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異世界冒険部  作者: ノラえもん
1/25

日常

よろしくお願いします。


 『エエイッ、鬱陶シイッ!!!』


曇天どんてんの下、轟雷ごうらい弧炎こえん飛び交う廃墟にて、


二人の女性が強大な悪魔と対峙する。


一人は、緋色の髪を短く切りそろえた、見目麗しい【騎士】。

華美な装飾が施された白銀の、煌めく騎士剣、騎士盾を構え、悪魔を正面から鋭く見据える。


一人は、幼い顔立ちの【聖女】。

精緻な、金糸の刺繍が施された穢れの無い法衣を纏い、腰まで伸びる銀髪をなびかせ強力な魔法を詠唱する。


どちらも戦場いくさばに立つ装いとは思えないが、二人の女性を前に、その悪魔は焦燥していた。



【序列六十四位 公爵 悪魔フラウロス】



屈強な、ミノタウロスのごとき巨躯に黒豹の頭部。真紅の両眼、纏う火炎は更に猛る。


『消シ炭ニシテヤル!!!』


ボッ


産まれる火種。


グンッ!


周囲の空間を捻じ曲げ、収束されるチカラ。


『地獄ノ灼熱ヲ喰ラエ!!』


キィィイイイ……ッ!


『≪ヘル・ファイア≫!!!』


悪魔の眼前に魔法陣が現れ、刹那、紅蓮の業火が放たれる。


ゴうッ!!!


詠唱中で隙だらけの【聖女】を焼き尽くそうと、襲い掛かる紅い衝撃。


「護れっ!≪ガーディアン・シールド≫!」


咄嗟に反応したのは【騎士】だった。

騎士盾スキルを発動させ、【聖女】の前に躍り出る。


フォンッ!


全身を覆う輝き、煌めく光盾が顕現、


間髪入れず、


ッ!ドオオオォンンッ!!!


衝突する光の盾と闇の炎、爆炎が立ち昇る。


「グぅぅううっ!きっつううぅ!」


盾を握る腕はビリビリと痺れ、衝撃を抑えきれず、霧散する光の大盾。


光の粒子とともに体勢を崩される【騎士】。


「アコっ、お願い!」


「なっちゃん、ありがとっ!≪チェイン≫っ!」


二人を守り切り、その役目を終えた光の盾は、その姿形すがたかたちを変え、


「光よ集え!彼の敵を射抜く力を示せ!」


【聖女】の頭上で、巨大な光の投槍として再び輝きを収束していた。


コォォォ……!!


「穿てっ!≪ホーリー・ジャベリン≫!」


キュンッ!


ザンッ!!!!


『…!?グッ、ガアッ!!!!』


閃光しろの軌跡を遺して悪魔の左腕を吹き飛ばす。


キッ!


すかさず体勢を整え、悪魔へ突進し、素早く剣を振るう【騎士】。


はしれ!≪ソニック・ブレイド≫!」


ヒュッ!ヒュッ!ヒュンッ!

ザンッ!ザンッ!ザンッ!!


騎士剣より次々と放たれる鎌鼬カマイタチが、悪魔の巨躯に無数の裂傷を与える。


『グッ!ナメルナァッ!』


ブォンッ!


薙ぎ払う、悪魔の右腕より放たれた衝撃波を、


「フッ」


跳躍で躱し、


悪魔が嗤う。


「ククッ!」


空間に設置されていた、隠された魔法陣が一斉に起動する。


「≪ヒドゥン・ボム≫」

「≪スペル・ブローク≫!」


バキィッ!


【騎士】の一閃。


ピキピキピキッ……


空間にひび割れが奔り、


パキンッ!!!!!!!!!!!!


発動前に術式を破壊、一掃される魔法陣。


「ふっ」

「ギッ……!」


キラキラと舞い散る魔法の破片を隔て、笑みと睨みが交叉する。


「これはオマケよっ。とっておきなさい!」


悪魔へ向けて圧縮された光球を放ち、


さっと、素早く身を引く【騎士】。


次の瞬間、


パアアンッ!!!!


『チィッ!小癪ナ真似ヲッ!!!』


眼前で炸裂する光球≪フラッシュ・バン≫が、悪魔の感覚を麻痺させる。


『キエロッ!!!キエロッ!、キエロオオオオオッッ!!!!≪フレイム・バースト≫!!!』


怒り狂う悪魔より放たれた無数の火炎弾を、


「ふっ!はっ!せいっ!」


次々と叩き切る【騎士】。


「ふぅっ、お掃除終わりっと」


苛烈な攻撃を涼しく打ち払う。


「癒せ!≪クイック・ヒール≫!」


悪魔の大魔法による軽微な傷。

それすら許さないとばかりに、素早く回復魔法を発動させる【聖女】。


「ありがと、アコ」

「えへへ……今の私には、これくらいしかできないので」


光の盾と槍、≪絶対防御(ガード)≫に続く≪反撃(カウンター)≫。

そして隙間を埋める二人の連携は、悪魔に勝利の糸口を与えない。



『グウウウゥッ!!ガアアアアッッ!!!』



蓄積されるダメージに悪魔が吼える。



「二人はっ!まだなのっ!?」

「あと少しですっ!一緒に耐えましょう!」


【勇者】・【賢者】・【騎士】・【聖女】の四人パーティ。

悪魔を護る障壁が破壊された瞬間、【勇者】と【賢者】は忽然と姿を消していた。


矢継ぎ早に放たれる攻撃に愚痴をこぼしながらも、


【騎士】と【聖女】は少しずつ、悪魔の生命、そして精神を削ってゆく。


『……クッ!』


【騎士】のガードは崩せない。


その現実に、冷静さを取り戻す。


『……フゥ。ココハ、退カセテモラウ!!!』


悟った悪魔は撤退を決意した。


バキッ!メリッ……ズゾゾゾゾッ……


隆起する悪魔の背中に、


グバアッッッ!!!!


蝙蝠の様な、漆黒の翼が現れた。


『ハァッ、ハァッ、フッ!!!!』


素早く翼に魔力を流し、飛び立とうと両足で大地を踏み締める。


グッ!


その瞬間。



「縛れ!≪アース・バインド≫!」


ゴッグオォォォッ


男の声と共に、突如、隆起した大地が悪魔の両足を捕らえた。


『ナンっ……ダトッ!?!?』


悪魔の顔が驚愕に染まる。


「ふっ、ハはははっ!この瞬間を待っていたんだ!」

「ナツキ、アコ、助かったよ、ありがとう」


廃墟の陰から金色のオーラを纏う、二人の青年が揃って現れた。


一人は黒髪の、端整な顔に愉悦の表情を浮かべる【賢者】。ボロボロのマントをはためかせ、古木の杖を悪魔に向けていた。

一人は蒼く煌めく鎧に身を包んだ金髪の【勇者】。優しい微笑みを【騎士】と【聖女】に向けている。手に持つ聖剣は強い輝きを放っていた。


「≪気配遮断≫、≪インヴィジブル≫、≪ミスディレクション≫からの拘束魔法は回避できまい!」


『キッ、キサマァァッ!!!!』


「一撃で決めるよっ!」

「おうよっ!いくぜっ!」


「「≪限界リミット突破ブレイク≫!!」」


ピリッ ― ビリッ ―― バリッ ―― !!!



「≪シャイニング・ソード≫!」

「≪ライトニング・ソード≫!」


ズオォォッッッツツツ!!!!!!!



【勇者】の聖剣から巨大な光輝の刃が出現する。

【賢者】の魔杖から巨大な紫電の刃が出現する。




空間すら鳴動させる膨大なエネルギーが、


「グッ、コノチカラ、マサカッ!?」


対峙する悪魔の皮膚を震わせる。


「ヌァアアアアッッッ!ヤメロ!ヤメロ!ヤメロォォォオオオオオオッッ!!!!!!!」


発狂し、自身をも焦がす、獄炎の力を開放する悪魔。


全方位、触れたもの全てを灰燼へと帰す業火。


「聖なる護りっ!≪ホーリィ・ヴェール≫!」


【聖女】の祈りと共に、パーティに降り注ぐ、優しい光の障壁。


「お願いしますっ!」


ザッ!!!


燃え盛る中心へと、駆ける。


「「トドメだっ!!≪クロス・ソード≫!!!」」


過剰なまでの『力』を注ぎ込んだ光輝と紫電、二つの刃が交錯、業火を切り裂き、悪魔に襲い掛かった。



 ―― 斬斬ッッ!!



『ガアアアアアアアアアッッッ!!!!!!!!!!!!』



十字に切りつけられた巨大な悪魔は、雄叫びを上げながら大地へと斃れ、


ズッ


同時に、周囲を染めていた炎も消えてゆく。


『グッ、フッ……ククッ……我ハ……不滅ナリ……』



不敵な笑みを浮かべ、悪魔の巨体が徐々に崩れ、黒い灰と化す。



『貴様ラノ臓腑ヲ喰ラウマデ……何度デモ……蘇ロウ―― 』



ザァッ……



怨嗟の声を遺し、風に、消える。




「今度、こそ……」

【賢者】が呟く。



「これで終われば……」

【勇者】が応える。



「いつも美味しいところだけ持っていっちゃって」

【騎士】がむくれる。



「みなさん、お疲れ様です!」

【聖女】が朗らかに微笑む。



黒雲に覆われた空は割れ、四人を祝福するかの様に光が差し込んだ―― 







「……ところでケント、課題は終わったのかい?」

「……ハルぅぅ、ヘルプミィ」


「アドバイスだけだよ?全部教えると身につかないからね」


「【賢者】が聞いて呆れるわね」


「明日は化学の小テストもありますよ」

「聞きたくなかった!」



VRMMORPG「メイク・ユア・サーガ」、通称『MYSマイス』。



多彩なスキルを駆使し、仲間と協力して強大な敵を倒す、『自分だけの冒険譚を作ろう』をキャッチフレーズとした、十代~二十代に人気のゲームである。



VR(仮想現実)技術が普及し、個人で一台デバイスを所有する現代、お手軽な娯楽として若者にVRMMOは流行していた。




「宝箱あけるよー?」

「よっしゃ!ドロップ確認!」

「撤退するボスに撃破ボーナスを設定するとはねぇ」

「倒し方を見つけてくれた攻略組に感謝ですっ!」


ガチャッ


虹色に輝くエフェクトと共に現れたのは……



☆10 魔杖フラウロス

ユニーク(トレード不可)


物理攻撃力:500

魔法攻撃力:3500


最大MP上昇+1000

MP回復速度+20%

炎属性強化+50%

<空白スロット>

<空白スロット>



「つ、つい、ついにっ!きったああああっ!!!!うひょおおおおお!!!!くぁwせえdrftgyふじこ!!!」

「おめでとう、これで心置きなく勉強に集中できるね」

「喜びすぎだよ、あはは……」

「大型アプデから1ヵ月、長かったねー」


小躍りを始める【賢者】に、笑顔の【勇者】、やや疲れた表情の【聖女】と【騎士】。


仲良し高校生四人組の『日常』の一幕であった。



―――



標準模型を超える物理、高エネルギー物理学の研究には広大な敷地が必要であった。


愛恩(アイオン)研究学園都市。


宇宙の解明を目指し、首都から離れた場所に百年前より建設が進められてきた都市である。


その一画にある一軒家。



夜。



一人の男子高校生が自室でタブレット(化学の教科書)と格闘していた。


「すいへーりーべぼくのふね……」


黒野(くろの) 賢冬(けんと)、中肉中背、いたって平凡な顔立ち、特徴が無いのが特徴()だ。


「ななまがり」


タブレットの端に浮かぶ窓から助け舟。親友の青海(おうみ) 勇春(いさはる)である。


「ななまがりしっぷすくらぁく……か?」

「やればできるんだよ、ケントは。勿体ないと思うよ」


化学の小テストと聞いて、復習を始めたものの、開始三十分で投げ出そうとしている。


「こんな呪文覚えて何になるんだよ!社会に出て何の役に立つんだよ!」

「落ち着いて、ケント。社会に出るまでに必要なんだよ」


痛いところを突かれた。


「ぐぬぬ……ハルはいつも正論ばかりだ」

「それに、部長も言ってたじゃないか、『学べる時にしっかり学べ』って」


「【賢者】の言葉は【村人】には響かん」

「僕もこっちで復習してるんだ、終わるまで付き合うよ、一緒に頑張ろう?」


ハルはいつもオレに優しくしてくれる。が、


「んっ~…ふっはぁ~っ……オレ、頑張った。そして疲れた。ちょっと気分転換」


軽く伸び、別の参考書(?)をタブレットで起動する。


「魔杖フラウロス……あー、やっぱり詠唱速度とCT短縮の組み合わせ一択かぁ……手持ちに高ランクの魔石が無いんだよなぁ……」


参考書では無く、ただの攻略Wikiだった。


「あー、もうっ。……早く予習に戻ってね?」


苦笑がスマホから聞こえた、気がした。


付き合ってくれるハルに悪いので、日付が変わる前には勉強を終わらせた。


しかし、その後が長かった。



―――





翌朝。



ピンポーン。



「ほらっ賢冬(けんと)、みんな来たわよ~、早く準備なさ~い」


母に急かされ、ぼんやりする頭で通学鞄を掴む。


実は、あれからハルに内緒で、MYSの周回クエストで金策していた。気付いたら明け方だ。




しかし、




(ねんがんの ☆5 CT短縮魔石 をてにいれたぞ!)





試し打ちでDPS計算なんかもやっていて、ほとんど寝ていない。



「ふぁぁぁ……」



欠伸をしながらドアを開ける。



ガチャッ――



玄関に明るい朝日が差し込んだ。



「おはよう、ケント」



輝くイケメンオーラまで差し込んできた。


「うおっ!まぶしっ!」

「きゃっ!尊みっ!秀吉っ!」


後ろから変な声が聞こえた。


「おはようございます、お母さん、いつも朝早くからお邪魔してすみません」

「いいのよ~!ハルくん、いつでもいらっしゃ~い!(目が喜んでいるわぁ~!)」


その猫なで声、やめて。


青海(おうみ) 勇春(いさはる)、俺の幼馴染で唯一無二の親友。長身で誰もが認めるイケメンだが、本人はそのことを全く鼻に掛けない。

学業、スポーツとも成績優秀で、生徒、教師陣から次期生徒会長選挙への立候補を切望されている。

切れ長の涼しげな眼や、時折見せる憂いを帯びた表情にハートを射抜かれる女性は数知れず。眉目秀麗とはこのことか。

これまで何度も愛の告白を受けているが、その都度「ケントと一緒の時間が減るので」と断っているらしい。

親友として嬉しい反面、そのせいで、女性陣の視線が痛い……痛いけど嬉しい。


……いやいやいや意味が違うから。



「おはようございます、お母さま、ケント」

「なっちゃん、いつも悪いわね~」



上体を十五度屈体させ、礼儀正しく会釈した少女は赤座(あかざ) 夏姫(なつき)


「私がしたくてやっていることです。朝早くから、ごめんなさい」


艶やかな濡羽色の髪を後ろで束ね、上品に微笑む姿は『ザ・大和撫子』といったところか。

誰にでも丁寧に接することから男女問わず好かれている。俺の幼馴染二号だ。


(仲間内では結構ラフなんだけどなぁ)

(母さんのこと、『お母さま』って呼び始めたのはいつからだったか?)

(んー?そもそも?……いかん、頭がぼーっとしてきた)


「新しい朝です。ケント、しっかりしなさい」


考え事をしていると、お叱りを受けた。


「へいへい」


「ネクタイが曲がっていますよ、直すので少し動かないでくださいね」


流れる様な動作、


近づいて俺のネクタイに手を伸ばすナツキ。


ドクンッ


「っ!!!やめろって!!!自分で直すからっ!!!」


咄嗟に離れて上り框に置いてある姿見で手早く整える。

一気に心拍数が上がった。心臓に悪い。血管破れたら訴えてやる。


「焦っちゃって」

「ケントには効果覿面ですね」


にまにま、くすくす。


ナツキと母さんに笑われる……くそぅ……


「あのっ、おはようございますっ」


二人に遅れ、おずおずと声をあげたのは白山しろやま秋子あきこ。低めの身長、ショートボブの髪型にあどけない顔立ちの少女。

ぱっちり二重の眼、小さな鼻、桜色の唇、とても愛くるしい。朝日に照らされた髪に浮かぶ天使の輪。ラブリー・プリチー・キュート・マイ・エンジェル。

みんなに遠慮しているように見えるが、これでも付き合いは長く、幼馴染三号と呼べる少女だ。


「おはよう、あこちゃん、今日も可愛いわね~!」

「おはよう!アコ!今日も可愛いな!」


「あうぅ……」



頬を染め 恥じらう天使 いとをかし


                  黒野賢冬 こころの川柳



「「あー、癒されるわぁ」」



と、ほっこりしてたら、


「ケントもお母さまも、アコが困っていますよ、……その気持ち分からなくもありませんが」


黒野母子、揃ってナツキに窘められる。


「(コレさえなければ、アコももっと馴染めるのになぁ)」


ハルは相変わらずイケメンスマイルでニコニコしている。



賢冬(けんと)~、みんなと一緒に登校できる幸せを神に感謝するのよ~!いってらっしゃ~い!」

「あちこちからの視線が痛いんだけどな、いってきまーす」



母に見送られ、美少年・少女と共に学校へ向かう【村人】一人。



「今日も一日、頑張りますかー」




―――



独立行政法人 国立教育研究機構 愛恩高等教育研究学園


高校と大学、そして大学院までもが敷地内に集合する巨大な学園で、高度先駆的教育のモデル事業として国から指定を受けている。

多岐にわたる学問、スポーツ、芸術それぞれに優秀な生徒が在籍し、彼らを指導する教師陣もまた、国内屈指である。

広大な敷地には様々な施設を構えており、サークルや部活動も活発、知識を求めて高校生ながら大学の研究室に入り浸る者もいる。



そこに俺たち四人は通っていた。



上履きに履き替えると、


ふわっ……


百合の香りが鼻先をかすめる。



「おはよう、諸君」



黒髪の女神が、顕現した。



「っ! おはようございます、白河部長」


その、圧倒的な存在感に一瞬気後れするが、そこは慣れたものだ。


白河百合絵。三年生。神が造りし美の顕現。見つめられた者は時が止まり、紡がれる言葉は魂を震わせる。

歴史を動かすほどの科学技術論文を発表し、世界を大いに騒がせた希代の天才でもあり、学会からは畏敬を込めて【賢者】と呼ばれている。

美の女神ウェヌスと知恵の女神ミネルウァが禁断の恋に落ち、≪なんやかんや≫で生まれたのが彼女とも噂され、『若者の人間離れ』が指摘される昨今、名実ともに最強の高校生であり、我らが無敵の部長様だ。


「百合絵様、今日もお美しゅうございます」

「当然だ」


百合の香りに導かれしアゲハチョウ(取り巻きの女生徒)への応対もそこそこに、そっと、部長はアコに近付く。


「ふむ、風の悪戯かな?直してやろう」


白魚のような指先が、アコの髪を優しく撫で梳かす。


「あっ、恥ずかしいです……」

「白山も我が部の大切な『顔』なのだ、美しく『在れ』」


「ぶ、ぶちょう……」


部長とアコを中心に、百合の花が咲き乱れる。


キャー!キャー!


これには周囲も大興奮。黄色い歓声が沸く。



「騒がしくてすまない、では、また放課後に会おう」



そう言い残し、長い黒髪をなびかせ白河部長は廊下を進んでいった。


舞い踊る蝶を従えて。




―――




俺たち四人は一年前、新入生の部活勧誘合戦で白河先輩の目に留まった。



「君たち、異世界に興味は無いかい?」



突然、声を掛けられ吃驚したことを今でも覚えている。


声を聞いて振り向けば、そこには絶世の美女。誰だって記憶に残るだろう。



先輩は、俺たちが話していた「魔法」という言葉に反応したらしい。

そういえば勧誘合戦そっちのけで、前日にやったボスレイドについて話し合っていたな。



「そうか、君たちは四人パーティなんだな」



いいえ、ただの仲良し四人組です。


「君が噂の王子くんだね。私は二年の白河百合絵だ、よろしく頼む」

「王子ではありませんが、新入生の青海勇春(おうみいさはる)です。初めまして白河先輩」


流れる様に、握手を交わす二人。


流石ハル。サスハル。上級生の間でも話題になっていたらしい。イケメンと美女、絵になるなぁ。


「ふーむ、確かに人を惹きつける『力』がある、体つきもしっかりしている、さしづめ【勇者】といったところか」


この先輩、分かってらっしゃる!俺たちの不動のセンター、【勇者】イサハル様だ!



静かにナツキが前に出る。


赤座夏姫(あかざなつき)と申します。初めまして白河先輩、多くのご活躍を耳にしております。お会いできて光栄です」

「なるほど。赤座の……ぶれない体幹、足取り、姿勢、サムライガール……いや、【女騎士】か」


えっ、何この先輩、凄いんだけど。えっ、何この先輩、有名人?



「凄いですっ!一目でなっちゃんを言い当てるなんて!」


アコが感動している。


「君は、支援職だな。ヒーラーかい?」

「は、初めましてっ、白山秋子しろやまあきこですっ!」


うんうん、アコはいつも俺の心を癒してくれる。



「そして君は……んむうっ?」


しげしげと、覗き込まれる。


「君は、なんだい?」


ついに俺の番。ハハハ、ただの【村人】ですよ。


「ケントは僕たちのパーティの【賢者】ですよ」


ぶほっ!


ちょぉお、ハルゥウウウウウウ!!何言ってんのおおおおお!?


「【賢者】?ふむ。そうか、ふふっ、なるほどな、【賢者】か、素晴らしいじゃないか。くっ、はははっ!!!」


笑われたっ!恥ずかしいっ!


黒野賢冬(くろのけんと)です……よろしくお願いします」


「クックッ!は~っ、ふふっ、磨けば光る原石だな。思わぬ出会いに感謝だ」

「先輩もケントの魅力に気付かれましたか!」


「ああ、磨き上げたくなった。どのような輝きを私にみせるのか、試してみようじゃないか」

「僕も手伝います!ケントの輝かしい未来のために!」


ハルと白河先輩、なんか意気投合してるし。


そんな流れで、俺たち四人は『異世界冒険部』に招待された。




―――




「毎度のことながら、部長の人気っぷりは凄いなぁ」



颯爽と去る白河部長を眺めながら歩いていると、曲がり角から現れた男性にぶつかりそうになった。


「っとと」


咄嗟に避けようとしてバランスを崩したところ、さっと伸ばされた腕に力強く引き寄せられる。



グンッ



「大丈夫ですか?」

「あっ……」


トゥンク


優しい笑顔に引き込まれる。


「おはようございます、黒野さん」

「お、おはようございます、茨木先生」


茨木(いばらき)紫檀(したん)先生。長身痩躯、いつも穏やかな笑顔を浮かべる、俺たちのクラス担任だ。所属する部活動の顧問も兼任されている。

担当教科は物理。日常の雑談から発展させる授業形式、

とても分かりやすく解説され、合間に語られる雑学も面白いため、人気の授業である。

眼鏡を掛けた知的な雰囲気、柔和な物腰、甘いマスクもあって、女子生徒からの支持は特に強い。

白河部長と茨木先生は、リリィ、ローズと呼び合う仲良しさんだ。


わっ、睫毛ながい……


先生の腕に抱き留められてる……


細身に見えてこんなに逞しいんだ……


良い香りがする……先生の香水……



見つめ合う二人の周囲に薔薇の花が咲き誇る。



「いつまでそうしてるんだい?ケント?」

「おっ、おうっ、すみません、茨木先生」



慌てて茨木先生から離れる。危ない、先生の世界に飲み込まれるところだった。

笑顔のハルから妙なプレッシャーを感じたのは、気のせいだろうか。



「おはようございます、先生」

「はい、おはようございます。皆さん、今日も元気そうでなによりです」



「私は一度職員室に寄ってから教室へ向かいます。皆さんはホームルームまでに着席しておくように」


「はーい」



「あぁ、それと」


先生は思い出したかのように、



「今日の部活には『お友達』を招いています。放課後を楽しみにしていてくださいネッ!」


人差し指を立て、軽くウィンクする先生。

きゅんとする。これだから先生は。


茨木先生と白河部長には、謎の交友関係が存在する。


その繋がりを利用し、特別講師として多くの分野の方々が部活に招かれていた。



キャンプが趣味という女性からテントの張り方や火熾しを学んだこともあった。実地で。

迷彩服姿のミリオタおじさんから爆発物についての講義を受けたこともあった。座学で。

農家のおじいさんから畑の土作りを学んだこともあった。実地で。

オリエンタルな人たちからスパイスの組み合わせ、薬膳料理を学んだこともあった。部長が通訳していた。調理室が天国になった。


(あのカレーはヤバかった。食べれば食べるほど、もっと欲しくなる。麻薬かよ……)


今日はどんな出会いがあるのだろうか。楽しみだ。



―――



放課後。



異世界冒険部。



部長  白河 百合絵


副部長 青海 勇春


部員  黒野 賢冬


部員  赤座 夏姫


部員  白山 秋子



顧問  茨木 紫檀




部員数五名の小さな集まりで、





とてもラノベ的な活動名で、





内容はスパルタだった。






「いいですか?『異世界に行けばチート無双できる』なんて美味しい話は無いんです!」

「そうだ!大事なのは積み重ねた知識と筋肉だ!」


部室に集まった皆の前で、茨木先生が挨拶(?)をする。それに白河部長が続く。


ブルマ姿の白河部長以外は、みんな学校指定のジャージ姿に着替えている。



以前、何故ブルマなのかと尋ねたら、『サービスだ』との返答が。



「では、本日の活動内容をお伝えします」



(ゴクリッ)



「青海さん、黒野さん、トラック外周を五十周、その後はマシントレーニングです、私の『お友達』がトレーナーをしてくれます」


「ハッ、ハハ……」


いつもの特訓ガチャ。無事、敗北。


「ケント、一緒に頑張ろう!」


「赤座さん、二十周、その後、道場で私との自由組手です」

「承知しました」


「白山は先に私と座学だ、終わったら軽く五周ほど走ろうか」

「はいっ!よろしくお願いしますっ!」


『知識と筋肉は裏切らない』をモットーに、日々、並の部活以上に頭と体を動かしている。



「では、各自作戦を開始して下さい!」



「「「「サー!!!!イエッサー!!!!」」」」




―――




陸上競技場にて。




「ペースが落ちていますよー!リリィに言いつけますよー!いいんですかー?」



茨木先生の激励(?)が飛ぶ。



それを眺めながら、休憩中の陸上部員がだべっていた。


「あいつら、何周目?」

「三千メートル、いや長距離選手か?かなりハイペースだが……」


「確か、二人は短距離走者スプリンターの新入部員だったね」



「「うっす、お疲れ様です!!」」



「あれは彼らの準備運動ですよ」


「「……え??」」






「敵は待ってくれませんよー!」






その一言で、目に見えて走者たちが加速した。





「「は?」」





「あれこそ、当校が誇る『異世界冒険部』です」


しみじみと陸上部の先輩は呟いた。




―――




一方部室では。



白山秋子は白河百合絵に、マンツーマンで解剖学を教わっていた。


夕日が差し込む静かな部室、


カツカツと、


タブレットにペンの走る音だけが聞こえる。


「……大腰筋の深部」

「えっ?仙骨から5、4、3、2、1、あっ、ここからは胸椎だ……」


「ヒーラーを目指しているのだろう?肉体の構造くらいはしっかりと把握しておけ」

「す、すみません……」


「ふむ、復習も兼ねて体に教えてやろう」


そっと、優雅な足取り。


「まずは……」



白山の頬をツツっとなぞり、顎をクイッと持ち上げ見つめる。


「ここがオトガイ筋だ」


ズキュゥウウウウン!!!



「はうぅううう!!!!」



真っ赤に染まる。


首筋を通り、


ツツっ


「ここが大胸筋、ふふっ、また成長したな」

「ひゃあんっ!」


ビクンッ!


ツツっっツっ


「ここが外腹斜筋、どうした、脇腹は弱いのか」

「うっ!くうぅぅぅぅぅっっっ」


ビクビクッ!!!


「このっ、奥がっ、腸腰筋だ!」


グッグッ!グンッ!!


「あっ……ああああぁぁぁぁっっっっ」



夕日で赤く染まる部室には、百合の花が咲き乱れていた。



―――



武道場にて。



道着に着替えた赤座夏姫と茨木紫檀が対峙する。


先に動いたのはナツキだ。


くんっ!


パンッ!


距離を測るジャブ。


パンッ……


そして、


「フッ、……ハッ!」


素早いローキック、続くカーフキック。


ガッ!……ゴッ!


軽く左足でブロックされ、


(ここで!)


体を沈ませて、大きく捻じり、


「セィアッ!」


本命の、上段への鋭い後ろ回し蹴りが、引き絞った全身より放たれる。


キュンッ!


「ふっ」


(外したっ!?)


上体を軽く仰け反らせながら、回避される。


「教科書通りの動き、可愛いですねぇ」


グンッ!!!


間髪いれず、間合いを詰め、


「ふっ!はっ!せいっ!」


乱打を放つナツキ。


しかし、


ガッ、パンっ、グッ、ペシッ!


「あっ!」

「体格で劣る女性は、技を磨くものです」


全てを往なされ、追加で頬に軽い一発。



再び間合いを執る。



(なんでっ、当たらないのっ!)


「相手の動きを誘導しなさい」


最小限の動きで、攻撃の全てを払い落され、回避される。



「そういえば先ほど、」




「黒野さんがここを覗いていましたよ?」



「フっ!」


振り抜いた腕を先生が掴む。



その瞬間、天地が逆転した。



ズダンッ!



「かハっ!」


受け身は取ったものの、肺の空気が全て吐き出される。




眼鏡をクイッと直す茨木先生。



「ふぅ~っ、まだまだ、ですネェ!」




(こんのっ!!!、鬼畜眼鏡ぇえええええっ!!!)




―――




トレーニングルームにて。



厳つい顔をしたトレーナーの指導の下、青海と黒野は下半身を重点的に鍛えていた。


「ふっ、はっ、きっつっ」

「よくっ、頑張ってるよっ、ケントはっ」


レッグカールマシンに座りながら、トレーナーを盗み見る。


迷彩服に身を包み、胸には輝くバッジをつけている。


(植物に囲まれたダイヤモンド?何かの意匠?)


「余裕そうだなぁ!五セット追加だっ!」

「「サー!感謝であります!サー!」」


「いいか!足腰が戦況を左右する!」

「「サー!イエッサー!」」


「行軍を遅らせることは、仲間の死と思え!」

「「サー!イエッサー!」」


「明日は下半身を休めろ!上半身、特に広背筋を鍛えろ!」

「「サー!イエッサー!」」


「それと……返事は『レンジャー』だ!」

「「レンジャーッッ!!!」」




―――





最初は、軽い気持ちで入部した。





美しい部長と、異世界への憧れだった。





入部した後は、騙されたと思った。





つらくて、辞めたくなることも、何度もあった。





だけど、





何故か、





【村人】から変われる気がしたんだ。





隣で真剣にレッグプレスを続ける【勇者】を見て。





【騎士】の、舞のような演武を見て。





ぐんぐん知識を吸収する【聖女】を見て。





いつでも全力な【賢者】を見て。





ほら、





今日も一日、





頑張れた。







「「「「お疲れ様でしたー!!!!」」」」






次から異世界予定です。

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