隊を閉じ込めるように天然の迷路が、要塞の周囲一帯に完成した。




蹄に踏み荒らされた大地は、


その『生』を謳歌するかのごとく、


ケモノたちを踏み潰した。


『こっちもあげるさかい、気張りや?≪木霊の加護≫!』


ぱぁあああああ……


っ!


一瞬目が眩む。


恐る恐る目を開くと、


幻想的な世界が広がっていた。



満天の星空、月光の下、


要塞内を飛び交う、無数のホタル。



淡く明滅する緑光が、ふわふわと、


警備隊たちに、次々と吸い込まれる。


フルースにもふよふよと近付いて、


スッと、体に吸い込まれた。


その瞬間、不思議な感覚に包まれる。


『コッチダヨ』『クスクス』

『コッチニモイルヨ』『オイデヨ』

『コッチニキテヨ』『ケラケラ』


林が、私たちを呼んでいる?


林のあちこちに、淡く光るホタル樹が見える。


そこに、敵がいるのか……


『ふぅい、しんどいなぁ。あんじょうできたやろか?後始末は任せたでぇ、真面目なお兄さん』


その言葉を残し、ふわっと、霞のように消える緑龍。


ありえない光景に一瞬呆けてしまったが、フルースの判断は早かった。


物見の塔を駆け下り、部下たちを招集する。


「集まれっ!!!!」


「反撃に転じるぞおおおっ!!」


「「「「応おおおおおおっ!!!!!!」」」」

「「「「応おおおおおおっ!!!!!!」」」」

「「「「応おおおおおおっ!!!!!!」」」」




頭上の樹々から降り注ぐ緑光、照らし出された道なき道を、


迫り出した根に躓かないよう、部下たちと慎重に進む。


ふと、


昨秋、参謀部より不思議な命令が下ったのを思い出した。



―――



「これを、要塞の周りに?」

「そうだ。できるだけ広範囲に、最低でも1キロ、全てだ。枯らすなよ」


要塞に運ばれたのは、樽に詰められた大量の樫の木の実。いわゆるドングリだ。


意味が分からなかった。


参謀部はこの一帯に樫の林を作ろうとでもいうのか、一体何年かかることやら、と呆れたが、命令とあれば、従うしかなかった。


作戦の詳細も不明、嫌がる部下を宥めながら、自分も率先して種蒔きを行った。



黙々と。



初夏に入ると、あちこちから小さな芽が出ていた。


これも任務だ、と部下には踏まないよう言いつけた。乾燥させないように、と水撒きも行わせた。何分、範囲が広い。要塞の井戸水を汲み上げては、運び、撒く。重労働である。



ステップ気候。

草原が林に変化しない理由だ。


そして同月、


カミラーム帝国からの宣戦布告があった。



カミラームの主力でもある騎兵の相手は長槍が基本となるが、要塞に招集された兵は剣士、しかも片手で扱える短めの剣を獲物とする兵が多かった。



―――



(林での戦闘は、長槍は使えない。そして、この作戦は一度きりしか通用しない。纏まった数の騎兵隊が現れるタイミングまで待っていたわけだ。なるほど、情報漏洩を恐れて作戦内容は伝えなかった……参謀部はここまで見越していたのか)



「こ、こっちであってるよな?」

「知るかよっ!松明落としたお前が悪いんだろうがっ!」

「ゆっくりでいいからな。ゆっくり……」


「!(静かに散開せよ)」


部下たちへ伝える。


降り注ぐ緑光の先、


樹々の隙間を縫って現れたのは、


松明を持った男を先頭に、手を繋いで練り歩く、怯えた表情のカミラーム兵たちだった。


(やはりこの緑光は、私たちにしか視えないのか……)


部下の配置を確認。


フルースは、集団に声を掛けた。


「止まれぇっ!!!」


「っ!?」


ガチャッ、ガチャッ、ガチャッ、……!


敵兵たちが慌てて武器を抜く。


「武器を捨て、投降するなら命までは奪わん」


「はっ!一人で何ができるってんだよ!」

「おっおう!やってやるぜ!」

「オレたちは最強のカミラーム兵!馬が無くとも戦える!」

「森林戦はオレたちの領分だ!」


終わりの見えない迷路への恐怖を忘れようと、

次々と威嚇の声を上げるカミラーム兵。


「……警告はしたからな。戦闘の意思ありと見做す。かかれっ!」


暗闇から忍び寄る凶刃。


始まる一方的な殺戮。


(無用な殺しは好かんのだが、なぁ……)



木霊に導かれ、彷徨うカミラーム兵を次々と屠った。



(はぁ……)


部下たちに気付かれぬよう、心の中で溜め息を吐いた。



―――




あっという間に戦闘は終わり、壊滅的な被害となったカミラーム帝国はヴァイスシュテルン王国への侵攻を断念した。

平原の三割をヴァイスシュテルン王国へ譲渡することを約束に停戦協定を結ぶ。



夜警を続け、部下を纏め上げた隊長フルースは、その功績を讃えられた。





しかし、その後が問題であった。


準備に手間取り、防衛戦に間に合わなかった衛星都市の常駐兵、司令官たちは「面子を潰された」とフルースを逆恨み、都市の首長や一部の旧貴族と結託して【王】に叙勲を進言、体よく辺地へ追いやった。





戦場での冴える采配と裏腹に、





フルースは政略に疎く、





味方の『悪意』に気付けなかった。






―――






せめて、ここにある食事を少しでも彼らに持ち帰ることができたら、なぁ。


また、溜め息を吐きそうになる。


(悪いクセだと判ってはいるが……)


はぁ……



「フルース・ノルド準男爵とお見受けいたします」

「っ!?そうだけど。君は確か、リリィ様の付き人だったかな?すまないね、人の名前を覚えるのはどうも苦手で、ハハハ……」


突然掛けられた女性の声に、身構える。


(いかん、これも悪いクセだ……)


「ヴィクトリア・バードウィングです。主より、こちらを」

「これは?」


トリアより渡された書状を開いてみる。



『目録


 栄養剤

 ミネラル錠剤

 抗菌薬

 抗寄生虫薬

 イモ類種苗

 肥料各種

 嫁(返却不要)


 以上を進呈する。


      リリィ』



「このような茶番に付き合わせたお詫び、とのことです。後日、領地へ順次配送させていただきます。物品の使用方法については嫁にお聞きください」

「茶番とはいったい……ん?嫁?」


「アクア・ビットと申します。初めまして、フルース様」


可愛らしい声が聞こえた。


女性にしては背の高いトリアの陰から現れたのは、あどけなさの残る青髪の女の子だった。


「彼女は水の精霊魔法を使う医師見習いです。働き口と嫁ぎ先を探していたようなので、声を掛けてみました」

「いやいやいや!?水魔法を使う医師、しかも精霊魔法だって!?どこだって引く手数多でしょう!」


自身の魔力を糧に魔法を行使する一般的な魔法師と違い、セラスに存在する精霊に愛された精霊魔法師は短命の制約が無い。

下位光精霊のお陰で目がいいだけの自分と違い、清潔な水を生み出せる水精霊に愛された精霊魔法師は、どこでも神のように崇められる。


「それに嫁ぎ先って!うちの村にキミくらいの若い男は居ないよ!」

「ふっふっふ~♪ノルド領に医師はいない、それに清潔な水の確保にも苦労している、そ・し・て、領主様が未婚で困っている、違いますかぁ?」


悪戯っぽい笑顔で尋ねてくるアクアにしりごみする。


そうなのだ。

想い人の一人もおらず、幼い頃から軍属一筋。指揮官の知識としてウンギからハニートラップについても叩き込まれたフルースは、女性と距離を置くクセがついていた。

準男爵となったものの、領地は北の寒村、老け顔のフルースに嫁ごうとする女性は皆無だった。


「うぐっ、嫁って私の、という意味でしたか……確かにおっしゃる通りです。しかし、それに見合うだけの対価が、私にも、私の領にも無いことも把握しております。それに年の差が……」


するり、とフルースの手を取り、発展途上の胸にギュっと抱くアクア。


「年の差なんて愛があれば関係ないですっ!私は、真面目なヒトのもとで、みんなの命を救いたいのですっ!」

「!?!?ち、ちょっと!初対面で、そんな簡単に人を信じちゃダメだよ!」


「フルース様のことはお祖母ばあちゃ、こほん、お姉ちゃんから聞いていました!ずぅっとお会いしたかったのです」

「君のお姉さんと私は、会ったことがあるのかな?一体、誰だろう……」

(お祖母ちゃん?聞き間違えかな?)


「私とフルース様がもっと、もぉ~っと深ぁい仲になったら紹介しますぅ!な・の・でっ、一緒に頑張りましょうっ!」


「あ、ありがとう?……そうだね、こちらとしては願ったり叶ったりです。これからよろしくお願いします、アクア様」

「『様』なんて他人行儀は、ダ・メですよぉ?私のことは『アクア』とお呼びください。寂しいじゃないですかぁ」


あざとく瞳を潤ませてフルースをじっと見つめるアクア。


「あ、アクア……さん?」

「だ~めっ!ア・ク・ア、です」

「分かったよ、アクア」

「きゃーっ!アクアですって!これはもう結婚しかありませんねっ!あ・な・た?」


赤くなるフルース、きゃぁきゃぁ騒ぐアクア。




アクア・ビット。

水の精霊龍であり、こう見えて《ピー》十四歳である。フルースとは比べ物にならない長寿だ。

年の差婚を気にされて困るのは、実はアクアの方であった。




(フルース様、チョロ可愛いですぅ!)

龍は力場で飛んでいる感じで。

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