お食事中
よろしくお願いします。
「うひょー、すげぇ!」
「あぁ、確かにこれは凄いね。見た目も美しい」
「大皿からのサーブではなく、盛り付けられた小鉢が多いことに少々驚きました」
「こんな場所でお食事できる日が来るとはぁ……」
テーブルにずらっと並べられた料理の数々。一つ一つが色鮮やかに盛り付けられていた。
(この葉っぱも食べられるのかな?お、この世界にもタンポポあるんだ)
一先ず向けられる《アラート》視線は意識から外して、目の前の料理を楽しむことにした。
補佐の皆さんが、それとなく視線を牽制するよう立ち回ってくれており、ありがたい限りである。
あれこれ見ていたら笑顔の給仕さんに声を掛けられた。
「気になるものがあればお取りいたしますよ」
「んー!じゃ、この肉を」
兎に角、肉だ!肉を食べたい!
「こちらですね。こちらはアベンド・ヴァルト産ベフ肉を使用しております。フォンに使用したカフ肉、そして香りづけに使用したキルシュヴァサも同じくアベンド・ヴァルト産を使用しており、」
「へぇ!なるほど!それは楽しみだ!」
さっぱり分からんかった。
「……リリィ様、よろしいですか?」
「あぁ、かまわん。こいつらにも学ばせたいしな」
「寛大な心に感謝します」
ん?エルド王子?
「……おい、お前。彼らはアースから、『今日』『初めて』セラスにいらしたのだ。どこ産だ、何の肉だ、そんな説明で伝わるはずもないだろう。このパーティは【国賓】である彼らの歓迎会だ。彼らのことを第一に考えろ。そうでなければ、このパーティのホストである我ら王族、延いてはヴァイスシュテルンに泥を塗るものと同義だ。相手を見ようとせず、平常業務の延長で漫然と対応するその姿勢、一流とは呼べん。今一度、給仕の本質を見直せ」
わー……静かに諭すの、めちゃくちゃ怖ええええええ
「あのっ、俺は気にしてないんで、大丈夫です……よ?」
「【国賓】を持て成す場に抜擢した、その意味が分かるな?期待しているぞ、精進せよ」
「っ!誠に申し訳ありませんでした。……、改めてご説明させて頂きます。こちらの料理は、煮込む前に折り重ねるよう炎熱魔法で火入れをし、肉質に変化を与えております。噛むほどに感じられる重層的な味と食感の変化を、濃厚なスープと共にお楽しみください」
凄い。一瞬で仕切りなおした。
給仕さんの笑顔は変わらないのに、その表情の奥から真剣な、強い意志が感じられるようになった。
「これが国を背負う王族の覚悟だ。配下の過ちを正し、許す度量もある。そして給仕もプロだ。うむ、合格だ」
スッと、
部長に一礼するエルド王子。
取り分けて貰ったビーフシチューっぽい料理を口に運ぶ。
「ふーむ、まったりとしてもったりとして、それでいてコークがありスクリューがあり……うん、うーまーいーぞー!」
「……下手な食レポはいいから黙って食え。給仕の説明が台無しだ」
「ケント、恥ずかしいから止めてちょうだい……」
部長とナツキからイエローカードをもらってしまった。やばい、いきなりツーアウトだ。
ナツキが手に取ったのは蓋付きの小さなガラス製の碗。透明なスープ、小さな肉団子らしき具がひとつ、うっすらと見える。
透明な蓋を浮かせると、ふわっと優しい香りが拡がった。
すっと一口、
「異世界の料理と聞いて少し身構えていましたが、んっ、これは出汁、ですか?」
ナツキが尋ねる。
「昔、何でもかんでもぶちこんだ濃い味付けにローズがブチ切れたことがあって、ヤツの指導の賜物だ。王都の富裕層を中心に『日ノ国』に近い味付けが広まっている」
(料理長を呼べ!とかやったんだろうか)
「『本当の料理を教えて差し上げますよ』とか言ったらしいぞ」
「あぁ……やっちゃったんですね」
「かなりアレンジされていますが、これは寿司、でしょうか。これも茨木先生が?……うん、意外とイケる。でも、手を付ける人は少ないかぁ。美味しいのに、勿体ない」
周囲を気にせず、ささっと好きな物を自分でプレートに乗せてるハル。魚尽くしである。
肉好きの俺とは逆に、ハルは魚介類が大好物だ。
(んー?そういや、ハルが牛肉や豚肉を食べてるところ見たことないような。嫌いなんだろうか?)
「あぁ、調理技術自体は確立されているんだが、氷が貴重でな。生食の文化はセラスに中々受け入れられないものだ」
氷魔法による冷蔵・冷凍保存は、セラスに古くから存在する。しかし、如何せん、魔法師の確保が問題となっている。
魔法師は短命で高給取り、『命を切り売りしている』と昔から揶揄されているそうだ。
比較的大きな町では専属の氷魔法師を抱えており、散在する共同氷室を管理する一方、町から外れた小さな村や集落ではギルドに派遣を依頼する、もしくは不定期に訪れる魔法師に個人で対価を支払っているのが現状だ。
「あそこに控えている男たちがそうだ。食事が並べてあるテーブルに熱変動の魔法をかけてまわっている」
給仕とは違う服装の若い男性が、歓談する貴族たちの間を縫って、右へ左へとテーブルを移動し、手をかざして何やらやっている。
「熱は温かい方から冷たい方へ移動するものだが、それを魔法で逆転させているんだ。利便性が高いから大体の魔法師は習得している」
「あぁ、それで器が温かかったり、冷たかったりしたんですね」
「経験を積めば、お前たちもすぐに使えるようになるさ」
「経験って、敵を倒したり?って、そもそもセラスにはモンスターみたいなのがいるんですか?」
ふと、疑問に思ったことを聞いてみた。
「黒野が想像しているモンスターとは違うが、狂暴化した野生動物、『魔獣』は存在する。高い知性を持つ個体が群れを統率することもあり、あちこちの町が被害を受けているな。まぁ何も敵を倒すだけが経験じゃない。さっきヴァイスから受け取った経験もあるだろう?色々試してみることだ」
「まさに冒険って感じになりそうですね……」
「安心しろ、補助輪付きだ。死ぬことは無い」
ちょっとだけ沈んだ気持ちを振り払うように、目の前の料理へと手を伸ばした。
しばらく料理をぱくついていると、
「あの、部長、食べた物はどこへ消えるのでしょうか?」
咀嚼し嚥下、お腹に入るまでは、確かに『食べている』と感じる。しかし、一向にお腹が膨れない。
流石に怖くなったのか、ナツキが尋ねた。
「酵素によるゆっくりとした消化ではなく、化学反応を応用した魔法で分解、合成を行っている。魔法の体だからといって、栄養が全く不要というわけでは無い。アバターの維持に必要な分だけを残して、大部分は水蒸気と二酸化炭素、そして窒素として大気中に放出している」
「それっておもら≪アラート≫」
危ない。
「≪ジェネレート≫、時にはこうやって甘味を作ってやると喜ばれるな。食べてみろ」
その言葉で、光と共に部長の手の平に、ラムネ菓子程度の白い粒が現れた。
摘まんで口にいれると、
「んー?ほんのり甘い。砂糖……じゃないな、何だろう?」
「グルコース、ブドウ糖だ。後でスキルに追加しておいてやるが、濫りに使うなよ?甘味を作ることを生業としている者もいるからな。そして、それとは別に≪イジェクト≫」
部長の手のひらに、再び白い粒が現れる。
「それは?」
「ふふっ、食べてみろ」
口に入れると、
「しょっぱ!あっ、苦っ!なんすか、これ……」
「必須ミネラル分だ。海から遠かったり、岩塩の産出が無い地域で暮らす人たちには、こっちの方が喜ばれるな。トリア、後で頼む」
「承知いたしました」
あんなまずいものが喜ばれるのか……
口直しに水を飲んでいると、
「これも飲んでみろ」
部長より勧められたグラスには赤い液体が注がれていた。
「この匂い、ワインですか?俺たち未成年じゃないですか……」
「『日ノ国』の法律は適用されんから安心しろ。アルコールによるアバターへの悪影響も無い。ただ、美味いと感じるかは、保証できないがな」
グラスを受け取り、口に含む。
「うっ渋い……苦い……甘い……のか?こんなもの、よく飲めますね?」
口の中で味覚が渦巻く。
テーブルにグラスを置くと、給仕の男性がまだ半分以上残っているソレを、静かに回収していった。
「ふぅむ……、こっちはどうかな?」
通りかかった別の給仕より新たなグラスを受け取り、トリアさんが持っていたボトルから透明な液体をなみなみと注いで手渡してくる。
くぴっ
(お?)
ゴクゴクゴクッ……
「ふーっ。爽やかな、酸味のような不思議な味がしますね」
「おいっ、それはっ!!」
「な、なんともないのですかっ!?」
近くで見ていたエルド王子とミーア姫に驚かれる。
「どっ、どうかしたんですか!?」
「今、黒野が一息で飲んだものに、皆は驚いているわけだ」
「え?香り付けされた水としか。何だか森の香りがするような……ハーブ水?」
「そいつは、ジンと呼ばれる蒸留酒だ。かなりキツい酒だが……?」
「……ローズ様が好んで飲まれたと聞きます」
「それを一気に呷るもんだからな。普通の奴なら、一瞬で倒れてもおかしくない」
「ちょっとぉおっ!変なもの渡さないでくださいよっ!」
「なぁに、アバターに影響は無いさ。実際、悪く無い味だったろ?」
「えっ?まぁそれはそうですが……さっきのワインみたいな、味覚がグルグルするようなことは無かったですし」
「味の好みがローズと近いのかもしれん。ならば、こうすれば、どうかな?」
部長は給仕より白ワインの入ったグラスを受け取り、何故か中身を別のグラスへ移す。
内側が白ワインで湿ったグラスに、先ほどのジンと呼ばれたお酒を注いだ。
「ローズが好きな飲み方だ。今度はゆっくりと、な」
味わうように、口に含むと、
「あ、凄い。爽やかさに微かな甘味と苦みが加わった。これいいですね」
「私とローズ、酒の好みは全く逆でな。私はフルボディの赤ワイン、ローズは無駄を削ぎ落したシンプルなカクテルを好んでいる」
「へーえ、茨木先生もワイン似合いそうなのに」
夜景の美しいレストランでのディナー、目の前には優しく微笑む茨木先生。軽く掲げられたワイングラス。
『乾杯』
……うん、絵になりそうだ。
「ヤツは無駄が嫌いなんだよ。ワインの味も、そこに込められた歴史も、過程も、香り付け程度にしか思っちゃいない。あぁ見えて、徹底的な合理主義者だ……すまんな、冬野。酒を飲むと、どうしても話が長くなる」
「自分で酔わない、って言ってたじゃないですか」
「酒に酔ったんじゃない。雰囲気に、そして自分に酔っていたんだよ」
「何言ってんですか……おっさんですか」
ピコーン!
≪付与:状態異常『頭痛』弱≫
「ギャアアアアアアア!?痛いイイイイ!頭割れちゃううぅぅぅ!ひぃっ!ひぃっ!ふぅっ……」
持ってたグラスを落とさなかった俺を褒めて欲しいものだ。
(てか部長は、どうしてお酒に詳しいんだ?あなたも未成年でしょうに……)
「『アース』よりも味覚が洗練されているのに気付いたか?暴飲・暴食は駄目だ。一つずつ、味わい、そこに込められた思いを感じ取れ」
「……りょーかいっす。って、もしかして、それも部長が言う経験になるんですか?」
「ふふっ。さぁ、どうだろうな?」
「教えてくれてもいいのに……」
軽く、はぐらかされてしまった。
集まって会場内のテーブルを移動していた俺たち。挨拶に来る人もちらほらいたが、補佐の皆によれば、王国の重鎮ばかりだったそうだ。
「固まってないで、各自好きなものを摘まんで来い。こういうのも経験だ」
との部長の言葉で、みんなバラバラに行動することとなった。
離れた途端に、部長、ハルにナツキ、そしてアコの周りに人が集まった。
みんな機会を窺っていたのかな。
「安心して下さい。ついてますよ」ニコッ☆
「こっちにもついてますよ」キラン☆
「あ、ありがとう、ございます?」
二メートルを越える筋肉に挟まれるのは、やはりというか、少々居心地が悪かった。
アギさん、ウンギさんバリアーのお陰か、俺の所に来る人は少なかった。
話しかけて来る人は大体、アギさんの国務省関係者か、ウンギさんの近衛騎士団関係者だった。
「おつぎします」
「あ、どうもすみません……あの、アギさん、ウンギさん、一緒に食べませんか?」
「いえ、私共には護衛の任が……」
「だあああああああああ!もう!総長も大臣も固すぎる!ケントさまが委縮してるのに気付かんのか!」
やり取りを見ていたのか、集団を掻き分けて、アコを抱えたスカディさんが現れた。
「食いたい物を自分でつまむ、それが飲み会ってもんだろおおおお!!!」
「すみません!本当にすみません!」
やけにテンションの高いスカディさん。顔が真っ赤だ。もしかしなくても酔っている。
遅れてやって来るガングさん。アギさん、ウンギさんに平謝りだ。
「ケントさまが楽しんでいなけりゃ、この会は失敗だ!っつーことで楽しんでくれよな!アキコさま~、次あれがおススメですよ~!」
嵐のように去っていった。
「すみません!すみません!すみません!」
謝り倒してスカディさんを追いかけるガングさん。もしかしなくても苦労人気質だ。
「……そういうことらしいので、アギさん、ウンギさんも召し上がっては如何でしょうか?」
「警戒しすぎていたのかもしれませんね。お心遣いに感謝します。それでは失礼して……弟者!」
「兄者!」
「「肉っ・肉っ・肉っ・肉っ!!!!!」」
ウキウキ足で肉料理を取りに行く二人。
ふうっ……
……?
くんっ
甘い香りが漂ってきた。
「初めまして、異世界の賢者さま」
ピピッ
≪アラート≫
人増やしすぎて、それぞれが薄っぺらくなりそう。




